「……言うようなことはこれぐらいかな」
自宅。
変哲もないリビングで二人。
水出しの冷たい紅茶を一口。
光祐一朗は、小さく息を吐いた。
彼にとって十数日ぶりの我が家でありながら、疲労の色を隠し切れず。
あるいは、だからこそか。
様々なモノの籠った息を溢した。
向かいの席に腰掛けているのは、光正。
彼の方はネットナビを作っていない。
故に、科学省襲撃へのカウンターハックは完全に傍観者の位置にあった。
ワイリー博士。
犯人と疑われた人物と友人でもあったこと。
それが、外された理由の一端でもあったが。
「そうか……そうか。まずは、お疲れ様、と言うべきか」
パウンドケーキ。
フルーツを入れ込まれたソレを一切れ。
口に入れ、しみじみとした言葉を呟く。
実の所、光正も其方に関わっていないだけで忙しいことに変わりはなかった。
ボンバーマン。
その劣化品。
五体とは言ってもソレ等に襲撃された程度で、破られたのだ。
「科学省の威信が」等と自ら担当している訳でもないのに口にする輩は幾らでも居た。
もっとも。
現状ではクラッキングに優れたその五体が揃っていて破れないセキュリティは今の世の中、片手で数えられる程もなかっただろう。
無論、他所に知られるような事態にはなっていなかったが。
「…………しかし、そうか……売られていたのか」
「資金調達に、だってさ……本当、勘弁して欲しいよ…………」
頭を掻き毟るようにしながら、呻いた。
ボンバーマン擬き。
ニホンの科学省を襲撃した五体のボンバーマン。
そして、アメロッパ各地を襲撃した三体。
計八体のボンバーマン達。
しかも内の一体は、ボンバーマンの姿に近しい代物。
原本。
とでも言うべき、歯抜けのデータ。
ソレをあろうことか。
ダムーシュニクは売り払っていた。
研究開発の詰め。
今後の活動資金。
理由は一つではないだろうが、浅はかにも。
パインを呼んだのになぜ。
と問われれば。
来ない可能性を考慮した上でだと。
それと予想以上にアメロッパの捜査行動が早かったこと。
金で以って必要な時間を買ったことも一端にはあったようだが。
閑話休題。
そのような事態であるが故。
それでも隠し切れない疲労の中、戻って来ていたのだった。
正の方は、息子夫婦の家に誘われた形だが。
ともかく。
心地良い沈黙。
久方振りの休息。
気を利かせてだろう。
一瞬だけ様子を覗きに来た光はる香は微かに微笑んで奥へと引っ込んだ。
それを目端に捉えた所で、
「……ところで、米加博士……いや、米加とレーザーマンについては?」
「少なくとも科学省には居らんよ」
「やっぱり」
念のために。
殆んど確信していた事柄を、祐一朗は問い、頷いた。
単純な話。
ニホンの科学省の『パルストランスミッションシステム』の情報。
その在り処を、どうやって知ったか。
ニホンの科学省でも、レーザーマン。
あのレベルのネットナビを作れる者は存在して居ないのではないだろうか。
想定ではなく。
確信として。
機密情報の取り扱いを知っている者として。
ネットナビを生み出した張本人として。
科学省の内部に機密情報を漏らしているか漏らした何者かが居るとは想定していた。
レーザーマンを創れる人材が居れば隠そうとしても既に頭を出していると想定していた。
確信と共に。
「まあ、米加はもうニホンに居るとも思えないからいいけど」
ダムーシュニクより情報を得られた。
其処から動いていては、遅かった。
捕まったことを何かしらの方法で得たのだろう。
翌日には既に、その姿は科学省になかったらしい。
恐らく、ニホンにも。
「それよりも、レーザーマン」
其方の方。
アメロッパと協力する中。
あの状況下。
アメロッパ側はニホンの有する秘密部隊の一員とでも勘違いしていたようだが。
祐一朗はニホンと。
少なくとも科学省と、レーザーマンとは関係ない。
そう確信していた。
だが、そのようなことをあの場で言い出せばどうなるか。
元々から大して意欲のない様子だったレーザーマンのことだ。
