ともあれお楽しみ頂ければ幸いです。
気味が悪い。
肌に触る。
吐き気がする。
目的地に近付けば近付くほど、その感覚は強くなっていた。
高地。
であることは一切関係ないだろう。
果たしてこの先にあるのは何か。
黙して語らず。
沈黙の中。
顰め面。
嫌悪感。
無表情。
三者三様の表情を浮かべながらも誰も言葉を発しない。
どのようなモノがあるのか。
見聞きしているからこそ。
薄々、気付いているからこそ。
この先にある何かを求めるワイリーに着いていく形で、車は進み続ける。
険峻なる山岳。
心ばかりの土道。
時折落ちてくる石。
そう言ったもの全て。
あるいは、拒絶を示しているかのように。
「………………地図によれば、もうすぐじゃな」
「…………」
「観光地なのに、雰囲気で台無しね」
軽い口調のゆりこの言葉だが。
ソレに反して何処か固い。
しかし追求する者はない。
ミヤビは普段と何ら変わらぬ無表情のまま、ただ先を見据え、ハンドルを動かすのみ。
ただ、常とは異なり和装に身を包むその様は即ち。
臨戦の構え。
何かがあれば、即座に行動出来るように。
警戒を露骨に表してる様が、この先に待ち受けるナニカに思う所があると語っている。
ヒリつく。
とでも言えば良いだろう。
そのような空気が進むにつれて増していく中で。
カーブを曲がった先。
ソレは見えた。
曲がりくねった、線。
一見。
それが何であるかは分からない。
しかし事前にワイリーから説明を受けていた二人は何であるか分かった。
地上絵である。
ただただ巨大な、地上に描かれた絵。
数千年の時を経ても尚も残る。
残り続けている。
あるいは空から望めばソレが如何なる代物か知ることは出来よう。
奇怪な面。
首長の竜。
巨大な猿。
羽搏く鳥。
歪な剣士。
傅く小人。
走る戦車。
輪と人型。
浮かぶ山。
冠した王。
ソレ等を。
地上からは分からず。
空からであれば望めよう。
そう言ったモノが。
「………………」
「………………」
「………………」
無言のままに。
大地に描かれた線を眺めて進む。
目的地はもう見えている。
そうしてやがて見えた人影に、ワイリーはブレーキを踏んだ。
窓を開けても向けられるのは無言の視線。
徐にその手を軽く掲げ、小指と薬指で菓子の小袋を摘まんで、声を掛けた。
「ナンスカ」
「ナンスカ! ――お客さんかい?」
「うむ。ヘブンズシティのナンスカ・コンナムラ・イヤダから手紙を預かっておってな……村長の家は何処に?」
「案内しましょう……うん。ちょいと失礼」
そう言って手紙を見せれば、その村人は一つ頷き。
やがて開いている窓枠に手を掛け、昇降場に足を掛けた。
「あっちっす」
「おう」
何処か慣れた具合。
余所者との交流に。
一瞬訝し気に表情を変えたものの、ワイリーはアクセルを踏んだ。
心なし轍跡の見える土道。
視線をくれるも、すぐに逸らしているのは珍しさがないからだろう。
思いの外、外部との交流がある。
内心でそのように結論を付けるワイリーを他所に、やがて少しばかり大きな家の前で声が掛けられた。
ゆっくりと止まる車体を尻目に。
案外速度が出ていた状態のままで飛び降りたその村人が勢いのまま突っ込んでいった。
その様に軽く肩を竦めるも言及はせず。
ただ、二人とアイコンタクトだけ済ませ、窓を閉めてからワイリーも降りる。
そうして鍵を閉めた頃には、先程の村人に続いてもう一人、姿を見せる所。
「――ナンスカ!」
「ナンスカ」
「ナンスカ!」
「……ナンスカ」
服飾は先程見掛けた、それに案内された人物達よりも凝っている。
蓄えられた白髭は、威厳を含ませて膨らませているようであった。
声も何処か、上から、即ち指示を出すことに慣れているような色を含んでいる。
そんな声に軽く手を上げ、各々返した。
重々しく頷いている姿を無視し、差し出された手に持っていた菓子袋を載せれば、「あざっす」とだけ言って消えていく村人。
半目でそれを見送っていたその人物だったが、三人からの視線に気付いたらしい。
咳払いを一つ。
空気を変えるように。
そうして家の中に入るよう、片腕で示した。
家の中の様相も、そう変化のあるものではない。
村長としての威厳を示すためだろう。
色々とゴチャ付いた、あるいは格式張った物品が置かれてはいる。
何処ででも見られるような景色を背景に、
「ナンスカ・トオマエ・アガメである」
そのように自己紹介が成された。
「…………さて、アガメ村長……本題をよろしいか?」
「構わぬよな」
軽い会話。
託されていた手紙を渡し。
世間話もといアメロッパの近況の話を済ませ。
一息。
情報交換と言う名の探り合いを済ませた辺りで、ワイリーは面倒臭そうに言った。
雰囲気の変化に軽く眉を動かしたものの、アガメ村長は流す。
イチイチ突くことではない。
そのような判断を下してか。
