ワタシは、ボンバー……   作:無記名 to 稿

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屋敷での備忘録

 

平和な時間が過ぎる。

モーニングティーを片手に。

ワイリーは息を吐いた。

 

思い返せば単純な話。

最初が順調過ぎたのだろう。

今更のように。

そう、述懐する。

 

オーパーツの持ち主が概ね協力的であった。

理性的な者ばかりだった。

だから調査も滞りなく進むだろう、と。

大きな間違いであった。

 

チョイナを北上し、草原の民の末裔と接触を終え。

恙なく、ウインドマンが完成を見た。

それを機に、遺物を持って帰る風天老師とも別れ、三人旅が始まってから。

中々な代物だった。

微かな振動の中でそう、思い返す。

 

ヒマナラ山脈を望み世界最高峰の山脈を見た。

地下に広がる大空洞と遺跡を視た。

地平まで広がる砂漠と聳えるピラミッドを観た。

内部の迷宮染みた造りと綻びを診た。

様々なモノを見て廻った。

 

資料館を巡った。

遺跡群を巡った。

博物館を巡った。

信仰場を巡った。

 

人間、理性的な者ばかりではない。

文明的な場所ばかりではない。

狂信的な存在もいた。

 

経験は積んで損はない、とは聞く話である。

しかし、死に兼ねない経験を両手で数えるに余りあるほど積む意味はあるか。

生贄とか。

心底からの疲れと共に、口から吐き出した。

 

「ハァ…………」

 

置かれている朝刊を取る。

見出し。

記載されているのは、『オフィシャル』なる文字。

今現在、世界は何処もその話題に持ち切りだった。

 

それこそ、世界各国で旅を続けていたワイリーを拉致せんと狙ってくる程度には。

本当に。

その所為で研究方面ばかりでなく、変装だとかの技術が大いに向上しているのだが。

閑話休題。

 

『オフィシャル』いよいよ設立へ。

そのような文言が此処最近は何時もの事のように踊っている記事を軽く、念のため一通り読み進め、投げる。

そうして詰まらなそうに窓の外へと視線を向けた。

 

流れ行く、キングランドの景色。

郊外へと向けて走っているのだろう。

徐々に街並みは自然豊かなモノへと移り変わっていっている。

 

視線を逸らし反対側を向けば。

瞑目しているミヤビ。

呑気に用意された朝食を進めているゆりこ。

 

悲しいかな。

拉致狙いや殺害狙い。

種々折々様々な危険を肌に触れ、ワイリー達三人組の危機管理能力は嫌と言うほど向上していた。

 

それでも足りず、ミヤビの顔に傷が付けられるような激戦があった。

キャンピングカーが爆発するような、あるいは爆発させざるを得ないような事態が何度かあった。

収集した幾つかの遺物を守ることには成功したが。

 

閑話休題。

今朝方。

わざわざ普通の車の倍ほどの長さはあろう、黒の高級車と共に現れた、曰く執事。

その人物からの誘いを受けても、まあ悪いようにはならないだろうと感じ取れる程度には。

危機感の欠如と言えるのかも知れないが。

 

「…………あとどれぐらいじゃ?」

「……五分もすれば到着致します。どうか今暫くお待ち下さい」

「あ、そうなの? じゃあ手早く食べちゃお」

「――――――」

 

薄っすらと、傷跡のある側の瞼を開いたミヤビ。

その視線が、奪うようにワイリー分のサンドイッチを食べ進めているゆりこを見やった。

瞬時に視線を交わし、互いに小さく目を細め合い、瞼を下した。

関与していないが、何某かあるのだろう。

最低限の自衛を除いて、乱暴な事柄は二人に任せているためワイリーは気付いていないようにするだけ。

 

そうこうしている内。

やがて車は滑るように守衛の居る門を通り、豪勢な庭を抜け、屋敷の玄関前へと辿り着いた。

弾かれるようでありながらも滑るように運転席から降りた執事が、速いにも関わらず見苦しさを感じさせない挙動で扉を開いた。

さっさと降りる二人を尻目に、ゆっくりとワイリーは後に続く。

 

丁度その後ろで、四代目のキャンピングカーが止まるところだった。

其方も其方で優雅と言うべき立ち振る舞いで運転席から降り、差し出すようにキーを示した。

受け取り、進む。

 

普通ならば。

去っていく高級車のようにどこぞ駐車スペースへと運ばれて然るべき。

にも拘わらず、玄関先に置かれ、カギを返された。

即ち、ワイリー達の意思で何時でも帰って良いと言う意思の表れ。

 

「…………」

 

強引さに反して。

つまり、話をすればある程度の利がある。

否。

ある程度の利を掲示出来るだけの自信があるのだろう。

その辺りまで大雑把に当たりを付け、さりげなく頭を掻くように、片眼鏡を起動させた。

 

「……ふん」

「あらおじさま、どうかした?」

「なに、長い滞在になるかも知れんと思うてな」

「――ふぅん」

 

如何にも場慣れしていないように。

執事の先導に続く形で、キョロキョロと周囲を見渡していたゆりこの問い。

答えれば、対して興味なさそうに視線を周囲へと戻していた。

 

