『ワタシのナビにならないか、パイン?』
明朝より。
ネットナビの授業も大詰め。
いよいよ、疑似人格プログラムも最終段階。
一日使って最後まで進めると言われ、指定されたその日。
前日には念のためとか何とかで、ワイリー様がワタシのバックアップをわざわざ取ったのだ。
今更詳しく聞けなくて凄い不安に襲われた翌朝。
出会い頭にリーガルは、先生は、そう言った。
「――にゃんですと?」
『持ちナビにならないかと聞いた。お前が望むなら、ネットナビなどワタシが幾らでも作ってやろう――だから、どうだ?』
唐突な。
首を傾げつつ、内心では喝采を上げる。
やったね。
そう思って貰える程度の立ち位置を先生の中で確保出来た。
と。
「いや~、悪人のナビになるつもりはないですにゃ~」
まあ、持ちナビにはなれない訳ですけれども。
このワタシ、ボンバーマンがワイリー様のネットナビである。
そうである以上、在り続けるつもりである以上、断る以外の選択肢はない。
以前にした話を持ち出して揶揄ってみるが、無言。
真面目に答えた方が良い。
有無を言わさぬ表情に、ため息を吐いて見せる。
「――――申し訳ないですが、ワタシはワタシを誰かに縛り付けるつもりはありません」
『矜持か?』
「いいえ。ただ……仄暗い密室の中に永遠に閉じ込められる位なら、ワタシは自害を選ぶでしょう」
等と。
暗に「過去に何か在りました」と言う名の後々誰かに押し付ける予定の設定を匂わせつつ、儚く笑う。
微かに怯んで見えたことで成功を悟りながら、作り掛けのネットナビの前に立つ。
この話は終わり。
口に出さず、そう伝える。
先生から聞こえたのもまた、ため息。
何処か残念がっているように思えるソレに、警戒心を上げる。
外と遮断される気配は、ない。
とは言え即座にプラグアウト出来るよう心構えだけはしておく。
『………………残念だ』
心底からそう思っている。
言葉の端々から滲んでいるソレに訝しんでいる間に、来た。
唐突に。
ワタシのすぐ近く。
作り掛けのネットナビの横に。
レーザーマンが、居た。
「!」
『落ち着け。そいつが以前、お前に伝えていたワタシのネットナビだ』
「話はリーガル様より伺っている。レーザーマンだ」
「あ、はい。パインと言いますにゃ」
出された手を握り返し、離す。
己の手を一瞥したレーザーマンが、しかしすぐに何かを取り出した。
データ。
テキストデータだ。
何時ものヤツ。
『今回の教材だ』
「……このレーザーマンさんは?」
『ただの前祝いだ。気にするな』
「――では失礼する」
そう言って、レーザーマンはプラグアウトした。
いや。
何。
本当に、何。
何故わざわざレーザーマンを見せた。
思いっ切り訝しみながらもその内心を表に出さないように苦心しつつ、二つのテキストデータを秘かにスキャン。
何もない。
ただのテキストデータ。
本当に、ただそれだけ。
尚更なんでレーザーマンを見せたのかが本当に分からない。
疑問符が頭の中に溢れる。
しかし先生は別段、何とも思っていないように準備を進めている。
「えぇ……っと」
開く。
当然、事前にスキャンした通り何もない。
何も起こらない。
開いたのを起因にして勝手に何かが起こるとかも全然ない。
いや、怖い。
逆に怖いが。
『早速始める…………と言いたかったが先に、暫く前にあった更新分を解明出来たからそちらに時間を割こう』
「解明出来たのですかにゃ?」
『そうだ。とはいえ、元々から容量は然程変わってはいないし、ナビをそのままアップデート出来るようにもなってはいるがな』
「追加……と言うより修正プログラムかにゃ? ちなみに、何て名前にゃんです?」
『解析した結果だが、ココロ・プログラムと言う』
ココロ・プログラム。
軽く、記録を探ってみるがそれらしい用語は見当たらない。
単純に考えれば、ココロウィンドウやココロネットワーク等の亜種。
と言うようにも思われるが。
しかし、更新。
何時頃だったか。
