ワタシは、ボンバー……   作:無記名 to 稿

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承章
032:送る言葉


 

キャスケット様が死んだ。

機密の会議。

そこに車両が突っ込んだらしい。

国境からも。

電脳からも、離れた場所で。

 

まだテレビ会議なんて記録にある代物もない。

そのため、秘密の会議を行うために軍関係者が集まっていた最中。

制止を無視し銃弾すら撃ち込まれながらも突っ込んだ車両が爆発。

火薬を積み込まれていたと思しきそれから、更にはその後の火災と倒壊が巻き起こったのだと。

 

事故。

事件。

その両面からの捜査が始まるよりも早く、情報を耳にしてすぐワタシは動き出していた。

 

運良くか。

考えが当たっていれば、悪くか。

軍の上層、一部とは言え国境警備に連なる者達。

 

不明瞭な噂。

情勢不安。

次は此方にもあるのではないか。

死傷者多数と伝え聞いた瞬間から、電脳世界もまた大きな混乱に見舞われた。

その中を、ワタシは即座に駆け回っていた。

 

「――――――」

 

混乱。

確かな情報を得ようと錯綜するその最中。

であれば警備も緩む。

故に、普段は流石に抜き難い情報も比較的容易に抜ける。

 

ましてやワタシはボンバーマン。

ワイリー様によって創られたナビ。

性能は他と比べ隔絶していると言って良い。

 

駆け回り普段では得られない情報を抜く。

軍部内の電子メールの履歴。

アメロッパのセキュリティデータ。

秘匿通信の形跡。

病院や警察に行われた怪しげな通報の履歴。

銀行の取引データ。

車両の運行履歴。

運転手の個人情報。

電話通信の痕跡。

国境より入り込んだ密入国者の経路。

ブローカーの情報。

 

少しでも怪しいと思えるものは。

抜けそうだと思えた物は手当たり次第。

一つでも多く。

少しでも多く。

 

何が起きたのかを正確に図るための資料を。

何故起きてしまったのか知るためのデータを。

戻っても。

ワイリー様は居られない。

 

「――――ワタシは」

 

パインとしても。

予定通りにスクエアへと訪問し探る。

混乱した状況下。

疑心暗鬼蔓延る中であってもほぼない娯楽の提供者と言うのは利点だった。

 

パインであれば。

そうして口を開く者も少なくなかった。

ボンバーマンとしては手に入らない情報を抜く。

 

ナビ達から。

プログラムくん達から。

時にはオペレーター達からも。

 

現実世界からも時には零された言葉。

判明している事実。

画面と言う僅かな空間。

垣間見える新聞やテレビ。

あるいは、走り書き。

様々に見える情報を抜き出し纏める。

戻っても。

ワイリー様は居られない。

 

「――ワタシは」

 

手に入れる。

手に入れる。

手に入れる。

手に入れる。

手に入れる。

 

ヤツが怪しい。

彼等が怪しい。

奴等が怪しい。

虱潰しに消していく。

情報を元に消していく。

一人一人を消していく。

誰も彼もが消えていく。

 

何もない。

何もない。

どれだけ経った。

どれほど掛けた。

どれだけ駆けた。

どれほど絶った。

 

その中で、出会った。

ヤツに、遭った。

変わっていた、カーネルと。

 

「ワタシは」

 

一目で分かった。

カーネルであると。

だが同時に、否定したかった。

それは、証明であるのだから。

 

しかし。

その変わった雰囲気に。

瞳に。

何処か戸惑いを見せていた他のナビ達とは違い、ワタシは察せざるを得なかった。

 

ワイリー様が成されたことを。

ワイリー様が成してしまったことを。

気付かざるを得なかったのだ。

知らずにおくことは許されなかったのだ。

 

ワイリー様が。

カーネルより「優しさ」を抜いてしまったのだと。

記録にあるシナリオ通りに進んでいる。

ワイリー様が、

 

「ワタシは、最善を」

 

「優しさ」を、捨ててしまったのだと。

手の先が冷える。

ないはずの喉が乾く。

 

異常を示さないのに、視界がどこか暗い。

今まで何事もなく存在していた電脳世界の足場が、音もなく崩れてしまうような。

ゆっくりと。

しかし、確実に迫って来る悪寒。

 

一歩。

一歩。

事件が起きてから幾度も戻っていたワタシの居場所に足を進める。

進めようと、努める。

 

