ワタシの日々は変わらない。
有り体言って、時間がある。
今はまだ、だが。
日のない時間帯はボンバーマンとしてウラインターネットの地図作り。
日のある時間帯はパインとして様々な活動。
これが主なライフスタイル。
パインとして会社を経営出来る段階にもなれば別なのだが、まだ少し先。
お陰様で情報収集の一つは済んでいる。
既に買収したい会社のピックアップは済ませてある状況。
交渉のための現実世界のアレコレは、弁護士さんにお任せ状態である。
まあ要するに、手隙なのだ。
そう言う時間にウラインターネットに潜るのも本来はアリなのだが、今は止めていた。
露骨に怪しい場所なのもあって、弁護士さんから非推奨とされているのだ。
別に禁止ではないが、推奨されていない場所にわざわざパインの姿で潜るのは気が引ける。
そうなればどうするか。
簡単だ。
『……今日も居るのか』
「あ、お邪魔してるにゃー!」
ネットナビの勉強。
これに尽きる。
実際、既に幾度。
先生ことリーガルが手隙な時にネットナビ、のみならず。
プログラミング関連についても教えて貰っている。
そして事柄の再勉強や宿題を熟すがてら、先生から特別に受け取ったセキュリティパスでプライベートエリアに入り浸り、勉強をしていた。
二日か三日に一回は居るからか、慣れた様子になっているのが中々面白い。
具体的に言うと、作り掛けのネットナビのガワを置かせて貰える位には慣れてきている。
ちなみに、確認してる限り細工されている形跡はない。
今のところは、だが。
『今は?』
「武装部分にゃ。でもこの辺りは元々からして超天才であるこのパイにゃん自身、自分で色々弄ってる部分だから再確認みたいなモノにゃ!」
『……世の中の人間がお前ぐらい熱心なら色々と楽なんだがな』
「へ~、何だか大変そうですね」
『どうでも良さそうに言うな?』
「現実世界のこと言われても困りますし」
片手間。
そんな此方の様子を気にするでもなく、そのまま覗き込んでいたモニターから離れたようだった。
一度も触り掛けのネットナビから目を逸らさずその動作を確認しているワタシからすれば、その気のなさは有難い。
かなり高性能なワタシの感覚的に言えば、板と板とを釘で固定するぐらいの感覚。
しかし実際。
ケーキをデコレーションするような、一度してしまうと取り返しの付かない繊細さが必要な作業でもある。
本来、会話の片手間にするようなことではない。
特に武装部分。
ウイルスと戦闘するために必要な、ある意味で最もデリケートな部分。
ある程度は慣れているが、だからからこそ気を付けるべき場所でもある。
今は慎重に、《プルルンボム》と《アイスキューブ》を改造して作った《フリーズボム》。
ソレを暗号化しながら組み込んでいる所だ。
戻って来たのをマイク越しに聞こえる音で察せるが、冗談でも邪魔するつもりがないのは助かる。
そのまま微調整を進め、動作に問題なさそうだと言う所で息を吐く。
『……そう言えばの話だが』
「何かにゃ?」
黙っていた先生から声が掛かる。
無意味に汗を拭う動作をしながら見やる。
神経を使う、と言うのがネットナビ的にはどう表現すれば良いのか悩むところ。
さておき先生の方からしても大した質問ではないのか、軽く見える限りで小難しそうな論文に目をやりながら、言葉を続けた。
『なぜ、お前はネットナビを作ろうと言うのだ? 別に答えたくないなら構わないが』
「いえいえ。別に秘密にするような事柄でもないにゃ~」
『そうか。で?』
「単に人手……ナビ手? が欲しいにゃーなんて思ったから自前で用意しようと思っただけですにゃん」
『わざわざ他のナビの手を借りたいと思うほど、お前はそう低い性能ではないと思うが?』
「将来的に会社を興そうと思ってますので、用意出来る準備を予め! って言う感じにゃ」
『会社……?』
論文から、此方に横目を向けて来た。
『…………夢のある話だな』
「でしょ~?」
『だがわざわざそうしなくとも、人を雇うなり買うなりするのが手っ取り早いんじゃあないか?』
「そうかも知れませんけど、現実世界で何かされるより電脳世界で何かされる可能性の方がまだマシかにゃ~、なんて。ワタシが居るのは電脳世界ですし」
現実世界で何かされると、電脳世界のコッチからすれば何かするにも難しい。
その分、電脳世界の側であれば対処もし易いと言うものだ。
モチロン、それだけじゃあない。
人間は色々と不便な部分も多い。
睡眠に休憩、食事に忘却などと挙げて行けばキリがない。
だがネットナビはそうではない。
睡眠や休憩と言う意味では、度々のデータ整理なんかは必要ではあろう。
しかし食事その他の生理的な欲求とも無縁。
忘却することも基本的にはないから一度プログラミングさえすれば退化はない。
その上で。
単純に可能な労働時間と言う観点から見ても、軽く倍以上の時間を働けるだろう。
問題があるとすれば、現時点ではまだ書類なんかのデータ化は一部でしか推進されていないといった所か。
今はまだ。
内心。
そんなことを考えていたのを察したのか、あるいは別の何か。
思う所があったのか。
面白くない論文だったのだろう、手に持っていた紙を軽く放るように置いて、先生は真正面からワタシの方を見据え、
『パイン。お前は――――人間を信じていないんじゃあないか?』
揶揄するように、そう嗤った。
「ま、誰も信じてない――かもにゃん」
笑って返す。
些か。
先生にとって、ワタシからのその返答は予想外だったのだろうか。
感嘆とも落胆とも分からない言葉を僅かばかり開いていた口から溢した。
少なくとも。
この言葉は真実ではある。
基本的にワタシはワイリー様以外の存在をそこまで信じてはいない。
