ワタシは、ボンバー……   作:無記名 to 稿

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021:パルストランスミッションシステム

 

『………………軽々しく、答えられることじゃあない』

 

椅子を軋ませ。

鋭さを言葉に乗せながら、光正がそう口にする。

言葉だけでなくその双眼も鋭い。

そりゃあそうだ。

 

パルストランスミッションシステム。

人間の脳波をデータ化することで電脳世界に送り込めるシステム。

どれだけの臨床試験を行えば安定化できたのやら。

脳波が電気信号であることに着目されたらしいそのシステムを使えば、人間の精神をデータ化。

例えば、ネットナビと一体化することで完璧なオペレートを可能とする。

 

要は誰でも簡単にフルシンクロを維持し続けることが出来るシステム。

フルシンクロ。

ネットナビと人間との間に生じる齟齬を取り払う、一心同体の具現。

 

限られたモノにしか出来ない技能技術の類。

だったと思うが。

それを万人区別なく出来るようになるのだから、画期的なシステムと言える。

 

当然、欠点はある。

人間の脳波もとい精神を電脳世界に送り込んでいる訳だ。

そこであったことは、肉体にこそ反映されないが、精神にはそのまま影響を及ぼす。

故に電脳世界でのデリートは、精神の破壊あるいは死に直結し得る。

 

デリートされても復元し得るネットナビのように、デリートされた人間の精神を復元出来ると豪語するような存在が居れば別としても。

そのためなのか、将来的には開発が中止されると知っている。

それが、光正の最期に関連しているかは不明だが、

 

「ソりゃそうダ」

 

しかしワタシが考えるに、パルストランスミッションシステムの開発が中断される理由に光正は関係ないと思っている。

いや、全くないとは言わないが。

もっとマズい理由だ。

 

人間の精神をデータ化することが出来る。

それならば。

データと化した精神を、改竄することも出来るのではないか。

 

実際に改竄出来るようにするには数多の検体実験が必要ではあるだろう。

だからこそ、これはあくまでもワタシの想像でしかない。

だからこの話はお終いだ。

 

ともかく。

色々と悪用の利きそうなシステムのデータなんぞ、そう簡単に貰えるとは思っていない。

というか貰えるとも正直、思ってはいない。

全ては、だが。

 

『なぜ、欲しいんだ?』

「とコろで、コーヒーとビスケットの味はどうダ?」

『誤魔化さないで欲しい』

「どウなんダ?」

『……さっき言った通りだ。それよりも』

「ドう美味シいんダ? 詳しく言っテみろ」

 

言葉を重ねる。

明らかに不審。

というよりも、困惑を浮かべる光正。

だが、ワタシが一から十まで全部説明するよりも、多分これが一番手っ取り早い。

 

『ん…………まずビスケットの方は、上のジャムの杏かな? その酸味……』

「ドう言う酸味ダ?」

『具体的に? 説明するのは難しいが…………ああ、そういうことか。キミが欲しいのはパルストランスミッション自体のデータじゃない、そうだね?』

「あっテも便利そうダが、要らネえ」

 

話が早い

あまりにも。

どうやら本当に、目的を理解してくれているように思えるのは幸いだが、

 

「欲しイのは五感に関スるデータ。三つあレば有難テえが、一つデも最悪は構わネえ」

『正直、それらのデータはそう重要なものじゃない。と、今は判断されている物だね』

「臨床データがカ?」

『ああ、軽視されておる。簡単に持ち出せる程度の扱いだったか――全部問題ないよ』

 

思わず息が漏れる。

あまりにも、僥倖。

あるいは些か杜撰。

 

脳波を扱う、パルストランスミッションシステム。

それを扱う以上はあると思っていたのだ。

現実と電脳における、五感に関する臨床データが。

 

ある種、仮想現実。

とでも言い表せようこの電脳世界である。

 

確かめないハズがない。

と。

モノがモノだけにワイリー様も持って出れてはいないだろうと、手に入れられるとは思えずにいたデータが手に入る。

いやだったら、もしかすればワイリー様もお持ちだったのかも。

 

「ソりゃあ良イ」

『ワシ等もそちら方面に手を伸ばす予定はない。科学省の予定としてもだ』

「尚更上々」

 

しかし。

それならワイリー様には秘密で進めるとして、だ。

いや、撮られてるんだから秘密も何もないんだったが。

ともかくとして、確認自体は確りしておいた方が良い。

お互いのためにも。

 

「デ、何が目的か分かっテる?」

『ん? そりゃあ分か――――いや、でも確かにこれで実は違ってたりしたらややこしくなるか……』

 

渋い顔をし、小さく息を吐く。

脳波と五感は実際、密接に関係している。

特定の音、仄かな香り、感じ取った味。

そういった物事が特定の記憶を呼び覚ますことがあるように。

 

ある種の脳波、電気信号。

それを与えることで特定の感覚を刺激することもまた出来よう。

五感とは違うが、例えば痛覚に対してだとかも。

だからこそ、何やら妙に信用されてはいる様子だが、確認は大事だ。

 

『…………確認のために聞かせて貰いたい、何をしたいか』

「ワタシは電脳世界に」

 

