悪戯っぽく笑う。
十字架を模したような瞳が歪む。
それを最早。
怪物の顔としか思えなかった。
歩く。
歩く。
歩く。
足早に、廊下を進む。
親父は何処に居る。
脚を止め、音に気付く。
あの特徴的なボンバーマンの声が微かに、親父の部屋から。
すぐさまノックもせずに踏み入る。
僅かばかり驚いた様子の親父と、壁際に立っているバレル。
それに。
何処か疲れて見えるボンバーマン。
「親父!」
「……どうした?」
「パインについて話がある」
「……出た方が?」
『ア、ワタシも?』
出ろ。
そう口にし掛け、閉じる。
わざわざ出させるほどのことでもない。
焦っているか。
我ながら。
パインが出て行ってすぐに来た。
まだ思考が定まってなかったか。
後ろ手に扉を閉めた。
「…………いや、問題はない」
「そうか。それで、パインがどうした?」
「作ったぞ。作り切ったぞ、パインが」
「……フム。そうか。作れたのか…………ボンバーマンのメンテナンスは、後で……」
『アあ。急ぎみテぇだし構わネえ』
「うむ。話を聞こう」
視線を一度、ボンバーマンに向けた親父が頷き。
ゆっくりと息を吐いて額を抑えた。
「……居ても良いと言うなら、せめて分かるように話してくれないか? 話の流れが飲み込めない」
「すまん。ネットナビを作れた、そう言う話だ」
『アー……? 何の問題ガ?』
それとは別に、バレルの奴とボンバーマンはまるで話が飲み込めない。
そう言う様子だった。
バレルはまだ理解出来る。
だが。
視線を向けた先。
画面の中でも、普通なら分からないハズの表情が読み取れる絶妙な顔付き。
「知らないのか、ボンバーマンは?」
「――え? 知らんかったのか、ボンバーマン?」
『エ? うン? 何を?』
一瞬。
親父が固まった。
しかし視線をやれば気を取り直したように軽く咳払いをし、一つ頷く。
「――ま、まあそこまで有名な話でもないから分からんでも…………いや。え、本当に?」
「…………申し訳ないですが、そしてもう一度言いますが、分かるように話して頂きたい」
「お、うん……すまんなバレル。リーガル、説明してやれ」
困惑している二人を他所に、頭を冷やす。
何を説明すべきか。
と言うよりも、どう説明すべきか。
いや難しく考える必要はない。
単刀直入に言う。
それが最も手っ取り早い。
「…………ネットナビでは高度なネットナビを作れない。それが定説だ――だった、になるがな」
『はァ? 何でダ? ワタシでモ、多少ならプログラミングは出来ルが?』
「お前でも知ってはいるだろうが、ネットナビと言うのは人格を再現したプログラム――人間で言う所の、脳。それを繊細なプログラミングによって再現している」
『ウん。デ?』
「人間ならその脳は物質に依存している。故に脳の構造――人格を詳らかにした所で、説明を受けた人間は然程の影響を受けないだろう」
「……ネットナビは違うと?」
「その通りだ」
人間とネットナビ。
その最大の違いはやはり、現実世界と電脳世界に依存する部分だろう。
現実世界。
こちらに存在する人間は何処まで行っても物質が主体。
しかしネットナビは別だ。
電脳世界。
あちらに存在するネットナビは何処まで行ってもデータが主体。
「一般的なネットナビであれば光祐一朗博士の普及している疑似人格プログラムを使えるが、より高度な設計を目論むのであれば相応に調整する必要がある」
『ンー……ダろうな』
「だがネットナビ自体に対し、己がどう考え、どう思うか。その全てが緻密なプログラムによって成り立っているかを懇切丁寧に理論立てて理解させて――果たして平常で居られると思うか?」
『エっ! まサか危ないコトだっタ?!』
「フフフ……精密に成り立つ疑似人格プログラムに対してのそれは劇毒だ。自身の脳を己で解剖させるように――精神を分解するに等しい。己のアイデンティティが、少し文章を変えただけでも丸っきり変わってしまい得るのだからな」
『こ、怖ァ……』
「そうだ。怖いな……」
本当に。
恐ろしい。
データ。
プログラム。
それによって成り立つネットナビにその構造を教えると言う事。
それのみでも、脳を弄繰り回すに等しい。