早々に引き上げていた可能性は、ある。
あるが、あの場でもしも何某かの欲目を出されることが一番面倒だった。
アメロッパの揃えられるだろう最高峰の戦力群。
それが一様に並んでいたのだから下手手は打てないだろうとは思っていても。
逆に、何某かの手を残している可能性もあった。
その警戒はどうしても抜け切れなかった。
コトは急を要していた。
『パルストランスミッション』の流出を防がなければならないのだから。
だからこそ、あえて放置して監視程度に留めていた。
最も可能性のある人物のことをも考えれば。
「だとしたら……」
「ワイリーじゃない。造形の手癖が違う――見せて貰った限りは、だけどね」
「……とは言ってもあのレベルのナビだよ? 創れる人、そう居ると思う?」
「コサックに、ケインに……ふふ、パインも入れて良いんじゃないかな? 自作自演と言うならだが」
可笑しそうに立てた三本の指を折り立てて言う。
その姿に半ば呆れた息を漏らしながらも、言葉にはせず、確かにと頷いた。
少し思考が固まっていた、と。
「……だったら」
「考える意味はない。パインの口にしたという理由だけで聞いても、ニホンに少し居た人物は大体当て嵌まる。違うか?」
「呑気だなぁ」
より深く。
祐一朗が巡らせようとした思考を、あっさりと正は断つ。
意味がない、と。
パインがレーザーマンを、ニホンのネットナビと推察した理由。
それは、パインの奇行とそれに対する狂言を真に受けなかったからに過ぎない。
流石に本当のニホンを知っているような人物であれば、おかしいと思う程度の事柄だ。
旅行程度ではあるいは難しいにしても、少し暮らして文化に触れれば。
そう笑いながら指摘してくる姿に、思わず半目で呟いた。
呑気。
呑気過ぎる。
仮にも『パルストランスミッションシステム』。
そのデータを奪われ、しかも実用出来る程度の代物を造られていたにも関わらず。
恐らくは。
アメロッパ。
そしてパイン。
もしかすれば、レーザーマン。
ソレ等が機密に当たるだろうデータを手に入れているハズなのに。
「はっはっは――どうにもならないモノはどうにもならないよ。これ以上は、アメロッパに一声掛けておくだけで良いだろう。国内で確認を取ったが、とでも言ってね」
「……そうします…………エックス」
『はい。すぐに』
微かな、不審。
それを覚えたモノの笑い、事前の手を提案して来るのを聞いて、祐一朗は突っ込むのを辞めた。
何かある気がする。
しかし、ない可能性も十分にある。
そもそもあっても、誤魔化されるだろう。
軽い溜め息と共に諦めを吐き出し。
懐からPETを取り出した。
話を聞いていたのだろう。
すぐさまの返事に頷いて納め直す。
幸か不幸か。
シグマ。
カーネル。
その二体とは連絡先の交換は済ませてあった。
と言うよりも。
調査の進展があった場合に連絡が取れるように済ませていた。
との言い方が正しいか。
ニホン政府側に進展が、当然と言えば当然だが、ない中での連絡。
あまり気乗りはしないモノの、仕方ない。
そう、納得しておいた。
祐一朗が米加について知ったのも、その直通の伝手からだった訳でもあって。
そうして、
「ところで」
「なんです?」
「パインはどうだった?」
「――――正直、分かりません」
また一切れ。
パウンドケーキを口にした所で。
その話になった。
パイン。
アメロッパの創り出した最高峰最新鋭のナビ。
実験的技術をこれでもかと盛り込んだため、相互に干渉しあった独自技術の塊。
再現解析共に不能のスパゲッティプログラムと化したネットナビ。
そういう触れ込みではあったが、
「ただ世間一般に流布していた、アメロッパが作ったと言うにしては……阿ってる感じがあって、最初からちょっと違和感があった。それに彼の……」
「それに?」
「…………いや」
と言葉を濁すように区切り、
「彼……いや彼女と言うよりも法人扱いの件かな……パイン自体が会社と同じように権利を持ってるのは分かるんだけど……それで尊重しているにしては行き過ぎてるような感じでさ……」
