レスラーマン! レスラーマン!
歓声が響く。
両腕を掲げる存在。
筋肉質。
否。
硬質な、金属のように滑らかな巨体。
人よりも頭幾つ分は高かろうか。
ソレが、両手の小指と人差し指を立て、周囲を見渡す。
歓声が上がる。
特設リング。
高らかに謳われる。
レスラーマン。
その名。
一度引っ込め腕を宙に突き立てれば、歓声が爆発する。
レスラーマンッ! レスラーマンッ!
現実世界。
であるにも拘らず。
ネットナビの姿が特設リングの上にあった。
仕組みは単純。
ホログラム技術。
四隅と上空のドローンからの放映装置よって現実へ。
未だ完全な代物ではないが。
ソレだけの準備さえ整えられていれば、ネットバトルマシン内の映像が映し出せるのだ。
急速に進んでいる技術の進歩。
電脳が現実に。
アメロッパ由来とはいえ、むしろ大半はそのようなことすらも知らないソレが今、目の前にある。
居並ぶ観客達。
のみならず、テレビの向こうで試合を眺める人々もまた。
しかし。
周囲へのサービスを続けていたその巨体に突如、鞭が襲い掛かる。
否。
撓る丸太のように太い腕。
唸りを上げながら迫り来たソレをレスラーマンは間一髪の所で躱した。
そうしてゆっくりと。
腕の伸びてきた先。
リングへと開くロードの向こう。
一人の、額を押さえる少年を伴いながら現れる。
黄色い三本のトサカを立て、全身紫色と棘に覆われたネットナビ。
パ・ン・ク! パ・ン・ク!
そのナビが。
リング。
ポストの上へと外脇から一息に跳び移った。
微かな歓声が上がるのも束の間。
そのまま周囲を見渡し、観客達へと両中指を突き立てた。
強烈なブーイング。
完全に頭を抱える少年オペレーター。
そして周囲一帯から向けられるソレ等を気に留める様子もなく。
むしろテレビカメラに気付いたように視線を向け。
ニヤリと嗤いながら首を掻っ切る動作をしてみせれば熱狂は更に高まる。
最中。
リング側を一切気にせずに居た報い。
徐にその胴体が太い両腕に掴まれ、リングの真っただ中へと投げ落とされた。
衝撃に呻くようにしている所。
逆にポストへと登ったレスラーマン。
その体が宙を舞う。
フライングボディプレス。
しかし間一髪の所で転がり避け。
狭いリング上。
起き上がり、その双方が向かい合った。
レスラーマンッッ! レスラーマンッッ!
パッ・ンッ・クッ! パッ・ンッ・クッ!
特別マッチ。
その前哨戦でしかないネットバトル。
なのにこの賑わい。
セコンドの位置にあるバトルマシン。
その前に立ったそれぞれのオペレーターを確認し。
向かい合う二体がリング上に居る人間の審判へと視線を向けた。
瞬間。
名前すら呼ばれることなくゴングが高らかな音を奏で。
弾かれるように二体が激突した。
「今日はありがとう」
「いや、良いプロレスだったよ」
伸ばされた手を、少年は握った。
「いえ、僕も楽しかったです」
にこやかに。
現実の巨漢。
それこそ、素肌に着ているジャケットが張り詰めて見えるほど。
倍ほどはあろうそれぞれの手を、確かめるように。
控室。
電脳ネットバトルと題されたプロレス。
ソレは、激しい肉弾戦。
チップを交えた弾幕戦。
しかし、最終的には濃厚な弾幕を意に介さず。
《ダッシュアタック》で距離を詰めたレスラーマンのバックドロップが見事に決まり、パンクの敗北に終わった。
とは言っても。
実際、本気のガチンコとなればどちらが強いか。
その領域にまで行くことはなかったものの、
『今日はお疲れ様でした』
『おう。中々楽しめたぜ~』
果たして。
丁寧な礼をしているレスラーマンと、鷹揚に対応しているパンク。
どちらが、と言う話になれば大凡、予想の付く話ではあるが。
「ハッハッハ! しかし、会場もお陰で随分と温まったのでね、君も楽しんでいってくれよ」
「ありがとうございます!」
プロレス。
現在、ニホンは空前のプロレスブームの真っ只中にあった。
漫画のアニメ化。
虎のマスクのリアル路線。
