クリームランドを出。
海を渡り。
アメロッパへと戻って。
既に一か月と少しが経過していた。
しかしソレに対する感慨は、ワイリーにない。
ただ、周囲の目。
少なくとも、気付かれている様子はない。
比較的歴史の浅いアメロッパがミヤビの警戒を抜くことは、中々出来るものではない。
だからこそ大丈夫だろう、と。
それにだけは、安堵の息を密やかに吐いていた。
「――ワシからの話は、大体そんな所か」
クリームランド。
かの国との関係は、結局のところ酷く良好のまま終わった。
忘れていたとて、それを口に出すワイリーではない。
元より無用な、と言うよりも過剰なデータを利用する。
それだけが目的だったのだ。
しかも、ナビ任せに。
殆んど手を出さず、任せっきり。
思いも依らな過ぎる結果が出たとて、想定の事柄。
利用しない手はなかった。
密やかに、国家の後ろ盾を得た。
その結果がある種、今である。
アメロッパへの渡航。
約二週間にも及ぶ船旅は、ワイリーの想定外にも無事に終え、アメロッパへと寄港。
そのまま別の船で運び込んでいたキャンピングカーに乗り込んでおおよそ十日。
大陸を横断する形でアメロッパ第二の都市、ヘブンズシティ。
ワイリー達は、其処に腰を落ち着けていた。
ギリギリ想定内は、クリームランドが様々な事柄に手を回してくれたことだろう。
国家ぐるみの犯罪ともなれば、普通の手段で見抜くことはまず難しい。
ただの旅客。
それも侵入のためだけの一時的な偽装ともなれば猶更だ。
仮にバレても、クリームランドよりもワイリーの方が技術的に上手だった、と言うことで済む。
想定外は、大園ゆりこ。
飛行機での移動と、船での移動。
アメロッパに渡るとなればそのどちらかを使わざるを得なかった中で、ゆりこが選んだのは船。
そこは想定通りでこそあり約二週間の終日丸々船の上という訳ではなく、途中でプラントランド等に寄港したものの、それを平然と熟した。
多少の不調は見えたものの、問題ない程度。
クリームランドからアメロッパ。
そのヘブンズシティまでの日程は、そのような形で、二ヶ月と掛からずに終わった。
さておき。
「………………ふむ。なるほど」
「ないと言うのであればそれ以上、ワシは追求せん」
ヘブンズシティ。
天使の住む街。
その一角。
無造作にゴミの放り置かれた、スラム街。
その中。
アパートメントの一室。
ワイリーは日に焼けたような浅黒い老人と向かい合い、出されていた飲み物に口を付けた。
都市先住民族、と呼ばれる人々が居る。
かつてアメロッパ。
その各地に住む先住民族に対して、大都市に住むことを奨励した法律があった。
先住民族達をアメロッパに同化させることを目的とした政府主導の計画。
その法律だが、事実上の失敗に終わった。
移住後の約束。
職業訓練等、同化に必須と言うべき事柄がおざなりにされたためだ。
もっとも、全てが全てその所為と言う訳ではないが。
しかし結果。
大都市に集まった、あるいは集められた先住民族達は都市のコミュニティから外され、自衛のためにも様々な先住民達がその垣根を超えた別のコミュニティが形成した。
それこそが此処。
ヘブンズシティのスラム街。
天国の中にある辺獄。
とでも言うべき場所にもあった。
徐に。
ワイリーは視線を部屋の内装へとやった。
壁に掛けられた、仮面や文様の織り込まれた布。
恐らくはかつての祭器か何かか。
しかし、それは目的の代物ではない。
そのまま視線を移し行く。
土埃に塗れた、様々な男達。
忌々しそうにか、あるいは恐れを隠してか。
瞳に各々のモノを潜めているそれらからも移し。
「…………で、どうなんじゃ?」
最後に、目の前のワイリーよりも幾分か若く見える人物へと視線を戻した。
端的に言えば、その人物こそがこのコミュニティでの纏め役。
長老。
周囲で睨みを利かせているのは、無造作に長老の名前を出した上に案内を求めたワイリーを絞めようとして、同行者二人に転がされた者達。
見ていた子供が走って知らせ、結果、会うことになってもせめてと名乗り出たためそこに居る。
「――改めて確認しよう」
「言うてみい」
「お主のいう遺物の調査。そして人の紹介。求めている内容はこの二つで間違いないな?」