確か、そう、ゼフラム社で伊集院秀石と初めて話した頃に、そんなことを言っていたか。
あの光祐一朗の事。
わざわざ追加されている新機能と考えれば、中々に興味深いモノなのではないかとも思うが。
テキストの題名にわざわざ『ココロ・プログラム』と記入されている方を開き、軽く流し読む。
『具体的な説明は……思い付かないのが正直な所だ』
「にゃ?」
『全く説明出来ない、と言うことではない。単純に、ネットナビに対して人間の心を理解させようとする、そう言った類のプログラムなのだよ』
「ネットナビに心を、ですか?」
疑問に首を傾げて聞いても、鷹揚に頷くだけ。
核心には中々入らない。
と言うよりも。
リーガル自身、口に出したように何と表せば良いか悩んでいる。
それが一番近い所だろうか。
それでも少しの間、瞼を下ろしていたかと思えば、囁くように口を開いた。
『ココロ・プログラム――――恐らくココロネットワークの最小限未満の機能を搭載したプログラム』
ココロネットワーク。
テキストには書いてなかったけど。
急に厄い話が出てきた。
『親父から教わっているココロネットワークは人間の心と心を繋ぐシステム。対するココロ・プログラムはナビに人間を繋ぐソレだ――電子機器の受信機能等を利用し半ば強制的に人間の感情、心の動きを読み取れるようにしている』
人類を信じた、可能性のネットワーク。
人と人とを繋ぐココロネットワーク。
その最小限未満のプログラムを搭載することで、やることが人間の心の盗聴と言うことか。
『とはいえ、読み取れる程度も高が知れている――――大きな感情の起伏があった時、こう言ったコトがあった時、人間はどう思うのか。薄っすらと、極近くのナビが感じ取れると言う程度の代物だろう』
僅かに、光祐一朗に対して覚えた引き気味の感情。
それは少し納まる。
少しだけだ。
強い感情の時のみ、それをナビが感じ取れると言う程度。
ならば安心。
な訳がない。
どう言い繕っても、人間の心を盗聴しているようなものでは。
『だが、人間に近しいネットナビ――PETの中に居るネットナビであればそれだけ人間と接し易く、故に感情を受け取れる機会も多い。人と人とを繋ぐシステムを、ネットナビに人間を学習させるために使うとは光祐一朗も中々面白いことを考える…………』
「…………なるほどにゃあ」
一先ず。
と言った具合に頷いておく。
要するに。
基本的にPETに入っているネットナビ。
PETの持ち主であるオペレーター。
その常に近しい関係環境を利用するのが、ココロ・プログラム。
どれほど疑似人格プログラムが優れていたとしても、人間の心の機微を学ばなければ人間の心には近付けない。
電脳世界と現実世界では、それらを直接的に学べる機会が薄い。
ならばその心を、手近な人間を利用して学ばせよう。
と言うのがココロ・プログラム。
人と人とを繋ぐココロネットワークを利用して、人とナビとを繋ぐことで勉強させると言う訳か。
ないモノを伝えるのは難しい。
0を1にするのは酷くむつかしい。
だから既にあるモノを利用する、と。
いやあ。
ドン引きだわ。
まあ、ワタシことパイン。
そのココロネットワークについて全く知らないハズなので、それっぽいことしか言えないけれど。
「つまりネットナビに、人間を半ば強制的に学習させるプログラム、と言う訳ですかにゃ?」
『………………』
「? 先生?」
『…………概ね、その認識で正しい』
何処か苦いような。
失敗を隠そうとしているような顔色が見えた気がしたが。
気の所為か。
いや、気の所為ではないのかも知れない。
急にココロネットワークとか言う割と重要と言うべきことを溢し始めたかと思ったが。
まさか思考に意識が割かれてワタシの存在を忘れていた、と言うオチじゃあないだろうか。
それならば普段よりも僅かばかり険しい表情も納得が行く。
完全な流れ弾では、コレ。
「……ま、此処であったことは外では秘密ですしぃ、ちょ~っと悪趣味な感じはしますけど黙っておきますにゃ」
