何処か懐かしい場所を進む。
かつて。
散々行き来した場所。
そのような記録はあるが、どこか違う。
時が流れれば何かしら手を加えられる。
分かっていても、何とも言えぬ。
そう、物悲しさとでも言うべきか、単なる懐古とでも称すべきか。
だが変わってもいない。
そのようなルートを辿る。
幾らかのWNO達を見掛けては通り過ぎ。
やがて、ショートカットを踏んだ。
降り立った場所の風景。
かつて、ストーンマンとフェイクマンが佇んでいた場所。
その景色に変わりは見えない。
だが、別のモノがあった。
「ホう……」
感嘆の息が思わず漏れる。
見事な造形であった。
そのネットナビ。
長い紫髪。
目隠れ。
褐色。
女性らしさのある体躯。
だけではない。
思わず立ち止まっていたワタシに気付き、近付いてくる最中に現実世界のように自然と流れる髪。
揺らめく髪の隙間から覗く緑の瞳。
左目の下の泣き黒子。
「……はじめまして、レイヤーと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ボンバーマンだ。ワイリー様にお目通リ願いタい。可能カ?」
「確認しますね」
極自然な動作で己が耳元へと手を伸ばす仕草。
呼吸するように微かな動き。
不自然でない程度に揺れる胸元。
「……はい、確認が取れました。お会い出来るそうです。此方へ」
「ありがトう」
「いえ」
軽く頭を下げる動作。
微かな照れの混じった表情。
礼を言われ慣れていないような。
そのまま此方を僅かに気にしながらの歩み。
これは、凄い。
「ワイリー様。ボンバーマンをお連れしました」
『ご苦労』
「うっス――元気そウですネ」
『見ての通りな』
点灯したショートカットを抜けた先。
何やらキーボードでも叩いておられるのだろう。
別の画面でも見ながら。
僅かに横を向いたまま、視線だけが此方を向いた。
まだ少しお忙しそうなので。
その隙にレイヤーを盗み見る。
腰元に手を当てて待っている姿。
少し耳元が気になったのか髪を退かす姿も。
自然。
「………………何か?」
「いヤ……」
ワイリー様に聞くのが一番良いだろう。
丁度、エイリアとか名乗っていた女は居ない様子。
不審者を見るような視線を送ってくるレイヤーからの追及を躱し、今度こそ視線を完全にワイリー様へと直す。
おおよそ、数分。
微かな音が滞ることなく流れていた時間は、向き直られたワイリー様の視線を受けて終わった。
さて。
と、でも言うかのように向き直られた目がワタシを射抜く。
『なんじゃ』
「二つのつもりダったが、三つ。良イか?」
『言うだけ言ってみろ』
「一つ目ダが、コのナビはワイリー様が?」
そう言いつつ。
隣のレイヤーを親指で差す。
微かながら不快そうに顔を歪めたが、口には出さない。
そのような姿を盗み見ながら。
『……違う。エイリアじゃ』
「エイリア! アの女……いヤ、アの秘書ガか!」
驚愕。
ワイリー様がお造りになった、WNOの集会には確かに居なかった。
しかし、ワイリー様がお造りになったのだろうと一目見て思ったのだが。
あの秘書が。
これほどのネットナビを。
『ふむ……お前から見て……レイヤーはどう見える』
「素晴らシい。その一言ダ」
『詳しく言え』
ワイリー様であれば言わずとも分かるとは思うのだが。
あえて言われるのであれば。
僭越ながら、説明させて頂こう。
「マず目に付く髪。基本的にネットナビの造形に拘るヤツでモ、髪は大体が固形に近イ。ワックスでも付けタよウな……何故カはご存知デしょう?」
『何故かな?』
「面倒だかラ。髪の挙動一つを取っテもどれダけ手間が掛かルか……ア、ちょッと耳元を退かスみたいにシてくれねエか?」
「え? こ、こう……?」
微かに耳元、とでも言うべきヘッドホンのようなパーツ。
其処に被っていた髪の一部が退かされた。
極、自然な挙動で。
