ワイリー様達が出られて一週間。
つまり、光正がアメロッパに来て六日。
研究室には誰も入って来ない。
助手とされていた奴等すらも。
そこは警戒の必要もないのが幸いだ。
ワタシ自身の改造計画は、既に出せるチップデータや設計資料その他含めた殆んどを出し尽くしたためリーガルとワイリー様とにお任せするしかない段階に至っている。
身体作りに関しても、流石に光正が居る時期じゃあ見られる恐れがあるため進めることは出来ない。
なので特に実利のない趣味の方の研究、電気信号とバグの欠片の二つを進めていた。
正直に言えば、この二つ。
電気信号については助言を受けられるかも知れない期待。
バグの欠片については恩の一つにでもなればという打算。
それらがそれぞれあっての復習も兼ねた再確認、というのが大きい。
あとは本当の所、ウイルス自体の研究もしたいけど材料自体ないのだが。
「来ネえ」
とは言え、来なければ意味がないという話。
それはそれで構わない。
ただ黙々と、椅子に座ったままデスクに向き合う。
電気信号に関してはハッキリしたことは言えない。
こればかりはワタシ自身を実験台にしなければ分からない。
試しても特にバグらないとは思うけど。
少し心配ではある。
いやそれよりも、バグの欠片だ。
放っておけばバグに進化する欠片。
それだけでしかないハズの物体が、ウイルスの食料となる謎。
しかもナビっぽく性能の再現も出来るまさに謎物質。
「バグ…………バグ、か」
本当に謎。
そこに関しては電脳獣グレイガや将来的に生まれる可能性あるゴスペル等を考えるに、ウイルスにとっての食料と言うより、成長素材辺りかと想定している。
分かり易く考えれば、経験値の代用品。
ソーシャルゲームとやらで言う進化素材。
スキルを伸ばすために必要な収集素材。
だと思う。
バグより生まれ、バグにて育つ。
不具合により生じるのがウイルス。
そういう存在であるという考えが正しいのであれば、バグの欠片で強さが増すというのはまあ分かる。
「しかしアレ、訳分かんネえんダよなァ……」
しかし考えれば分からなくなることも、またある。
そうであれば、無尽蔵に供給出来るハズなのに個数にして百が限界なのか。
ゲームの都合と言えば単純だが、そうでないとも考えられる。
ワタシの考えが正しいのであれば、ウイルスに対してバグの欠片の過剰供給を行えば、バグの方が体を構築する要素よりも優位となりその体を失ってしまうのではないか。
いや。
どちらかと言えばゴスペルやグレイガにその身体が寄るのではないか。
確かそんなコトを示唆している内容があった。
バグより生み出した疑似ナビに過負荷を掛けた結果、生じたゴスペル。
他には、何と言ったか。
「バグは野生が増して獣性に寄る」みたいな内容だったと思う。
わざわざ記録を掘り起こす程のことでもない。
似てはいるだろうがゲームの記録。
今、ワタシの居る世界とは言えない。
掘り起こすぐらいならその仮説を証明する方が有益で、でもそのためにはバグの欠片が必要になるのだが、手元のモノで実験しようにも出れないから何かあったら逃げられないのでやりたくないという堂々巡り。
「…………ハぁ」
何ともなしに、エリアを眺める。
端に設置されている、バグの欠片保管庫は変わらず。
今は使っていないデータ関連を収めている棚も変化なし。
チップデータの類はレーザーマンの協力もあってかなり綺麗に整理され、棚に収められている。
必要はなかったが、立ったままスリープするにも嫌だったからとデータを組み上げた折り畳みベッドのような物体も隅。
あとはワイリー様の設置されたボタン関連と大モニターぐらい。
ハッキリ言おう。
この、無菌室のように整備の行き届いたエリアにウイルスが湧くことはない。
やはりバグなりの不具合がないとダメ。
当然ゆっくり出来ると言う意味では良いのだが、それは同時にどう足掻いでもバグの欠片の取得が出来ない。
序でに言えば下手にこのエリアでバグの欠片を弄ってデータが汚染されるようなことがあればどうにかなるかも分からない。