「間違いない」
「そしてその対価として――」
長老の視線が一瞬、脇へと寄った。
一人混じっている少年。
其方を見、戻る。
「――大抵の望みに応えてくれると」
「そうじゃな」
「例えば……息子に知識を伝授して欲しいと言っても」
「構わん。それが望みか?」
事も無げに口にするワイリーの姿に、それが真であると察したのだろう。
深々と息を吐き、腕を組んで瞑目した。
遺物。
紹介。
その双方は、その長老の伝手があれば十分に可能な事柄である。
そしてその対価が、教育。
それも、最高峰と言って差し支えのないだろうレベルの。
受けぬ手は、ない。
しかし、
「それぞれ、どの程度の期間を?」
「……遺物が本物であると確認出来れば調査も踏まえ二月。人の紹介が確かであれば一月と言った所か」
「偽物であれば? そしてそれを誰が判断する?」
「当然ワシじゃ。調査の有無は見れば分かる」
「…………」
「勘違いするなよ? 確かに求めて来たのはワシじゃが、別に断られても構わん。その程度のものじゃ」
事も無げに。
やはりそう口にするワイリーがコップを取り、中の黒い液体を口に含み、飲み下す。
気負いがない。
その姿に、それもまた真実であろうと長老は察する。
奇跡のようなこの機会は、逃せば二度は訪れないことも。
「……人数に制限は?」
「ふむ? ……三十人を限度としよう。学校の一クラス程度じゃ。当然、密度も薄くなる」
「内容については?」
「機械工学を望むか? なら、ワシとしては喜ばしい限りじゃ」
問いに、ワイリーは笑う。
そのようなことはないだろう。
それこそ予想の付かない存在か、既に踏み込んでいる者でもない限り。
察し、揶揄するように笑った。
笑みに自身の考えていることを察せられていると気付き。
しかし長老は再度、瞑目する。
最低でも一ヶ月。
世界でも最高峰と呼べるような存在から、直々に知識を授けられる。
この絶好の機会を逃す術は当然なかった。
問題は、一つ。
仲間内に何処まで明かすか。
この会話は、周囲の仲間達に聞かれている。
人が居る以上、他所にも流れることを前提とした方が良い。
戸は立てられぬ。
であれば。
何処まで明かすか。
その一事のみが悩みの種であったが、ワイリーの架した条件でそれも実質、決まっている。
可能な限り、公平と思わせられる内容でなければならないともなれば。
「…………他に貴方の存在を明かしたい。良いか?」
「……身を潜めている故、大きく出して欲しくはないな。場合によっては身を隠し必要が出る。そうなれば当然、二度目はない」
「そうか……此処ヘブンズシティには先住民族評議会というものがある。選ばれ方は三つあるが、ワシも含めた十五人から成る評議会が」
十五人。
非常に都合が良い数字であった。
しかし数字自体には大して興味なさそうに。
ただ、ワイリーは釘を示す。
「いいじゃろう。ただ、もしもその中の誰かが他に広めた場合は……」
「一度、すぐに集める。その場で話して頂きたい。一週間以内には……代理人を出してくるかも知れんが、それ以外は来させんよう当然伝える」
「ふん。代理人の一人程度は許そう――しかしもう一度言うが、破れば――」
意味深に区切り、立ち上がった。
話は終わった。
そう示すようにワイリーが、続いて脇の二人が。
同様に立ち上がろうとした長老が手で制される。
そのまま外に続く扉へと歩を進める横顔に、声を投げ掛けた。
「連絡は?」
「キャンピングカーで動いておる。決まればそこに直接、人を送れ――どうせ知っておるのじゃろう?」
足を止めることもなく。
そのまま出て行った後ろ姿を見送り。
閉まった扉を見てから、溜息と共に長老は椅子の背凭れに体を預けた。
擦れる音が幾つも、部屋の中に響く。
壁に凭れていた幾人か。
全員ではないが半分近くが、その腰を床に落ち着けていた。
様々な表情、感情が場に満ちている。
そのような中でも共通する事柄は一つ。
大小。
あるいは多少の差はあれど、全員の体に、急激に汗が滲み始めていた。
「――――――アレがDr.ワイリー……時代にだけ恵まれなかった天才……」
絞り出すように誰かが溢した言葉に、答えるモノはない。