「ではアガメ村長。この村の雰囲気の原因に心当たりはおありで?」
「あるとも」
「……」
確認。
そのつもりだったのだろう。
しかし特に気にするでもなく。
ただ、淡々と事実を述べるように答えた。
その言葉に、ワイリーは表情を強張らせる。
質問の意図は二つ。
原因を知っているか。
そしてもう一つ。
そもそもこの村の雰囲気が外から見て異様だと分かっているのか。
拒絶。
断絶。
遮絶。
言い方は様々ある。
ただ、ひたすらに繋がりを否定するような。
あらゆる文明を拒むような。
そのような雰囲気。
ソレが普通のモノではないと知っている。
言ってしまえばアガメ村長は、そう頷いたとも言えるのだから。
「………………」
「………………」
沈黙。
ワイリー達三人はそもそも、この手の事柄はワイリーが主体。
村長は別段、質問に答えただけの立ち位置。
だからこそ、僅かな沈黙が降り。
やがて微かな、何処か自嘲の籠った笑みを浮かべ、立ち上がった。
「…………いよいよそう言う時なのかも知れませんな」
「……何がじゃ?」
「原因に心当たりがあって来た――いえ、違いますな。そもそも何かあると思って来ていた上で、雰囲気から察せられた。その辺りでしょうな」
断定的に、アガメ村長は言う。
あるか無き程度に表情を変えた姿にただ頷き、外への扉を示した。
「少し散歩をしませんかな? なに、日暮れまでには戻れましょう」
「いいじゃろう」
長い散歩になる。
そう口にする村長の言に。
ワイリーもまた、頷いた。
健脚。
そう称すに相応しい。
険峻なる山道。
甲高い鳥の鳴き声が時折響く、そのような中。
体を鍛えているような人間でもなければ、そう経たず来た道を戻る。
そう思わせるような未整備の、ただ誰かの足跡のみで形成された道。
車では入ることは当然、敵わない。
そのような道を四人は歩いていた。
先導するアガメ村長の案内の元。
念のために。
そのような形で、ミヤビが金属の容器等を背負い。
ゆりこは一応、周囲を警戒しながら。
時間にすれば既に、一時間は経っているだろうか。
沈黙の中。
物珍しそうに視線を周囲へとやり、風景を楽しんでいるゆりこを他所に。
否。
少なくともミヤビもまた、珍しい自然の産物に普段よりも幾らか、周囲へと警戒以外の目をやっていた。
「…………皆さんは村に来てどう思われましたかな?」
「どうとは?」
「歪に見えませんでしたかな?」
世間話の一環。
あるいは純粋な疑問。
徐に問い掛けられた言葉に、ワイリーは頷いた。
「そうかも知れん」
「具体的には?」
「文明の利器から離れている。しかし、自動車は知っているし、袋菓子を知っている。離れている割には慣れている」
「概ねそうでしょうな」
歩調とは異なる、頭の上下。
振り返らずとも頷いたのだろう。
「我がナンスカの村はアメロッパの南にあることは当然、ご存知でしょう」
「無論。走らせてきたからな」
「走らせれば着く距離。イヤダ君のように、村を出てからも手紙を送ってくる者も居ますな――連絡の付かない者も居ますが。交通が通っている。しかしそれにしては手付かずではないかと思いませんでしたかな?」
「…………」
「そう言いますと、何がですか?」
「ゆりこさん。ワイリーさんはお分かりのようですが……アメロッパの人間がまるで居ないことです」
その問いに、ゆりこは黙った。
村を通り過ぎた時のことを思い返しているのだろう。
事実。
村にはいわゆるアメロッパの中心地で見掛けるような人種は居なかった。
「………………そう、ですね」
「居なかった理由は察しが付く――この気味の悪い雰囲気では」
「ミヤビ」
「いえ、お気になさらず。否定は出来ませんからな」
単刀直入。
何処か棘のある言葉を発したミヤビを嗜めるように言うワイリーを、逆に村長は宥めた。
その様に、僅かばかりミヤビの目が細まった。
ほんの一瞬ばかり、だったが。
即座。
まるで居心地が悪いとでも言うように。
いや、どちらかと言えば恥じ入るようにか。
口元を絞った表情に変え、視線を下に逸らした。
「………………失礼した。どうやら空気に当てられたらしい」
「構いません。この辺りは、慣れていなければそういう空気がありますからな」
「……そう言う空気を嫌ってアメロッパの人間が寄り付かない。そう言うことか?」
「まさしく」
頷く村長の姿に、ワイリー達も密やかに頷いた。
雰囲気が悪い。
近寄るだけでも不快感を感じさせる土地だ。
何かあると感じさせる場所だ。
好き好んで近寄ろうとは思わないだろう。
否。
おおよそ正常な感性をしていれば、近寄ろうとは思えない。
ワイリー達とて、このような場所に巡り合ったのは両手で数えられる程度。
忌地と呼ばれ避けられるか、聖地と呼ばれ封じられているか。
概ねそのような有様だったのだ。
物珍しい、ナンスカの地上絵。
現存する古代文明の跡が存在しているにも拘らず、だ。