大人のみならず、子供さえも巻き込んだ一大ムーブメント。
その真っ只中。
当然、興行としてのプロレスラー達が現在の新技術。
ネットナビ。
ソレを用いた新しい戦いであるネットバトルに目を付けないハズもなかった。
欠点はあった。
視覚的な派手さ。
電脳世界で行われるネットバトルはどうしても、現実世界においてはその視覚的な華やかさで劣った。
要するに、テレビ映えがしなかったのだ。
のみならず。
下手をすればネットナビがデリートされる危険性がある。
そう言った面が、興行を旨とする側からすれば欠陥ですらあった。
しかし今は違う。
ゼフラム社によって開発され、現在、大規模に拡大を続けているネットバトルマシン。
安心安全にネットナビ達を戦わせることが出来る技術。
更には未だ、大規模な用意が必要とはいえども。
現実世界にネットバトルの華やかさを持ち込むことの出来る、ホログラム技術。
興行として必要不可欠だったテレビ映えを、見事に改善して見せたのだ。
もっとも。
リングと言う然程、大きくもない空間で映し出すのに専用の機材が複数必要な時点で技術としてはまだ、完成とは言い難い。
と言うのは、製作者談。
「使う場所は大体決まってるでしょうし十分にゃのでは?」とは其処の社長談である。
閑話休題。
プロレス。
ソレは子供すらも魅了する、ニホンにおける極大ブームであった。
当然、その少年さえも。
なので、
「…………あの!」
「ん?」
「お?」
「サイン! 頂けないでしょうか?!」
目を輝かせてそういう話になるのも当然のことだった。
当然プロ。
レスラー。
「ハッハッハ! いいぞ! あとでこのジャケットにサインしたのをあげよう!」
「おいおい、お前のが良いと思うか? 当然、俺のだよな?」
「えっ……と」
どちらも欲しい。
と言うほど、その少年は正直ではなかった。
しかし、その視線で察せられないほど、レスラー達も場慣れしていない訳もなし。
顔を見合わせて笑い、それぞれが片手を少年の方に置いた。
「「どっちもあげよう!」」
「ッいいんですか?!」
「これぐらい安いもんだ!」
「だが、応援はコッチによろしく!」
「そりゃズルだろ! 応援はコッチに頼むよ?」
「あ、あはは……」
「失礼します」
そのような会話が進んでいた中。
不意に扉の方から声が掛かる。
一人。
丁度入ってきた人物。
スタッフ。
ではない。
服装が他と違った。
清潔な、如何にもキッカリとした役人然とした男であった。
「なんだ?」
ファンとの交流を妨げられた。
それに微かな不快感を醸し出しながらも、しかし視線を時計へと向けた。
時間はまだあるハズだと言うように。
「申し訳ないですが、次の予定が……」
少しばかり申し訳なさそうに。
しかしハッキリとそう口にするその男に。
二人のレスラーの視線が少年へと移った。
浮かんだのは困惑。
ソレは僅か。
しまったとでも言うように顔を顰め、
「あー…………忘れてた」
苦々しい表情を浮かべた。
「そうか……残念だが、そう言うことなら渡すのはまた今度にしようか」
「すまんね」
「いえ! 僕の方こそごめんなさい……次はちゃんと応援出来るように時間、作りますんで!」
さっさかと。
控室の扉の前まで駆けていき。
振り返った少年が頭を下げた。
それを大股であっという間に追い付いた二人も軽い労いの言葉を送り。
もう一度、それぞれ二人と握手を交わし、
「それじゃあ!」
元気よく。
さっさと駆け足で進んでいく男の後を追う形で。
少年は大きく手を振りながら廊下を駆ける。
幾人かのスタッフと通り抜け際に挨拶を交わし。
専用口を抜けた裏側。
駐車場に止めてあった、既にエンジンの掛けられた黒窓のワゴン車へと半ば飛び込む。
ワゴン車。
とは言ったが其処は様々な機材の詰め込まれた、専用車。
着色ガラスによって内部を見通せない構造になったソレ。
扉が閉まると殆んど同時に、弾かれるように動き出す。
駐車場。
勢いのまま道路へと。