そのような時間も僅か。

数分ほどで、執事の足が止まった。

振り返り、確認するような瞳にワイリーが頷けば、ノックをし、ゆっくりと押し開け行く。

続く形で三人がその後に続いた。

 

「よくぞいらっしゃいました!」

「…………」

 

座っていたソファから弾かれるように立ち上がった片方の人物。

快闊。

ソレが人の形を取ったような、大柄なその男が両腕を広げながら大股でワイリーの元へと無造作に近付き、

 

「ああ、はじめまして」

「! んふふ! 私はジャック・エレキテル! 人呼んで、エレキ伯爵! と申します! さあ、此方に! お二方もどうぞ!」

 

ワイリーの差し出した手を振り回すように大きく揺らし、そのままソファへと引っ張っていく。

一瞬顔を顰めはしたものの、されている張本人が大人しく引っ張られている。

その姿に、肩を竦めて見詰め合い、溜息を吐いた。

ワイリーを離してすぐ二人へと手を伸ばしたエレキ伯爵とどちらも握手を交わし、挟む形で座った。

 

そうして向かい合う。

変わらず、快闊な笑みを浮かべたまま。

その手をもう片方。

隣に座る女性へと向けた。

 

「こちらが私の妻、アン・エレキテルです!」

「アン・エレキテルと申します」

「社交界では私に並んでエレキ夫人と呼ばれておりますので、皆さんもそのように!」

「ジャック」

「オーゥ!」

 

微かに。

何かが弾ける音がした。

一瞬の音。

しかしワイリー以外の二人を目だけを走らせた。

 

肩を竦め、視線を逸らす。

そのような姿に何とも拍子抜けしそうではある。

だが、ワイリーは鋭さの増した視線を向けていた。

 

エレキ伯爵。

ではなく。

エレキ夫人に。

 

にこやかに他二人を見ていたエレキ伯爵だったがワイリーの視線に気付いた瞬間、その笑みが潜んだ。

一瞬。

鋭さと共に。

しかし瞬きの間。

元の快闊なモノへと表情は戻っていた。

 

もっとも、その一瞬。

垣間見せた貴族の姿。

それで十分であった。

 

ただの道楽。

惚けた貴族ではない。

周囲ではなく、本人もまた警戒に値する。

そう断じられるには。

 

恙なく。

用意されていくお茶。

ツラツラと話題を提供するエレキ伯爵。

しかしそれも、最後に残っていた執事が頭を下げ、部屋を出ることで終わりを告げる。

 

息を付くように紅茶へと手を伸ばし、上品な所作で飲むエレキ伯爵。

続く形でワイリーも飲み。

小さく、陶器のすれる音が響いた。

 

沈黙。

誰も喋らない。

既にエレキ伯爵の表情は消えていた。

何処か、硬さを含むものへと。

 

変わらぬのはただ一人。

いや、二人。

ワイリーと、エレキ夫人。

その二人だけが変わらぬ様子で、居続けている。

 

「ワイリー博士」

「…………」

 

それも、崩れた。

縋るような。

声。

瞳。

 

「どうか、救って頂きたい――私の愛しい妻を」

 

その。

言葉に。

 

「――ジャック」

「…………」

「…………」

「…………」

 

沈黙を保っていたエレキ夫人が口を開いた。

三人の視線が集まる。

原因は、それではない。

 

爆ぜた。

空気が。

そう称するしかない現象。

 

白雷。

電光。

警戒したモノの正体に驚きに目を丸くする二人。

それとは別に、眉を片方、軽く上げるのみ。

頭の中を整理するように紅茶を口につけ、開いた。

 

「帯電体質――ではないな」

「はい」

「発電体質とでも言うべきか」

「!」

「その通りです」

 

体が光った。

電撃が走った。

隣の、エレキ伯爵へと。

 

しかし慣れた様子で、エレキ伯爵は一瞬顔を顰めたものの。

そちらもそちらで紅茶で口元を濡らし。

暫く。

ゆっくりと、話を始めた。

 

「エレキテル家についてはご存知でしょうか?」

「知らん」

「フフフ……エレキテル家は現在、キングランドの電気と機械の最先端を行く大家です! ……これには理由があります」

「……」

「エレキテル家で代々引き継がれている発電体質――呪い、とあえて言いましょう。そのためです」

「呪いか」

 

重々しく。

頷いた。

 

「感情の起伏に応じて周囲へと電撃を撒き散らす、と言った所か?」

「ッブラボー! 流石はワイリー博士! ――実はご存知でしたか?」

「見れば分かった」

 

見れば。

無差別に電撃を放っている訳ではない。

今のところ、二度。

「愛しい」と言われた際と、ワイリーがその体質を言い当てた時。

少なくとも、驚きによって電撃が発せられたことは目に見えて分かる。

 

「――――――つまりはその体質を抑えられるか、周囲に撒き散らさない装置を作って欲しいということか?」

「エックセレンッ! まさしくその通りです、話が早い! 金なら幾らでもお出ししましょう! 私に出来ることなら可能な限りお手伝いもします! ですからどうか、私の妻を」

「一つ」

 