ある種の口約束、口頭契約とでも言うべきだろう。

意味があるようでない言葉を口にしながら。

光正が指に持ったモノ。

食べ掛けのビスケットを指差し言った。

 

「現実世界の食事を再現しタい」

 

記録にある、未来。

六つの物語。

その中の電脳世界にも、食事の類は少なからず出て来る。

 

何かクッキングマスターがどうとかで、クッキングマシンを使った電脳料理。

電脳野菜とやらが出てくる、現実世界の食材節約のための電脳クッキング。

あとは電脳世界のカフェでコーヒーが出ていたか。

 

しかしそれでいて、電脳世界で料理の話自体が出てくることは殆んどない。

その上、何だったか掲示板の辺りで「ナビに娯楽は掲示板ぐらいしかない」等と話をしているナビの姿もあったか。

それらから推測するに、おおよそ二十年先であっても、電脳世界では料理を食べると言った文化があるのかが大いに怪しい。

 

ハッキリ言おう。

それが苦痛だ。

 

ワタシには、現実世界のモノと思しき記録がある。

例えその記録がワタシの居る世界とは異なる世界であったとしても、確かにある。

その中で当然のように一日一食以上は必ず取っていた食事の、いや食事を味わっていた記録は、ワタシに絶大な苦痛を与えていると称しても過言ではなかった。

 

「人間の三大欲求」

 

指を三つ立てる。

 

「睡眠欲――コれはスリープモードが当たルか?」

 

一つ折る。

情報を整理する上で、眠ることは重要だ。

人間的にも同様のそれ。

ある種、だからこそ既に満たされていると言って良い。

 

「性欲――ネットナビに関係なイことダ」

 

一つ折る。

今は少なくとも見当たらない。

将来、ネットナビで恋愛をしている存在を知ってはいる。

 

しかしそれだけだ。

ネットナビに繁殖はない。

言ってしまえば好ましい者同士が行動を共にしている感覚なのだろう。

何せ、する理由がないのだから。

 

「そしテ、食欲」

 

最後の一つを、折る。

ネットナビに食事は不要。

それは間違いようのない事実。

しかしその事実を、ワタシの、ワタシ自身の記録が邪魔をする。

 

甘味。

酸味。

塩味。

苦味。

辛味。

旨味。

 

等々と様々な味覚。

味わっていた記録。

ネットナビである以上、明らかに不要であるソレ等をどうしようもなく求めるワタシが存在している。

 

しかし、なかった。

元から存在しないし、ナビには必要ない。

存在しないモノは生み出し難く、必要のないモノは見向きもされない。

この二つが大きかったかも知れない。

 

一時、メットールは食べれるんじゃないかと思ったこともあった。

なんかで刻まれてたし。

色々と悪さしそうだからやめたけど。

 

一番当たり障りのない甘味を再現したデータを試したこともあった。

起伏のない単なる甘さしか感じ取れず、最初は良かったがやがてそのデータを消去し切るまで酷く苦痛に感じたモノだ。

 

せめて食感だけでもどうかと味のないバナナを試作した。

粘土を噛み締めるようなあの感覚は、記録から本物を知っているワタシにとって筆舌に尽くし難い吐気を催したモノだ。

 

「コレじゃあない」「コレは違う」と言う感覚。

 

あるいは、単に。

技術的な未熟か。

機械的な未達か。

少なくとも現在、手に入っているデータ群では、ワタシの求める水準にはとてもではないが届きそうになかったのだ。

 

「電脳世界にまダない、ソれに興味があル」

『…………本当にキミは』

 

とは、流石に口にしない。

味を口にすれば何故知っているのかと言う話になる。

だからこそ興味。

そう片付けてしまうのが、都合良い。

 

何せ味覚は電気信号。

再現し得る話。

幸い、光正は言っていた。

 

『人間的なナビだ』

 

だからだろう。

笑って言った。

 

「じゃ、頼メるか?」

『条件がある』

 

そりゃあそうだ。

何の条件もなしに貰えれば嬉しいのは確かだが、それはそれで怖さが勝る。

 

『このコーヒーとビスケットの再現が出来たら、ワシの所に持って来てくれないかな? それが条件だ』

「何時まデとかアるか?」

『生きている間に持って来てくれればそれで構わんよ』

「随分、気が長イな?」

『キミが優秀なのは知ってるけど、戦闘用として作られてるんだからそっち方面でも忙しいだろうしね。これからは特に』

「――あの世っツうのか? おめえがそっチに行っちマう前に持っテけるよう努力スる」

 

そうなると、リミットは十年以内。

ストーンマンの保管している臨床データ群を基にして作っていた味覚のデータ。

大雑把に感じるだけの五味データ。

 

それらに現実と電脳間での臨床データが加われば。

間にある齟齬が随分と狭まるだろうから、既に目途が付いたと言って良い。

ながらでも、味が簡単な物なら数か月。

いや、注力すればコーヒーやビスケットだとしても、それぐらいしか掛からないかも知れない。

 

