なんかこの聖女、箱入りでねちゃねちゃしてるんだけど 作:S-A023736-9
◇
──彼女が、三人目であった。
「『気絶魔法』」
おおよそ三百人に囲まれていた私と奴隷ちゃんを“助けてくれた”のは、黒髪黒瞳の女性。
空を飛翔し、三百人を同時に昏倒させる魔法の使い手。加えて、この世界ではあまり見られない顔立ちとなれば。
「『魔王』──何の用?」
勇者は会ったことあるんだろうけれど、生憎と私は初対面。
全力を出せば流星を降らせられる『勇者』を退けられるくらいなんだから、『魔王』というのは規格外もいいところなはず。
奴隷ちゃんを背中に隠し、無能なりに全力で抵抗する意思を固める。
七日間で蘇生が入るとはいえ、次の蘇生は四日後。その間に何が行われるかはわからない上、奴隷ちゃんと離れ離れになれば再開はかなり困難である以上。全力で抵抗はさせてもらう。
「……どうして私が『魔王』だと知ってるの?」
「容貌に魔法範囲。王国は次代『勇者』を召喚するには素材が不足している──となれば。異世界転移させられているだろうあなたが、魔族側に召喚された『魔王』だということを推測するのは難しくない」
そもそも、一般には『勇者』や『魔王』が異世界転移者だということは伝えられていない。
特に『魔王』が異世界人だということは、直接相対したことがある存在か極一部の例外を除いて知られていない。
だから、普通の人間の格好をしていたらバレるものではない──が。
私は仮にも。称号だけであったとしても『冒涜の大賢者』だったから。
「あなたの予測通り、私は『魔王』よ。背中に隠れている彼女は?」
「そっちに関係ある? というか──そもそも、だ」
『大賢者』としてのロールプレイ。
悪鬼羅刹の存在を演じ、人類を地獄の底に突き落とした最低最悪を滲ませる。
「随分と悠長なことだ。この世界は、あなたが思うほど優しくない。会話というのは仕込みの為の時間稼ぎであり、言葉というのは裏切る為に存在するものだというのに」
「……私は、こっちに来てからまだ一ヶ月なの。だから、まだ色々とわからなくて。魔族は酷い存在が多かったけれど──」
「人類は、それ以上だから。悪辣さだけで見れば魔族よりも人類の方が酷い。獣の競争を繰り返す魔族と、騙し合いを続ける人類。異世界から来た貴女は、人類の醜悪さにきっと耐えられない」
六代目『勇者』も、言っていた。
此処に来てから最初の半年。この世界のことを理解するにつれ、絶望が深まっていったと。どうしてこんな世界に喚ばれてしまったのか、と毎日嘆いていたと。
「何となくわかっていたけれど……やっぱりそうなんだ。もしかして、あなたは異世界転生者だったりする?」
ああ……そういうことか。
この世界は終焉一歩手前の治安である。それが事実だとしたら、それを忠告する私はなんなんだということになってしまう。
「残念ながら」
何事かと人が集まってくる。
後々から『賢者』と話していた『魔王』、なんて酷い噂が立ちそうだよね。私の方はさておき、『魔王』の方は──特に。
「『冒涜王』」
埋め尽くされる地面。
『冒涜王』という魔法は、死体を出すだけの魔法。
どこかにいた人を即死させて呼び寄せるのではなく、何の由来もない「死体」を造り出す魔法。
これで作った死体は魔法の素材にも使えず、生前という概念がない為に“生誕の法”での蘇生もされない。
「……その魔法。まさか、貴女は──」
慣れた名乗りあげ。
全生命の怨敵として。勇者を殺し、世界を破滅に導いた大罪者として。
「如何にも。私こそが『賢者』である。十八の魔族群生地を崩壊させ、人類すら居住不可能な高濃度汚染地域へと変貌させた者にして、魔法『腐敗世界』の担い手」
全方位から、敵意と殺意が込められた視線が向けられる。
獲物を横取りされた怨嗟。大切な素材を壊された恨み。安定した居住環境を燃やされた憎悪。
様々な種類の感情が極限まで込められた視線。
「殺す事は無駄だ。七日ごとの蘇生魔法──気付いていないとは言わせないぞ。敵討ちにせよ、憂さ晴らしにせよ。私相手にそれをすれば、貴様らの未来は死よりも苦しいものとなるだろう」
「それでもっ! 『
『魔王』と『賢者』の戦闘。
そんなものに巻き込まれては、漁夫の利をすることすら難しい。そう判断した民衆が逃亡していく。
「待ってください! 『賢者』様は酷い人じゃありません!」
奴隷ちゃんのその言葉に反応して、魔王は詠唱途中であった魔法を断絶させる。
