ウラに潜るのは命懸け。
本来であれば。
ウイルスの強さが明確に変わるのだから。
その点、ロックマンは頭おかしい。
あるいは光熱斗が、か。
「疲れたにゃあ……」
しみじみと。
言葉を吐く。
序でに襲って来ていた紫のメットールをそのメットごと踏み砕く。
現在、ウラインターネット。
浅層。
此処最近はすっかり仕事ばかりだったのだ。
ウイルスバスティングどころか、碌にバトルもしては居なかった。
サビ付いた感覚を取り戻すためにも。
と。
単身、ウラインターネットに浸かりに来たのだが、
「案外、鈍ってにゃいもんですねぇ」
等と口にしてはいるものの。
最初は正直、ダメだった。
だがダメージを受け続けていると、やはり真剣みが出て来る。
痛み。
否応なしに積み重なるソレ等によって。
危機感。
そう言ったモノが刺激されないと真剣みが出て来ないのは我ながら困ったものだ。
そうであっても一昼夜。
九割方の感覚は戻って来た感じはする。
残りの一割を取り戻すのは、些かならぬ時間を要しそうではあるが。
「やや好調って感じにゃんで、遅いにゃ」
舐めた剣を振って来たスウォードラのどてっぱらを拳で貫きながら、一言。
口では好調と言ったが。
実情はまあ、普通程度には良いところ。
ではあるものの。
気持ちだけは絶好調でありたい。
その気持ちだけでは届かない分、好調で抑えている訳だ。
《フレイムソード》のデータを懐に納めながら誰に向けるでもなくそう頷いておく。
「……………………」
ウラインターネット。
奥は何処までかも知れず。
底は何処までとも知れず。
しかし、高みはワタシも存じてはいる。
懐かしい。
気配。
プレッシャー。
足を止めさせる。
総毛立つような。
全身を氷漬けにされたような。
心胆寒からしめる。
絶対的な存在感。
わざとだろう。
あるいは挨拶か。
そう、当たりを付ける。
少なくとも、ワタシに感じられないよう抑える術を身に付けていたのだ。
挨拶の手前。
それぐらいのつもりだろう。
《マジカルポテトスマッシャー》を支えに。
頬杖を突いて、待つ。
やがて現れた。
闇と共に。
セレナードが。
「お久にゃ~ん」
「…………」
「おん…………」
無言。
プラプラと空いてる片手を振るが、無反応。
少し上の方からワタシを見降ろしている姿に、何ともなしに怯む。
無言のまま。
ゆっくりと降りて来たセレナードの手が伸びて来る。
何をするつもりなのか。
避けるのもどうかと思うのでそのままで居れば、
「………………」
「…………ひゃんです?」
頬を引っ張られる。
言葉を無視され、そのまま十数秒。
唐突にその手が離れた。
特に意味もなく。
引っ張られた場所を擦りながら訝しむように見やれば。
しかし変わらず、無感動な目。
合う視線同士。
ソレもやがて、額が合いそうなほど近くまで迫り、止まった。
逸らしたら負けか。
何ともなしにそう思う。
負けな気がするので只々見返し、合わせたまま。
「………………」
「……おっ?」
不意に足が浮いた。
抱えられた。
何故。
脇に。
疑念こそ浮かぶが、急な事に固まっている間にも浮遊感。
と言うか、電脳的に浮遊。
浮いている。
どうやら飛び始めている様子。
ワタシを抱えたまま。
「……え? えっ? ちょっと?」
そのままワタシと言葉を交わす様子もなく。
拐かすように。
セレナードはウラの奥地へとワタシを誘って行った。
数十分ほどか。
暇だったので片付けられる仕事を片付けながら。
優雅ではない空の旅。
ソレは唐突に終わりを告げた。
「あ、着いた? 急にはやめて欲しいにゃあ」
「……」
放るように降ろされた所で。
意味もなくホコリを払うような仕草をしながら周囲を見渡す。
この、殺伐とした空気。
昔はよく潜っていたウラの奥の方の空気感。
何と言うのだろう。
雑然とした自然の中に放り込まれたような。
剥き出しの世界に体一つで向かい合う。
そんな形容し難い感覚。
懐かしい。
昔、セレナードのために創った玉座もある。
リングマンの謁見の時のだ。
それがまさか、まだ残っているとは。
若干の驚きを感じるが。
とはいえ、所々が壊れている。
流石にウイルスが手を出したのだろう。
