ニホン科学省が襲撃された。
秘密裏に。
そして、極一部のデータが奪取された。
極一部。
予めそのデータの在り処が分かっていたかのように。
極一部だけを。
世間には幸か不幸か、大々的に広がることはなく、政府や省内の一部でしか知られていないことではある。
あるのだけれど。
ソレを秘匿する方向に持って行くのは如何なものか。
内部調査の面もあり、等と言い訳がましい声を聞いたが。
そう思わざるを得なかった。
「………………はぁ」
『博士』
「大丈夫だよ」
ハッキリ言うと嘘になる。
心配を掛けまいと、そう口には出す。
出すけど、『ココロ・プログラム』で感情の波を察してしまうだろう。
心配を掛けたくないと思う時には、少し、不便だ。
でも。
それを踏まえた上で、共感するための機能。
人間とネットナビとをが真に分かり合うために必要なコト。
そう思おうとすると、何とも言えない気分になるけど。
「おい、光!」
「あ、教授? どうしたんだい?」
研究室、他の人も居るのだけど実質は僕の、となっている其処へ両手それぞれにカップを持って一人の男が入って来ていた。
誰も止める人はいない。
まあ、当然だ。
「どうしたもこうしたもあるか、ええ? 聞いたぞ? 結局お前が尻拭いする羽目になったんだろう?!」
「あのね、教授……あんまり大きな声では」
「構うものか。此処に居る全員、知ってるんだろう。違うか?」
「まあ、そうだけどさ」
苦笑しながら軽く周囲を見渡す。
チラと視線を向けて来ていた一部の人達も、僕からの視線に気付けば苦笑い。
そのまま逸らしてモニターに向き直っていた。
表向きは、セキュリティの改修。
そういうことになっている。
どうにも暫く前、アメロッパやキングランド等と言った一部の国で大規模なセキュリティ不備が見付かったとか何とか。
思わず苦笑してしまう話だ。
幸い、と言うよりも流石に関係はなかったんだけど。
今回の襲撃に際してのセキュリティ修繕。
その理由付けに使わせて貰っている次第だった。
さておいて。
僕のデスクにカップを二つ置いて、彼がそのまま手近な椅子を引っ張て来、座った。
そのまま置いた片方に口を付け、しかめっ面。
何とも表現し辛い言葉を発しながらデスクに置き直した。
まあ、湯気立っているソレは見るからに真っ黒。
砂糖もミルクも入っていないようなコーヒーだ。
さぞ渋かったのだろう。
そう言うことで僕も口にしてみれば、同じような声が思わず漏れた。
「――で、どうなんだ?」
デスクの引き出しを引っ張り、中から砂糖とコーヒーフレッシュを二つずつ。
それぞれ一つを差し出せば、何でもないように受け取った教授はさっさと自分の分に注ぎ込み。
ついでに。
まだ開けたままだった引き出しから勝手にスプーンを取り出して聞いてくる。
「まあね」
差し出されたソレを受け取りながら頷く。
否定することじゃない。
実際、今、僕のPETの画面に映っているナビは本来、試験用でもあるネットナビ。
しかしソレが今や、幾分か戦闘用にカスタマイズしてある。
せざるを得なかった、と言うべきだろう。
そんな返答が気に入らなかったのか。
鼻を鳴らし、カップから盛大に音をかき鳴らす様を眺め、また苦笑する。
受け取ったスプーンで、僕の方はあんまり音を鳴らさないように気を付けながら、混ぜた。
「――――――オレのウイルス研究に予算があればこうはならなかった」
「教授」
「あー! 分かってる分かってる! だが何度も言ったが勝手にやったことじゃあない! それは分かってるんだろう?!」
「そりゃあね」
或日喬就。
ニックネームは「教授」。
専門分野はインターネット工学の中でも特殊な、ウイルス研究。
しかし僕は彼以上を知らない。
そう言えるだけの、生粋のエキスパート。
あの大事件『プロトの反乱』。
その時にも、『プロト』のデータの一部を利用した電脳兵器もといウイルスを造ることで対抗しようとしていたのだ。
生憎その研究は早過ぎた浸食に間に合わず。
いや、そもそも、そのような許可が出されていないと言うことで随分とお叱りを受けたようだ。
研究室の一室を使って。
隔離していたとは言え『プロト』を利用した研究が。
実は許可されていなかった。
面白い冗談だ。
しかし残念ながら、「許可を得た」と言うのは教授の中でだけだった。
そう言うことで、収められてしまった。
音声も書類も、証拠と成り得る代物が何もなかったのだから、仕方がないと言えばそこまで。
証拠は残しておかないと。
その改造されていた『プロト』の一部に関しては、父さんの造ったプロテクト『ガーディアン』に封じられ、今はアメロッパに在るらしい。
思考が逸れてしまった。
それに、本筋からも。
確かに教授のウイルス研究。
それによって齎されるだろう攻性セキュリティとでも言うべき代物があれば、撤収されるまでの時間は稼げたハズだけれど。