『…………覚えているならば、良い。なら、な』
とりあえず理解した風に頷いておくこと数秒。
ゆっくりと。
先程と同じように溢すような口調で、リーガルが一つ、頷いて見せた。
コレは恐らく、セーフ。
と言う事だろうか。
出さぬように心掛けながら、内心でのみ、息を吐く。
「ちなみにですが」
『……なんだ?』
「あるいはネットナビ同士が繋がるようなことも起きたりするのかにゃ?」
具体的には、ソウルユニゾン。
アレは確かロックマンが、ソウルが共鳴したとか何とか言っていたハズ。
ソウル。
そう聞くと魂なんてイメージが浮かび易いのだが実の所、心と言った意味も含んでいる。
実際問題、データの遣り取りがあったのだろうと想像するならば、
『………………ナビに感情の起伏は殆んどない以上、現状ではゼロに近い』
「将来的にはどうなるかって話かにゃ? ありがとうございます」
『……まあ、いい――――今のは所詮、与太話。関係はするがそれほど深くはない。もう一つのテキストを開け』
まあ確かに。
疑似人格プログラムにおける心に関わる部分なのだろうが。
自動的にするなら正直、手を加えられるようなことでもない。
放置しておくのが安定ではある。
『開いたな? では始めよう――――最期の授業を』
そうして。
授業が始まった。
『まず初めに言うが、今までお前の学んできたことはネットナビに必要な要素だったが重要な要素じゃあない』
「……みたいですにゃ」
『選択を行う部分――人格こそ最大の要素。組み込まれたプログラムであり、そのものと言えるモノだ』
人格。
疑似人格プログラム。
そう言うだけあって、選択を司る役割を持つそのプログラムあってこそ。
初めて、ネットナビと呼べる。
『考え、選択し、行動する。故に「.EXE」と――ネットナビに実行可能、実行するプログラムを付ける』
「以前言ってた選択、プログラムくんには出来ない要素でしたかにゃ」
『これよりその選択する人格について学ぶ――――まずはテキストデータの八行目からだ』
言葉に併せて片側に開いたテキストを読み進む。
人格。
感情。
どう言う回路を伝い、どう思うか。
どのプログラミングされれば、どう考えるか。
それらを学ぶ訳だが。
理解出来る。
理解出来るが。
理解出来ぬ。
本当、ナニコレ。
いや、本当、なにこれ。
見たことはあったけど、そう言う。
この辺りのデータが何を思う部分なのか。
テキスト読みながら詳しい説明を受けないと理解が追い付かない。
頭では分かるつもりなんだけど追い付かないと言うか。
光祐一朗の頭の中どうなってるの、コレ。
何を食べればこんなの思い付くの、と言うか。
どんな脳ミソの構造してれば考え付くの、と言うか。
ドン引きです。
スパゲッティプログラム。
あれは命令が複雑に入り組んでて他人と言うか作った本人すら下手すれば訳の分からない順序のプログラムを言うが。
ソレに近い。
近いと言うか。
いや、構造はまだ分かり易い。
分かり易いけどそうじゃない。
分かり易くしてコレかと言う。
よく出来てるんだけどよく出来過ぎてるのに意味が分からないと言う謎の現象が発生していると言うか。
これをリーガル、よく口で説明出来るな。
疑似人格プログラムについて隅々まで理解出来てないと説明出来ないだろうに。
何と言うか。
『…………ここまでは理解できるか?』
「まぁ…………はい」
光祐一朗に対する執心と言うか。
何か、こう。
ネバっとしたモノを感じ取れてしまうと言うか。
『本当に理解出来てるのか?』
「えーっと……はい、多分…………聞いてみて頂けると」
『そうか――じゃあ此処と、このプログラム部分の関係性について言ってみろ』
「えっ、と……ちょっと待って下さいにゃ」
いや本当。
本来なら疑似人格プログラム。
ひいてはそれを組み上げた光祐一朗に対してドン引きすべきなハズ。
なのに。
疑似人格プログラムを理解し過ぎているリーガルにドン引きする。
ワイリー様の言っていたことも分かる。
知ってるのか知らないけど。
