新しい《ストーンキューブ》を置く。
汗を拭うような動作をわざと見せる。
だが、隙と見て攻撃してくる者は居ない。
冷静に感じ取りながらも、手足を止めない。
ただただ、破壊された《ストーンキューブ》の設置を続ける。
状況はかなりの落ち着きを見せていた。
発見されてからおおよそ二時間ほどか。
当初こそ、蜂の巣を突いたような騒ぎを見せ、襲い掛かって来た科学省のネットナビ達。
しかし気にせずグレネードマンが突っ込んでいくのでワタシはその補助。
ソレで四方から押し寄せてくる相手を蹴散らしていたが、流石に疲れた。
徐々に圧力が増していく状況は。
だが、そんな中で流石にうろつくのも無理になったのだろう、合流した二体。
バーストマンとコマンドマンの力もあり、状況は均衡状態へと陥っていた。
「フぃー……」
もう一度、わざとらしく。
様相を観察しながら汗を拭うようにして見せる。
十字路。
とでも言うべき場所。
多くの《ストーンキューブ》を設置し、射線を遮ているこの地帯。
科学省側は明確に、攻めあぐねている。
本丸。
とでも言うべき場所。
其処の中心に居座る相手にだ。
通常であればあるいは、電脳獣にしたように電脳世界ごと封じることも出来ようが。
だがまさか科学省の中心。
其処を落とした場合の被害は計り知れまい。
最も、仮に考慮するとしてもソレは最終手段であろう。
まずは普通にデリート。
ソレを画策していることが分かる。
単純に実力不足で出来ていないのもよく分かる。
いや、地力不足と言うべきか。
光正と祐一郎を擁していながら、何故か。
単純明快。
設計思考が違うのだ。
科学省。
国家機関であるが故。
そして大義名分として。
国民のためにその技術を用いなければならない。
だからこそ、その方向性は、汎用。
一般への普及に偏る。
偏らざるを得ない。
特に現在、ネットワークの興隆期とでも言うべき状況下。
ニホン政府としては当然、普及と発展に向けて動かしている。
だがワタシ達、『WNO』はどうか。
ワイリー様によって、ワイリー様のために造られているのだ。
性根が違う。
理想が違う。
在り方が違う。
この時点で負ける道理等、存在し得ない。
「…………」
「かぁ~~~……つまんねえなあ、オイ!」
「これぐらいでいいけどな」
「気ぃ張れヨ、おめえ等」
本来であれば。
だが、ワタシは見知っている。
光祐一郎。
あの人の造り出したネットナビ。
ロックマンの恐らくは前身であろう、Xの存在。
この一事を以って油断出来ようハズがない。
ヒーロー。
主人公等と言うべき存在は、ただの一個で全てを引っ繰り返せるのだ。
たが、だ。
ロックマンであればその内実から、デリートを躊躇う所ではある。
しかしエックスは一般的、とは言えないまでも通常のネットナビの範疇。
多分。
なので数の理で圧し潰すことに躊躇い等、在ろうハズもない。
「………………」
「お、来たか!」
「ヤだな、本当」
「…………ン?」
そのようなことを考えながら。
屯していること、暫く。
微かな音。
気配。
次の波が来たと察し、準備を始める面々を他所に警戒を強める。
感じ入る感覚。
エックスでは、ない。
だが足取り。
既に科学省のど真ん中に陣取っているワタシ達を相手にすると言うのに。
怯えがない。
迷いがない。
ソレは、油断出来る存在でないと理解させてくる。
まだ姿の見えないソレが。
どうやら、十字路に入ってすぐの場所に止まった。
巡らされた《ストーンキューブ》。
ソレを眺めている様相だが、
「しゃらくせ~ぜッ! 《フラッシュボム》!」
キューブの上に乗り上がり更に跳んだグレネードマン。
その発射した爆弾が上空から落とされる。
爆破。
閃光。
陰に身を寄せながら手に《ミニボム》を取る。
飛び込んでいくグレネードマンの姿を見逃さぬようにしながら。
バーストマンもコマンドマンも警戒はある。
だが微か。
まだ油断が見える。
「おあああああああああ!!!!!」
咎めようと口を開き掛けた瞬間。
宙空のグレネードマンが絶叫を上げながら吹き飛んだ。
目を凝らす。
伸びているのは何だ。
金属質な、自在の水道管に見えるソレ。
先は拳。
象の足が近しい形状で棘のある、赤茶。
まさか、
