リーガル。
もとい、リーガル先生。
彼から教えを受けること数回。
数回、と言ってもその中身は濃かった。
元々からしてワタシは食品データを作っていたのだ。
多少のプログラミングなら出来ると知っていた先生から出される教えは相応に濃く、そして出される宿題も実に難解。
お陰でとても勉強になったが。
とにかくだ。
ネットナビに関する上等な教本が碌にない、と言うか早々に分かり易い教本自体が転がっていない時代。
時代、と言うかネットワークと言うべきか。
しかも進化を続けている現在。
そこでその最先端に居る先生から直接教えを受けられるのは非常に貴重な経験と言わざるを得ない。
先生も教えている中身が貴重な情報と考えているのか「此処であった詳細は秘密」とお互いに約束したほどだ。
流石に使う分には問題ないらしいが。
あと最近のワイリー様は色々とお忙しい様子。
そう言う意味で、ワタシと言う生徒の相手をするための資料や教材が必要だと言う所も、お二人の仲を取り持つ一助になっていると信じたい所である。
ワタシ自身、当初はプログラムくんの作り方も感覚でしかなかったのに今では理論に則って組み立てることが出来る。
どれぐらい違うかで言えば、パーツの用意されたミニの四駆を作るのと、パーツから何から自分でガチの四駆を創る、ぐらいの違いはあるだろう。
まあ、些か言い過ぎな気もしないではないが。
それぐらい、ワタシが一人でチマチマ正しいと思って勉強しつつもやっていた作業が半分以上は無駄になりそうな気配がするぐらい。
論理的な方法を知ると言うのは大切な事だ。
長々と語ったが。
非常に勉強となる日々が幾らか続いていた。
「どうもですにゃ~」
『! お早いお越しですね?』
「そりゃあ気になりますし?」
そんな中でワタシは、ゼフラム社のネットワークに来ていた。
とは言っても、これは別に珍しいことでもない。
週に数回は訪ねていたし、終わればウラインターネットかワイリー様のお宅訪問。
先生から教えを受けたり受けなかったりしているのだ。
ボンバーマンはウラインターネットの調査と言う事にすれば幾日も姿を見せなくとも問題ない。
幾らでもパインとしての姿で居れるのが幸いと言えば幸いだが。
正直、忙しくはあった。
コレが通れば更に忙しくなるだろうが。
「……で、いかがかにゃ?」
『こればかりは――当然、前例のないことです』
「でしょうにゃ……と言うか下手すれば今後も出ない可能性が十分ありますし」
『……ですが弊社の顧問弁護士は可能だろうと言っていました』
「ま、ゆっくり待ちますにゃ。仕事中にすみませんけど、ちょっとお勉強してますから気にしないで下さいね?」
『ええ。結果が分かりましたらすぐ』
何処か落ち着きのない、伊集院秀石との話に同席していた、彼を眺める。
傍ら。
先生から頂いた資料を片手にプログラムを修正していく。
今回の宿題は、プログラムくんの作成。
なので前世では大体のパソコンに標準装備されていたレベルで一般的な表計算ソフトっぽい物へ自動的に入力していってくれるプログラムくんを作っていた。
スキャンした紙データから、必要な部分を自動的に読み取り、入力してくれるようにしている。
これがやってみると中々面倒。
基準とする会社の名前や数値を読み取る部分を確りと組み上げられないと、意味の分からない文字や数値が書き込まれるだけになってしまう。
プログラムを増やせば出来はしたが、一つにつき三十秒以上と効率が非常に悪い。
容量と可能な限りの正確性、それに最終的に必要となるだろう労力の三つを天秤に載せて進めているとどうにも時間が掛かって仕方ないのだ。
「…………なぁにかにゃ~?」
『! いえ、なにも……』
「チラチラ見てるの、バレてますよぉ~?」
