悲報。
ワタシはどうも、ワイリー様からしても特殊らしい。
確かに特殊と思わなくはないが。
しかし酷い。
もう少し手心と言うか何と言うか。
いや、まあ良いですけども。
ワタシ自身、一番アレな感じなことは分かってますし。
内心では渋面を作りつつも、スルーしておく。
して置いた。
と言うのが正しいか。
既に、リーガルからネットナビの製造方法を学んで幾らか日が経っている。
あの話が一区切りを付いた後、誰からともなく解散となったのだ。
まあワタシはそのまま、ワイリー様に一晩ほど入念なバグチェックをされたが。
それだけだった。
いや実際の所、幾らか苦言は頂いた。
事前の調査は確りとしろ。
だとか、そんな感じ。
まあ幸か不幸か。
ワタシに結局バグはなし。
お互いの確認、認識の齟齬には注意しよう。
と言うようなことで終わった訳だ。
溜め息交じりに。
閑話休題。
それ以降も、ワタシはリーガルの元へとパインの姿で、訪れていた。
別に出入りを禁止された訳でもないから何度か顔を見せているし、歓迎こそされないモノの追い出されもしない。
ただ、居座り料の代わりにレーザーマンとバトルする。
そう言った日々が過ぎていた。
いやはや、レーザーマン。
その練度はやはり上がり続けている。
随分前に、ボンバーマンとしてだが、バトルした時とはまるで動きが違った。
パインとして《プルルンボム》を主軸に戦っているのもあるからだろう。
だが、その多くを撃ち貫いていく様は壮観と称すべきだろう。
とはいえ《プルルンボム》。
読み辛い軌道に残存する泡の爆風でダメージを与えられているし、逆に此方は速かろうとも直線的な軌道で来ると分かっているから避けられる。
負ける。
そう言った意識が欠片でも芽生えることは、未だにない。
「………………」
『そろそろ着きます』
「はいにゃ~」
掛けられた言葉に、半ば耽っていた意識を現実もとい電脳へと戻す。
今は、いや今も、パインの姿。
予め用意していた鏡データで軽く身嗜みを見、整える。
今日の所は、黒いスーツ姿。
ネクタイまで確りと揃えた、正装風の姿だ。
わざわざ見栄えのためだけに一時間も費やした努力作。
少なくとも、反応は悪い訳ではない。
「しかし……今度は上手く行くでしょうかにゃ?」
『私としては全力を尽くさせて頂いておりますが』
「……まあ、こればっかりは人間の皆さんのお気持ち次第。ダメならダメで仕方ないにゃ」
『貴方がそう言って下さるのは心強いですな』
車内。
揺すられながらそんな話をした。
まず初めに結論を言うと。
ワタシは無事に権利を獲得することが出来た。
詳しい経緯については割愛。
と言うか正直、分からない。
弁護士の人とゼフラム社に全部丸っと投げっぱなしにしている。
少なくとも。
正規の手続きに則って権利を得ることは出来た。
と。
そういう話らしいのでとりあえず良し。
恐らくはゼフラム社、政府の双方良しとなる何某かの裏があるのだろうけれど。
それはワタシの知ったこっちゃあない。
変に知る必要がない、と言うのが正しいか。
内情を知って損することはあれど、得も然程ないと見えるのならば触らぬ神に祟りなし。
さておき。
「お初にお目に掛かります」
『え、えぇ……本当にネットナビとは……失礼しました。わたくし――』
ゼフラム社より購入した大型PET。
その中で頭を下げる。
横幅が三十センチを超える、大きめのノートパソコンサイズ。
大きな画面に映るワタシの顔に驚いている社長さんに微笑みかけながら、目の部分を動かさず、室内を見渡した。
社長室。
そう称されるだけの部屋ではあるが、仕事部屋と割り切っているようにも見える。
ある種、機能的。
飾り気はあるが最低限。
来客に対して貧相には、会社が困っているようには、見えないように整えられてはいる。
確りと伺えばそう言う感想が得られる部屋だった。
『さて……今回の話は事前に、そちらの弁護士の方より話は伺っておりますが――』