「そうソうそウ。見ロよワイリー様! こノ自然な髪の動キ! 大体のプログラマー崩れはネットナビにコンナことサせれば……そウだな、髪が退かシた状態……髪が不自然に宙に浮いたマまにナったりダ。自然に落ちネえ。ナのにこレだ! コれをしてルだけスげえ。髪の一本一本ガ自然! 最早変態だ」
「や、やめて下さい……」
消え入りそうな声で呟き、顔を伏せた。
同時に分かり辛いが、褐色のその顔が赤らんだ。
「見ろ、コレ! 顔が仄かに赤クなった! 恐ラくココロプログラムの動きに連動しタ挙動だ。しカも特定の感情に合わセて。此処まデ繊細なプログラミングが出来ルなんぞ普通じゃネえ。光祐一郎に匹敵すル……いヤ、ソレは言い過ぎカ」
『急に冷静になったな』
「いヤいやいや。まダ話は終わリじゃネえ」
「やめて……」
お、顔を手で隠した。
「ネットナビに羞恥が存在シねえ訳じゃねえが、此処マで場面や状況に沿っタ動作を出来るナビは殆ンど居ねえ。必要ねエからな。ダが、このレイヤーは凄イ。本当凄い。挙動に僅かダが、呼吸しテるみテえ動作までアる。シかも極自然にダ。歩き。話シ。立ち。ソの時々にアった形だ。此処まデ形に出来るのハもうド変態じャねえかな。正直チょっと引く」
座り込んだ。
何故。
人間なら分かるがネットナビが。
まさかパルストランスミッションシステム。
いや、それにしても挙動の一つ一つに違和感がない。
無さ過ぎる。
そもそもの話。
確かに現段階でもワイリー様ならばお造りにはなれるだろうが、造る理由もない。
考え過ぎではあると思うが、それでも考慮したとして。
いや、ない。
「あとワタシから見タ話になルが。褐色。メリハリある体。長髪。目隠レ。髪の間かラ見えル緑の瞳。サり気無い泣き黒子。大体は日和ルかソモソモ造れねエんダが、此処マで自分の性癖に正直なネットナビを造れタのは尊敬に値スる」
フルシンクロ。
アレの存在を知ってはいても、意思や無意識的に近い挙動が直線的だ。
いやむしろ、齟齬による揺らぎが見られないと言うべきか。
言うなれば、足し算であっても小数点以下の数値の割り込みが存在するハズなのだ。
人間とネットナビ双方の意思が存在していれば。
思考が直接繋がったとすれば。
そのような細かな挙動の誤差が見当たらない以上、可能性は低いだろう。
あるいは人間をそのまま電脳世界に送り込むような無謀。
精神データをナビの外殻に納めるような。
そのような外法染みた事柄を行うのであればだが、可能性としてあるにはある。
だが、ソレをワイリー様がされるかと言えば、否。
相手も普通に受け入れるとも思えない。
つまりは素でこの挙動が成されるように設計されているのだろうから恐れ入る。
「……一応聞クが、頭にパの付くヤツじゃネえよな?」
「パ? …………何じゃ?」
「分かンねえなラいい」
だが一応聞いてみても。
本当に分からないと言った様子で首を傾げておられる。
後々気付かれるとは思うが、今の段階でその反応ならまず違うだろう。
なので気付かれない内に話を一旦閉める。
「…………拝んドこ」
いやはや。
良いモノを見れた。
レイヤーは体育座りして顔を膝に埋めているが。
このレベルの造形。
多分、これまででも数体しかお目に掛かれていない。
しかし、そうか。
ワイリー様が秘書を付けているのは何故かと思っていたが。
コレが理由か。
「…………二つ目の質問のツもりダったが、エイリアを秘書にさレた理由はコレか?」
『……コレとは?』
「こンだけの技術者を野放しにすルのは勿体ねえ。とは言っテも、わザわざ秘書にしタんだ、何某かありソうだが……」
『フン、お前の想像に任せておこう』
理由はやはり、教えては下さらないか。
まあこれほどの恐らく技術者が野放しだったのだ。
人には人の事情があろう。
其処に深入りしようとするのは、野暮と言うもの。
今後もその辺り、気を配るとして。
「三つ目。科学省の件ダ」
『ふむ…………理由が必要か? お前ならば、猶更』
「拒否しテえ訳じゃネえよ。事前の根回しダ、根回シ」
『根回し?』
「ワタシ達の策で進メて頂きタいんでな」
その言葉に、微かに瞳が細くなった。