なるほど。
コレが理由であったか。
「あっ……にゃっはっは、ちょっと待ってて下さいにゃ~」
此方を見詰めて来ていたセレナードに一言断りを入れ。
軽く手を打ち合わせるように払う。
最中にも、過去のデータ。
メモリにある玉座の設計図を浚い起こす。
比較してみれば、なるほど。
それなりに気を配って使っていてくれていた様子。
部分部分に欠けはあれども、問題ない。
手で軽くなぞるように。
《リペア》も駆使しながら補修を加えれば、数分と掛からず完了。
「にゃんにゃにゃ~ん! 修理完了! これでどうよ!」
「…………いえ、別に。修理のために呼んだ訳ではありませんが?」
「えっ」
じっとりとした。
感情の籠った半目で眺められながらの言葉に思わず言葉が詰まる。
違うのか。
と言うか呼んだ扱いなのか。
驚いている姿を見て、これ見よがしに溜め息を吐かれた。
呆れの窺える瞳と共に。
「じゃ、じゃあ一体どのような……?」
「お久し振りですね」
「え? あ、そうです……ね?」
「何の連絡もなく」
「あっ……っす…………」
ソッチか。
ソッチかぁ。
「……本当にすみませんでした」
此処は素直に頭を下げる。
よもや未来のウラの王が。
数年連絡を入れなかっただけで拗ねるとは思いも寄らず。
内心割と本気で驚いているが。
と言うか多分、一瞬は顔にも出たのではないかとも思うが。
何とも。
物理的と言うか電脳的な重みを感じる気のする視線を後頭部に受けること暫く。
溜め息と共に重みが消えた。
視線を逸らしてくれたのだろう。
玉座に腰掛けたのを感じ取った。
よし。
「それで」
「ん?」
「あっす!」
「――――ふふふ、冗談です。頭を上げて下さい」
「うっす! うっす!」
急に圧を強めるとか。
心臓に悪い。
まあ、ないんですけれども。
怖くて変な三下ムーブが出てしまった。
「一先ず、久方振りにゆっくりと話せませんか?」
「……まあ、久し振りですしね。話しましょうかにゃ」
まだ若干不満そうな色が垣間見える。
だが、話していれば納まるだろう。
多分。
「で」
「はい」
「何か、あ」
「聞いて下さいますか?」
「ありましたか」と。
言葉を続けるよりも早く。
些か食い気味にセレナードが口を挟んでいた。
珍しい。
内心そのように思いながら頷く。
「しょうがないにゃあ……良いよ」
「……本当によろしいのですか?」
驚いた顔をしている。
失礼じゃない。
「聞いて上げるぐらいの甲斐性はあるつもりにゃ」
「私のことは、とうの昔に忘れておられたのかと思いましたが」
「いやぁ……それはない。多分、二番目ぐらいよく考えてるにゃあ」
「二番目……」
薄っすらと目を細めて見られるが。
コレはそう言うしかない。
一番は間違いなくワイリー様である。
二番目をフォルテと争っている位の状況だろう。
少なくとも、光夫妻の子供が産まれるまでは。
産まれれば其方が二番目ぐらいに考えざるを得なくなるだろう。
少しばかり不機嫌そうな顔をしては居たが。
意味なし甲斐なし。
そう気付いたのだろう。
溜め息を吐き、
「…………聞いて頂けると言うことで、ありがとうございます」
そう、気を取り直すように。
あるいは小さく言葉を溢すように。
口にしたセレナードを他所に、テーブルを生成。
併せて紅茶とホットケーキの準備を始めた。
「そのまま何をするかと思えば、始めたのは命乞いですよ? 流石に失礼とは思いませんか? 襲って来たのは彼方だと言うのに」
「なるほど」。
「そうなんですか」。
「大変だったんですねえ」。
の便利三点セット。
これ等を何度駆使したか。
当初こそ数えてみようと思ったが。
なんかもう、十を超えた段階で無駄だと断じた。
実際、既に一時間を超えている。
未だに言葉は納まる様子はない。
尽きる気配もない。
どれだけ不満を溜め込んでいたのか。
襲って来た相手を返り討ちにしたエピソードだけでも既に六つ目な辺り、ちょっとどころでなく怖い。
と言うよりも。
野蛮人ならぬ野蛮ナビが多過ぎる。
セレナードを見掛けて《メガキャノン》をとりあえずブチ込むとか。
流石に引く。
いや、薄っすらとだが。
フォルテにそんな感じのコトをした輩が居た記録があったような。
