なんかこの聖女、箱入りでねちゃねちゃしてるんだけど   作:S-A023736-9

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ねちょねちょしてる。

 

 ◇

 

 やあ、北の九番(ノース・ノイン)ことS-A023736-9だよ。

 

「さて……どうしよっか」

 

 拠点としていた都市が“回帰の灰”と“崩壊の雨”によって壊滅した。

 突如として降り始めた灰雨。それによって全ての人の知性と記憶が失われ──蠢き、無意味な声をあげるだけの存在と成り果てている。

 そして、それにすらなれず零れる肉塊と鉄屑が数多。

 

 幸運(・・)にも。

 幸運にも、私と箱入り娘は被害に逢わなかった。

 

『ノースちゃん。何かしましたよね?』

 

「さあ、どうだろうね?」

 

 建物の中にいたからとか。

 寝ていたからとか、そんな言い訳が通じないのはわかっている。隣の部屋の人もちゃんとダメになっていたし、そもそも私たちが泊まっていた部屋だってそこらじゅうが穴だらけだった。

 

 だから、私達が無事な理由がない。

 どうして私達は無事なのか。そんなことを問いかけたいんだろう。

 

 

 はや、この触手粘液っ娘と過ごしはじめてから三ヶ月。

 この三ヶ月間は、珍しく何もなかった。出会った初日と翌日、ほとんどその繰り返し。

 雑談して、この世界に嫌気がさして、魔族を倒して、雑談して。そんな感じの繰り返し。

 

 まあ。雨と灰のせいで拠点としていた街が機能停止してるんだけども。

 

『ノースちゃん、答えてください。何か魔法を使ったのですか? あの雨と灰を凌ぐ魔法です、きっと何かすごい重い代償を支払ってるはずですよね!』

 

 普通に考えたら、そうなる。

 多分あれを手持ちの人体で賄うなら、千……いや、三千人分くらいは欲しい。それぐらいあればワンチャン凌げるかな、くらいの大惨事ではあった。

 勿論、幾ら『勇者』とはいえ私の体ひとつじゃ全く足りない。聖女であるミナミを加えても、その不等号はひっくり返らない。

 

「大丈夫だよ。ほら、私は勇者だから。これでも、王国最強(・・・・)なんだよ?」

 

 王国最強の座は伊達じゃない。大量にいた勇者候補を使い潰し、蹴散らし、その屍と怨嗟の上に立っているのが私なんだから。たった一回の不運で死ぬような存在は、『勇者』ではない。

 

『どうしても、言ってくれないんですか?』

 

「実は、私がこの『災害の原因』かもしれないよ?」

 

 実のところ、100%嘘ではない。

 あながちこの推測というのは、間違いではない。

 神話の時代から続く厄災は、実のところもう少しだけ人間らしい(・・・・・)のだから。

 

 まあそれは、私が勇者だから知れたことなんだけども。

 

『違いますよ。ノースちゃんは、そういうことをする人じゃありません』

 

「どうしてそう思う? この三ヶ月、割と私見捨ててきたよね?」

 

 “雨”や“灰”、“樹”もそうだけれど。

 全力を出せば間に合うのに、全力を出さなかった場面だって沢山あった。私は民衆の人達を見捨ててきた。

 そんなに優しい人間というわけじゃない。それは、ミナミだってわかっているはずで。

 

『だって、私を最初から受け入れてくれましたから!』

 

「それだけ? その一回だけで信じちゃうのは……流石にチョロいよ」

 

 本当に気を付けたほうがいい。この世界の人は、基本的に他者に対して危害を与えることを信条にしてるのかってぐらい底意地が悪いから。

 この三ヶ月。人類から直接襲撃を受けた回数は12回。間接的には41回。何の為に戦ってるのかもわからなくなってくるくらいの頻繁さ。

 まさしく日常茶飯事っていうくらいには襲撃──生活必需品確保(さつじん)未遂が起きる世界なんだから。

 

 食糧や衣服、水とかですら魔法を使うことが多いこの世界がダメなんだよね、根本的に。

 私達だって、魔族の臓器を使って生活してるからあんまり強く文句とか言えないんだけどさ。

 

『チョロくないですよ! これでも聖女ですから、人を見る目には自信があります!』

 

「で、その信じられる目はなんて?」

 

『ノースちゃんは、信頼出来るすごくいい子です!』

 