「最大警戒ッ!!! デリートさレねえコトを優先しロ!」
「冷てえこたぁ言いっこなしだぜぇ~! 《ダブルゴーラウンド》!」
叫んだ刹那。
唸りを上げる独楽のように赤紫のローラーが二つ。
《ストーンキューブ》の壁を避けるように左右から飛び出した。
そしてまるで分っているように。
唸りを上げるソレはワタシとコマンドマンへと迫る。
跳ぶ。
キューブの上。
だが瞬時にその足元に食らい付くように削り始め瞬く間にも破壊される。
舌打ち。
視線をコマンドマンに送るが彼方は回避を失敗し抉られ吹っ飛ばされた後。
咄嗟に遮りに掛かったバーストマンが泡で迎撃しなければ危なかったろう。
《ハイパーボム》で吹き飛ばし手にしていた《ミニボム》を推定位置へと放り込む。
数個と言わず十数個連続で。
細かな爆竹染みた爆発音が連鎖的に響く。
しかしやはり声もない。
「ッ」
僅かな砕音。
身を翻す。
背後から突くように飛び出していた平たい拳。
それに付随した棘が脇腹辺りを掠めた。
だが機会。
翻した勢いのまま。
キックを伸びた腕へと叩き込む。
「おあっ?!」
動揺の声が僅かに遠く。
追撃を食らわせようとした腕はしかし殆んど瞬時に引っ込んだため、代わりに声の辺りへと《ハイパーボム》を蹴り込む。
爆発。
よりも前にキューブの陰から飛び出した姿がようやく、その姿を晒した。
赤紫に近い全身。
トサカのようなパーツ。
その節々に見える、刺々しいパーツ。
「――パンク!」
「お? オレを知ってんなら光栄だぜ~?」
「知らネえ訳がねエ……ニホンの最年少オフィシャルの持ちナビ。なラ当然」
『なるほど……有名人って言うのはこういう所で不便なんだね』
パンクの傍らに映像が浮き上がる。
PETからのモノだろう。
眼鏡を掛けた少年、その姿が。
『名人』。
と呼ばれる存在がロックマンエグゼの作中には登場した。
シリーズ皆勤賞。
とは残念ながらいかなかったが、全六作品の内の五作品。
そして内、四作品においてはそれぞれで異なるネットナビを有して登場した人物。
強さについてわざわざ語るまでもあるまい。
名が体を表す、とでも言えば十分だろう。
だがそれでもあえてその強さを語ろうというのならば。
戦闘用ではなく育成用のネットナビを使用して、只々周囲に流されるがまま勝利を重ね、世界大会にまで出場したほど。
まあそれは十数年後の未来ではあるが。
純粋なネットバトルの腕。
ソレのみに注視するのであれば。
現段階でも世界で十本の指の中に、既に入るのではないかと考えている。
ちなみに苗字は、江口。
さて、ともなれば。
現在の状況は非常にマズい。
パンクだけであれば何とか出来るとは思うが、Xが居るだろう。
ソレが非常にマズいと言わざるを得ない。
向き合いながらも密やかに周囲へと探りを入れる。
まだ、近くに居ないのか。
何処かから此方を見ているのか。
あるいは既に、奥の状況に気付かれたか。
判断が付けられない。
「……おめえだケか?」
「あ? そうだが?」
「祐一郎博士のハ?」
「オレだけで十分! 行くぜオイ!」
どっちだ。
「《マッドローラー》!」
「チッ」
身を縮め両肩の、棘が生えた盾がホイールに変わる。
アクセルの空炊きのように床が悲鳴を上げたのは刹那。
弾かれたようにローラーへと身を変じたパンクの突撃。
いっそ大げさに横に飛び退いて躱し様子見。
狂気的に加速し続けるローラーは。
キューブを避けながらもワタシを囲むように回り始める。
標的をワタシに絞ったか。
有難い。
離れたキューブの上から様子を見ているコマンドマン。
バーストマンに抱えられながらもなお此方に突っ込んで来ようと暴れているグレネードマン。
それ等に待機で注力しておくよう手で合図を送る。
「余裕かあああああ?」
「くアッ?! 危なッ!?」
一瞬の意識の逸れ。
見逃さずに突っ込んできたパンクの叫びがなければあるいは轢かれていたか。
だが生えていた一本棘が強かに腕を抉った。
割と痛い。
轢かれるよりかは遥かにマシだが。
とりあえず周囲。
Xについては三体が相手してくれると信じて動く。
今はそれしかあるまい。
「ハい、ボムボムボムボムボム!」
「しゃらくせぇー! ッぅ」
様子見の《ミニボム》連打。