「パインも何かありましたか?」
「え? ええ、そうですにゃあ……」
とは言っても。
流石に少し落ち着いてきたのだろう。
一息。
九枚目となるホットケーキを切り分け、口に運びながらそのようなことを聞いてくる。
何か、と言われれば有りはする。
「……どれぐらい前でしたか……アメロッパからのスパイがやって来たんですにゃ。まあ、それ自体は割とあることにゃんですけど」
「割とあることなのですか?」
「ワタシにとっては。ただソレがちょ~っと特殊でして、姿を変えれるナビでしてにゃあ」
プルーンが来た後とは記録しているが、それ以上の詳しい情報を細かく覚えていない。
ただ、姿を変えられるネットナビ。
要するに、フェイクマンに近しいネットナビ。
ソレがスパイとしてワタシの元に送り込まれて来たのだ。
アメロッパ自体から。
「いやぁ、まさかモモさんの姿を模したナビを送り込んで来るとは思いませんでした」
「モモサン……?」
「あ、ご存知にゃいですか。失礼。パイにゃん……いえ、ワタシにとって大切と言うコトにしてる存在にゃ」
創ったことがないので実際問題、存在すらしていないのだが。
いやはや。
あの時は流石に驚いた。
出来の悪いモモさんが現れたのだから。
記憶喪失、ならぬ記録喪失と言った体で。
いや、まあ、ね。
パインにとって大切な存在であるモモさん自体、トラップ要素の塊である。
そう言うことを考える輩向けの。
具体的には。
まず本物が存在していないから、偽物自体が存在し得ない。
次によくCMに出ているモモさんはあえてワタシより背を高めに描いているが、設定上、実際は殆んど一緒。
そもそも、モモさんとは呼んでいるが「モモ」が本名ではない。
そして最大の相違。
モモさんにはなあ。
ねえんだよ。
胸が。
一応だが別に胸の大小が偉い訳ではない。
恐らくワタシことパインのイメージに引っ張られた結果なのだろうが。
いや、それにしたって。
割と起伏ある感じの、ボインめな自称モモが出て来たのを見た瞬間に笑わなかったワタシを褒めて欲しい。
要所が合ってるだけのもう殆んどパチモンでしかなかったのだから。
「……随分と趣味の悪いことをされたのですね」
「それには同意しますにゃあ」
セレナードの言葉に頷く。
それは本当にそう。
よりにもよってモモさんを盛るとか。
ではなく。
仮に人間で例えれば、肉親が行方不明の相手に対して整形して似せた相手を近寄らせるようなモノ。
情報を抜き取るためだけに。
些か神経を疑う話ではある。
あるが、まあ、この案を考えた者は上手く行けば儲けものぐらいにしか考えていなかったようではある。
ネットナビは人間ではない。
だから別に、これぐらいしても何の問題もないだろう。
調べさせている限り、そう考えているようなので。
「報復はされたのですか?」
「それはまだかにゃあ。所謂、折を見て、と考えてるにゃ」
「そうですか……そのナビは?」
「ダブルって言いますにゃ」
ダブル。
かつてあり、既に打ち切りとなったアメロッパの『ZtoA計画』。
その四番目。
いや、シグマが最初の扱いだから、ある意味では三番目か。
シグマの模造。
と言うよりも、ネットナビの基礎を盤石に固めんと、進められていた計画。
ナビの身体と精神それぞれをより、特化した様式にするべく進められていた計画。
もっとも。
疑似人格プログラム。
その複雑さから、次のナビが所謂ところの精神異常を有してしまったがために凍結された。
そんな研究の一部。
ナビの精神ではなく身体を何処まで自由に出来るか試すために進められていた、半液体の身体を有するネットナビであった。
まあぶっちゃけ、手が遅いけど。
液体状の体はワイリー様が既に、オイルマンという似たような存在を創っておられた。
ある程度の自在性を基にした、身体の自由形成も実質フェイクマンの後追いである。
しかも精度はともかく練度が低い。
強さは中々ではあったが、別に鎮圧に困るほどではなかった、とだけ。
「そうではなく。処分されたのですか?」
「ああ、まっさかぁ! 処分したらワタシが気付いたってバレちゃうじゃにゃいですか! 頭弄って、ウチで二重スパイをして貰ってますにゃ。今度連れてきます?」