カリスマ。
人を惹き付ける。
目を焼き尽くす太陽のような。
底無しの洞穴のような、目を逸らし難い存在。
その場に居る各々は皆、同じ民族という訳ではない。
それであっても、感じ入るのは一つ。
英雄か。
怪物か。
代々の神話に伝わるソレ等は、あのような存在を言うのだろうと。
「…………人の紹介で最低一月。かの御仁の求めるモノがあれば更に二月」
「連絡は……ふぅ……どのように?」
「すぐに進めてくれ。評議会の議題に関係なく、しかし緊急の伝達として――ただ忘れるな。必ず一人で来るようにとも」
束の間。
感じ入っていた面々だが長老の視線が部屋全体を撫ぜた。
それに呼応するように立ち上がり、頷き、去っていく。
駆け足で。
早歩きで。
各々が各々、何でもないように振舞いながら。
そうして去って行った部屋の中。
残った長老がため息を吐き、視線を一角に向けた。
一人。
佇んでいる子供へと。
「今回は運が良かった、と言うべきか」
「……良いんでしょうか」
「教材に成り得るモノを用意しても、それでは限界があった――是非はともかく、もう一人は誰が良いかお前の意見も聞く。それが将来、横に並び立つ者と成り得る。考えておけ、ラウル」
「…………分かりました」
厳めしい顔つきで頷く姿から長老は視線を逸らし。
そう言えばとテーブルのコップを手に取り、飲み下す。
黒い液体。
単に香りの殆んどない、安いコーヒー。
しかし、
「……久し振りだったな」
「何がです?」
「出した飲み物に手を付けた、外の人間がな」
そのようなことをぼやきながら。
長老は空のカップを四つ手に取り、立ち上がった。
喧噪。
人混みで目深に。帽子を被り。
建物の中、ワイリーは佇んでいた。
コミュニティセンター。
様々な人種。
先住民族達が集まる交流所。
その中の一角に佇んでいても、然程目立たない。
様々な人々が集まる中だ。
そう、おかしなことではない。
ワイリー自身、幾らか装飾品を付けて紛れ込むようにしているのもあるが。
些か騒がしい人込み。
その中で、ワイリーは今日来ることになっている代物がキチンと来るのか。
それを確認するため、センターに来ていた。
「――――お疲れ様です」
「…………」
ただ壁に凭れている人物に注視する者はいない。
しかし一人。
老人が脇から近付き、二本のペットボトルを見せる。
一瞥し、ワイリーはその片方を受け取り、開けた。
炭酸の抜ける音が響いたソレに、気にする様子もなく口を付けた。
「……コーラはお好きではないですか?」
「いや。それよりも、お前がなぜ此処に?」
「コミュニティセンターですから」
同様。
気にする様子もなく開けた長老が口を付ける。
騒めきの中、そこだけが取り残されるような沈黙。
それが少し。
ワイリーはわざわざ口を開かない。
用はないから。
何かあるなら長老側だろう、と。
事実。
諦めたようにやがて、口を開いた。
「…………申し訳ありませんでした」
「どれのことじゃ?」
「全て。私の不手際が原因です」
「じゃろうな」
面白くもなさそうにワイリーはただ頷く。
長老の顔を見もせず。
しかし、事実としては少し違うことをワイリーは知っていた。
先住民評議会。
その代表各位に対する緊急の招集。
あくまでも代表一人か、あるいは代理を一人。
そう定めての連絡であった。
にも拘わらず、幾人も連れて招集場所にやって来た者が居た。
その時のワイリーは興味がなく知らなかったが、評議会には色々と柵があるのだ。
例えば。
代表達による、議題関連の密談を禁止する規則。
だとかが。
議題に関連しなければ問題はないが。
自己防衛の一環。
正しいことだ。
実際、その場に揃った面々は一定の理解を示した。
示してしまった。
身を潜め、あまりコトを大きくしたくないと事前に伝えていた、ワイリーの一切を無視して。
ひたすらの平身低頭。
ミヤビのみを集会場所に送り、連絡のみでの参加。
既にキャンピングカーを動かして街の外へと出ていたワイリーに対して長老が出来たのはそれだけだった。
「二度目は有り得ない」と。
直々に言われていたのだから他とは必死さが違う。
紆余曲折の末。
人数は十五人。
日数は最大でも五十日。