ただの《ミニボム》ではない。
火属性付き。
床に火が残るタイプのだ。
一瞬は気にせず避けるだけだったパンクだが。
床に残った火に焼かれたのだろう。
ダメージには僅かに動きがブレただけでこそあったがそれでも避けるように動き始めている。
であればこのままばら撒いて、
『パンク』
「おうよ!」
更に幾つかばら撒いていた中。
名人の声に更に距離を離し、パンクが《マッドローラー》を解いた。
警戒を強める中、
『バトルチップ《ツナミ》!』
「流されちまいなあ!」
そう来たか。
パンクが両腕を振るうと同時。
現れた身の丈を越える電脳水の大波が此方へと迫る。
足元の火を消しながら。
更に追加で再度《マッドローラー》の態勢に戻ったパンクの突撃。
《マッドローラー》への牽制は《ツナミ》で消され。
その《ツナミ》を避けるために上に逃げれば《マッドローラー》の突撃。
流石にバトル履歴まで知らないからそういうのを相手にしたことがあるのかは分からないが。
対応にそつがない。
此方に出来得ること等、
「《デンジャラスボム》!」
「ッチイ!」
殆んど直角にパンクが曲がった。
その僅か後。
爆発と爆風が《ツナミ》を吹き飛ばす。
微かな水飛沫。
ソレを目にしながらも視線をパンクから逸らしはしない。
追加の《ミニボム》もだ。
さっきの一瞬見た感じチップの使用は《マッドローラー》を解かなければならない様子。
であれば床を火の海にするのを止める理由はない。
先を読む形で火の海に変えてやれば。
跳ねた。
跳ねて越えたか。
なるほどそうするのであれば、
「まダまだ!」
「しつけえぜ~!」
三。
二。
今。
「おラあ!」
「な、ごあああ!!!」
火を嫌って跳ねた。
瞬間を狙い澄まして傍の《ストーンキューブ》を蹴っ飛ばし。
宙に居るなら当然避けれるはずもなし。
砕け散る《ストーンキューブ》の向こう。
破片の中、《マッドローラー》が解けた姿が見えた。
「もウ一発喰らイな! 《ハイパワーボム》!」
『! パンクッ!』
指向性を持たせたことで単純な威力は《デンジャラスボム》以上。
その爆弾を倒れた姿へと蹴り込んだ。
名人の若い叫びが聞こえたが遅い。
瞬間、閃光と共にその全身を天の一角をも貫く爆炎が包んだ。
やったか。
これは流石に一溜まりもあるまい。
確認するまでもないだろう。
「まだまだあああ!」
「ダろうな!」
《マッドローラー》。
まだ冷めやらぬ爆炎を突き破って突っ込んできたパンクを正面から受け止める。
両手で。
左右。
突き出した棘を掴む形で。
絶対に来ると思っていたから内心でフラグを立てた甲斐があったというもの。
眼前で凶悪な唸りを上げる回転。
掴んでいる掌が削られていく感覚。
勢いに思わずして一歩足が下がる。
パンクのダメージは。
少ない。
名人。
あんな叫び声を上げながらリカバリーを仕込んで此方の油断を誘ったか。
だが、
「おめえハ此処で終わりダ」
「なッ、く、っ解けねえ!」
左右に掴んだ盾の棘。
半ば抱え込むように力を込めて、パンクに《マッドローラー》の状態を強制する。
手も足も出せない状態を。
そして片足。
一歩下がってしまったこの状態。
凄く良い。
状況が良い。
何とか引き剥がそうとか回転を増すパンクを無視し。
周囲へと視線を向ける。
目が合った。
頷き、エネルギーを回す。
『《インビジブル》!』
「星になっチまイなあ! 《プロットブレイク》!」
「なッギ、グアアァアアアア!!!!!」
閃光。
咄嗟に使われた《インビジブル》を無力化し。
そして《ブラックボム》直撃のブレイク性能。
ソレが盾ごとパンクを遥か空へと打ち上げた。
データの粒子が散る。
だがまだだ。
まだデリートし切れていない。
かなりのダメージを受けてなお。
パンクがその左腕を不気味に唸らせているのが見える。
顔を歪ませながらも。
真上から愉しそうに片足立ちのワタシを見詰めながら。
此処で果たして、確信する。
光祐一郎は居ない。
エックスもまた。
パンクの補助を出来るような存在自体が居ない。
だからこそ、
「ヤレ」
片手で合図を送る。
悪いが此方も一体じゃないんで。
同時に、エネルギーを次に向けてチャージする。
既にチャージを終えている面々を尻目に。
