燦然と輝く街並み。
遠くに見えるソレは、彼方。
半ば無意識、何ともなしに。
届くはずのないソレに手を伸ばす。
『いかがされましたか、パイン様?』
「……いえいえ、気になさらずにゃ」
微笑んで、それを断ち切った。
現実世界。
ビルの高層から見えるソレは、ワタシには遠い。
物理的にも。
心理的にも。
心配してくれた警備の方に軽くお礼を言っておく。
『初めまして、貴方がパインさんね?』
「はい、パインと申しますにゃ! あなたは?」
『ああ、ごめんなさい。私は――』
そしてどうこうする間もなく。
話し掛けて来た女性に挨拶を返す。
物珍しいモノを見る目。
まあ、今回はそうだろう。
今日のワタシは、客寄せパンダの役をしているのだから。
ちょっとした家の窓ほどのサイズはあろう画面。
PETではない、あくまでも大画面の電子機器から。
話せばそう長くなることでもない。
アイリスのお披露目がされて数日。
パーティーのお誘いがあったのだ。
パインに対して。
ワタシ、ボンバーマンとしてもパインとしても。
どちらとしても仮称ウラインターネットで手に入れたチップを販売してはいる。
だが、その客層は異なっていた。
ボンバーマンでは、主にアメロッパ軍等の政府機関に関わる存在。
パインとしては、主に一般層。
それぞれが主な相手となっていた。
理由は分かり易い。
ボンバーマンはアメロッパ軍との付き合いが深いからこそ、一般層は寄り付き難い。
パインは、アメロッパ軍が来ない分だけ一般が来易い。
そんな所だろう。
とは言ってもそれら一般層。
その客層もまた、実に分かり易い。
簡単な話。
まだネットナビの絶対数が少ない中、チップ一枚にも五万十万ゼニーを使える資金力を持った存在。
要するに、富裕層か企業。
中でも、モノ好きな富裕層よりかは電脳世界に価値を感じている企業がチップを買いに来ることが多かった。
そう言った所にワタシとしても《リカバリー》系統や《インビジブル》等と言った、有用なチップをサービスしていたりしていた訳で。
お陰様で電脳世界のみならず、ワタシに対しても価値を感じたのか。
色々と情報交換をする機会が増えて行った。
今回もその一環である。
ゼフラム社。
大手の電気系統、特に最近はネットナビの開発と製造を進めている、企業。
そこから、電脳世界からの賓客としてパーティーに参加しないかとのお誘いがあったのだ。
これは此方からすれば渡りに船。
ワタシからすれば、現実世界の普通なら面識を持てないような相手と繋がりを持てる。
ゼフラム社の方は、ワタシが黙ってさえいれば優秀なナビを取り扱っているように見える。
双方の利益が合致した結果である。
実際の所は。
ボンバーマンとしては深く調べられそうにない、とある国家プロジェクト。
それを探りたいのが理由だから厳密には違うしゼフラム社の利益は想像でしかない。
あるいは。
ある程度の情報網がある相手にパインとの繋がりがあると匂わせる目的なのかも知れないが。
何だって良い。
基本的に、ワタシには損のない話なのだから。
あと、その後に人と会う約束もしている。
『ほぅ……これはこれは』
「あ、こんばんは~」
まあ、このパーティーは然程、本格的な物ではない。
どちらかと言えば、いわゆる社交が近いだろうか。
電脳世界に可能性を感じている企業やその親類。
子供も含めた集まり。
今はともかく、将来的にこの顔合わせが役に立つようにぐらいの。
『どうも、こんばんは――パイン、だったか』
「はい! そう言うあなたは……マグネッツさんですね? 気軽にパイにゃんって呼んで下さいにゃん?」
『ご存知だったか? はっはっは! 遠慮させて貰うよ』
一瞬誰かと思ったが。
髪色がまだ銀色になっていない、ガウス・マグネッツ。
特徴的な眉毛がなければ流石に分からなかった。
とすると、だ。
恐らくは普段よりも目を丸くしてワタシを見上げている子供に屈んで出来るだけ視線を合わせる。
幾ら画面が大きくとも、完全に合わせるのはサイズ的に無理だが。
「こんばんわ! ……お名前は何て言うのかにゃ?」
『テスラ・マグネッツって……と言います』
「テスラちゃん! かわいい名前にゃ!」
目元には泣き黒子。
話し掛けると戻った、やや垂れ目気味な子供はやはり記録にあるテスラ・マグネッツ。