 じゃあその目、節穴だよ。

 というか粘液状生命体の目は何処のことを言ってるんだろうか。少なくとも、私から見て眼球らしきとこは見受けられない。

 あれかな。一部の魔族や……聖女とかと同じで、『視界を得る魔法』みたいなのが使われてるとか。

 

「……まあいいか。『勇者』ってのはね。膨大な生贄によって呼び寄せられた存在なんだけどね。その呼び出し元は、この世界じゃなかったりするんだよね。だから、この世界の人を恨む(・・)災害は、基本的に私への影響はないんだよ」

 

 おや、てっきり首輪が絞まると思ったけれど。上手くいったんだね。

 

 どうやら結婚相手にこの秘密を明かすのはギリギリセーフらしい──王国の首輪作成者にも人情が残ってる人がいたんだ。

 まあ、昔の私なんだけどね。結婚生活を夢見てたころの私。

 こんな人の人生を服従させる首輪なんて大層なもの、強力な魔法を使える人じゃないと作れないからね。

 

 作らされたから、せめてもの反抗──なんて見方も出来るけれど。

 

「だから、別に何も犠牲にしてないよ。あなたに言われるほど、優しくはないかな」

 

『なら、余計に優しいじゃないですか。だって私が無傷ということは、私を庇ってくれたんですよね?』

 

「それは……結婚相手が死んだり廃人になられても困るからね」

 

 一応、国家の最高戦力同士。

 私は死なないけれど、ミナミは普通に死ぬ可能性があったから。ノーリスクで守れるとしたら、普通に守るでしょう。

 

『じゃあ、なおさらですよ。こんな国が決めた相手なんて殺しちゃっていいじゃないですか』

 

 廃人となった人を襲い、臓器を奪い合う。

 そんな光景が眼下で広がる。

 明日の食糧を、今日の水分を手に入れる為に昨晩までの隣人を襲うことが当たり前の世界。

 

 そんな世界で生まれた人にとって、殺すことも殺されることも日常でしかない。

 人を信じるなんてものは夢物語でしかなく。疑い合うなんて前提を一歩踏み飛ばして、基本的に敵対している。

 それよりも大きな敵である魔族がいるから、ギリギリ集団として機能しているだけ。

 

 だから、箱入りの(・・・・)聖女様はそんなことを言うのだろう。

 イヤなら殺せばいいじゃん、なんて簡単に。

 

『しかも、こんな姿ですよ? どうみても人間じゃない見た目です。こんなの、さっさと殺して箱だけ持って誤魔化せばいけますよ。ノースちゃんなら』

 

 知っての通り、別に法国も教会も清廉潔白ではない。

 外面上の雰囲気はそうかもしれないけれど、実情はそんなことない。それこそ、聖女という存在がその証明にしかなっていない。

 

 だから、ミナミにとっての命は軽い。

 何かあれば、弾みで失われてしまうもので、特別尊重するべきものではないはずなのに。

 この世界に生きる人は、利己的でどうしようもない人しかいないはずなのに。

 

「どうして。ミナミは──聖女様は、そんなに人のことを思いやれるの?」

 

 今までこの世界で生きてきて、唯一。

 自分よりも優先する、なんて考えを少しでも持っていたから。

 

 日本に比べて、遥か地の底に墜ちたハードル。

 それでも、確かにハードルを越えていて。

 

『だって、出来るだけ全員が幸せなほうが楽しいじゃないですか』

 

「……なにそれ。あり得ないでしょ」

 

 強盗、放火、殺人。

 魔法と怒号、悲鳴と怨嗟が飛び交う。

 最早秩序なんて言葉が辞書から抜け落ちてしまった街の中で、『全員が幸せ』なんて似合わない言葉が発される。

 

『今は無理かもしれませんが、その内。その内、全部が終わって平和になりますよ』

 

 “終焉の境”という時間制限があり、三つの破壊装置があり、そして終わらない魔族と人類の戦争があり。

 それら全ては、きっと解決すると考えられる人がいるならば。

 

 きっと、その人は守りたくなるような箱入り娘で。

 

「……仕方ない、か。お姉ちゃんの言うことに従ってあげよう」

 

『これがデレ期ですね! 私、本で読んだことありますよ!』

 

 

 まあ、この世界の人類は愚かだけれど。

 ミナミがいる世界ってのは、最悪ではないのだから。

 

 もう少しだけ、勇者をやるのもアリかもしれない。

 

 

 

 

 

 例え、待ち受けるのが永劫の孤独だったとしても。

 ほら。だって私はこの世界で唯一、“終焉の境”に飲み込まれないから。

 

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