「いやっふううううううううううう! よぉおやくだぜえええええ!!!」
「――――照準良好。発射準備完了……!」
「悪ぃがここ等で消えてくれやぁ!」
周囲の警戒をしていた三体が遂に牙を剥く。
「《フラッシュボム》乱れ撃ちぃいいい!!! ふぅうううううううう!!!」
「《コマンドボム》、全弾掃射ァ!」
「《バーストラップ》! タマヤってえなあ!」
直線。
正面に向かって放たれた。
《フラッシュボム》の数々。
側面。
殆んど直角に曲がり迫る。
《コマンドボム》の弾幕。
制圧。
埋め尽くす気球のように昇る。
《デンジャーラップ》の泡沫。
それ等の隙間から微かに。
パンクが肩の盾を構えたのが見えた。
次の瞬間。
轟音。
断続的な爆音。
飛沫。
吹き荒ぶ爆風が上空から体を地面に押し付けてくる。
『パンクーーー!』
「ッ」
「気ん持ち良いぜえええええ!」
「…………」
「カギヤァー!」
喝采を叫ぶ周囲。
両腕を広げ迎えるように爆風を浴びている姿。
名人の声。
だがまだだ。
まだ終わりじゃない。
何処だ。
何処に、
「其処ダろおっ! 《デンジャラスボム》!」
雑に蹴っても範囲が広い。
そんな《デンジャラスボム》を一角へと蹴る。
キューブに隠れた一角。
其処で、爆発が巻き起こる。
「………………ひっひっひ……気付かれるとは驚いたぜぇ~!」
驚きの視線を向ける周囲。
いや。
コマンドマンは何某かの疑いを持っていたのだろう。
既に次のチャージへと移っていた。
爆風の中。
舞い散るデータの粒子を払い飛ばしながら。
愉しそうに笑うパンクがその姿を晒した。
「あの状況、素直にやられたと普通は思うもんじゃねえのか?」
「ソレを何とカすんのがオペレーターの仕事ダろ」
「……ハッハッハッハッハ! だとよぉ江口! 随分買われてたじゃねえか!」
『…………普段だったら嬉しかったよ』
ダメージは、あるか。
流石に。
良かった。
《プロットブレイク》のブレイク性能の影響もあってか、盾も半分ほどは壊れている。
それだけではないダメージによるノイズもまた、節々に垣間見える。
一手遅れた。
と言うよりも、遅らせたか。
恐らくは《エスケープ》。
ワタシも普段から持ち歩くようにしているから薄々と察せられる。
一発か二発か。
攻撃を受けて爆発を起こさせ、当たった確信を持たせようとでも考えたのだろう。
素直に《インビジブル》辺りを使わなかったのは先の《プロットブレイク》の閃光、《ブラインド》によって無力化されたことを警戒してか。
あるいは其処からの奇襲で誰かしら持っていきたかったのだろうか。
だがどちらにしろ残念。
ワタシのような存在が、名人を警戒しない筈がない。
それはそれとして。
普通に怖い。
まだ学生だったハズ、確か。
安易に《インビジブル》に頼ろうとせず、その上で誰かしら一体持って行こうとしたと思しき辺り。
勝負勘だか知らないけれども。
「………………おめえ等、此処から離レな。多分モう強いヤツは居ネえから固まっテりゃ対処出来ル」
「ええ! そりゃねえぜ!」
「――――了解」
「…………まあ、此処に居るよりかはマシかぁ……」
真っ先に抗議の声を上げたグレネードマンを尻目に、他は賛成の様子。
その反応に、名人が露骨に顔を顰めた。
やはり居ないか。
「チェッ! しょ~ぉがねえかあ」
「では我々は調査に。ボンバーマンは……」
「当然、コイツの対処ダな」
「それじゃあ頼んます!」
足元で《ハイパーボム》を転がす。
何時でも蹴れるように。
見せ付けるように、足裏で弄ぶ。
一挙手一投足。
その全てを注視しながら。
果たして。
パンクも名人も、ワタシの対処を優先せざるを得ないと察したのだろう。
パンクはさも楽しそうに左腕をうねらせ。
名人は軽く額を揉み、チップをスロットインした。
反応は即座。
パンクの体に見えていたノイズ、ダメージが回復する。
リカバリー系。
コレがあるからオペレーターと言うのは厄介なのだ。
「サて…………」
「おう、それじゃあ」
一歩。
パンクが踏み出す。
一個。
《ハイパーボム》を生成する。
『すまんが待って貰えるかな?』
中。
響いた声。
聞き覚えのあるソレに。
ワタシは迷いなく姿勢を正し、声の方へと頭を下げた。