見透かすような目。
深く暗い、叡智に満ちた底知れぬ奥が此方を見透かすように。
『――――何を考えておる』
「悪巧み――まア、悪いようニゃならねェ」
『ふん、聞くだけ聞いてみよう。もう計画の概要は出来ておるんじゃろ?』
「まあナ」
そう口にしながら、サーゲスにも見せたメモを開く。
キーボードを叩く音が響いたかと思えば。
一瞬で宙へと浮き上がり、恐らくはワイリー様の見易い場所で止まった。
内容はそう長くもない。
故に、沈黙は僅か。
『……………………プラネットマンめ』
「ダが陽動って点じャ悪かねえダろ」
『しかし、科学省にあると思うか?』
「思う。おめえのだゼ? マしてや騒動の時、エックスが居タ。確保出来そウならすンだろ」
再びの沈黙。
身を椅子の背凭れに預け、ご自身の顎を撫でられる。
『……祐一郎が、か?』
「大本はソウかも知れネえが……仮に使っテるとすりゃア木っ端だろウな。ワタシが乗リ込んで来るリスクは取らネえ」
『…………確かにアヤツなら最低限のリスク管理はするじゃろうな。しかし、本当になければ?』
「簡単な話」
真剣みを帯びた瞳がワタシを撫ぜる。
ソレに晒されながらも。
胸を張って応える。
「ガセ掴まさレて来た間抜け。ソレがワタシって訳ダ」
『…………お前な』
「油断されテるぐれェが一番良イ。本当にナくとも調査自体はせザるを得ねえダろうシな、時間は稼ゲる」
十中八九、ないだろうが。
目元を指で押さえながら呻くように言うワイリー様に、そう返す。
ぶっちゃけ本当にそう。
ガッチガチに対策を取られて対応されるよりも。
警戒されてるよりも、ガセネタを掴まされた間抜けぐらいの方が油断を誘えて余程良い。
実際、溜息を吐かれてこそいるが。
その頭の中ではワタシの案がどの程度は有効に働くか考えておられるだろう。
ワタシ達以外、プラネットマン達にワイリー様のために働いている実感を与える。
そのためにもワタシ達が別行動する理由が必要となる。
より詰めるのはサーゲスがやってくれる。
ワタシとしては、ワイリー様から「まあ良い」ぐらいのお言葉を頂ければそれでよし。
万事解決となる。
「で、どウ?」
『…………案はサーゲスと揉め。考えておいてやる』
「オーケーとハならない?」
『ならん』
「ソんな……」
『しょげてもダメじゃ。候補にはしてやるが、他も見た上で考える』
「へイへい」
だがまあ、そう上手くもいかないか。
ワタシがトップを張っている組織と言う訳じゃあないのだ。
こればかりは仕方がない。
アメロッパな感じに両手を横に広げて肩を竦め。
軸足でもって半回転。
そのままテッテと歩いていく。
『なんじゃ、もう帰るのか?』
「ワイリー様のお元気そウな顔、見れマしたんデ」
『そうか』
「ウす」
暫く先だろうが、科学省に行くのだ。
まともに動かしてなかった体を動かしてサビを落とさなければならない。
でなければデリートされる可能性もある。
それぐらい警戒して然るべきなのが、科学省である。
具体的には久方振りに。
それこそ数年振りとなる、ウラインターネット散策。
数日は奥地で引き籠り、命の遣り取りを交わす。
それぐらいの気持ちじゃないと、流石にちょっとよろしくなかろう。
万が一にも足を引っ張ることになったらと思うと、ちょっと。
「あ、そウだ」
ふと。
ショートカット前で足を止め、振り返る。
まだワタシを見ていた目と目が合った。
顎で先を促す仕草に、一つ頷いて、声に出す。
「お帰りなさい、ワイリー様」
『……おう、ただいま』
返事があったので、片手を上げる。
「ジゃ」
『ふん。次はもう少し時間を取れよ。ストーンマンもな……アイツ、すぐ帰りおる』
「聞いとキます」
それだけ交わして。
あと最後にもう一度だけ遠目に。
そう思って振り返る。
体育座りの姿のままで横に倒れた所為だろう、髪が零れた水のように床に広がっていた。
うお、凄。
技術、ヤバ。
これは変態。
手を合わせてもう一度拝んでから、ショートカットに踏み込んだ。