地獄がある。
今、目の前に。
そう。
始まりは、四日前だったか。
少し前からニホンで、インターネットに繋いでいる電子機器が誤作動を起こしている。
そんな情報をアメロッパは手にしていた。
だが重要度としては低い。
ルートの補修作業をしているプログラムくんが噂していたレベルの話だ。
それだけならばワタシも然程、気にはしなかっただろう。
実際問題として機器の故障等はよく聞く話ではあったし、話をしていたプログラムくんもその所為で補修作業をしていたらしいのだから。
しかし、だ。
「なんダと? そリゃ本当カ?」
「エ? ハイ ソウ 聞イテ イマスヨ?」
それらの機器の一部に、ワイリー様が造られた物もあるとなれば話は別だった。
ワイリー様のお造りになった物が誤作動なんぞ早々に起こすハズがない。
だからこそ、あっさりとその可能性に行き着いた。
「……まサか」
『プロトの反乱』。
ニホンの初期型インターネットのバグを原因とし、ありとあらゆるデータを根こそぎ吸収し始めたと言う大事件。
これを原因の一つとして、傍迷惑なことに『フォルテ』が野に放たれることになると言うことだが。
閑話休題。
ニホンのネットワークは当然、現在ワイリー様の居られるアメロッパにも繋がっている。
故に、その影響があるいは此方に来てしまうのではないか。
その心配を感じたワタシはワイリー様の許可を得た上で、アメロッパとニホンを繋ぐ主幹ネットワークエリアに陣取った。
それが三日前。
半日ほど見ていたからこそ、その変化は目に付いた。
ニホンから徐々に這うように伸びる赤いソレ。
記録にあるモノに何処か似通った、さながら菌糸。
自我共々アメーバに近い性質と言うことだろう。
だからこそワタシはそれらをボムで焼き払いながら、ワイリー様にご連絡を入れた。
「ニホンのネットワークかラ、何か来テる」
その報告を即座にご友人のキャスケット様、つまり軍部上層に共有されたらしい。
ところで、だ。
意外にも、ワタシは軍部から一目置かれている。
現状、ワイリー様の作成された傑作でありアメロッパ軍のキャスケット様が保有している軍用ナビ『カーネル』。
それとまともにバトル出来るナビは片手で数えるよりも少ない。
と言うか、ワタシが唯一。
道理でカーネルが暇さえあれば通って来た訳だ。
知らなかった。
そんなワタシからの報告は、軍に直接所属していないと言え信用に値すると判断されたそうな。
現実世界ではもう少し諜報面が重要だと思うが、電脳世界はまだまだよく分かっていない。
とりあえず性能面がモノを言うような段階。
ワイリー様に警戒だけしておいて頂くつもりだったのだが、このお陰で思わぬ方向に転がり始めた。
それが二日前。
「アメロッパ電脳部隊、ただいま参りました!」
「オう、お疲れサん。見テの通りダ」
「はい――確かに見たことがありませんね」
ワイリー様が所持して居られるようにして下さっていた十枚程度のチップの確認。
それを進める内に続々と、カーネルを筆頭とするアメロッパ軍のナビ達がニホンに繋がるネットワークへと集結。
何か様子がおかしいとニホン政府に連絡を取りつつも警戒を強める中、更に一日が経過。
移動能力のあるとは言えないストーンマンまでもがワイリー様のご命令で姿を見せた段階で、ソレは姿を見せた。
「なんだ、アレ?」
呟いたのは、誰だったか。
あるいは最早居なくなった一体か。
不出来なマネキンを思わす、アメーバ。
そのような印象を受ける、それをワタシは記録として知っている。
『プロトバグ』。
『プロト』の末端か、分身か。
小型の『プロト』とでも言おうソレが、浸食を強めていた赤い菌糸らしきモノから遂にその姿を現した。
幾多のウイルスは見たことがある。
有する記録としても知ってはいた。
その上でも、その姿は異様。
ゆらり。
と。
その赤い体を揺するソレに目を奪われているナビ達を他所に、ゆっくりと近付いて来ていたソレが不意に跳んだ。
抱き着くように。
その体をナビの一体目掛けて、
「呆ケんな!」
ぶつける。
直前に、蹴り飛ばしていた《ハイパーボム》がプロトバグの横っ腹に突っ込み吹き飛ばす。
浸食されるよりも前に起爆。
一瞬でデリートまで持ち込めた。
轟く爆発音のお陰で瞬時に場の空気が戻る。
俄かに慌しくなる空間。
各々がチップを、あるいは自前の武装を構え、ニホンのネットワークの方へと警戒を向ける中。
「……来ルぞ!」
沸き立つように続々と、プロトバグ達がその姿を現し始めた。
初撃。
ワタシの《ハイパーボム》によって少なくとも情勢は保たれたのが幸いだった。
いきなりナビがプロトバグに取り込まれるような事態になっていれば動揺は免れ得なかっただろう。
だが、その上でも状況は決して芳しくはない。
「《カウントボム》! マとめて吹キ飛べ!」
「ゴゴゴ……!」
三秒経ち、《カウントボム》の大規模な爆発がプロトバグ達を纏めて吹き飛ばす。
爆発から逃れた残りはストーンマンが生み出した岩石データによって押し潰すことで殲滅する。
離れている相手には《ハイパーボム》を蹴り込みそもそも近付けない。
一瞬の空白。
しかしすぐに次のプロトバグ達が侵出を始めて来る。
何とか保てている。
《カウントボム》。
アジーナ方面から這入り込んで来ていたハンディースを倒して手に入れていた、プログラムアドバンスすら狙える程に大量のチップデータ。
最前線で暴れているからこそ、それらを遠慮なしに使えていること。