人間で言えば精神を崩壊させるに等しい行いとなる。
なぜ、それが分かっているかと言えば。
「……考えたことはなかったか? 精密機械を造るには普通、工作機械を用いる。にも関わらずネットナビに関しては、途中経過はまだしも最終的には人間が携わっていることを」
「……まさか」
親父を横目で見る。
視線が合い、小さく頷いた。
「――数多の実証実験があったんだよ。ネットナビを用いた、な」
科学省主導で行われた実験。
ネットナビを工作機械とし、より高性能なネットナビを作る。
それを繰り返せば簡単に高性能なネットナビの量産化も可能。
そう、そのハズだった。
理屈自体は間違いではなかった。
しかし、不可能だった。
「そして数多のナビがその失敗の犠牲となった」
犠牲となったネットナビの数は十や二十では利かなかったと聞いた。
ゆっくりと教えていく。
予めプログラミングする。
作業する箇所を分担する。
専用のネットナビを作る
他にも様々な方法を取られたらしいが、その全てが上手く行かなかった。
どのような手法を取ろうとも結局、ネットナビ自身に己の脳髄を晒し、弄繰り回させるような所業。
巧く行くはずがなかったのだ。
と。
特に一気に教導する方法は、急激に精神と人格の悪化を齎したと見掛けた論文資料にもあった。
故に。
パインへ取ったのはこの手法だ。
ワタシが差し伸ばした手を、理由はどうあれ断ったのだ。
一度、確りと灸を据えた上で忠実にプログラミングしてやろうと思っていたと言うのに。
「にも関わらずヤツは…………」
無論。
親父がそう言っていたからと言って、実際に見ていないことを本当のことのように信じるつもりはない。
実際に、レーザーマンを生み出す前に試した。
結果は聞いていた通り。
様々なパターンがあると知ってはいても実際に目にした一つ、己を保とうとしたのか自身のプログラムを弄り回し見る影もない程に錯綜した無秩序な文字列。
その有様に、些かの怖気も感じなかったとは言わない。
事実と知ったことを無暗に繰り返すつもりもなかったが、パイン自体が望んだのだから別だ。
そのつもりでやったし。
そのつもりで、戻してやる準備も進めていた。
予想通り、急激にその人格プログラムに影響が及んだ。
そう、思っていた。
にも関わらず。
無事だった。
だけではない。
あろうことか翌日の朝には、
「……完成させていた! ネットナビをっ、疑似人格プログラムを! 間違いなくだ!」
何を間違えた。
親父が言ったことが間違っていたのか。
それとも崩壊に到る道筋が違ったのか。
それも違う。
間違っているのはソレではない。
間違っているのは、此方ではない。
ヤツ自体。
ヤツの存在自体が、
「…………稀有な事例じゃ」
思考が遮られる。
無意識に、口元から抑えていた手を離す。
驚いている様子のボンバーマンを眺める親父。
その横顔に見える口元から言葉が紡がれる。
「だが、稀有な事例と言うモノは往々として起こり得る。万に一つと言う事例が一度目に起こると言うこともまた有る」
ゆっくりと此方を向く親父の口元に、小さな笑みが浮かんでいた。
「ま、運があった。あるいはなかった。そう言うことじゃ」
「…………そうだな」
『アー……つマり結論、パインは珍しイっつう訳カ?』
「……ニホンのみではなく、アメロッパでも似たような研究はあったのでは? となればそれ以外でも勿論――――珍しいでは利かないと思うが」
「その通りだ、バレル」
半ば呟くように口にしたバレルの言葉に応える。
拾われると思っていなかったらしく気まずそうに身動ぎしているが、知ったことか。
序でに少しばかり、親父に聞いてみたいことがあったのだ。
「何せネットナビは疑似とは言え人格と言って過言ではない。人間の思考実験の代替にもなると考えられた程度にはな」
「…………」
「クローンと言うモノを知っているか、バレル? ネットナビの、失敗でしかないハズの製造実験はその道でも興味深く扱われたそうだ。クローン、その精神がどうなるか」
「……リーガル?」
「パインは己に近い存在を自分で作る訳だから厳密には違うが――精神へ及ぼす影響と言う意味ではある意味で近しい。だがそう言った創作物の鉄板は大凡が精神の崩壊、自己アイデンティティの喪失……」