だが、怖い。

ワイリー様にお会いするのが怖い。

何を言われるか。

何を告げられるか。

何を、申されるのか。

 

「最善を、尽くしタか……?」

 

呟く言葉が、電脳世界に広がり消える。

誰にも聞かれるでもなく消えて行く。

尽くせるだけ尽くした。

そう、思う。

思おうとする。

 

だが、どうだ。

この胸の内に沸々と昇って来る後悔の念は。

最善を尽くした。

ならば何故、ワタシは後悔している。

 

尽くしていなかったのではないか。

戯言と捨て置かれるにしろ、ワイリー様にお伝えはしておくべきだったのではないか。

今更遅い。

 

ワイリー様の研究室。

その電脳より、プライベートエリアに踏み入る。

ストーンマンも居ない、がらんとしたエリアを抜け。

己の、ご用意された部屋へと入る。

 

変わりはない。

それは、僅かな間だけだった。

何かしらで連絡が行ったのか。

現実世界と、接続が繋がった。

 

『――――ボンバーマン』

 

画面越し。

しかし、視得る姿は悲惨だった。

溌剌としたお姿は何処にもない。

 

表情もない。

感情も。

落ち窪んだ瞳は、闇しか捉えない。

一気に年月を重ねられたかのように、その顔にある皺が深くなったようにも見える。

 

だが、だ。

知っているからこそ、か。

皺の奥に刻まれた怨念。

瞳の奥を揺蕩う憤怒の情。

 

まだ、キャスケット様を失った悲しみが強いように思われるが。

もう暫く日も経てばそれすらも消え失せ刻まれたモノが表出して行くだろう。

ゆっくりと膝を突き、首を垂れる。

 

「ゴ報告――申シ上げル」

 

返されるのは、無言。

渇きを感じる。

ない筈のソレを。

それでも、ゆっくりと。

調べ上げた事柄を報告していく。

 

つらつらと。

言い述べる間も無言。

無音。

現実世界からする、機器の僅かな駆動音しかない。

 

果たしてワタシは確かにワイリー様にご報告しているのだろうか。

益体もないことが過ぎって、消える。

述べるに連れ、徐々に増していく威圧感が確かにその存在を知らしめているのだから。

 

現実世界では四日間。

おおよそそれだけの期間を駆けずり回り、把握出来た限りの情報。

明らかに不法な手段で取ったとお分かりになるだろう情報まで含め、ある程度の分かり易さにも気を付けながら。

洗い浚いの全てを出す。

出し尽くした。

 

「――以上ダ」

 

パインの姿の方が良かったか。

少なくとも、その方が聞き易かったはず。

終わってから微かに悔いる。

 

しかし、それだけ。

何の言葉も掛けられては来ない。

何故。

不審。

思わず様子を伺いたくなる欲求を堪え、ただ、言葉を待つ。

どれだけ経ったか。

 

『――――――――それだけか?』

 

問い掛けてくる声に、思わず視線を上げた。

全身に寒気が走る。

落ち窪んだ瞳が、無機質に此方を見ている。

 

答えを間違えれば。

ありもしない唾を飲んだ。

ワタシはこの世界から消えてなくなる。

 

「アあ」

 

しかし。

出せる答え等、存在しない。

返して僅か。

その両手が動いた。

キーボードを叩く音。

 

不吉に感じるそれらに耳を傾けながらも、ワタシは動かない。

ただただ聞き続ける。

やがて。

何かに選択をされた。

 

『…………今際じゃ。考えている事を言え』

 

全身に鳥肌が立つ感覚。

猶予はない。

だが、返せることも知れている。

 

それでも、だ。

猶予を与えて下さった以上、意味はあるはず。

ゆっくりと、

 

「じゃア、言うガ……」

 

憶測を、口から出した。

 

「ワタシの推測じゃア今回の件、有り得ルのは三ツ。全部偶然か、ネットワークを全く知らネえヤツか、アンタに詳シいヤツかの三つダと思っテる」

『…………どう言う』

「ダが全部偶然は幾らなンでも有り得ネえし、全く知ラねえっテのも考え難ェ」

『…………』

「なラ考えられルのは一つ。ワイリー様、おめえの能力を良く知っテるヤツじゃねエと、ネットワークに痕跡を残サないなんテ手間の掛カる真似する訳がネえ」

『……………………』

 

ワタシが調べ上げた結果。

調べ上げた限りでは。

怪しい金回りの動きが確認出来なかった。

 