ワタシ自身と成果のデータ、二つの意味で。
そういうことでさっさと外に出れるようになれば良いのだが。
「……ァ?」
モニターから軽快な音が鳴った。
即座に視線を向ければモニターの端に浮かぶ名前。
アメロッパ軍の上官だったか。
階級も名前の横に掲示はされているが、しかし。
キャスケット様ではない。
警戒をしている内に扉が開かれ、一人の兵士が入って来る。
プロト騒動の時から未だに試験運用中にあるらしいネットナビ部隊の隊員でもある兵士。
それが、何故。
訝しむが、その後に続く二人の人間の姿で納得が行った。
椅子から立ち、カメラボタンを踏み付けて押す。
そのまま何事もなかった風を、意味もないが、装って席に座り直しておく。
準備を整えている間にも、研究室に少し入った辺りで立ち止まった二人の内の一人が感嘆の声を漏らした。
『なるほど――なるほど。ワイリーらしい部屋だ』
『ワイリー様らしい、とは?』
『いやなに、昔、共に研究をしていた頃の研究室を少し狭くしたような部屋だと思ってね』
『そうですか。残念ながらワイリー様は現在、地方に出張しておられますのでゆっくりと見て頂くと言う訳には』
「いヤ、構わネえ」
『!』
部屋だけ軽く見て帰る流れ。
それを察し、声を掛ける。
咄嗟に腰元に手を伸ばし、しかし慌てた様子で離した兵士の姿を尻目にモニターを点ける。
カメラの角度的に、椅子に座ったワタシの正面からの姿がモニターに映ったのだろう。
視線が向けられるのを尻目に、広げたままにしていた資料をテーブル脇に纏めていく。
普通に帰られそうだった所為で思わず呼び止めてしまった。
さも何事もないように装ってはいるが、見られてマズい資料はないかと内心冷や汗ものである。
大丈夫そうなのが幸いだが。
『ボ、ボンバーマン様……!』
「様はいラねえヨ。ワタシはお前ノ上官じゃネえし、ソもソも軍属でスらねエ」
明らかに狼狽えている様子のその兵士。
外から中を窺って居た兵士数名もどうやら動揺している。
だが、
「ダが、ダ――」
追及を緩める理由はない。
データを書類のように纏め、わざとらしく整える。
「――誰ノ許可を得テこの部屋に入っタ? ぁア?」
データではテーブルを叩いても音は鳴らない。
ちょっと恥ずかしい。
それでも威圧感を感じたのか、たじろいだ。
しかしそれでもその口は真一文字に閉じられ、決して口を開くとは思えない。
まあ。
知らないのだろうが、電子鍵で誰のカードを使ったか分かってしまってるんだが。
そういう訳で空気を緩める。
「…………マ、上からソの二人を歓待しロって命令ダろ? 下は大変ダな」
『……ハ……ハハハ…………その……』
「分かっテくれるとは思うガ、研究室に関係ネえ人を入れルのはよくネえ。コの部屋デは、ソの二人の歓迎はワタシがすル。良いカ?」
『それは……』
「良いナ?」
『………………よろしく、お願いします』
「オう、任されタ」
敬礼し、扉から出て行く。
一瞬だけ他の兵士達と共に此方を見た気がするが、それは自動的に閉まったことで遮られた。
鍵の閉まる無機質な音が部屋に響く。
沈黙の中、最後にもう一度テーブルの上を見渡してから視線を二人に向ける。
一人は予想していた。
もう一人の方は予想していなかった。
だがそれは別に気にすることでもあるまい。
それよりも、
「コの研究室は防音対策は元ヨり、当然ダが盗聴の心配もネえ――ゆっクり話すニは丁度良いダろ?」
『そうだね、初めまして。ワシは……』
「マあ待て! ゲストに先に挨拶さセちゃ何だ……ワタシはボンバーマン。命じらレてないガ、留守のワイリー様に代ワって歓迎さセて貰う――どうゾ?」
『ふふ……はじめまして、ボンバーマン。ワシは光正。かつて、ワイリーと同じ職場に勤めていた者だ』
どういう訳か。
光正はワタシを、どこか楽しそうに見ていた。
バグとは、正常ではないもの……
理性とは反対の野性を増幅し、ケモノの力に支配される
ロックマンエグゼ3より