『そんな……』
「ワタシのかわいさに見惚れてましたかにゃ?」
『あ、いやぁ…………ハハハ』
何をしているのか。
恐らくそれが気になって見に来たらしい彼を軽く揶揄いつつ、しかし別に隠すようなことでもない。
モニターに映るように移動させた。
「自動読み取りと入力のプログラムくんです。まだ上手く行ってないですけど」
『自動で?』
「そうですそうです! 人間さんが一つ一ぉつ手で入力するなんて手間の掛かるコトしてますから? 自動でしてくれるプログラムくんを組み上げてみてる所です。残念にゃがら、まだ実用性に難はありますけど」
『………………』
のっそりのっそり。
そんな擬音が聞こえてきそうなぐらい、ゆっくりとデータを確認しながら入力を進めていくプログラムくん。
いや、それ未満だ。
意志疎通が出来るよう、ある程度の受け答え能力を備えるのが定石だが、そちらにも手を付けていない以上はプログラムくん未満の何かでしかない。
おおよそ二十数秒掛けて一つのデータの精査と入力を終え、ようやく次のデータに移る。
誤字も見受けられる。
いや、本当にこれじゃダメ。
せめて五分の一ぐらいに縮めないと実用的とは言えない。
しかし処理能力を上げるために容量を大きくすればそれだけ掛かる負担も大きくなる。
かと言って低容量で収めようとしても現段階では不安もある。
此処は一回、ワイリー様宅のパソコンで大きく作ってみて、そこから無駄を減らしていく方がやり易いかも知れない。
あるいはワタシ自身がどう認識するか確認して転用してみるか。
現時点ではまるで意味のないことをぼんやりと考えながらしかし、一秒縮めるために構築をやり替えて見たりと首を捻る。
黙ったままの彼が数度、口を開いては何事も発しない。
そんなことが繰り返された中、不意にスピーカーが微かな音を捉えた。
音。
今までは微かに、廊下を歩くような音はあった。
しかし今回の音は間隔が短い、走っている音。
来た。
そう勘付いて視線をモニター、ひいてはそこから見える扉に向けたことで向こう側の彼も気付いたのだろう。
少し慌てた様子で元居た場所へと戻り座った。
数瞬。
反動でそのまま閉まりそうな勢いで開かれた扉の先から、意地の悪そうな笑みを浮かべた男が現れたかと思えば視線を走らせ、戻っていた彼へと歩み寄りその肩を叩いた。
『やった! 通った!』
『! 本当か!?』
『こんな時に嘘なんか言うか!』
『そうか……そうか! だったらこれで……!』
『ああ! ……あくまでも実験的な特例、と言うことではあるが――――ネットナビに、資格が出来た!』
そう言うことになった。
法人。
そう言う概念がある。
法律によって人以外でも、「人」と扱われる概念だ。
一番分かり易いのは、会社なんかだろう。
権利。
義務。
それらを受けられ、果たす必要が生じる。
そう言った資格を得ることが出来る。
と言うのが雑な法人の説明。
通常、ネットナビと言う「物」がそんな風に扱われる訳はない。
だがそこは流石、弁護士の先生。
口先が巧い様子。
技術者の就労だとかその辺りの事柄を巧い具合にやり込んで、ワタシに資格が与えられるに至ったらしい。
まあ、現実世界の方々のモノと比べれば大分制限されたモノになるだろうとのことだ。
認可は下りるが、精査中らしい。
弁護士の先生曰く、「本当なら完全に人権を与えられる見込みがあった」らしいが。
何せワタシは政府機関から名誉アメロッパナビ等と呼ばれているのだからその権利はあろうと。
まあ、結果は残念ながら。
流石にそこまで行くのをアメロッパが、国自体が、躊躇ったようだ。
ネットナビを「人」と同一視する、と言う事を。
仕方がないことでもあろう。
動物、ペットに法人格を与えるのはどうか等の話が記録においてあった気配がある。