誤魔化す。
己が見聞きしたことはを。
アメロッパ側からの口止めもあるが。
「……扱いに悩んでいる、とかではなくか?」
「んん。まあ……本当、ただそんな気がするぐらいだからなぁ――あ、あとエックス、アレ出してくれる?」
口にすべきではない。
あの会話を。
何処までが真実かも知れない、あの話は。
内心で切り、言い直しながら。
話題転換。
さも、不意に何かを思い出したように。
そのように声を掛け、再び懐からPETを取り出した。
『はい』と返答があったのも束の間。
取り出したソレを正に回し向けながら手渡した。
「…………ほほぅ。これは……」
「そ。多分エックスと接触した時にどうやったのかアドレス取られたんだろうけど、メールが届いたんだ」
「アメロッパ外に興味がある、と」
「匂わせてるだけだけど、ね? 本当にアメロッパが作ったとしたら、これは少し妙だと思う」
PETの画面。
そこに映し出されているメールの内容は、あるいは見る者が見れば引っ繰り返るだろう。
件名にてキチンと自身が誰であるか示し。
内の文章は、ニホン的なマナーに則った文言。
おまけのように本当にパインであるか示すためだろう、シグマにカーネル、そしてレーザーマンの姿がある画像が一枚。
デカデカと。
ピースサインのパインが半分近くを占領しているが。
それよりも内容だ。
科学省の技術を称賛するような文言と共に、技術的な協力関係を結びたい。
何れ、ニホンを訪ねた際には、ゆっくりと話が出来ることを願う言葉。
最後には「おじい様」等と少し揶揄するようなモノまで。
非常に好意的。
そして、関係を結びたいと示された文章。
これを直接。
何処かを介さず直接メールで送って来ているのだから。
明らかに、アメロッパのみならずその外への進出を考えていることが見て取れる内容と共に、だ。
「……改めて言うが」
「証拠がない。分かってるよ……」
そうして再度、肩を落とす姿を正とエックスとお互いに見やり。
どちらとも言わずに顔を見合わせ、小さく笑った。
少なくとも。
あの場で見聞きしたことには言及せず、誤魔化し切れたと。
「まあ、なんだ。もし本当に会う機会があるならワシも時間を作ろう」
「父さんが? いや、確かに興味はそそられるよね……僕も、アメロッパの……いや、人権さえなければなぁ……とか思っちゃうし」
「調べたいと? 全く……ほとほどにな」
「分かってる。流石に……一応、念のため? お願いぐらいはするけどさぁ――で、父さんは具体的に、何か気になったりしてるの?」
「ワシか? ワシは…………」
一瞬。
問われた言葉にどう返そうかと視線を動かし。
丁度良い物があったとでも言うように、目を細めた。
フォークを動かし、刺し、示す。
パウンドケーキ、その一片を。
「……電脳世界に再現したらしい食事について少し、気になっているだけだよ。それこそ『パルストランスミッション』した人間でも、本物のように味わえるのか、とか更に発展する可能性とかな」
「あぁ……」
そう言った方向性もあるのか。
思わずと言うように、祐一朗は言葉を漏らした。
ナビ個体には関心はあれど、ナビの嗜好そのもの。
『パルストランスミッションシステム』。
その可能性の一端。
まだ平和的な、可能性に。
「エックスは味わってみなかったのかい?」
『すみません。オレはそもそも知りませんでした』
「いやいや、ごめんエックス。これは僕が悪い。まだアメロッパとかの一部にしか広まってないらしいから……今度! 今度アメロッパに行く機会があったら試してみようか?」
『是非お願いします』
大した興味はないけれども。
そのような冷めた表情をしているエックスを一瞥しながら、正はパウンドケーキを食べる。
水出しの紅茶で口を潤して。
半信半疑。
「美味しい」とはどのような代物なのか、頑張って説明している祐一朗と同様に。
果たしてどの程度のクオリティなのか。
微かな期待と共に。
光正はただ、入り混じった感情を飲み下した。