だけれども残念ながら、ソレは仮定の話だ。
目を数秒ほど閉じる。
そうして切り替えがてら、大分マシになったコーヒーを一口啜り、置いて、
「――それで、どうしたんだい?」
本題に移る。
僕に期待されている役割。
それは、ある種のカウンターハッキング。
科学省が襲撃され、一部のデータが盗まれた。
一部。
限定的なデータ。
しかし、それでも世間に出回って好ましいデータではない。
『パルストランスミッションシステム』。
人間の脳波をデータ化し、電脳世界に送り込むことの出来るシステム。
ワイリー博士等が居なくなったこともあって、実質的に中断されている。
とは言っても。
既に試験的ではあったけれども実用化自体は出来ていたシステム。
そのデータが奪われたのだ。
ボンバーマンにどこか似通ったナビ。
五体のネットナビによって。
すぐさま一部上層ではアメロッパに対して抗議の連絡を、とかの話が立ち上がったそうだけれど、
「ワイリーならもっと綺麗にか、派手にやっただろうね。コレは程度が低い」
なんて、父さんの一言で立ち消えた。
僕も同意した。
本当にワイリー博士なら、そもそも盗んだことに気付かせないか、破壊し尽くせるナビを用意出来るだろう。
あのレベルのナビを造れたのだから。
いや、そもそもの話。
研究に携わっていたワイリー博士がわざわざ盗むと思えない。
データの大部分は実質、あの頭脳の中にあるのだから。
つまりは別口。
『パルストランスミッション』を知り、何かしらの利用を考えたモノの仕業となる。
そして、盗まれたのは極一部。
詰めの段階であった可能性もまた、高い。
必要だったのは細かい調整のためのデータか。
それとも根本的な設定か、あるいは別の何かか全てか。
分からない。
しかしニホン由来の技術が悪用されるのは非常に宜しくない。
等と言った、上の方々の見解の結果、僕達に白羽の矢が立った訳だけども。
だからこそ今回、教授は全く関わりがない。
カウンターハッキング。
襲撃して来た五体のネットナビの痕跡。
ある程度は追ってあるけれども、不明の領域に繋がった先に消えていることは分かっている。
その先、不明領域の奥地へと向かう上で、教授が関わるようなことはない。
だけれども、わざわざ声を掛けに来た。
何のために。
その真意を知るために、問い掛けたのだ。
「………………」
沈黙の中。
ゆっくりとコーヒーを啜る教授。
それを真似るように。
でも、様子を探りながら、ただ言葉を待つ。
そうして二分ほどだろうか。
カップのコーヒーが完全になくなった辺りで。
渋い表情で、口を開いた。
「…………何か、あるか?」
「え?」
「何か、手伝えることは、あるかぁ?!」
忌々しそうに。
顔を歪めながら言う姿に。
少しの間、反応できず。
その後に思わず、
「はは」
なんて笑ってしまった。
更に顔を歪めていく様を申し訳なく思うけれども。
笑いを収めることが出来ない。
「んふふはははははははははは」
いや、違うんだ。
変な警戒をしてしまっていた僕自身。
それを思わず笑ってしまっているだけなんだけど。
口をヘの字に曲げる姿を見ると、どうにも収まらない。
僕のナビからも心配そうな声が掛かるけども。
それに反応を返すことも出来ないまま。
更に数分ほど、時間を無為に使ってしまった。
「はぁー…………うん、ごめん」
「フン! 失礼なヤツだっ! ……で?」
「今は大丈夫。調査が進んだら解析とかはお願いするかも知れないけど、良い?」
「イチイチ聞くな。居なかったら、何時までに欲しいか書いてオレのデスクにでも置いておけぇ!」
半ば奪うように。
飲み干していたカップを掴むと、そのまま歩き去っていく。
足早な姿に何やら目を細めて向けていた幾人かに舌打ちをしながら、研究室から出て行ってしまった。
いやはや。
どうやら、心配を掛けていたみたいだった。
教授にまさか心配されるなんて。
少し、笑ってしまったことも含めて申し訳なく思ってしまう。
でも、気は紛れた。
知らず、緊張していたらしい。
それはそうか。
科学省襲撃。
将来的に、そう言ったコトは起こり得る。
そう、彼は予言していた。
その予言が至極あっさりと実現したこと。
そして、今後はそれが激化していくだろうことも。
可能性。
それが、現実のモノとして現れた事実。
それに緊張しない筈がなかった。
どうやら無意識のソレに気付かれ、気を使われてしまったらしい。
「――――行こうか」
『はい!』
どことなく教授が来る前よりも柔らかい表情を浮かべている、僕のナビを見る。
祖なるモノ。
研究開発用。
技術試行用。
そう言った目的で色々なプログラムを試して貰っていたけど、今は戦闘用として、カスタマイズを施した。
「プラグイン」
僕の生み出した、世界最初のネットナビ。
未知なるモノ。
進歩する存在。
無限の可能性。
故にその名は、
「エックス.EXE トランスミッション!」