「いえ。必要ありません」
強さに関しては、原因を把握している。
ケイン・スミス博士。
彼が研究に携わっていた、と言うよりも大部分を担っていたらしい。
こっそりと、自称モモさん姿のダブルを見せに行ったら、頭を下げて教えてくれた。
騙された。
と言うよりも迂闊だった、と言うべきか。
アメロッパ政府から、身体を自在に形成出来るネットナビの試作開発を任されたとあっては、ケイン博士も断れはしない。
実際、面白そうな研究内容ではあるのだから。
ワタシも誘われていたらちょっと手を出していたかも知れないぐらいには。
まあ、裏取りは出来ていたので。
確証を得るだけの訪問であった。
なので訪問の価値の有無で言えば、ワタシからすれば特になし。
ただ頭を下げて話して下さったのだから、報復の対象にケイン博士を含めずとも良しとしただけ。
正直な話。
モモさんの姿を模したナビを寄越してくる。
何処かしら、ソレに近いことをしてくる可能性は想定にあった。
だからその事態。
想定の範囲内には収まっていた。
だが、想定に収まらなかったことが一つだけあった。
その胸元。
鎮圧する際、これ見よがしに存在を見せ付けて来たナビマーク。
デリートされると思ってか、ワタシに印象付けするためだけに見せ付けて来たのだろう、ソレ。
其処に記されたアルファベット。
シンプルな一文字。
『W』。
おおよそ確実に、ワタシへと誤解を与えるためだけに当初から変更されたらしい、ナビマーク。
その代償は必ず払って貰う。
夢に手が届く。
そう思える。
その折を見て。
必ず。
二度と目の端にも届かない程の、底の底まで叩き落してくれる。
「…………パインも大変だったのですね」
「まあ……いや、貴方ほどかと言われるとどうにゃんでしょう?」
同情交じりの、パンケーキを食べ進める姿に頷き掛け、しかし流石に首を傾げた。
いや、流石に世紀末ではないのだ。
表の世界は。
だから野蛮なナビが溢れ返っていてキレそう、と言うレベルのセレナードに同情されるのはちょっと。
違うかな、と。
まあ一先ず、ワタシではなく、セレナードの先程までの話として。
道を塞いでいる者。
勝手にエリアを占領した者。
通り掛かっただけで襲って来る者。
その他諸々等々と。
少なくとも、ある程度の秩序があるだけ表はマシ。
いきなり襲い掛かって来るのはウイルスぐらいでしかない。
まあ、セレナードからすればウイルスもネットナビも、遍くは雑魚と変わりはしないと思うのだが。
イチイチ突っ掛かってくる上に小賢しい雑魚ではまた話が違ってこよう。
そんなナビが多過ぎてキレそう。
鬱陶しい。
話の中で大凡の部分を浚えば、その辺りが結論だろう。
普通に可哀想。
まあ、エリアを占領している者で言えば、ワタシ達も実はそうなのだ。
WWWとして普通に、ウラインターネットの所々に拠点を築いていたりしている。
調査のためであったり。
純粋に拠点としてであったり。
色々様々な用途で使えるように、と。
とは思いつつ、些か逸れた。
本題。
ソレは、話を聞いていれば分かる。
つまりはそれ等を何とか出来ないものか。
と言うのがセレナードの言いたい所で、ワタシに聞きたいか相談したかった所なのだろう。
「しかし……ふぅむ…………」
と。
わざとらしく顎を擦る。
ちょうど、と言ってもそのタイミングを計っていたのだが、紅茶に口を付けていたセレナードが微かに眉を動かした。
ワタシの反応を気にするように。
見遣る姿を伺いながら。
慎重に。
言葉を探りながら口を開く。
時期が何時だったかは分からない。
だから問題はあるまい。
ワタシが口に出しても。
「……セレナード」
そう「成る」コトは決まっているのだから。
だが、もしも、仮に、そう成れずとも、ワタシからすれば問題はない。
即ち。
本来辿るはずだった道筋を、確かに逸れた証明となるのだから。
「――はい」
「貴方は……」
だから、そう。
あえて言うならば。
怨まないで頂きたい。
仮にその過程の中で。
ワタシが勝ったとしても。
屠ることになったとしても。
どうか、
「…………王に成られてはいかがでしょう?」
怨まないで、頂きたい。