揺れる車体の中。
咄嗟に取っ手を掴んで難を逃れた少年は、信号で止まった隙に空いた座席へと腰を下ろした。
「なんなの? 折角アッチが特別席まで用意してくれてたのに! ――なんかマズそうな雰囲気みたいだけどさ」
「……『オフィシャル』のナビ五体が既にデリートされました」
唇を尖らせながら窓の外へと目を向けていた少年に。
運転しながら男が言った。
瞬間、空気が冷える。
不満を露わにしていたその顔には既に、鋭い視線しか残っていない。
その懐から聞いたのだろうPETからは、感心とも感嘆とも付かぬ口笛が響いた。
「パンク。でどこで?」
「っ失礼しました。科学省。科学省です」
「光さんは?」
「才葉シティに、今は。出張しておられたので、ネットを介してエックスを派遣して下さってますが間に合うかどうか……」
バックミラーに映る額だけでも。
コトの重大性は把握出来るだろう。
PETを取り出し、パンクの様子見へと移る。
科学省に着けばバトルが始まる。
その前準備として。
「……相手は分かってるの?」
「情報に間違いがなければ……ボンバーマン他三体」
「っ」
『っつうこたぁワイリーって野郎が相手か?』
息を飲む音を引き継いで、検査を受けながらパンクが問い掛ける。
回答は、是。
「理由は現状不明。何処からともなく現れたワイリーのネットナビ四体が科学省の一角に居座ったためその排除に動いたオフィシャル他が壊滅的な被害を受け、撤収。現在は硬直状態とのことでした」
車内に微かな緊張が過った。
壊滅。
少年は『オフィシャルネットバトラー』となるに当たって、その辺りを学ばされた。
壊滅の場合、半分以上がやられたということを意味する。
ソレも言動から察するに、一方的に。
たった四体のナビによって。
現在のニホンに置いて片手で数えられる中に挙げられていても、戦慄を隠し切れない。
しかし、
『妙じゃねえかぁ~? 光の……ああ、じいさんの方だぜ? あのじいさんが言ってた所にゃあ、ソイツは理由もなく襲撃掛けてくるようなジジイじゃねえんだろぉ~?』
「…………人は変わるものです。ましてやあの方が科学省を離れてもう、十年近く経っている」
『お前も何かありそうとか思ってる顔だぜぇ~?』
返答は、ない。
是非を語ることは出来ず。
何か、ある。
そうと察することは出来ても、何を意味するかまでは分からない。
何とも言い難い、不気味で不愉快な感覚。
『――ま、どっちにしろ蹴散らせばいいんだろがよぉ』
そのような空気を切り替えんと。
あるいは、元から無神経なのか。
気にしていないようにパンクはその言葉を運転手へと投げた。
微かな弛緩。
それと共に、頷く。
「……ええ。申し訳ないですが現状、あなた方だけが頼りです」
「……分かりました! 全力で相手をします」
『オレ等に掛かりゃあどうとでもなるだろうぜぇ――いや待て、あんの堅物野郎はどうした?』
「堅物……? あ、ヤマトマンは、その……当初二体しか居ないと思われていた所、準備中に別二体からオフィシャル共々奇襲を受け……」
それ以上の言葉はない。
意味することは一つ。
しかし、
「なるほど……思ったより準備されていたみたいだね。だけど」
『ハッ! ま、もう一回言うが、オレ等に掛かりゃあどうとでもなるだろうぜぇ』
握り拳をバックミラーから見えるように掲げた少年。
軽く言い放ったパンク。
その様相に、再び起こり掛けていた僅かばかり緊張が解けたのだろう。
小さく息の漏れる音が車内に響いた。
反面。
バックミラーからは見えないように。
少年は密やかに顔を顰める。
PETの中。
言葉に出さず、パンクが文字を描いていた。
『油断はするなよ』と。
『何か知っているのか』と。
後を追って尋ねるその文字に。
微かな静止の後、『ウラの馴染みが、ボンバーマンを愉快なヤツだとよ』と。
忍び笑いながら描く。
愉快そうに。
闘争への愉悦と獰猛な笑みを隠すことなく、パンクは楽しそうに笑っていた。