沈黙。
静けさが場に満ちている。
異様に思えるほどの静けさが。
ただ、誰も動かない。
構えていたパンクも。
此方のお仲間三体も。
ワタシも。
『………………相変わらずのようだね』
「光博士こソ」
言いながら。
下げていた頭を上げる。
正面。
映像として浮かんでいる、光正。
以前。
と言ってももう数年前の話になるが。
その時と比べれば幾分、老けて見える。
当然か。
心労も多かったろう。
『さて。ボンバーマン』
「如何されましタ?」
『……なぜ、敬語なんだい?』
「敬スべきヤツに使うカら敬語。違ウか?」
『違いはないが……ワシは君に敬われるようなモノじゃあない。崩してくれ』
「ソう思うなラ、そウなんダろうな。おめえの中デは」
そう一言区切り。
口を開いた。
『……それで。なぜ、来たんだい?』
「……! そう言や聞いてなかったぜぇ~!」
ご尤もな質問である。
むしろ今まで、誰もそれを聞いて来なかったのだからワタシも困惑していた。
普通聞くだろう。
襲撃者とはいえ、相手の目的ぐらい。
目的はまあ、科学省奥から機密のデータを引っこ抜くこと。
であるが。
馬鹿正直に言うはずもない。
当然、理由は用意してある。
「ワタシ達四体が揃っテ動く時は大体決まっテんだが、ご存知なイか? 本当に?」
逆質問。
考え込むように目を細められたのは僅か。
額に指を当て、伏せた。
『…………ボンバーマンのデータの利用』
「オー!」
是とも否とも言わず。
感嘆の声と共に手を叩く。
パンクは変わらず。
しかし名人もその顔を驚きに染めた。
タレコミがあった。
少なくとも、そう言うことになっている。
ワタシのデータの。
その悪用を防ぐため。
過去、ワタシ達が方々に回って破壊していたのは割合と有名な話だ。
『オフィシャル』との明確な連携こそなかったものの。
シグマ等の前身組織に属していた連中とは暗黙の共同戦線を張ったことがある。
それぐらいの話なのだ。
光正が額を押さえるのも当然の話。
ワタシ達を呼び寄せる危険物が科学省に持ち込まれている。
どの程度の確度かについても考えを巡らせているのだろうが、ワタシ達が実際に来て暴れている。
その一事を以って、殆んど確定事項と断ずることだろう。
『………………ちょっと失礼するよ』
徐に。
光正の姿が消える。
協議か。
確認か。
どちらでも構うまい。
時間を稼げるに越したことはない。
そしてすっかり闘争の気配が消え去った物だから、右手で頭を掻きながら、パンクが床に座り込んだ。
ワタシの方も同様に座り、他三体へと手招き。
面々は面々で、座ったり、油断なく立ったり、キューブに凭れたりと様々。
何とも言い難い空気の中、約九分。
思い出したように再び。
光正の姿が映し出された。
『……ボンバーマン』
「なんダ?」
『居た。処分は其方でするかい?』
「おめえがキチンとしテ下さるっテんなラ、お任セするが?」
『……分かった。光正の名において適切に処分させて貰う』
「そんな」等と言うような声が画面外から聞こえたが。
一瞥。
無表情。
ただ視線を送っただけでその声は絶えた。
頭が痛い。
そう示すように眉間を軽く揉みながら。
ふと思い出したようにまた、口を開かれた。
『そう言えば』
「ハい」
『目的は何だい?』
「…………?」
いかん。
僅かな間をおいて首を捻るながら、状況を確認する。
ボンバーマンことワタシのデータの悪用。
ソレを防ぐために来た。
少なくとも、表向きの話。
その表向きを察していなければ出ない。
「目的は何だい」等と言う言葉は。
些かならぬ戦慄を覚えながらもしかし、演技を続けなければならない。
「……………………ソりゃあ…………ドう言うこっタ?」
『君達、正面からじゃなく奥から出て来ただろう?』
「奥ぅ? ……いヤ、潜っテこうとしタが、途中で封鎖さレたぞ?」
『そうかい? ……正面から……と言うならあの電光掲示板も見ているよね?』
「当然ダ」
『この時間は消えてるよ、それ』
フェイクマンが調べ損ねたか。
否。
有り得ない。
「……いヤ、点いテたろ?」
『いや。夜の大体一時間ぐらいだけかな? 時間は決まってないけど……担当者が帰る前に予定を更新してくれてるんだけど、その時に消しているんだよ』
「…………」
あったか。
そんな情報。
予定更新の担当者が居る。
ソレは確認した記録がある。
だが担当者が何時頃に帰るかまでは調べていない。
大まかに、光親子が居ない時間さえ分かっていれば良かったからだ。