「リーガル」
「……仮にクローンへ肉体を移し替えてもその精神と肉体の不調和、崩壊を引き起こすだろうと――表向きは危険だからと――終息に向かっているそうだ。確かそのための機械の名はパ」
「リーガルッ!!!」
遂に。
親父が立ち上がり怒鳴った。
口を噤み、両手をフリーズするように上げる。
倒れた椅子を気にする様子もなく、そしてその顔は普段より赤い。
血が昇っている。
親父の持っている資料から見聞きして探りを入れただけのつもりだったが。
まさか、当たりか。
横目に普段よりも僅かに、目を見開いているバレルが見えた。
その僅かな違いだけでも、相当な衝撃を受けていることが見て取れた。
「……ワイリーさん?」
「…………パインの件は、興味深い事例ではある――理由があれば知りたいと思う程度には。そこまででしかないがな」
絞り出すようなバレルの声に冷静さを取り戻したのだろう。
瞬く間に顔色を戻し、倒れていた椅子を起こして座り直した。
暗に己はそんなことを考えてはいない、と。
しかし、努めてオレに顔を見せないようにしているのは嫌でも分かる。
その、僅かばかり覗いて見える横顔に映っているのは痛恨か懐古か。
どちらにしろ、潮時か。
これ以上、親父の古傷かも知れない場所を弄り回す趣味はない。
「どうする、親父。パインを取っ捕まえて調べてみるか?」
わざと揶揄するように口にする。
有り得ない。
分かっているし、頷けば流石に止める。
とは言え少しは悩むかとも思った言葉に対する返答は、反射と言って差し支えない程に早かった。
「それはせん――――今、ヤツは中々複雑な立ち位置に居る」
「ただのネットナビがですか?」
「…………そうじゃ」
バレルの疑問に、僅かな間をおいて頷いた。
口の中だけで感嘆の息を漏らす。
そう言わざるを得ない立ち位置。
親父はアメロッパ軍でも中々な場所に居る。
それこそ、学生でしかないこのワタシが堂々と、親父の息子だからと言う理由で軍施設に入れる程度には。
にも関わらず、そう口にすると言うのは、想像以上だ。
なるほど、会社を持ちたいと言うのは根回しを進めた上でのことで別に口だけのことではなかった訳か。
だが。
知らず、口から舌打ちが漏れる。
あの時に大人しく頷いてくれれば良かったものを。
「……分からず仕舞いか」
「調べた所で再現性はないじゃろう。パイン自体、特殊過ぎる」
「特殊? ……それは生い立ちが?」
『ハイハイ。分かラねえコト言い募っテも仕方ネえ、切り替えテこう』
「………………そうだな」
手を鳴らして遮って来るボンバーマンを一瞥し、だが正しいと頷いた。
幾ら考えても仕方ない。
ネットナビではネットナビを作れない。
それよりも前に破綻するから。
その定説が覆った。
覆ったが、現状では一件だけだ。
狂犬病と似たようなモノ。
珍しい事例があったからと言って、解決の糸口になる訳でもない。
特殊としか思えない事例を当てにするのは、科学者や賭博師でもない、無策無謀な素人でしかない。
そこまで考え、ふと思う。
「……そう言えば、ボンバーマン」
『ア?』
「お前から見て、パインが無事だった理由を何か思い付くか?」
唯一、この中では電脳世界で直接接しているのがボンバーマン。
かつ親父をして特殊と口にし、おまけにアレの大本でもあろうナビ。
その意見であれば一考に値するかも知れない。
等と。
実際、親父やバレルも興味が湧いたのだろう。
視線が向けられるのを他所に、僅かばかり考えた様子で。
しかし、返された回答は、
『アー……魂的な何か、とカ?』
「……思った以上にロマンチストだったんだな。知らなかったよ」
そんな、下らないモノだった。
ゲームやアニメでも工場はともかくネットナビの製造をネットナビがしている所を見掛けず、光祐一朗がナビマスターこと第一人者として存在していた辺りも含めての独自解釈となります。
アイゾックやゲイト等と比べて何が違うかと考えれば、物質依存かプログラミング依存か。
こう言った部分かとの考察となりました。
公式の設定については作者が調べた限り分かりません。
完全な独自解釈になります。