原作の時が三十歳前後のハズだから、逆算して、十歳前後と言った所。
アバウト過ぎるか。
そんな様子を微笑んで見ているガウス・マグネッツとその奥方と思しき女性。
ワタシがネットナビだから、というのもあるだろうが些か気が抜けているようにも見える。
これで内心、現実世界への怨念が渦巻いているとは見えない。
いや。
会社がなまじ安定してしまったが故に噴出してしまった、という線なのかも知れない。
少なくとも。
今、見えている範囲では子供が可愛くて仕方ないご夫妻と言う印象でしかない。
そんなことを、テスラと話しながら視界端で考えつつ。
たどたどしく話をしようとする様に何とも感動を覚える。
というのも実は此処に来てから今まで、子供から話し掛けられていなかったからだ。
何と言うのだろうか。
多分、マネキンが窓ガラス越しに動いているような違和感でも感じるのだろう。
あるいは独りでに動いているデッカイ人形か。
大体の子供は大人の後ろに隠れてしまうので何とも虚しい気分だったのだ。
流石は将来的に採掘機で岩盤ごと子供をブチ抜く可能性のある女。
肝っ玉が違う。
ここは一つ、ガウス共々恩でも売っておくか。
ナビからプレゼントをされると言うのも、中々印象に残るだろうし。
『……どうしました?』
「テスラちゃんは、PETはもう持ってる?」
『まだ……じゃなく、いいえ。ナビもまだです』
「そっかぁ……」
『私は持っていますが、いかがしましたか?』
ガウスがスッと出て来た。
微笑んでこそいるが、その目に若干の警戒の色が見える。
成り上がりだけあってか、テスラ越しに付け込まれるとでも思ったか。
そんなことをするつもりはないが。
来てくれたのは単純に都合が良い。
「折角、勇気を出して話し掛けて来てくれましたし、プレゼントの一つでもさせて頂ければと思ったんですけど…………いかがですかにゃ?」
『プレゼント?』
「そうそう! 使い勝手の良いバトルチップを一枚」
『バトルチップ!』
『こらこら……しかし、よろしいのですか?』
若干の興奮の色が見えるテスラとは対照的に、何処か冷めた風なガウス。
この辺り、まだ十にも満たない子供と老成した大人の違いだろう。
あるいは。
ワタシが恩の一つでも売ろうと思っているのを勘付いたか。
まあ、話の流れが殆んどない、急なプレゼントだ。
警戒するのも無理はないが。
「もちろん! この超天才パイにゃんに物怖じせず話し掛けてくれる貴重なファン候補を逃す手はないにゃ!」
無視して胸を叩いてドヤ顔して見せる。
男の子だったらメスガキ性癖でも植え付けておく所だが。
女の子には流石に難しい。
万が一、テスラがメスガキになられてもそれはそれで反応に困るし。
七割方真実な、子供と積極的に話しておきたい心を一つまみ。
将来的なコネにも成り得るし、経済界を牽引することになる彼等彼女等のネットナビの基準をワタシにする。
そうすることで、求める技術のハードルが上がればワイリー様の欲するようなモノが手に入り易くなるかも知れないと言う迂遠な目的もある。
あとワタシの強化パーツ類も手に入り易くなるかも知れない。
心の中でそんな算盤を弾いているとは知らず、それでも察する部分はあるのか。
軽く苦笑を浮かべながらガウスは、その懐からPETを取り出した。
此処に持ってくるだけあってそれはゼフラム社に関連している物。
脇に立つ社員に一言断りを入れ、突き刺した。
僅かな間。
そしてプラグインして来たナビは、電脳世界でも比較的よく見掛けるカクカクした感じの量産型のナビ。
「はじめまして! パイにゃんにゃん!」
「はい。ガウス・マグネッツ様のネットナビです」
目元横でピース。
しかし返された反応は淡泊。
ポーズを解きながらさり気なくナビを検査するが、目立った特徴はない。
本当に、市販のナビと言うだけだ。
まだまだネットナビは高級品である。
具体的には、量産型と言われるようなナビですら、PETと併せて上等なパソコン数台は買えるぐらいの代物。
だが、このような場所に来ている家族であればその中の一人ぐらいは持っていて然るべき代物でしかない。
大体二十年後には一人に一台ぐらいの常識にまでなっているのだから恐ろしい浸透力と言うべきか。