更新する間、消えているというのも言われた記録がない。
ブラフだな。
「…………イや、点いテた」
『……まあ、良い。本当の所、君達の通過記録がないのを確認しただけだからね』
「通過記録? アるだろ?」
本当にあるならフェイクマンが伝えてこない筈がない。
だが。
一部だけ。
あるいは光親子や重役だけが知っている情報であれば流石に分からないが。
『残念ながらなかったよ。入って来た記録が……となれば自動的に、非正規的な方法で入って来たことになる』
「フぅん…………まア、聞くダけ聞クが」
真実どうかは知らないが。
一先ず惚けながら先を促す。
『君達が障壁を降ろしたお陰で今現在、奥を確認出来ていないんだ。確認出来れば分かり易いんだけどねぇ……』
「そんナこと言ワれてもな……」
分からない。
そう示すように両手を開いて首を傾げる。
奥のコト等、知らない。
少しでも確信を得させないために。
最も、既に手遅れだろう。
パンクは立ち上がり。
名人も臨戦態勢に入っている。
グレネードマンも立ち上がり。
変わらぬコマンドマンを他所に。
バーストマンはへっぴり腰で距離を置いている。
座っているのはワタシだけだ。
『……………………ボンバーマン』
「…………何デしょウ?」
最中。
酷く心苦しそうな顔で。
光正が言葉を溢す。
思わず、座りながらだが、背筋を正したワタシを他所に、
『言ったのか?』
何処か。
確信めいた言葉を吐いた。
首を振る。
「言っテない」
『……だが』
「…………」
人差し指を一本。
ゆっくりと立てる。
僅かに足元を確かめるようにしているパンクを無視し、ハッキリと光正を見詰める。
「ワイリー様に誓おウ。言ってナい――ワタシ自身の記録もお見せしてイないト、改メて誓オう」
『…………』
「だガ」
と。
続ける。
「ワイリー様は随分、方々を旅さレた。ソの中で、多くの古代文明を見らレたそうダ。雲より高くにある天空都市。密林深くの大神殿。アメロッパ沖の古代遺跡。ヒマナラ山脈の洞穴。砂漠に居並ぶにピラミッド。キングランドの海にある大聖堂。だとカ……な」
ゆっくりと。
光正が目を閉じ。
深呼吸するように息を吸い。
ただ、吐く。
一動作。
ただの十秒程度の時間。
それだけでも酷く緩慢で。
だが恐らくは。
理解するには十分な時間を得たのだろう。
薄く瞼を開け、苦そうに笑った。
『………………ワイリーに嫌われるだろうな』
「嫌ウ? ワイリー様がおめえを?」
『そうだろう? 知られたくは、なかったんだがなぁ……』
「ハー……単刀直入に言ウな? バカ」
伏せていた視線が此方を向いた。
丁度良い。
時間稼ぎにもなるし舌を回す。
舌なんてないけど。
「少し考エれば分かルことダと思うんダがな? 普通、嫌っテたらワイリー様、モっと直接的な手に出ルんだワ。それヲわざわザこんな……迂遠? ト言うより本当かドうか確かめルようなコトしテる時点で明ラか違ウだろ」
『しかしだね……』
「しカしもヘチマもあるかヨ。もウ正直、おめえにゃバレてル想定で話シてるがな? おめえトもう片方、天秤に掛けタとしてドッチ嫌うか考えてミな? おめえを嫌うヨり先にどウせ、「ワシを認めなかったヤツ等、クソ」みてェな思考に行き付クに決まってンだろ」
『しかし、だねぇ…………』
おかしい。
内心、そうだろうと思うはずだ。
実際ワタシの記憶にあるゲームのシリーズ最初のワイリー様も、光正よりもご自身を認めなかった世界の方を恨んでいるようなことを仰っていたのだ。
ワタシよりも余程、間近で接していただろう光正が、ソレを理解していない筈がない。
いや、まさか、
『ワイリーは』
「チょっと良いカ?」
『……なんだい?』
「おめえ、ワイリー様に自分を恨んデ欲しイのか?」
ひゅっと小さく息を吸い、目を見開いた。
ああ。
そう。
「難儀ダな、おめえも」
揶揄するように口にしたが。
反応は薄い。
自覚していなかったのか。
言われたくなかったのか。
もしくは本当にその発想がなかったか。
あるいは予想していなかった切り口だったか。
まあ何だって良い。
ただ、待つ。
光正をワタシの所に釘付けにしている。
此方はソレを出来ているだけ、役割を果たせているのである。
『…………そうかも知れないね』
やがてゆっくりと。
ため息と共に言葉を吐いた。
さて、次は、
「マ、ワイリー様がおめえを恨むコトはネえよ」
『……なんでそう思うんだい?』
「仮に同ジ舞台に立っテのコトでもおめえを恨む訳がねエ。評価しタ奴等を恨ム」