甘い。本当に甘い。甘過ぎる。まあ……それに救われたってのも事実だけど。
◇
少しだけ場所を変え、人がいない場所へと移る。
ついでに私がどういう存在なのか、というのを軽く伝えておく。
此処までの道のりで疲れてしまっているのか、奴隷ちゃんはすやすやと寝ているかな。
「奴隷ちゃんと違って、私はまだ貴女を信頼出来ないから」
「むしろ、ありがとね。こっちの世界の人でも、此処までまともな精神を持っている人がいるとは思ってなかったから……」
じゃあ、皮肉でしかないよ。
『冒涜の大賢者』だけが、まともな精神性を持っているなんてさ。
「『勇者』を殺した大罪人として。『勇者』に殺された大罪人として。私は……」
「『
魔王の放った魔法は、地面を穿ち爆発を起こす。
たった一発で、そこまでの威力を発揮する魔法。
明らかに、“信仰の神”が働いていない威力。
「そういう難しいことは、強力な魔法を扱える
「流石に全部は任せられないかな。幾ら貴女が真面目だとしても。それを果たしてくれる証明はない。だから──魔族側。何とかしてよ。『魔王』でしょ?」
私は、『賢者』だから。
人類側を、最低限何とかしてみせる。
全て丸くおさめる解決まで持っていくとは言えない。ただ、小康状態……ですらない、生存状態で維持することぐらいしか、きっと出来ない。
それですら、私の持つ全てを使い潰す勢いでないと不可能な事象。
「『勇者』はこの上なく勇者であったから。『魔王』である貴女は、魔王の仕事をすればいい」
「──でもっ、あなたには強力な魔法なんてないでしょ?」
私は無力である。
そんなことはわかっている。
何の異変もない死体を創造する魔法しか扱えない、勇者でも魔王でもない存在。
ただ。彼/彼女達と違って、私はこの世界に生まれ落ちた人間だから。それは──この世界の人類の思考を理解出来るということで。
「でも、これは私達の世界の問題だから。私は──奴隷ちゃんがいて、勇者が呪ったこの世界を続けたい」
どうしようもない世界だなんて、言われるまでもなく知っている。
ただね。本物の勇者に脳を灼かれて、奴隷ちゃんに心を灼かれた一般人としては。
彼女達の生存が無かったことになる、なんて面白くない。他の人達同様に、私も強欲なもので。
「私は……『賢者』は根源的悪だから。魔王。今後、長いかもしれない人生で歴史を編纂する機会でもあれば、『賢者』の誤解は訂正しなくていい。私は『冒涜の賢者』であることを厭わない」
異次元の悪魔だとか、埒外の化物だとか。
そんな評価は、この世界の人達が作ったものだから。
「この世界の地獄は。人類や魔族の総意ではなく、ただ一人の強烈な悪辣によって造られたものである。そうしておいたほうが、未来の希望になるでしょ?」
要は、そこに集約される。
勇者に感化されてからも、私が頑なに『賢者』の看板を下ろさないのは。意地でも悪辣非道な羅刹であり続けるのは。
「……そんな自己犠牲、しなくてもいいでしょ」
「だったら、貴女は尚更しなくていいから。異世界から来た人が一々こっちの世界の地獄を改善しようとする──何の罰ゲームかなって話になるでしょ」
召喚された『勇者』や『魔王』にも、異世界での生活があったんだろう。
そんな環境で、突然こんな地獄に連れてこられて。
何が悲しくて、地獄の舗装をしなきゃいけないんだって話。しかも、地獄の住民のほとんどは舗装どころか破壊を促進してるってのに。
勇者の嘆き。
『……どこ、までも。この世界は、クソッタレで……っ! なんで、私なんかが召喚されたのよ……!』
そんな言葉は、本音でしかない。
それでもなお、足掻き続ける人としての完成形が勇者であり──恐らく、私たちが目指すべき人の形。
「無力で、無能でも。未来の希望に繋げられるなら──どんな悪評でも背負う。それが、私に出来る異世界転移者達への贖罪だから」
「そんな考え方が出来るなら……」
「ただの模倣だよ。私はこの世界の人間で──そう。貴女にとっての異世界人。常識も、価値観も、命の軽重も違う存在だから」
「……そこの彼女には伝えないの?」
奴隷ちゃんに伝える気は……今のところないかな。
私は奴隷ちゃんに一目惚れしたというのは事実だけれど。
それは巻き込む理由にはならないし、奴隷ちゃんは私のことを「ある程度信頼出来る人」程度にしか思っていないだろうから。
「この状況自体、無理矢理奴隷ちゃんを巻き込んじゃってるようなものだからね。これ以上なんて、とてもとても」
やることはもう決まってるから。
向かうべきは、世界の中心。