なんかこの聖女、箱入りでねちゃねちゃしてるんだけど 作:S-A023736-9
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やあ、善行棄却系生命体ことS-A023736-9だよ。
いや、普通に考えて善行を拒否するってそもそも精神力が削れていきそうだよね。幾らその『善行』が良くないものだったとしても、思考上は善行を拒否するという文字列になってしまうから。
「ミナミ目線でどう? 一応、血生臭い環境から離れたら改善されるんじゃないか説を確かめる為に、三日間引きこもってみたけれど」
正直、自己診断は機能していないと思っている。
良くなったのでは、と思っても実際は悪化しているということは考えられる。当然、その逆もね。
『ダメですね。悪化しているようにしか見えません』
私としてはそんな実感がないのが、一番嫌なところ。
自覚症状のない洗脳に近い思考汚染……
やるんだったら、もっとわかりやすくやって欲しい──いや、そもそもやって欲しくはない。
自分の認識では変わっていないっていうのに、ミナミから見たら明確に変わっているらしいのが……面倒だよね。
ミナミが最初からいなかったりしたら、別に私はここで自我崩壊の苦しみに苛まれることはなかったわけで。
「どうすればいいと思う?」
最近の口癖になってきている台詞を並べ、実際どんな行動が最善かを並列で考える。
仮に、私の意識が最低限まともな内に異世界人を全滅させられたとしたら。
その場合、終わり次第直ぐにで“箱の隔絶”を使ってこの世界を隔離する……それも案のひとつではある。
ただ、その場合この世界には平和が訪れるけれど、他の世界が次は犠牲になるだけでもある。
だから、一番望ましいのはあの世界自体に何とか“箱の隔絶”級の封印を施すこと。
かといってあの世界に帰りたいですか、と言われると……ギリギリ後ろ髪を触られる程度にソフィアとアステルがいるけれど、その程度でもある。
「でも、途中までやった案件を投げ出すのは
『ノースちゃん、いいんです。投げ出しちゃいましょうよ。そもそも、ノースちゃんはあの世界の人ですらありませんよ?』
とはいえ、七万年見届けてあともう少しって状態で投げ捨てるのも、負けた気分になって嫌ではある。
本当にどうしようもなくなったら、勿論その手を選ぶしかないんだけれど……
「ミナミ的にはどう? あの世界に愛着は──」
『全くありません。ノースちゃんの方が何千倍も大事です』
私の質問を予期していたのか、言い終わる前に力強く文字が書かれた紙が、私の視界を覆う。
「……ああ、なら。それなら、私でも何とかなるかもしれない。だから、ミナミ──考えておいてくれる? この精神汚濁を何とかしながら、異世界人を滅亡させられる方法」
きっと私に相談すれば、未来の思考汚濁が完全に進んだ私が対策してくれやがる可能性があるから。
なるべく、私に言わない方針で。
『頑張ってみます。ノースちゃんを騙すの、難しそうですけれど』
いいや、案外そんなことないと思うよ。
平常時の私ならともかく、善行がどうの、なんてふざけた思考で自意識ごとぐちゃぐちゃな私なら余裕だと思う。
「そう? ミナミなら出来るって信じられるけれどね、今の私は」
『ノースちゃんの方でも、何かしらの対策を講じて欲しいと思うのは、高望みでしょうか……?』
真面目な話をすると、対策を講じれば講じるほどその対策を考えるのが私だから。
変に考えさせると厄介極まりない相手なのは、私自身よく理解している。
というか、じゃなければ七万年俯瞰して解決を目指すとかいう馬鹿みたいな手法は出てこない。
だから、今度はミナミが私を引っ張る手番ってことで。
「まあどうせ、この感じだと長時間は持たないから。完全に使い物にならなく前に、どこまで勝負を決められるか、が争点なんじゃない?」
正直、もうこの世界ごとまとめて『
それがダメかどうかはさておき、昔の私らしくないのは重々承知出来ている。
いやでも、それなら異世界人も敵対存在もまとめて葬れるからいいのでは──なんて悪魔の囁きも併存してくれているわけで。
悪魔は脳内にしかいないけれど、
わかることは、少なくとも長続きはしないだろうなってだけ。
『ご無沙汰なお話をしてもいいですか?』
私としては断る理由がないので、言葉に出すまでもなく首で頷く。
ついでに現状としては、粘液生命体風呂に浸かっているとかいう状況なので、距離感的にはASMRになっているという付属情報もある。
『改めて、ノースちゃんはこれを解決出来たら何がしたいですか?』
大分前。本当に大分前に同じ話を振られた記憶がよみがえる。
あの時は『別に何かしたいわけじゃない』って答えた記憶があるけれど、今はどうなんだろう。
「今の解答が私らしいか、ってのはミナミに判断して貰うとして……落ち着いた生活がしたいかな。元々の世界みたいな」
『そういえば、ノースちゃんの出身世界ってどんな感じの場所なんですか?』
個人的ベストは、元の世界……ああ、前じゃなくてその前の世界あたりまで戻ることが出来ればベスト。
大人しく学校に通って、こんな地獄みたいな環境から逃亡したいっていうのが紛れもない事実。
いや、ちょっとは考えてみて欲しい。
まだ十代の私が突然治安と倫理観がセットで終焉している世界に飛ばされ、紆余曲折の挙げ句にその世界の後始末をさせられているという状況の悲惨さ。
数が多いわけじゃないけれど友人もいたし、両親との仲も悪いものなわけじゃなかった。
学校の授業だって退屈で嫌いなものも多かったけれど、何だかんだ学校本体が嫌いなわけじゃなかった。
だっていうのに、この七万年と
友人の声や姿、両親のそれらすらも最早記憶に残っていない。
今家に帰れたとしても、他人の家に帰ったような感覚しかしないのかもしれない──それどころか。こんな性格から全て変わってしまった私を両親が受け入れてくれるわけがない。
自室の風景だって、もうほとんど覚えていない。
「ミナミだって好き好んで私のネガティブ身の上話を訊きたいわけでもないでしょ? 記憶が割と欠落している以上、話すこともないよ」
『でも、私は覚えていることはありますよ。前の旅中に話してくれたことですが、ノースちゃんのお父さんは治安を守るお仕事をしているんですよね』
えっと……ああ、そう。確か、そうだった。思い出した。
自宅警備の範囲を広げただけ、と本人は言っていたっけ。
「なんで私、自分の父親の話を伴侶から聞いて思い出してるんだろうね」
──本当に嫌になってくる、なんて口を叩けるうちは大丈夫なのかもしれないけれど。