まあ、仮定だ。
ワイリー様が光正に劣っているとは思わない。
そして、
「舞台が違ウならソレを拵えタ奴等を恨ム」
『なんでだい?』
「分かラねえか?」
なぜならば、
「ワイリー様はおめえの実力を疑っちゃいネえが何よリ、ご自身の実力を微塵も疑っチゃいネえからな! 自分の方が地力は上なノにおめえのコト、恨むカよ!」
『いや、ワシの方が地力は上だが?』
「ソう言うトコあるヨな、おめえ」
いや、凄い神経してると思う。
光正。
かつてワタシに対して溢したことは真実だろう。
恨まれると思っていることも恐らく真実だろう。
申し訳なく考えていることも多分、真実だろう。
その上で。
ワタシが暗にワイリー様の方が上と言ったら一切淀みなくその言葉を否定出来る神経。
尊敬よりも先に驚愕に値する。
お前、絶対かつての言葉。
「同じ条件でもワシの方が上だけど不公平な条件で勝ってしまって申し訳ない」とかそう言う類の意味だっただろう。
いや、意味もあっただろう。
少なくとも、心の何処かで。
やっぱりワイリー様のご友人やれてただけ色々と凄く図太い。
「まアとりあエずそう言ウことダから、ワイリー様がおめえを恨むコたあネえよ」
『……いや、ワシの方が』
「ハイ! この話ハ止め! 止メ止め!」
『いやしかし』
「止めロっつってんダろ! 他ノ奴等が殺気立ち始めテんのが見えネえのかバカ! 止メろ! 科学省がどウなっても良イのか?!」
特に表情を変えるでもなく言い募ろうとしている光正を強制的に止める。
ワイリー様が貶められたと思ったらしい三体が俄かに殺気立ち始めている。
それに呼応するようにパンクもちょっと嬉しそうに構えている。
ふざけんな。
やってられるか。
もう帰る。
「おめえ等、撤収!」
「! いや待てよ! こっからだろ!」
「派手にやろうぜえ!!!」
「任務はまだ終わっておりません」
肝の小さいバーストマンまでヤル気を出されると本当に収拾が付かなくなる。
本当マズい。
科学省の電脳を破壊し尽くす勢いで暴走し始める可能性すら出てくる。
と言うか本気で出来得るのが此処に揃っている奴等のマズい所だ。
「撤収ダ撤収! ワイリー様が破壊を望んデおられタら最初の時点で命令出されテる。コレ以上は無駄ダ! ハイ、撤収撤収!」
「「「えぇー……」」」
「えぇ、じゃネえんだヨ! バカ!!!」
キレそう。
普段なら撤収に嬉々として賛成する側だろう、バーストマンすらも。
しれっと居残りの方の賛成側に回ろうとするな。
有り得ないとは思うが、破壊して回ってもしも万が一にでもプロトが流出したらどうするつもりなのだ。
「そうだぜぇ~! まだまだこっから面白くなるだろうがよ、ええ?!」
「お前も黙ってろパンク! 名人! おめえも止めル側ダろ!」
『いや……やられっぱなしはちょっと……』
出すな、反抗心を。
ここで。
このタイミングで。
「ハイ! 命令遂行完了! 撤収!!!」
「逃がさないぜぇー!」
《マッドローラー》。
それがエリアを駆ける。
しかし、攻撃のためではない。
弧を描くように。
移動のため。
十字路の一角。
奥側。
即ち、ワタシ達が奥側から来たとはキチンと聞いていた訳だ。
チンピラみたいな口調の癖に話は聞いているのが一層腹が立つ。
いや、この場合はむしろ良いのだが。
パンクの行動に水を差された形で。
冷静さを取り戻したのだろう他三体がすっとワタシの後ろに控えた。
奥側を塞いだパンクの対極に立つように。
「…………グレネードマン」
「おうとも! 《フラッシュボム》!」
沈黙は僅か。
ワタシの言葉に、グレネードマンが答える。
瞬間。
その場を一つの爆弾が中間とでも言う場所に飛び《フラッシュボム》がその名の通りの爆発を起こす。
閃光。
微かな悲鳴。
視界が一瞬やられたのだろうことを音で確認し、
「じゃアな光博士! 元気にヤ危なッ!」
撤収。
する間際。
発したワタシの声で位置を特定したのだろう。
パンクの長い腕が顔面のあった場所を通り過ぎる。
ゆっくりと別れの挨拶も出来やしない。
仕方なし。
恐らくは見えているだろう。
あるいは、後で見れるだろう用に手だけ軽く振って。
縦横無尽に片腕をムチのように振り回し奥への侵入、もとい脱出を防ごうとしている姿を尻目に。
元々の計画通り。
パンクに背中を向ける。
即ち本来の出入り口側に向けて。
何だかんだちゃんとワタシを置いて先へ行っていた三体の背中に向けて。
全力で駆け出した。