乗り出さんばかりに。

勢いよく語るエレキ伯爵の言葉を鼻先へと突き出した指一本で遮り。

その視線をズラした。

 

隣。

座り、紅茶を片手にしているエレキ夫人へ。

強いているのだろう。

感情を抑えることを。

その姿へと。

 

「聞きたい」

「――――――何でしょうか?」

「ワイリー博士! 話なら私が」

「発電体質は代々エレキテル家で引き継がれている。ならば伯爵、お前は外からじゃろう?」

「!」

「――その通りです。ジャックは入り婿という形になります。鋭いのですね」

「少し頭が回れば分かることじゃ」

 

陶器が軽やかな音を鳴らす。

エレキ夫人がゆっくりと下ろし、腰近くで手を組み。

その視線をまっすぐ、ワイリーへと向けた。

 

主導し続けるつもりだったのだろう。

しかし奪われた。

察したらしいエレキ伯爵が背凭れへと体重を掛けた。

ソファが軋む。

その音を気にするでもなく、夫人はただ、待つ。

 

何かを問われる。

ソレを察して。

故にこそ、ワイリーは口を開いた。

 

「遺物――オーパーツ、とでも称すべきモノ」

「…………」

「!」

「やはりあるか」

 

半ば予想していたらしい夫人は眉を微かに動かすに留め。

伯爵の方が跳ね飛ばされるように体を起こした。

その様に、意外そうな目をワイリーは向けた。

知っているとは思わなかったのである。

入り婿である、伯爵の方が。

 

「……ジャックは私の夫。我がエレキテル家の当主です――知っていておかしなことでも?」

「…………失礼した」

「分かって下さったのなら構いません……ジャック」

「……アン」

「分かっているでしょう? アレが完全に無関係とは思えません。むしろ私達が言わずとも辿り着いておられるのだから、お見せするのが筋。違いますか?」

 

見詰め合う。

硬い表情のエレキ伯爵に対し、どこか柔らかさのある表情の夫人。

やがて耐え兼ねたように視線を逸らした伯爵が、残っていた紅茶を一息に飲み干し、軽快な音と共にカップを置いた。

 

「――お連れ出来るのはワイリー博士だけです。それが、最低限の条件です」

「いいじゃろう」

「ワイリー様」

「おじさま」

「二人はご夫人と今後の予定について詰めておいてくれ。泊めて貰えるんじゃろ?」

 

顔を顰めるミヤビと、半ば予想通り。

そんな呆れ気味の表情なゆりこを無視するような形でワイリーが立ち上がった。

次いでニッカリとした笑みを浮かべたエレキ伯爵も立ち上がり。

夫人から古びたカギ束を受け取り、出入り口を示す。

そのまま流れるように廊下へと、

 

「おう、予定通りになりそうだ! 中で打ち合わせするみたいだからお前も確認を」

「承りました」

 

出てすぐ。

脇に控えていた執事に声を掛け、伯爵は先へ先へと進んでいく。

とはいえ、配慮も見えた。

後ろに続くワイリーの速さに合わせるよう、何度か振り返るような配慮は。

 

しかしそこまで。

何の説明もないまま進みゆく。

曲がり。

広間を通り。

部屋を抜け。

 

食堂に入り。

厨房の端を歩き。

地下の階段を下り。

薄暗くも涼やかなワインセラーの中を行き。

 

最奥。

岩壁。

ではない。

元々知っていなければ見逃しそうな、だがよくよく見れば分かる偽造。

扉。

 

岩の隙間のように偽造されていたらしい足元の鍵穴へとカギを差し込んで回し、押した。

重々しく。

しかし、音もなく。

人が通れるだけの隙間が開く。

視線だけで会話を交わし、ワイリーが滑り込んですぐ、エレキ伯爵も入り込んだ。

 

分厚い鉄扉。

であったらしい。

ワインセラーの温度を保つための工夫だけではないだろう。

 

また一瞬、視線を交え。

足元に置かれていた懐中電灯を二つばかり拾い上げ一つを渡した伯爵が再び先を行く。

やはりワイリーも後に続いた。

 

「………………」

「………………」

 

懐中電灯が置いてあった通り。

入ってすぐはともかく、奥に明かりはない。

否。

そもそも人造物ではない。

 

自然窟。

だろうか。

それに最低限、通れるだけの加工を施したような場所。

案内する者が居なければ、恐らく二度とは帰れない。

そのような雰囲気の漂う場所であった。

 

もっとも。

ワイリーは己の歩数や曲がった回数。

そういった物事を念のため頭の片隅に入れているので、置いて行かれても問題はない。

ただただ数分ほど、何処へとも分からぬ場所へと歩いていく。

最中、

 

「……………………ワイリー博士」

「なんじゃ」

「妻のこと、どう思われますか?」

「興味深い体質ではあるな」

 

足を止め、振り返った。

エレキ伯爵の言葉を、特に考えずに返す。

興味深い体質である。

発電体質など。

一体どのように電気を発しているのか。

 

自然界の例で言えば、デンキウナギがいる。

狩りに電気を用いる魚類。

だがそれは、体がそのように出来ているからだ。

具体的に言えば、おおよそ八割。

体のそれだけを発電装置に割いて、電撃を発せられるように進化したのだ。

 