ワイリー側の都合によって連絡なく終了も起こり得る。
長老が全面的にワイリーに対して協力することを条件に、事は成った。
一先ずは、一ヶ月から。
ミヤビは「あまりに甘い」と苦言を呈し、ゆりこは露骨に顔を歪めた。
しかしワイリーは無視した。
遺物の調査にはある程度の期間が必要であったことも、理由にあった。
ともかく。
それらを経由した上で、初めて直接の会話。
謝罪する長老の姿を見はしないものの、ワイリーは小さく頷くに留めていた。
勝手に人を連れて来た者に責任があると言うではなく、あくまでも自身の説明不足が招いた責任である。
何も知らないワイリーであれば、一番悪感情を向け易い形にする措置として。
「…………お探しの一族の者ですが、此方のコミュニティとは違う集団のようです」
「……紹介は出来んと?」
「いいえ、他とも伝手はあります。ただ、少し時間が掛かりそうであると……今は、確認を取っている所です」
「それぐらいは構わん」
もっとも。
そのような努力、無駄でしかない。
ミヤビ達の手でその辺りの事情は既にワイリーも通じている。
なぜ、注意しておいた事柄を無視されたのか。
何度もやられては話にならない。
その理由を探るぐらいの気は持っていた。
反故にされ得るのだから危機感は当然持つ。
だからこそ。
準備の一切を一任した。
責任を全て被るのであれば。
教室となる場所の用意。
周囲への通達。
補助教員。
準備の手伝い。
捜している者の確認。
今回の授業と称すべき内容に関する、あらゆる事柄を。
「………………今日は、何が来るのでしょうか?」
「予定ではPETが人数分。ネットナビも居る」
「…………ネットナビも?」
「ああ。誰も持っていないと聞いたのでな、此方で用意した」
微かながら驚きに満ちた声を当然のことと流す。
最新技術。
ネットワークに関する遍く。
ソレを学ぼうと言うのに、今後の根幹となるネットナビが居ないのでは話にならない。
ワイリーとしては最終的に。
ネットナビの調整も、自身等の手でやれる程度には叩き込む予定である。
教材については、リーガルの作った物を時限式で消えるように設定しておけば良い。
一から全て用意する気はないが、教え込んだ者が下らない段階で終わらないようにする程度には。
「来たようですな」
「……ああ」
一人。
如何にも配達員と言った様相の人物が受付と何事かを話し。
一度、外へと戻って行った。
「…………PETとナビだけですか?」
「………………その筈じゃ」
幾人か。
段ボールを持って現れてすぐ。
その後ろ。
最初と合わせれば十人ほどの大所帯。
そして運び込まれる、ピアノか何かほどはあるだろう大荷物。
そのような代物が運び込まれてくるのを眺め、不意にワイリーは帽子を目深に被り直した。
一瞥。
長老が視線をやるもしかし、何かあるのだろうとすぐさま逸らす。
大所帯の内の一人。
恰幅の良い、と言うよりも小太り気味の男が一人。
受付から長老の方へと歩み寄ってきていたからだった。
「……あー、失礼。貴方が担当者でよろしいでしょうか?」
「ええ、はい。そう言うことで良いとは思いますが……」
「であれば、アレを設置出来る場所を教えて頂きたい」
「アレ、とは?」
振り返りながら示される大荷物。
思わず横に視線をやりながらも問い返す長老に、その男は一瞬訝しむような表情を浮かべたもののすぐに消し去り頷いた。
「ネットバトルマシンです」
「ネットバトルマシン」
「ネットナビ同士が対戦でき、勝敗が決してもデリートされず、ログアウト――まあ特殊なプラグアウトとでも思って頂ければ――されるマシンです。最近は大きなゲームセンターだとかにも置かれているんですが、ご存知ありませんでしたか」
「それはまた……」
もう一度。
長老の視線がワイリーへと向かう。
しかしワイリーは俯き気味に、その顔を隠すように佇むばかり。
訝し気な表情を浮かべたものの、その背を離した。
「特に制限がないようであれば……」
「ええ、問題ありません。詳しい場所については彼方と相談して進めて下さい」
「分かりました――では」
そうして歩いていく長老を男は眺め。
やがて話を始め。