ワイリー達以外に観光客らしい観光客が居なかったのはソレが理由だろう。
「ん?」
「……どうされましたか?」
不意に空を見上げたワイリー。
その視線の先を追うように、ミヤビもまた空を見上げた。
空は快晴。
場所も既に平場に近しくなって見晴らしも良い。
お陰で幾らかの雲は手が届きそうな程に近く、目に映れども、傍から見れば飛んでいるモノは見当たらなかった。
「ああ、いや。コンドルが飛んでいるようなのでな」
「コンドルが……?」
特に気にも留めず。
視線を戻したワイリーを他所に、変わらずミヤビは空を眺めた。
時折聞こえる、声。
それに反して姿は見えず。
思わず足を止めて周囲を探ってしまったミヤビを置き去りに、
「コンドルが見えたとは……随分と目が良いのですな。生憎と私は一度も見たことがないものでして……」
否。
村長もまた足を止め、ワイリーへと振り返っていた。
興味をそそられたのだろう。
ゆりこも空を眺め始めたが、空に浮かぶものなど雲ぐらいしか見当たらない。
「そういうこともあろう」
しかし事も無げに。
ワイリーはただ頷いた。
それだけだった。
特別何かある訳でもない。
そう言うかのように。
「……どうでしょう。どのような姿でしたかな? どのように飛んでいましたかな?」
「赤くてデカいのと、緑で小さいのが数匹、仲良く飛んでおったよ」
「そうですか」
「そうですか」と。
もう一度呟いて、村長は微かな微笑みと共に空をもう一度眺め。
再び前を向いた。
歩を進める。
無言の中。
ワイリーの言う、赤と緑のコンドルを探すためか、ゆりこは空を眺め。
ミヤビは沈黙に浸って歩き続ける。
そのような時間が幾らか過ぎた折。
ふと思い立ったような気軽さで。
「そういえば」と。
「先ので話が少し逸れていたが」
「何でしょうかな」
「嫌な空気の原因に心当たりがある。それに間違いはないな?」
はた、と。
村長の足が再び止まった。
話に集中していたのか。
それとも空気に当てられていたのか。
何時からだろう。
険峻なる山道が終わっていたのは。
何時からだろう。
遺跡の跡がその周囲に広がっていたのは。
何時から、だろうか。
村に近付くにつれて感じられた嫌悪感。
感覚。
ソレがより、悍ましい程に濃厚に、肌を撫でてくるようの鮮烈に。
感じ取れるようになっているのは。
「………………」
無言のまま。
村長は止めていた足を進める。
マグネメタルの欠片。
三人がそれぞれ懐に納めているソレ等がなければ、あるいは近寄ろうとは決して思えないだろう。
心なしか。
慣れているハズの村長の肌も微かに汗ばんでいるようだった。
遺跡。
神殿か。
手直しをされたのか。
場所を移されたのか。
しかし脈々と受け継がれてきたのだろう、何かを祭る、ソレ。
崩れ落ちたらしい天井の下。
日の光に当たった、野晒しの台座。
その奥。
底。
其処に只々怖気のみを感じさせるナニカがある。
確信めいた予感が、全員に共有されていた。
ワイリーにだけは。
見えていた。
ずっと前から。
離れていても、ソレは見えていた。
石櫃より溢れ出るモノ。
天をも甚振るように蠢く漆黒。
あらゆる事象を拒絶するように、周囲の電波を弾くように遠ざけ、歪め、掻き乱す。
その存在。
その電波を。
「……………………ナンスカ村は、このままではいけない」
唐突に。
溢すように。
村長が口を開いていた。
「今までも外に出た者達とやり取りをしてきておりますので、少しばかり他の者達よりも知っているつもりですが……外の世界ではインターネットという、世界中を繋ぐ情報機械が存在し始めていることを私も存じております――拒絶するだけでは、ナンスカ村は何れ取り残されるだけとなるでしょうな」
「……否定もまた正解の一つではある」
「そうかも知れませんな……ですが一時の正解は、未来の正解であり続けるとは限りません。それに選択肢がある中で選ぶのならばともかく、少なくとも、アレがある限りナンスカの答えはアレしかないままとなってしまう」
ワイリーの何処か慰めるような言葉に、しかし村長は首を振った。
拒絶。
遮絶。
断絶。
ソレでは。
ソレだけでは立ち行かなくなる時が何れは来ると。
暗に、そう。
故にこそ、
「――ワイリー博士」
「うむ」
「貴方が求めているのは、かの文明の情報等ではなくモノ――で間違いありませんな?」
「うむ」
「差し上げましょう。私の独断で」
石櫃が押し開かれる。
待ち兼ねていたかのように。
そして溢れ出す。
瘴気のような、絶望のような、ナニカ。
「ムーより授けられたと伝わるナンスカの秘宝が一つ」
それでもなお。
震える手をソコへと沈ませ。
やがて取り出された。
溢れ出た後に残されていたモノから取り上げた。
「何も寄せ付けぬという力の証明――――プルーフオブソリチュード」
『孤高の証』を。