軍部から外部への通信記録はモチロン。

個々人から運転手やその関係者、その他も一応含めて銀行から金回りの情報も手に入れたと言うのに、より詳しく調べても出てくる後ろ黒い事柄は賄賂だとか汚職だとか工作だとか。

今回の件とは関係のなさそうなことばかり。

 

既にアメロッパでネットワークが組み込まれて一年以上。

それも、ネットナビが関われるような非常に高度な、と言う但し書きが付く。

性能が低いコンピュータやネットワークで言えばもっと前から。

 

病院や銀行だとかの大きな場所に、ある程度の目敏い企業にも、概ね組み込まれていた。

にも関わらず、情報が得られなかった。

ならば考えられることは三つ。

 

一つ。

キャスケット様が亡くなられてしまったのは、事故。

一つ。

ネットワークに全く関わらない輩による企ての結果。

一つ。

ワイリー様の能力をよく知っている者が企てた結果。

 

事故は低い。

情報もなくそんなことが起こるとは思えない。

それほどアメロッパ軍が無能揃いとは考え難い。

 

なら、ワタシが調べて今回の件に関わる怪しい遣り取りが見付からなかった理由は何か。

現実世界でのみ遣り取りをしている。

そうとしか、考えられない。

 

もっとより深く調べれば出てくる可能性はある。

だが現状の混乱を利用して深くまで調べ上げた情報に引っ掛かっていない以上、それは考え辛い。

手に入っている情報をより詳しく精査してみれば別の事実が見付かるかも分からないが。

 

とにかく。

電子機器から離れた状態で軍の幹部連中が被害に遭ったのも妙な所だ。

カーネルの詳細を知っていて、あえて切り離せる状況下に置いたのではないか。

であるならば。

 

『……ボンバーマン、お前は』

「アメロッパを信用しテない――ワイリー様、おめえガ前に言ったことダ」

『…………』

「だがアメロッパに益はネえ――――ダったらまダ考えらレるのはアメロッパ軍、ソこにキャスケット様が死ぬヨう企てたヤツが居ル。ソう、考えタ」

 

実際問題。

ワイリー様をアメロッパに引っ張ってきたのは、誰だ。

キャスケット様だ。

 

そしてそのキャスケット様とワイリー様は特別親しい。

傍からでも、見れば分かる程に。

ある程度の目端が利くアメロッパの輩なら、キャスケット様を安全圏に置くだろう。

何せワイリー様は別に、アメロッパに対する義理はないのだから。

 

ハッキリ言おう。

アメロッパは、この世界における一強の道を進んでいた。

進むことが出来ていた。

と言うのが既に正しいのだが。

 

ニホンは、アメロッパに大き過ぎるほどの恩がある。

その伝手から光親子の技術は引っ張って来れるだろう。

そしてワイリー様が既に居る。

 

今でこそ実質的に軍属だが、キャスケット様が出世するなりすれば。

もう少し軍の外との繋がりも多く、強くなるだろう。

となればどうなるか。

ワイリー様の技術が、軍以外のアメロッパ内へと浸透していくことにもなる。

 

要するに。

ニホンが諦めていた両取りを狙える状態にアメロッパはあったのだ。

キャスケット様が居さえすれば。

 

にも関わらず。

キャスケット様は、亡くなられた。

 

前線に送り込まれただけなら、分かる。

手柄を立てさせて、と言う思考が働かないでもない。

だがよりにもよって怪しさ満点の地域に送り込んだ挙句に殺す事になる等、アメロッパの上層が余程の馬鹿か無能揃いでもない限り起こり得ない。

そしてそれは、大国アメロッパにおいて有り得ない。

 

ならば、考えられることは一つ。

確実に安全なハズの場所だったのだ。

軍人が集まり、会議が行われる程度には。

 

実際、ワタシであってもキャスケット様の予定を把握出来ていなかった。

当然の機密。

にも関わらずコトが起きたと言うのならば、こう考えるしかない。

 

裏で糸を引いた輩が居る。

そう考えるのがまだ自然だ。

それが、

 

「キャスケット様に思う所が有っタか、モっと裏の深イ所で何処ゾが動いてルかまデは知らネえが」

『……………………』

 

どちらかは知らないし、分からない。

キャスケット様自体に対し思う所があったのか。

ワイリー様の躍進に何かしら不利益があるのか。

金銭か何かにでも釣られた寄生虫でも居るのか。

あるいは国益を全く解さないだけの阿呆なのか。

それ等に関しては手に入れた銀行のデータを精査していく必要があるだろう。

 