受付に確認を取ってから一度、荷物を残して去って行く。
遠巻きにその荷物を眺めている者は幾らか居るが、流石に何人かその近くで護衛のように立っている姿があればそれが限界なのであろう。
数分。
そのような様相を以って過ぎてから。
やがて長老の代わりのように、男が壁に寄り掛かった。
ワイリーの横に。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………で」
「………………うむ」
声掛けに。
観念したように帽子を上げ、
「何やってんの、モズク」
「色々あるんじゃ、ケチャップ」
しかし気まずそうに視線を逸らした。
何かあるのだろう。
そのように察したらしいケチャップと呼ばれた男は肩を竦める。
それだけだ。
それ以上を問うようなことはしない。
だからこそ。
ワイリーの方が口を開いた。
「……ワシが頼んだのはPETとネットナビだけだったんじゃが?」
「ウチの社長が販売前の新作機、今ゲーセンとかに置いてるヤツの改良版なんだけど、その試験用にって急に言い出したんだ。ああ、ちなみにゼフラム社との共同開発のヤツな、アレ」
「ネットバトルマシンか」
「説明したが、あのマシンの中じゃネットバトルしてもデリートされないんだよ。オレ達でも結構弄繰り回した」
ふうん。
と。
小さく頷く。
「似たようなモノを聞いたことはあったな」
「前のは名前からして露骨だったからなぁ――わざわざ現地での調整のためとか言ってオレ達三人の誰かを出そうとしてな……適当な奴で良いだろ、って言うか普通に貧乏くじかと思ったけど、元気そうな姿見れただけ当たりだったな」
「……フンッ。で、アッチは?」
ピアノほどはあろう、ネットバトルマシン。
その上に、おまけのように置かれている段ボールが幾つか。
PET十数個程度なら、段ボールは複数必要にならない。
つまり、別の何かである。
「アレも社長から。バトルチップ詰め合わせ」
「チップか」
「全部で六百枚って言ってたな」
「六百枚? …………いや、フォルダ一つに三十枚。納得は出来る数か」
「まあ、街の集会所にそんなにとは思ったけど……お前からの注文だから張り切ったんだろうな」
シミジミと。
ワイリーから奪い取ったコーラを一息に飲み干し、ケチャップは頷いた。
ワイリーは思った。
「そんなんだから太るんだ」と。
それはさておき。
「……気を使わせたか」
「良いんじゃない? 割と嬉しそうだったし……正直どうかと思ってたけど、お前が此処に居るってことは相応投資の価値があるとも思ったんだろ」
「そうか」
「知らんけど」
「知らんのかい」
軽い会話。
顔見知りとの久し振りの再開。
とはいえ、そう話すこともない。
元気にしているようで良かった。
その程度の感覚。
作業員が戻って来たのを確認し、ケチャップは壁から背を離し、ペットボトルをワイリーへと返した。
そのまま、離れていく。
中で。
ふと何かに思い至ったように振り返った。
「あ、そうそう」
「なんじゃ」
「オレ達、元気にやってっから」
親指を立て、ウインク。
口元を軽く開いて、歯を見せる微笑み。
クソほど似合っていないソレを見せ付けて、そのまま先へと消えていく。
その様を、苦笑と共に見送った。
「それではワイリーさん、私達は先に失礼します」
「じゃ、また後でね、おじさま」
「……車まで送りましょうか?」
「弱い人に護衛して貰うつもりはないわ」
アパートメントの一角。
扉の外は夜。
補助教員として明日の打合せに参加していたラウルの言葉をあっさりと断って。
ゆりこはさっさと立ち去っていく。
それでも、慌てた様子でその後を追う姿を部屋に残った二人が見送る内に、小さな音を立てて扉は閉まった。
分厚いカーテンに仕切られ、外は見えない。
音も、だった。
壁は然程厚くもないハズなのに、静まり返った中。
薄い灯りの中、向き合った。
ワイリーと長老が。
「ハァ………………ゆりこがすまんな」
「あのぐらいの子は大体あんなモンですよ」
「…………女の子はそういうもんなのか? …………そうか。しかし……」
テーブルとイスだけ。
使用されていない、一室。
ソレを、何かの時の会合場所として使用されている。