対する、エレキ夫人。

その姿は人間のソレ。

明らかにそぐわない。

興味深い体質である。

 

「…………解剖して調べたい、とか?」

「いや、別に」

「ウソを吐かないで頂きたいですね」

 

それだけでしかない。

ハッキリ言えば。

それよりも驚くべき発見等、ワイリーはここ数年は幾らでも見て来ている。

だから然程ないのだが。

伯爵はそう、受け取らなかったらしい。

 

振り返り。

徐に懐中電灯の明かりを一角へと向けた。

釣られ、ワイリーの視線が向いた。

其処へ。

明かりに照らされる、人らしき頭蓋骨へ。

 

「社交界では暗黙の了解。知られている体質でしたので、どこからか耳に入れた医者がおりましてね」

「ふうん。ああ、そう」

 

どうでも良さそうに答えながら、ワイリーの視線が伯爵へと戻った。

伯爵。

そう、伯爵。

貴族階級の人間を実験動物扱いしたい等と。

バカを通り越して、脳ミソがないのと一緒である。

 

視線を外していた間にでも用意したのだろう。

抜き身の剣を握っている姿を一瞥し、顎で示した。

「さっさと進め」と。

 

これには伯爵も苦笑い。

剣を鞘に入れてから壁に立て掛け直し。

先へと視線を戻し、

 

「あ、コレ等は単なるジョークグッズです! 気にされず! ハハハ!」

 

思い出したようにそう言い置いて。

先へと進んでいく。

後に着いて歩く。

 

頭蓋骨らしきモノを気にもせず。

剣に対しても視線すらやらない。

エレキ伯爵が言ったのだ。

ジョークグッズと。

 

真偽をわざわざ確かめなければ。

否。

確かめるまでもなく、そう言うことである。

 

無言の歩みはそこから一分ほどで終わりを告げた。

如何にも重厚。

人の丈を超える、金属製の門扉。

錆一つ見当たらないがしかし、装飾の類もまた見当たらない。

 

何時から存在しているのか。

そのような感想を抱くワイリーが見上げていた視線を下した時、ハタと気付いた。

脇のカゴに、無造作に入れられていたゴム製と思しき手袋。

不審に周囲へと視線を走らせれば、扉の取っ手にもまた、黒っぽいゴム製の何かで覆われているようにも見える。

 

「此方を」

「これは?」

「下手をすれば目が焼けますので」

 

無造作に渡されたのは、不格好なマスクらしきモノ。

ワイリーは昔から世話になる機会が多いためよく知っていた。

溶接等の際に目が焼かれることを防ぐための、遮光用のマスク。

つまりこの先にあるのは、光。

そしてゴムの取っ手と手袋による二重防護。

 

どのような代物があるか。

おおよその正体を察しながらも片眼鏡を懐に納めて。

遮光レンズ越しに視線を合わせ、どちらからともなく頷いた。

 

軽く、息を吐く。

エレキ伯爵が数度の深呼吸を終え。

取っ手を握り締め。

押し開いた。

 

出迎えたのは、光。

遮光グラス越しにも拘わらず、目に焼き付けんとせんばかりの。

次いで、音。

数百もの人々の喝采のような。

 

其処にあってワイリーは目を細めた。

光の中に存在するモノは何か。

確と見んと。

 

やがて。

目が慣れたのか。

あるいは、光が落ち着き始めたのか。

窟。

広間の只中の台座にて、浮くように佇むように在るソレを見た。

 

輝きを放つ両刃剣。

否。

文様の刻まれた石剣か。

しかし確かに、迸る光が刃を形成しているように見える。

 

「――――――」

「ハッハッハ! 客人が居る所為で随分と張り切っているようですね!」

 

音に負けぬようにと声を張り上げる伯爵。

その声はそれでも、すぐ隣にいるワイリーの耳には届いていない。

違う。

届いていても、聞こえていないのだ。

 

息を吞んでいた。

遺物の調査に当たり、ワイリーは様々な伝説伝承についての調査を進めていた。

実態はナビ任せだが。

 

その中。

キングランド。

剣。

そして、光。

そう言った条件に最も合致する代物等、一つしかない。

 

「――――千の松明を集めたような輝き……」

「違う。アレがそんな良いモノか」

 

一歩。

足を進め掛けたその肩を伯爵が掴んで止めた。

振り返ったワイリーの目に入るのは、酷く、苦々しそうな表情。

あるいは憎しみすらも籠っているのではないかと言わんばかりに。

 

「北欧。狂える戦士達の王が担いし剣」

 

その両目を剣へと向け、

 

「抜けば死を見るまで納まらず、三度願いを叶える代わりに必ず破滅を齎す――いや。ただ妻を苦しめるだけの、呪われた代物ですよ」

 

しかしワイリーの耳にも届くほど。

吠えるように輝くソレへと。

ハッキリと吐き捨てた。

 

 

 

「ワイリーさん。少しお伺いしたいのですが」

「なんじゃ」

「あの子――ゆりこのことです」

 

医療用機器。

いわゆる、心電図等の測定。

そう言った機器をアン・エレキテルことエレキ夫人に貼り付けさせていた最中。

問い掛けにワイリーは言葉を返した。

 