身近な、そう言った存在ですらも巧くは行っていなかった様子なのだからむしろ破格の待遇であろう。
ともかく資格だ。
これは、得難い。
いや得難かった。
ゼフラム社とアメロッパ。
どうやらワタシにある程度の価値と、どの程度までネットナビが到れるかと言う試金石にしたいゼフラム社。
アメロッパのためになる動きをしているが、根本的には根無し草の状態にあるワタシを留めたいアメロッパ。
この辺りの双方の利益が噛み合った結果だろう。
あとは、人格と言うモノの不明瞭さか。
疑似人格プログラム。
疑似とは言え、人格を宿している存在であるネットナビ。
それに対する理解の浅さ、と言うより不可解さもまた、今回の事柄が通った要因でもあろう。
「………………一先ず。銀行に口座を作れると言う訳ですね?」
『そこは問題ないでしょう。現実世界で紙にサインする手がない方であっても、作りたいと言う意志があるのですから』
ある種、一番の要点。
銀行に口座を作れるか。
口座さえ作れれば、株の購入だとかも出来る訳なので伊集院秀石の会社設立のための投資も出来る。
一番の難関だった。
「人」ではなく「物」であると言う点で、最も難関だったが。
これでそこはクリア出来る訳だ。
「なら資格が得られてすぐ、口座を作りたいのですが可能ですか?」
『もちろんですとも! ゼフラム社は可能な限り貴方に力をお貸しする方針ですからね。現実世界の、手の代わりとして』
「それはとても助かります」
手をワキワキとさせながら笑う弁護士に微笑みで返す。
ゼフラム社。
「現実世界」と言う言葉を都度都度挟んで来る辺り、電脳世界でその恩を返せと考えていると見える。
ある種、直接的に手を貸して来ているのがゼフラム社の顧問弁護士だけと言う点も、恩の売り手を集約させたいと見るか。
しかし使える手を振り払う理由もない。
既に積み上げて来たチップデータ等の他、今後に得る利益で以って贖うべきだ。
「ん~……」
何事か。
考えて見せるように口元に指を当てる。
弁護士と共に彼もまた、興味深そうな視線を向けて来るが無視。
数十秒ほど考え込むように見せた後、弁護士へと伏せていた視線を上げる。
「弁護士さん」
『なにか?』
「口座を元に、株の購入は出来ますよね?」
『出来るでしょう』
「なら理論上、支配株主にもなれますよね?」
『成れるでしょう』
「なら、ワタシは」
『成れるでしょう』
「……本当に?」
『予定通り、成れますとも』
『待ってくれ』
堪らず。
話しの流れが読めず。
彼が口を挟んで来る。
困惑した様子から、理解が追い付いていないのだろう。
まあワタシも。
この弁護士さんがそこまで話の分かる人だとは思ってなかった。
多分だけど。
実は理解してないオチかも知れないけど。
『彼女が一体、何に成れるって?』
『…………』
「別に言っても構いませんにゃ?」
『では。株式会社の株の大半、半分以上を持てば殆んど会社を支配出来ます』
『はぁ? ――はぁ!?』
『お気付きでしょうが要するに、会社を運営出来ます』
改めて口にされ、息を飲んだ。
何処か楽し気に笑っている弁護士を他所に。
しかし、やっぱりこの弁護士。
法律で楽しんでいるタイプだ。
どの程度まで解釈を弄れるか、絶対に愉しんでいる。
そうでもなければ、ワタシのために此処まで骨を折らないか。
内心、苦笑し。
見開いた眼を此方に向け、口を丸く開いている彼に。
「つまりワタシは、ネットナビではありますが――」
ワタシと言うネットナビは。
電脳世界と言う、現実世界と隔絶した場所に在りながら。
ゼフラム社の考えるだろう、到達点の一つ。
「――――現実世界の、会社の社長に成れると言うことです」
そう、口にした。
法律とかは、ふんわり。