秘密の一角。
知る者はそう多くない。
そのような場所で二人、険しい表情を浮かべた。
事前に軽く話していた内容。
その確認のために。
「…………魔術師の一族、か」
「はい」
ワイリーの呟き。
それに長老は神妙な面持ちで頷く。
その様に警戒を強めたのだろう。
片眼鏡に手を伸ばし、その色合いを変じてから、周囲へと視線をやった。
「魔術師。と言われるだけあって呪術に携わっていると言う訳か?」
「知れぬ筈のことを知り、居ない筈の場所に居る。何処からともなく現れ、何処からともなく消える――そう言われております」
「ソレが見ていた、と」
「そう聞いております」
「ふぅむ…………――――釣れたか」
何事か。
小さく呟く言葉に首を傾げた長老だが、気を取り直したように。
あるいはとりあえず形ばかりにか、ワイリーは頷いて見せた。
「……要するに、コミュニティ間で調査を依頼した際にか知られた。そう言うことじゃな?」
「恐らくは」
「出来る限り知られて欲しくはなかったが…………流石にソレぐらいは仕方あるまい」
「ありがとうございます」
些事。
とでも言うかのように、ワイリーが鷹揚に頷き、コーヒーを啜った。
同様。
長老もまたコーヒーを啜る。
静かな部屋の中。
そのような音だけが微かに響く。
あとは、時計が時を刻む音が、か。
「………………そうじゃな」
ふと。
思い付いたような軽い調子でワイリーが口を開いた。
「魔術というのは本当にあると思うか?」
「…………さて。不可思議な事柄はあるとは思いますが……」
「遺された物とか、か?」
「……ワイリーさんはアレを、電波の結晶と言われた。物質とは違えども、時と共に摩耗し、消え去る結晶と」
「お前達に対しては言い方が悪いかも知れん。しかし、ああも薄いのでは、な」
薄い。
そう、ワイリーは口にし、瞼を下ろす。
その裏側に見えるのは、倉庫に並ぶ遺物の数々。
とは言っても、薄い。
心の純度とでも言えば良いのか。
歴史か。
あるいは危機感か。
それとも方向性がだろうか。
有り体言えば。
ココロが一つに成り切っていない。
ココロが集まり切っていない。
そのような表現となる。
アメロッパの先住民族。
数多の民族の集まるコミュニティ。
滅びたか、あるいは滅び行くか。
そのような集まりであれば、相応に遺物も集まっているだろう。
そこまで読んだワイリーの考えは、完全に間違っていた訳ではなかった。
しかし単純に。
薄かった。
ワイリーの有しているようなモノと比べれば。
単独では何某かの活用が出来るほどではない。
言うならば、ナビというキャンパスに塗り込めば多少印象を変えれるかも知れないが、色彩を加えるほどには成れない、水のようなモノ。
それに尽きた。
要するに、ワイリーからすればただの一言。
無駄足だった。
それで終わる。
が、其方はあくまでも今は関係のない、閑話休題。
「ともかく魔術じゃ、魔術。で、実際あると思うか?」
「…………やけに気にされますな」
「あれば、それはそれで面白いと思ったまでじゃ。で、どうなんじゃ?」
黙ったまま、コーヒーを一口。
そして、悩まし気に視線を落とした。
「……………………さて。どうでしょうか……あるいはあのような遺物を使って何かしらしていた民族は居たのかも知れませんが……」
「もう滅んでいるから分からんと?」
「ええ……そうなります」
「フン! つまらん話じゃ」
濁すように、曖昧な様子の長老。
ソレに対して、ワイリーは鼻を鳴らした。
詰まらないとでも言うように。
それっきり、また無言。
コーヒーの黒い水面を揺蕩せ、その動く様を薄く見詰める。
そんな二人の姿から、何かを見出そうともそれは敵わないだろう。
沈黙の中。
やがてどれ程過ぎたか。
唐突に扉を叩く音がした。
自然。
二人の視線が扉へ。
そして時計を見る。
「来たようです」
「うむ」
頷いた長老が立ち上がり、扉を開く。
先に居たのは、男。
褐色の肌をした、アメロッパでも、あるいはそれよりも南方の人物と察せられる姿。
その人物が軽い会釈と共に部屋へと入り。
座ったままのワイリーを見て、目を細め、その口をゆっくりと開き、
「――――ナンスカ」
と。
そう言った。