あるいは技術の発展速度と言うべきか。
つらつらとそんなことを考えながらでも、ワタシの身体は問題なく動く。
「はい、これどーぞ」
「コレは……」
『……! 《サンダーボール3》……!』
軽々しく渡したチップ。
それをナビ越しに確認したガウスの口から、驚愕を隠せていない声が滲み出る。
聞き耳を立てていたらしい周囲の空気も俄かに変わった。
《サンダーボール3》。
時期による大きな違いとしては、追尾と麻痺の有無だろうか。
ハッキリ言えばどちらも大きな違いだが、何時でも共通する部分はある。
それは行動の阻害性能。
現在はまだ追尾性はないものの速度と威力は高く、直撃すれば全身に電流が走り続け動くだけでも痛みを齎す。
並のウイルスならこの一枚でデリートでき、倒し切れなくとも相手の体内を駆け巡る電流が苛みダメージを加えるのだ。
当たりさえすれば。
そう言った但し書きこそ付く。
実際に人気で言えば、速度の《メガキャノン》や範囲の《ガイアハンマー》など劣る。
掲示しておけば売れるが、売れ行きは悪い。
今の流行。
というよりもダークチップのことを鑑みれば未来であっても、パワー・イズ・ジャスティスが主流である。
流石にアレは極端な例だが。
そういう意味で、在庫として溜まり易い分類なのだ。
それでもあえて言うなら一線級相当、優秀なチップであるのに変わりない。
プロが使うような道具を見ず知らずの子供に贈られたようなモノ。
周囲から集まっている視線に気付く様子もなく、隠しようのない猜疑でワタシを射抜く。
「先行投資、ってヤツにゃ」
『投資? 現実世界の私達に?』
「いいえ、この場に居る皆さんに、ですにゃ」
口にしながら堂々と両腕を開く。
僅かに疑心が緩んだのを見取りつつ、口を動かす。
「――少ぉし下世話かも知れませんけど、この場に居る皆さんは世界の将来を担う子供達だとワタシは思ってるにゃ。現実世界だけじゃなくて、ワタシの居る電脳世界も」
『……なるほど。だから先行投資』
「はいにゃ。ワタシの居る電脳世界に苦手意識なんて持って欲しくありませーんにゃ! ならどうすれば良いかにゃ?」
『……』
「遊びも勉強も、簡単なほど手を付け易いにゃ。だから簡単に出来るよう手伝っちゃうにゃん――ちょ~っとズルかも知れないですけどね?」
『なるほど……だとすれば、何時までも私が陣取る訳にも行かないですな』
「ええ、まあ。他の子供達にも使い易くて便利なチップを渡せるように準備してあるので!」
納得したように頷き周囲を見渡しているガウスと奥様、戸惑っているテスラにウインクしておく。
ちなみに、嘘だ。
準備なんてしていない。
単純に、有り余るほどチップデータを保有しているというだけ。
チップの価値はともかく、価格の暴騰を防ぎたいだろうアメロッパからすれば譲渡ぐらいそう悪くはない話のハズだ。
あくまで子供にだけだし。
転売屋とかは知らない。
「それじゃテスラちゃん、また会いましょうにゃ~」
手をお互いに振り合いながら、寄って来る子等を目端で眺める。
一人一枚チップデータを渡したとしても余裕の枚数はある。
ぶっちゃけウラインターネット産だけでも、だ。
しかし、《サンダーボール3》級は初回サービスとしておくと決めた。
マグネッツ氏はどちらも電気属性のマグネットマンを使っていたからこそ、電気属性のチップを渡したのである。
多少、威力は落ちるけれど使い易いチップを贈るのが良いだろう。
具体的にはレア度2ぐらいの。
そう言うことで、《ラットン2》とか《ハイキャノン》、《フレイムタワー》なんかの動きが分かり易く威力もそれなりにあるチップをざっと用意。
あとは、
「はーい! それではそれでは~、今回限り! ゼフラム社のパーティ参加記念にチップ配布なんてしちゃいまーす! あ、PET一つにつき一枚だけですからね?」
何処か期待の籠った視線を向けて来る男の子。
その様子を微笑ましそうに見ているご両親か。
それぞれの好みに合いそうなチップを選んで配って行くだけ。
完全に独断と偏見による所だけれども。
楽しかった思い出として残って欲しい。
そんな願いと共に、入って来たナビに《フレイムソード》を手渡した。
PETが高級品という設定は、1980年代でのコンピューターが高級品だった背景を元に設定しております。