本来であれば。

女性の使用人におおよその準備は任せる予定であった。

しかし数度の調査を経ての時。

話がしたいということもあって、エレキ伯爵を交えた三人での検査。

 

元より、何かあるのだろう。

そう考えていたワイリーの手は特段止まらない。

機械の調整を行いながら、強いて視線を夫人の方へと向けないよう配慮だけしていた。

 

当然、肌に機器を取り付けているのは伯爵である。

まさか既婚者の素肌を不躾に触るようなこと、ワイリーはしない。

別に一切の笑みを消していた伯爵を慮った、という訳ではない。

決して。

 

「なぜ、あの年頃の子が貴方に着いて歩いているのかと気になりまして」

「…………ふむ」

 

思わず。

手を止めたワイリーの視線が流石に夫人へと向いた。

伯爵も若干顔を顰めてこそいるが、止めるようなことを口にはしない。

 

答えて良いモノか。

ワイリーが悩んだのは一瞬。

別に隠すことでもない。

そう結論付けて。

 

「ゆりこはいわゆる記憶喪失じゃ」

「……」

「計器の反応も悪くないな。計測のついでに話すとしよう」

 

表面上。

あるか無き反応を示しただけの夫人であった。

しかし機械にウソを付けない。

計器の指し示したデータを観測しながら、一つ頷いた。

 

「調べれば分かることじゃが、ニホンの北方。近郊でかつて飛行機の墜落事故があった。その際、偶然にも近くにいたワシ等がゆりこ――大園ゆりこを海から救い上げた」

「……墜落事故でも助けられたのですか」

「うむ。しかし、それ以外の乗客は既に海の底に沈んでおった」

「…………」

「助けることができたゆりこも、目を覚ましてみればそれ以前の記憶がない――ああ、当然じゃが医者に見せて確認した結果じゃ」

「それは……」

「ワシの都合もあって家族とは流石に会わせられなかったが、住んでいた町にまで連れて行った。記憶は……さっぱり戻らなかった」

 

夫人に貼り付けた観測機。

その一つ一つの数値を探る。

何処の数値が高いのか。

挙動を余さず。

後で誰かしらに纏めさせることではあるが、自身の直観にもワイリーはそれなりの信を置いていた。

 

表向きの検診の結果は、通常の人体と変わらないことは既に知っていた。

夫人の何処から電気が生じているのか。

計測器の表示する揺らぎ。

過去にない、さざめきのように揺れ動く波を眺めながら。

 

「――無論、それでも家族に元に帰すことも選択肢にはあったんじゃろうが…………」

「出来なかったのですね」

「……そうじゃ。思い出せもしない家族の元に帰して、果たしてどうなる。飛行機事故の影響もあった。ゆりこの家族がマスコミ共に追い回されることに耐え切れなかったようでな。既にそれまでの町から引っ越していたこともあった」

 

奇跡の生還者。

果たしてソレを知ったマスコミはどう動くか等。

考えるまでもない。

 

その上で家族の方もまた、記憶のないゆりこをそのまま迎え入れることが出来ただろうか。

住み慣れた町と共に、切り払ったハズのゆりこを。

能天気に「受け入れられる」と答えられるほど、ワイリーの頭脳は冴えてはいなかった。

 

無論、ワイリーがその気になれば居所を探ることも、放り出すことも容易い。

しかしそれをするには、些か無情さが足りなかった。

ゆりこへの。

その家族への。

あるいは、ワイリー自身の、か。

 

「………………成か否か」

 

手を止め、ワイリーは己の眉間を揉みながら、天井を仰いだ。

時が経てば経つほどに。

噛み締めれるほどに厚く。

ワイリーの内に積もるのは、ただの悔いであった。

 

ああすればよかった。

こうすればよかった。

本当にそうか、とその内に疑念が浮かぶことはあれど。

それが止むことはない。

 

正のこと。

キャスケットのこと。

バカ弟子のこと。

ストーンマンのこと。

ゆりこのこと。

友人達のこと。

 

様々なことが、ワイリーの脳裏を過っては消える。

悔いは、ある。

もっとも、それに囚われるほど軽い年月を重ねてなどいなかったが。

 

「…………余計なことを口にしました」

「ああ、いや、構わん。正直、見栄えはよくないじゃろ」

「ええ……まあ……」

 

苦く笑うエレキ夫妻の様子に、「まあ、そうだろう」とワイリーは頷いた。

顔立ち。

体付き。

何より、姓名。

大園ゆりこの全てが、ワイリーのみならずミヤビとの関係を否定している。

 

ともなれば、見ず知らずの子供を連れ歩いているようにしか見えない。

その程度の認識は勿論あった。

直接的に聞かれる機会こそなかったが、怪しむような視線を受けたこともまた数度。

 

もっと端的に言って。

男二人に女が一人。

それも、相当に若い女が、しかもキャンピングカーで三人暮らし。

多少なりとも訝しむのが常道。

むしろ密やかに裏取りを進めず、真っ正直にワイリーへと確認を取っただけ有情とすら言える。

 