後者なら、流石に報酬なりは銀行を経由せざるを得ない。

ハズだ。

多分。

今後に入出金云々ともなれば、今回のような大騒動でもない限り混乱に巻き込まれることはないだろうから流石にヒッソリとデータを抜く、なんて真似は流石に厳しくなる。

しかし怪しげな金の動きであればコトがコトだけに、アメロッパ自体が見逃すまい。

 

実のところ、色々と回る中で、警備のプログラムくんに見付かり掛けたこともあった。

見付かっていればデリートして有耶無耶にせざるを得なかったろうが。

そんなことして居たら流石にデータを引き抜くまでに行き着けはしなかったかも知れない。

 

つくづく思う。

失敗した。

迂闊だった。

少しでも考えれば分かったことだろうに。

 

裏切り者。

ナビのデータを盗んでいた何者かが居た。

光正のシンパの居る可能性。

ならば他国や組織のシンパが居る可能性は。

既にある事実が、アメロッパ軍すら怪しいことを証明してしまっていた。

 

だと言うのに。

それらを知っていたにも関わらず、見過ごした。

キャスケット様の死には関わり得ないだろうと見逃した。

単なる小遣い稼ぎか何かの小物と考えていたのは、間違いようもない失態だった。

 

裏切り者が居ると分かっていながら。

身中の虫が居ると知っておきながら。

アメロッパ軍に、可能性の目を向けて来なかった。

 

だってそうじゃないか。

アメロッパと言う国の不利益になることを、アメロッパの軍が成すか。

あるハズがない。

 

端から見ていなかった。

そう、端から可能性を見放した。

こうもなってようやく、その可能性に気付く等と。

 

ともかく、ワタシが成したのはそこまで。

ゆっくりと立ち上がり、集めて来たデータを棚から引っ張り出す。

ワタシがデリートされるとしても、これでイチイチ探される手間が省ける。

 

『…………………………お前は』

 

声に、振り返る。

 

「ア?」

『お前は……キャスケットのことをどう思っていた?』

 

その問いに、考える。

までもない。

 

「悪いヤツじゃ――イヤ。良いヤツだっタと思う。ナビのワタシを労わっテもくれタし……悲しイ、ってヤツなんダろ。まあ誰しもダが、簡単に死んで良いと思ワねえ」

『……そうか』

「ダが、どう言っテもワタシは電脳世界の住人――親友亡くサれて、一番悲しイのはおめえダろ? ナらワタシの出来るノは、ソレを乗り越えル手助けダけだ」

 

もう一度。

首を垂れ、膝を突く。

ワタシに出来るのは。

出来たのは、せめて後のワイリー様のために出来ることをやるだけだった。

 

調べられる限りは調べた。

もっと深堀をしようとするのは別に、ワタシでなくとも出来る。

後は粛々と受け入れる。

 

命は、惜しい。

しかし。

全力を尽くしたのか。

聞かれれば、ワタシは。

そんな思いを込めて下げた頭上から、ため息が聞こえてきた。

 

『……ボンバーマン、顔を上げろ』

「ヘい……」

『お前のデリートは取り消す。恐らく近日中にキャスケットの葬式もあるが、どうする?』

「出て良イのカ?」

『……フン! 出ろ! 命令じゃ! 詳しくは追って伝えるっ!』

 

そう言い放つように伝えられ、連絡が切られた。

念のため引っ張り出しておいたデータも見るが、持って行かれた様子もない。

傷心のワイリー様を乗り越えた。

命の危機を遣り過ごした。

 

遣り過ごせた。

そうは思っても、気分は晴れない。

ワイリー様と同じように、ため息が漏れる。

 

疲れた。

そんな気分だった。

折り畳み式のベッドを設置する。

横になる。

スリープモード。

移行する準備を進めながら、そう言えばと思い返す。

 

そうだ。

忘れていた。

駆けずり回っていて、忘れていた。

幾度となく出会った。

 

好きかと言われればまあ微妙だが、間違いなく嫌いではなかった。

少なくとも、悲しめるだけの関わりはあった。

あの、人。

 

「キャスケット様」

 

届くはずのない、恨み言を。

消え行く意識の中、

 

「どうしテ、死んダ…………」

 

呟いていた。

 

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