しかしコーヒーとビスケットを欲しがるとは。

既に、アレに関する計画を立ててるのかも知れない。

なら確かに、コーヒーとビスケットぐらいの娯楽はあっても良いか。

起これば、ワイリー様に対して何かしらして下さる可能性だってあるし、あった方が良い。

 

「デ、味はどうダった?」

『ははは……言葉にするのは難しいんだ。勘弁してくれ』

 

かくして。

ワタシが望んでいた話に区切りが付き。

ビスケットを光正が食べ尽くしてしまって暫く。

 

おおよその所、一時間。

その程度だろう時間が過ぎた頃。

光祐一朗が肩を落として戻って来たのを機に、話の流れは雑談へと移って行った。

 

とはいえワタシにとってのだ。

ナビ開発を進めている祐一朗にとってはワタシと話す中、何かしら有用なことがあったのかも知れない。

ただ。

ゆっくりとコーヒーを飲む光正を他所に、話は夜遅くまで進んでいった。

 

 

 








「父さん」
「……なんだ?」

呼び掛ければ、僕を見た。
それに、何故か安心する。

「いや……ボンバーマンだけど」
「彼か。彼がどうしたんだ?」
「――父さんも随分と気にしてたみたいなのに、僕が戻ってから殆んど質問してなかったからさ。それがちょっと気になって」

僕が離れていたのは、そう長くはなかった。
ハズだ。
時間にしても多分、一時間も離れてはいない。
なのに戻って見れば何処から出したのか、ビスケットを食べて談笑して。

妙に親しい。
何か、共有したような親しさで話をしていた。
とは流石に言えず。
誤魔化すようなことを聞くと、悪戯っぽく笑った。

「まあ、何となく分かったからな」
「え!? ほ、本当に?!」
「流石に全部じゃあないぞ?」
「聞かせて貰っても?」

思わず問う。
答えは返って来ず。
視線が向けられる。

何かを確かめようとしている、視線。
探るような。
というよりかは。
確かめようとしている、ソレ。

黙ってただ見詰め返す。
時間にしてもそう経ってない。
十数秒。
そんな所だろうか。

「…………祐一朗」
「……はい」
「お前は、よく出来た息子だと思っている。ワシには勿体ないほどにだ」
「え? あ、うん。ありが、と?」
「だからこそ、疑似人格プログラム――その改良を更に進めるために頑張っている、その邪魔は出来ないと思っておった」

言葉に混じって聞こえるのは、懐古だろうか。
何か、昔を懐かしんでいるような声音。
僕から目を離して何かを見ている先は、此処ではない何処か。

「父さん?」
「だが、それに関してはワシが間違っておったようだ。いや、ワイリーの視野が広かっただけなのかも知れんが」
「それは…………どういう?」

ワイリー博士。
その実力を疑う所はない。
偉大な科学者だ。
疑う余地は、あの人が残していった機械を見れば微塵も残らない。

ニホンの持つ資金。
そしてまあハッキリ言ってしまうと、性格とかその辺りなんだろう。
そういう部分の所為で、結果的にニホンを去った。
去ってしまった。

アメロッパ訪問に際しても、出来るならお会いしたかったんだけど。
曰く、急な仕事。
それで会うことが叶わなかったのが、残念でならない。

ただ僕としては。
父さんと比べればやっぱり父さんの方が優れているとは思う。
実際、何にしろ選ばれたのは父さんだったのだから。

「――ワシが死ぬ前に、お前にはワシの研究を引き継いで貰いたいと思っていた」
「死――っ! 死ぬなんてそんな!」
「すまんすまんすまん……いや、まだまだ生きるつもりだよ? だが、五年十年先……ならまだしも、二十年先ともなれば分からんだろ?」
「あ、ああ……そういう…………」

思わず声を荒げてしまった所に、戻って来た視線。
顔に苦笑いを浮かべながら両手で僕を抑えてくる。
身体に触れる手に安心する。
してしまう。

雰囲気が変わっていた。
ワイリー博士の研究室。
そこに入る前と後では。

何か、あったんじゃないか。
僕の居ない間に、何か。
命を断とうと思うような、何かが。

と、言うのが杞憂だと流石に分かってはいる。
けど。
いや、話の流れがちょっと物騒だったから。

「だから五年かその先かぐらいで引き継いで貰おうと思っておった研究なんだが、すまんが早めようと思う」
「それは…………何故?」
「ためになる。そう、ボンバーマンと話して確信した」
「………………その研究って?」

言いたいことは、色々あった。
何故、今なのか。
何故、早めようと思ったのか。
何故、ボンバーマンが切っ掛けなのか。

それでも。
それでもそれらを飲み込んで先を促す。
僕の未熟が原因じゃあ、ない。

それも、顔を見れば分かる。
ただ、何故なのか。
何故、確信したのか。
頭の中を駆け巡る、様々な疑問。

「ワシはかつて、ワイリーと共に研究していたことがあった」
「それは知ってる――何を、かは聞いたことなかったけど」
「その研究。その中身を、ニホンに戻れば伝えようと思う――ワシとワイリーとが共に信じた未来。その可能性」

それの答えは、名前が物語っていた。
父さんがボンバーマンに何を見たのか。
その、

「――――ココロネットワーク。その」

全てを。
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