明らかに怪しいでしょう。

若い女の子をキャンピングカーに囲んだ男二人とか。

よくても、気合の入った家出少女を連れ回しているようにしか見えない。

 

「まあ、なんじゃ、そう言った事情じゃ。調べれば分かることではあるが、あまり触れ回って欲しくはない」

「いえ……流石に配慮はさせて頂きます。不躾なことを申しました」

「……ふむ。そうか、不躾と思われたか」

「ええ。申しました」

 

揶揄するようなワイリーの言葉に、小さく笑うエレキ夫人。

少しばかりの緊張が場に満ちる。

同時に、エレキ伯爵の表情にも。

 

言ってしまえば、揚げ足。

手向けたソレをワイリーが掴んだ。

エレキ夫妻の想定外にも。

隙を見せたから掛かった、という単純な話ではない。

 

ワイリーが望むモノを、夫妻が用意出来るかどうか。

出来ると判断されたからこそ、掴んできたという話なのだ。

表面上は然程も変わらずに見える二人であるが、やはり計器は誤魔化せない。

密やかにソレを笑いながら、ワイリーは更に口を開く。

 

「そうじゃな……無論、一方的に頼むだけのつもりもない。調査させて貰っているアレのデータを流用してナビを一体、作ってやろうではないか。どうじゃ?」

「ふぅむ……依頼の内容に依るとしか。言えませんねえ!」

 

沈黙を自身に強いていた伯爵が遂に口を挟んだ。

ネットナビを作る。

ワイリー博士が。

この意味を薄く考えられるほど、長い間、貴族をやってはいない。

 

ある種守るように立った伯爵の姿を、ワイリーは笑った。

ワイリー自身。

警戒心を大いに煽っている自覚を持ってはいた。

しかし、調査を進めている「アレ」こと剣を初めて見に行った際のジョークのことを忘れていなかった。

その程度の話である。

 

だからこそ、これ以上は無用。

むしろ余計に拗れる可能性がある。

そう内心で見極めながらもしかし、強いて、悪そうな顔を作りながら、

 

「なぁに、簡単なコトじゃ…………少なくとも、お前達にとっては、な」

 

そうして。

口に出された。

ただ一つの条件。

それに、

 

「…………はぁ? ……ええ? そんな、ことを?」

「…………あらまあ。ワイリーさん、貴方って……」

 

伯爵は拍子抜けしたように肩を斜に。

夫人は呆れながら、自身の額を揉み。

かくして。

契約は成った。

 

 

 

「やあやあワイリー様! 他皆さんも!」

 

喧しい声と共に、食堂へとエレキ伯爵が入って来る。

その音に。

特に誰も反応はない。

伯爵の高いテンション。

それは、既にそれなりの日数を此処、エレキ邸にて過ごしていれば慣れ親しむような代物だからだった。

 

しかしどうにも。

ふと、気付いたように新聞に目を通していたミヤビが視線を僅かに向けた。

趣が異なる。

 

数瞬の観察。

違和感のない程度に送った視線を戻し、内心で思考を巡らせる。

機嫌が良い。

普段よりも、数段階。

 

ニヤニヤとした笑みを浮かべ。

しかし普段とは異なりそのままワイリーの元へと歩を進める。

そのような伯爵の姿に、向かわれているワイリーやゆりこも流石に気が付いたらしい。

自然。

その視線が向けられた。

 

「ハハハハハハ! ワイリー様! んー、ワイリー様ァ!」

「……やけに機嫌が良いな、今日は」

 

抱き着かんばかり。

それを通り越している。

実際に後ろから抱き着いた伯爵に、流石に思う所が出来たのだろう。

薄っすらと焦げ目の付いたトーストを皿に戻し、頬擦りをするその顔を強引に引き剥がした。

 

尋常な様子ではない。

良い方に。

流石にどうかと思う位に。

呆れ目でワイリーは振り返り、ふと気付いたように声を漏らした。

 

「おい」

「ハイ?」

「電気、どうしたんじゃ?」

「おっと! 嬉しいことがあって忘れていました! ハハハ!」

 

そう言えば。

とでも言うような顔をし、しかし笑みは変わらない。

上機嫌な様子のまま、伯爵が普段座っている席へスキップしながら向かって跳ぶように座った。

 

すぐさま。

と言うほどの早さではないが。

トーストに、黄金のように艶やかなマーマレード。

追加でヘッドギアが持って来られる。

 

そう、ヘッドギア。

分かり易いものでは電球。

そう言った電飾の施された、目立ちたがり屋のヘッドギアとしか言えない代物である。

ソレを躊躇なく頭に取り付け、序でのようにスイッチのオンオフを確かめるようにし、食事を始めた。

 

既に六つに切り分けられているソレ。

一つを手に取り、バターを薄く、撫ぜるようにトーストの表面に。

それから飾り付けるように僅かばかりのマーマレイドを添えて。

 

絵になるような優雅さ。

頭で輝く電球さえなければ、だが。

ワイリー製のソレに疑問を浮かべる者は居ない。

何かしらの意味があるのだろう、と。

 

「…………気になりますか?」

「まあ……それなりにな」

 