あとは、ワタシとストーンマンが居てこその流れだ。
事前に記録があったために様子見をしていたワタシが居て、そこにワイリー様がストーンマンをお送り下さったから現状は保たれているが、本来の歴史があったならこうも上手く行ってはいかなかっただろう。
その上でも、
「ァグアアアア!!!」
「くそ、離れろぉ! 《ブレイクハンマー》!」
「お、おのれゲル野郎……ッ! ボンバーマン様! ストーンマン様! この場所はもう限界です、お下がり下さい!」
「……仕方ネえ。ストーンマン、先に下ガれ!」
「ゴゴ……!」
「あア、次の防衛線マで下がレたら合図シろ! ――しつコい!」
やがてストーンマンに肉薄出来るほどにまで迫ってきていたプロトバグ達。
その一体に《ハイパーボム》を蹴り込む。
プロトバグが足元のデータすら吸収している影響か、それとも根本的に巨大なプロトと繋がっているためなのか。
詳細は不明だが、デリートに満たなければ即座に回復を始める。
知っていた。
それでも厄介。
一撃でデリート出来るだけの威力を有する攻撃を瞬間的ならともかく、継続的に出来るナビは現状限られていた。
具体的にはワタシとストーンマン、カーネルぐらいなもの。
ワイリー様の作られたナビぐらいしかその条件を満たせていない。
その中でも、広い範囲に高い威力の岩石データ群を落とせるストーンマンはその攻撃性能のお陰で今回、防衛の中枢を担っている。
だが、致命的な部分もまたあった。
「まダ……掛かリそうダなッ!」
それは機動力。
動きの遅いストーンマンを防衛の中枢に据える以上、近付かれる度に距離を空けると言うことが出来ない。
当初はその度に一気に押し込んで空白地帯を作れれば、と言う考えもあった。
実際、当初ワタシもそれを支持していた。
しかしワタシの記録と違い、足元のデータすら吸収しているプロトバグの影響で足元がいわゆるヒビ割れ状態にされるのだから堪らない。
その癖して彼方側はプロト本体の浸食で足場の確保が出来ている様子。
いや、そうなっている足場に此方も乗れはした。
したのだが、下からプロトがいつ呑み込みに来るかまるで分からないから信用出来やしない。
「クソッ」
『ナビカスタマイザー』とやらにあった『プロトスコープ』なるプログラムがどれほど優秀であったか。
有りもしないモノに歯噛みをする始末。
実際、ナビが一体吞み込まれた光景の所為で誰もあの上に乗りはしない。
悲鳴がまだ、残って聞こえる。
本当に、『プロトスコープ』があれば別だろうが。
だからこそ、ストーンマンを撤退させると言うことを繰り返さざるを得なかった。
その間の護衛と、撤退の時の前線の維持がワタシの役割だ。
カーネルであればもっと巧く出来るかも知れない。
だが、あちらは枝葉のネットワークの遮断と既に侵入して来ているプロトバグ達のデリートのためその機動力を駆使して文字通り駆け回っている。
ワタシは現実世界を知らないが、移動に併せプロトが発生した付近の電子機器を強制的にシャットダウンもしているとのこと。
ワイリー様のお作りになられた電子機器の制御プログラムがあるからこその荒業か。
優秀だからこそ引っ張りダコなのは、今後も付いて回る宿命だろう。
電脳逃避をした所でワタシにこれから訪れる、デリートされそうな程の忙しさが和らぐ訳ではないが。
「お前達、ストーンマンの撤収を手伝エ! 一度くっ付かレるとストーンマンじゃ剝がせねエからな!」
「ゴゴ!」
「し、しかし……っ!」
「早くシろ! 《ダイナマイト》ォ!」
《ダイナマイト》。
これまたワタシが直接出せるボム系のデータではなく、ポイットンから手に入るチップ。
数は少ないものの、何処からかアメロッパに入り込んで来ていた。
しかし現状はそれで十分。
直線状に伸びるセンサーが、一瞬待つ必要すらもなく即座に起動し直線状の破壊を起こす。
一部、と言うか赤色以外は生き残っているがそれらには事前に用意していた《ミニボム》を投げ込みデリート。
開けた。
「突っ込ム! 手隙のナビはサポートしロ!」
他からの返答を聞かず。
開かれた空間に身を踊らせる。
反応は明確。
プロトバグには強い弱いを考えられるほどの知能はどうやらない。
エサとする対象への最大の基準は、距離。
遠くのエサより近くのエサ。
今まで距離を置いていたワタシが近付いたことで、それらの注意を一気に引き寄せられる。
跳ぶ姿。
一瞬で上を覆い尽くすプロトバグ群。
だがこれは現実世界的に言えば、飛んで火に入る夏の虫。
来ると分かっている相手に対して準備をしてあるのは当然のこと。
「シッ!」
足元に用意しておいた《ハイパーボム》を上へと蹴り上げて早々に起爆すれば、一瞬にしてプロトバグをデリートし尽くした。
背後から歓声が聞こえる。
手を軽く振り、余裕を演じる。
この手が使えるのは突っ込んだ最初だけ。
士気を取り戻したのか《キャノン》や《ショットガン》等の弾幕が離れたプロトバグを貫く。
回復はされているが、多少の時間稼ぎにはなっている。
プロトが足元データを吸収した所為で辺りは所々がヒビ割れ状態。
いつ跳んでくるかも分からない相手に対してどれだけ的確に対応出来るかが勝負になる。
対応出来なければどうなるか。
既に十数度と目にしたように、降り注ぐプロトバグ達から逃げられず体が溶かし尽くされるだろう。
「さテ……暫クは、お付キ合い頂こうかァ!」