知っていたなら確かに、疑似人格プログラムの教師としてはこれ以上なく適任だ。
それはそれとしてドン引きだけど。
『……確かに分かってるようだな』
「あ、はい。理解出来ます」
『どうかしたか、パイン?』
「いえ、何でもありません」
『そうか? …………ククク……』
何やら楽しそうに笑っているらしいリーガルの方を見ないようにしながら授業は続く。
説明が分かり易いのがせめてもの救いと言うべきか。
いや、分かり易いしよく分かってるしで非の打ち所はない。
ないんだけど。
ドン引きし過ぎて外面と言うか内心も剥がれて来てると言うか。
授業の時は内心でもちゃんと先生と呼ぶようにしてるのに、思わずリーガルと呼んでしまうぐらい崩れて来てる。
それを知ってか知らずか。
知ったらレーザーマンを嗾けて来そうだから勿論知らないのだろうが。
終始、楽しそうな様子のまま授業は進む。
『この部分と……此処。そこでどのような感情が発生する?』
「えーっ…………喜怒哀楽愛憎で言う所の、怒りに近い感情?」
『正解だ。此処に作用する強さによって怒りの感情が増幅される。分かるな?』
「はい。分かります」
『そしてこの部分に作用するのが、テキストで言えば八百三十六行目』
「ちょっと待って下さい…………はい」
感情。
『選択については何を意識するかが重要だが、その意識部分については問題ないか?』
「まずは此処と…………あと、この辺り一帯?」
『この辺り一帯の詳細は?』
「えー……まずこの部分から始めます」
『ああ、詳しく説明して見せろ』
意識。
『そうだ。意識的に選択が出来るがそれではどうしても無駄――タイムラグが発生する』
「それを選択する無意識の部分を司るプログラム」
『クククククク……どうしたパイン? 疲れたのか?』
「いえ、大丈夫です…………」
無意識。
『善悪の彼岸とはよく言ったモノだと思わないか? いや、読んだことはないか』
「ありません…………」
『そうだろうな。まあ、良い』
道徳。
『さあ、この部分と関連する内容を答えろ。答えるんだ……!』
「………………このプログラム部分と…………えー、あとは…………」
心理。
『ククク…………フハハハハハハハハハハ!!!』
人格。
「……………………」
『授業は終いだ。今日は此処で休むと良い……フフフフフフ…………お前が悪いんだぞ、パイン……』
そう言い残して。
先生は消えて行った。
後半やけにテンションが高かったが。
まあ、良い。
疲れた。
疲れとは無縁のハズなのに疲れた気分に襲われている。
下手すればプロト以上に。
いや、一日でやることじゃないでしょう。
人間だったら白目剥きそうな気分だ。
そもそも無理か。
半分も行けなかったろう。
先生――はもう居ないからリーガルで良いか。
リーガルが謎にハイテンションだったから本人も遣り遂げられたのだろうけれども。
とは言え。
いや本当。
勉強になった。
流石、リーガル。
ワイリー様のご子息。
ご子息、等と言いつつ本気で尊敬に値する。
「…………………………とりあえず」
一先ず。
流石に今日の所で何か仕掛けて来ることはないだろうし。
一時間ほどシャットダウン。
そしたら。
一瞥する。
外見や武装まで完全に整えた、ネットナビ未満。
瞼を降ろしている、ソレ。
「もう一踏ん張り」
そうして、意識を落とした。
そう言えば、知らない方が多そうですので用語について記載させて頂きます。
『ココロ・プログラム』
ロックマンエグゼ2の最終盤に恐らく一度だけ言及されたプログラム。
光熱斗とロックマンとの関係故か、あるいは状況が特殊だったからか、出来た理由は不明だがロックマンはこの『ココロ・プログラム』と光熱斗のフルシンクロを強行。
そうすることで、光熱斗が気を失った状態にも関わらずココロだけでロックマンのオペレートが可能とした。
本小説では、『ココロ・プログラム』はココロネットワークの技術を利用しているためそれが出来たのではないかと考察しております。