鼻歌でも歌い出しそうな具合。

自ら、そのように自慢するような声に周囲へと視線を向けたワイリーだが、他二人のみならず、側仕え達も無言。

仕方なく、ワイリーは頷いた。

 

「ンフフフ――いやぁ、アンはああ見えて中々刺激的で、そして何よりも素晴らしい妻でしてね! ご存知でしょうが!」

「おう」

「その刺激も……まあ、些か? 夜でも強過ぎることがあったのも難点でした……私の体だとか色々と持たなかった程で……ですがワイリー様のお陰で輝かんばかりではありますが落ち着きました!」

「おう執事、ちょいとソイツを黙らせられんか?」

「申し訳ありません」

 

何やら下世話な意味で、危険域に入り込みそうな言葉。

呆れを冷たさに変えたワイリーが伯爵の傍に控えている執事に声を掛けるも、頭を下げられるだけ。

仕方なく視線を伯爵へと戻す。

しかしこの後のおおよその流れは、その聡明な頭脳から、分かっていた。

 

「――――おめでとう、と言えば良いか?」

「! オッホッホッ! 流石ワイリー様、話が早い!」

 

故に先んじて。

祝いの言葉を述べた。

ミヤビはその言葉で察し、唯一分かっていない様子なのはゆりこだけ。

まあ、若いので。

それにただでさえ対人経験でもワイリーとミヤビばかりと、直線的にだと下世話な話はまだ分からないのだろう。

 

「しかしそうか……もうそんなに経つ、か」

「まだ二ヶ月にはならない程度ですがね!」

 

それよりも、とでも言うように。

ワイリーは頷きながら皿に置いたままだったトーストを取った。

機械の準備を進め、地下に封じ込められている剣の調査を進めている。

傍ら。

と言うよりも、エレキ夫妻にとっての本命であった、電撃の問題。

 

そちらについは、ワイリーは比較的早い段階で解決させていた。

三週間と経たずだ。

主な問題は、何処から電気が発せられるか。

それさえ分かれば、あとは効率的に外部への発散を抑え込む。

 

問題となっていたのは、観測の精度と機械の強度。

いくらキングランドの貴族であるエレキテル家であっても、ワイリーの技術力には遠い。

エレキ夫人との、頼みごとを含めた会話の折を最後に、精密な観測は終えていた。

残りの機械の強度等、ワイリーの前では鼻で笑う程度でしかない。

精々、機器を服の下に持ち運べる大きさにすることに手間取っていたぐらい。

 

要するに、エレキテル家が解決出来なかった問題をワイリーの超技術が一息に解決しただけの話。

電気を発する部分からコンセントに当たるモノを付け、誘導。

その先をバッテリーのような大容量の充電機器を用意。

あるいはもっと直接的に電気を発散。

一通りを、全て。

 

そしてその発散方法の一つが、ヘッドギア。

そこに取り付けられている電飾類である。

なお、別に伯爵が付ける必要はない。

夫人一人に奇異の目を向けられる可能性よりも、エレキテル家として、電気に強い一族と印象付けるためのイメージ戦略。

 

等と言うのが、伯爵の言。

それに対してワイリーは何も言わず。

ただ幾つか、曰く失敗作だから要らないモノの、設計図を渡しただけだった。

 

「…………そうか、子供か」

「フフフ!」

 

サクサクとしたトーストを食しながら、ワイリーは思考を他所へと巡らせる。

さて。

子供。

少し驚いた表情を浮かべ、そわそわと視線を他所にやっているゆりこはミヤビに声を掛けられているが。

 

「なんぞ欲しいモノでもあるのか?」

「ふぁい? …………ああ、いえ! そう言う訳ではありません! ただ自慢したかっただけです!」

「そうか」

 

食事中に声を掛けられ、首を傾げた伯爵だがすぐに飲み下しながらも首を振った。

一瞬浮かべた怪訝そうな表情はソレが真実なのだろうと告げている。

さて、それであれば。

腕を組むまでもなく、ワイリーは考える。

であれば、

 

「……要望の通り、ネットナビについてはある程度、形にはなっておる」

「フ~ン? ………………別にどれほど時間が掛かろうと問題ありませんよ? 一生でもね?!」

「そうも言えんじゃろう。ワシとしては、流石にそろそろ次に移りたいと思っておったしな」

「えっ、おじさま、子供の顔は見ていかないの?!」

「PETで遠くからでも見れるわ。と言うよりも、子供のためにもこれから忙しくなる場所に長居できるか」

「うぅん……それもそうだけど……」

 

残念そうな顔をするゆりこだが、そう言うことである。

若干残念そうな顔をしている伯爵へと視線を移し、口を開いた。

 

「エレキ」

「なんでしょう?」

「此処で見せて貰った資料は中々に面白いモノであった。感謝する」

「お気になさらず」

「剣士風が嫌だと言っておったお前達のネットナビも……あと一週間もあれば仕上がろう」

「もっと長くとも構いませんよ?」

「ワシが構う。子育てと言うのはな、案外忙しいもんじゃ」

 

そう口にし、ワイリーは目を閉じた。

かつてのことに。

束の間。

数秒ばかり。

 

「――契約の件、くれぐれも頼んだぞ」

「……ええ。ご安心を」

 