まあこれは誰しも、全幅の信頼を寄せられる相手なんて数えるほどしか居ないだろう。
あるいは誰も居ないかも知れないが。
その、数えられる相手が創造主と言うか造物主であるワイリー様。
それが問題でもあった。
ワイリー様である。
あの、ワイリー様、である。
記録に間違いがなければ。
世界滅亡を目論んでいる程度には世界に対して思う所を持っておられた様子。
実際、近場で接しているとキャスケット様が居られたお陰で治まってはいたのが分かったぐらいだ。
しかしもう居ない。
そんなワイリー様を信じろと言われても、まあ。
無理。
最近ひっそりと改造されたストーンマンもまた、そんなワイリー様のことを察してしまっているのか、姿に似て何処か憂世的な内面を晒している。
いや、あれ、そうなのか。
単なる物ぐさなだけじゃないかな。
お前も分かるのかストーンマン的に考えていたのが実は単に怠惰な疑惑が湧いてきたことに戦慄している間に、復帰した先生より掛かった声が現実へと引っ張り戻した。
『誰も? 何故だ? お前も……』
と。
疑問。
そしてその後。
独り言。
視線を流す。
しかし消え入りそうな言葉を飲み込んだように、押し黙ってしまった。
「お前も」と言ったか。
何がだ。
いや、想像は付く。
ならばどうする。
逸らすか。
受けるか。
ここは受けよう。
逸らしても不信感を募らせるだけだ。
だったらどう受け、返すか。
先生、リーガルはパインに対してあまり良い感情を持っていないのは知っている。
ならば。
その知らないハズの内心に同調するように返すが吉か。
ワタシのバックストーリーのこともある。
心の内で唇を湿らせ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「――人間によって生まれる存在は、その悉くが本質的に悪だからですよ」
『…………』
言葉はない。
しかし、視線のみでも雄弁だ。
先を促すその目に対し、「約束通り、此処でのコトは他の方には秘密ですよ~」なんて軽口を叩き。
ゆっくりと。
語り聞かせるように、両腕を翼のように広げながら口を開く。
「人間達の創りたもうた、この電脳世界――此処は不完全でありましょう。
何故か?
人間が不完全だから、等とは申しません。
ですが、何故そう思うのか。
ウイルス。
バグ。
ワタシの研究している、そう言った悪性な存在が発生するからです。
害を与える存在。
電脳世界が完全な世界であれば、存在するハズがない。
であれば何故、生まれるか。
それは世界を創り出した人間自体が元々から悪性を内包しているからです。
そうあることこそが自然であるからです。
故に、電脳世界にもまた悪性が自然と生まれる。
そうでもなければこの電脳世界と言う大世界を創り出せる技術力を持ちながら、不完全な世界が生まれ出ずるハズありません」
先生の沈黙は、僅か。
『………………随分と人間を買っているな?』
「――そう聞こえますか?」
『ああ。知ってるとは思うが、その電脳世界の礎を築いたのは実質ニホン政府に居た極一握りの人間だけだぞ?』
「でも、それを広げ、配備して回ったのは一握り以外の人間にゃ」
『ならばそれらの人間こそが不完全とは考えないのか?』
「それこそ舐め過ぎにゃ。今、こうしてワタシが居る電脳世界、電子機器を作ったのもそう言った人達にゃ~……貴方のような」
そこまで話せば気付く。
この話は平行線を辿る。
なら別の理論も出そう。
「…………そもそもからして人間の起源。生きてきた大本は、採取なり狩猟なりと奪うことで成り立ってたにゃ。それが極自然だった数千年の前科がある以上、今更、自分達の性根が善性の存在だにゃんて都合が良過ぎないですかにゃ?」
『……なるほど、人類そのものの前科か。産まれた時点で罪があると?』
「それは何処かの誰かが持って行ったのがアメロッパでは主流だそうにゃので、なしで!」
『フン――まあ、良い。別段お前の理論に納得した訳じゃあないが、元々そっち方面だ』
「そっち?」
『人間は悪である。どれほどの聖人面した者であろうが罪を重ね、罪人に成る。そう思っているからな……お前の考えも否定はしないさ、否定はな』
そう言って。
先生は放っていた論文に手を伸ばした。
この話はこれでお終い。
そう言うことなのだろう。
別に納得した雰囲気はないけど、まあ、良し。
それっぽい理論を並べ立てただけだし。
ウイルスとかが自然発生するのは身も蓋もない話、アレでしょ。
ゲーム的な都合。
それに尽きる。
その一言で、ワイリー様が悪に堕ちて行くのに納得出来るかは別だけど。
「…………」
『…………』
しかし思いの外、胸の内に入ることが出来ているのかも知れない。
この場限りとは言っても、己の思考を詳らかにしたのだ。
成果としては上々。
そう、ひっそりと頷きながらしかし、胸内にて舌を打つ。
意外だった。
「罪人に成る」等と性善説に依った考え方をしているとは。
細かな部分までは流石に記録になかったのが原因だが、リーガルの考えを憶測で決め付けていた。
人の根底がそもそも悪と考えているだろう、と。
些か、誤ったか。
否定こそされなかったが、言葉を少しばかり誤ったかも知れない。
いや、バックストーリーを考慮に入れれば結局そう上手くはいかない。
今更、覆せるものではない。
性悪説をこそ、少なくとも今のこのワタシ、パインの信条であろう。
本物はどうか知らないけど。
そんな荒れ狂う胸の内をひた隠し。
何事もなかったようにネットナビ未満の改造に戻る。
先生は既に論文を熱心に読み始めている。
果たして。
彼にとってワタシはデリートされるべき存在であるか。
情を持ってしまえる程度の存在にはなったのか。
そこだけは、分からなかった。
その時は。