その様な会話を交わした半月後。

ワイリー達はひっそりと、屋敷を後にした。

頭を下げている人々を置いて。

 







「アン」
「ジャック」
「緊張しているようだね」
「……ええ。少し」

立食パーティーの中。
ジャック・エレキテル。
アン・エレキテル。
その二人は歩いていた。

目立つ。
頭や服の各部に取り付けられた電飾の光。
それ等に関しては事前の根回しを終えていたこともあり、問題なく受け入れられているが。
それでも、目立つ。

向けられる奇異の目。
アンはそれについては、ある程度だが慣れてはいた。
しかし。
しかし、ジャックの方は。

アンの中で蠢くのは、そのような心。
揺れ、そしてそれが光となって発散され。
より目立つ。

些細な心の動き。
それだけで他人を痛め付けるようなことはなくなった。
ワイリー博士の設計図さえあれば、多少目立つことはあれど人を傷付けることはないのだろう。
この先。
子供達も。

しかし、ジャックは。
共に隣を歩いているジャックはどうか。
隣に歩いているからこそ同様に。
向けられている視線を見逃せるほど、アンは呑気ではなかった。

「――――アン」
「っ」

ジャックはそんなアンの頬に軽く口を付けていた。

「君に何一つ不自由な思いをさせはしない。そう、約束しただろう?」
「……はぁ。今はそう言っている時ではないでしょう?」
「ハハハ! 照れているのも分かり易くてとても良いね! 輝いて見えるよ!」
「ジャック!」

小声での会話。
慌てているアンとは裏腹に、ジャックはむしろ見せ付けるようにその腰を抱いていた。
そして自慢するように、周囲へと笑みを配る。
おおよそは、苦笑。
お熱いモノだと。

なおも顔を赤らめるアンだったが、これ以上は何を言っても無駄だと流石に察したのだろう。
キュッと緩みそうになる口元を引き絞り、視線を周囲へと向けた。
そして、

「ジャック」
「なんだい、愛しの」
「ジャック」
「おっと、真剣な話だったか――居たか」
「ええ。行きましょう」

見付けた。
再び顔を寄せて来ていたジャックの頬を軽く叩き、現実へと引き戻す。
さすればすぐさまその顔は真剣みを帯びたモノへと変わった。

契約。
二人がワイリー博士と交わした契約。
ソレは、ある人物の動向を調べて欲しいと言うモノ。
出来るならば、毎月一度は報告が欲しいとも。

その契約を以て、エレキテル家には一体のネットナビが生み出された。
理論上、発電所の電気をも完全に制御し得る。
特化型とでも称すべきネットナビ。
その頂点にも君臨し得る、破格のネットナビが。

故にこそ。
否。
そもそも貴族であるからにはこそ、契約は果たさなければならない。

そのような、表向きの理由を胸にしながら。
エレキ夫妻はその足を、一人の人物の元へと向けていた。
二人よりも些か若い。
半分とまでは行かないが、それなりに。
しかし既に、機械系列の若手実業家としてその名をキングランドへと知ら占めている傑物。

同じように、機械系列を取り扱っているエレキテル家としては、接触しても損はない。
むしろ協力するだけ価値のある。
そのような人物だった。

「ハハハハハ! どうも、はじめまして!」
「……はじめまして」

ジャックのハイテンションな挨拶に微かな驚きを交えた視線を送りながらも。
件のその人物は挨拶を返した。
些かの警戒をその目に宿しながら。
しかし止まる理由にはならない。

「私はジャック・エレキテルと申します! 此方は妻の」
「アン・エレキテルです。よろしく」
「……ええ。よろしく……それでこの度は、どのようなご用件で?」
「用件? なぁに、同じような機械を取り扱うモノとしてご挨拶をと思いましてね!」
「なるほど……そうでしたか」

僅かな会話。
だがそれでも、警戒は幾分か薄れたのだろう。
エレキテル家。
機械を取り扱っているのは、周知の真実。
その辺りの記憶を掘り起こしたのだろう。

それでも警戒が解け切れていないのは、厄介と言うよりも面倒。
しかし、エレキ両人にも思い当たる節はある。
接触の可能性を警戒されている。
そうワイリー博士が漏らしたのだから、相応の何某があってもおかしくはない、と。
実際、調べさせた所そうだったことは確りと二人の頭に入っている。

「遠回しに言うのは辞めましょう! 私が、あなたと仲良くしておきたいと思った! それだけですよ!」
「ジャック」
「良いじゃないか、アン! これぐらいハッキリ言った方が良いと思うんだ」
「……ははは。そうですね。その方が、私としても気は楽です」
「ほうら、ね?」
「……もう」

呆れ気味ではあるが。
流石に此処まで直線的に言われれば気も削がれたのだろう。
その人物は微かな苦笑を湛えた。

「ええ! どうか」

ジャックは握手のために手を伸ばす。
何処か、面影のある。
片眼鏡など、まさにそっくり。
そのような内心を隠しながらも、

「……よろしく」
「ええ、よろしく! ミスター・リーガル!」

にっかりと笑みを浮かべ、出された手をガッチリと握った。
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