「間違いないか、と言うことでしょうか?」
『ええ、まあ。はい……不躾になってしまうかも知れませんが、確かに権利をお持ちだと言うのは確認させて頂きました』
言いつつ一瞬。
ワタシから視線を脇に逸らした。
弁護士さんが見せた紙。
概略を伺って中身を軽く見せて貰っただけだ。
何やら政府の印とかがあるから、効力があるのは間違いないだろう。
それを記録はしている。
まあ、ざっと眺めた限りはワタシの権利が他の個人に依存している雰囲気ではなかった。
恐らく内容は、ネットナビを用いた社会実験の先駆けとかその辺りに納まっているのではないかと。
ワイリー様に投げて『まあ良いんじゃないか?』とのお墨付きを頂いているので確り読んでないけど。
『それで。貴方の口からお聞きしたいですな』
「――分かりました。ハッキリ言いますと、貴方の会社を買収させて頂きたいのです」
『…………なるほど。はい、ハッキリと聞きました』
「それで、いかがでしょうか?」
間を置かず。
するりとその後を追う。
気にする風でもなく、部屋の中へと視線を彷徨わせながら口を開いた。
『私には幾らか息子は居ります』
「存じております。科学者――研究員を目指しているとか」
『調べておられたか。まあ、はい』
頷き、ワタシを見た。
いや違う。
ワタシではない。
ワタシの入っている、機械か。
『……息子達が言うには、これからの未来を行くのはネットワークだと。そう口にして皆が皆、そちらの方へと志してしまいました。娘はそうでありませんでしたが、継ぐ気はないようです』
「なるほど」
『本屋であるのが災いしましたかな? ――そう言う意味では確かに、貴方に我が社を売り払っても良いとは考えている。齧らせれる脛が厚くもなりますからな』
「災いと言うのはどうかと……あと、あまり齧らせてもとは思いますが……?」
ワタシとしては、本屋であるのはプラス要素でしかない。
ネットナビだと手に入り辛い書籍と言う情報源。
容易く取り寄せ、手間を掛けてはしまうが、スキャンするなりして貰えば電脳世界であっても手に入れられる。
まだまだ電子書籍なんて媒体が存在していないらしい状況下。
あるのは精々、著作権が既に切れているような書籍程度。
正直に言うなら、他の要員も含めてだが、本屋と言う存在は是が非でも手中に収めたくあるのだ。
さておき齧らせるとは。
そもそも、齧らせる必要があるとも思わない。
調べた限りは全員が全員、成績は悪くない方だ。
真っ当な社会人になるだけなら、そう困ることもないだろうに。
訝しむワタシを何処か愉快気に見詰めて来る社長さんに、何とも言えない居心地の悪さを覚える。
察せられたのだろう。
小さく笑い声を漏らし、しかし然程と経たずその喉の奥へと呑み込まれた。
『ですが、まあ。そう、易々とは決められませんとも――これでも、私はこの会社を興した男です』
「……であれば、何を?」
『未来を』
ワタシを、視る。
視線が遂にワタシを射抜く。
小さかろうが本屋を、会社を興した男。
その瞳が、ワタシを通してその未来を射抜こうと見やる。
笑う。
『私の会社を手に入れ、貴方はどのような未来を興すのか』
さもすれば。
横に広がった口でその未来を餌食にしてやろうとでも言うかのように。
『それを語って頂きたい』
「構いませんよ」
笑みが少し曳いた。
あっさりとしたワタシの返事に、僅かに疑いの色が瞳に宿ったのを感じる。
しかし別段、わざわざひた隠すようなことではない。
語れないような願いではない。
「ワタシの思う未来は一つです」
ワタシの思う未来は一つ。
ワイリー様。
彼が報われる世界であれば。
その一心でしかない。
「人間の方が指先一つで細やかな幸福を享受できる。そう言う世界を創りたいのです」
PET一つで何でも出来る。
そう、記録にある未来のように。
有り得ざる、異なった未来のように。
だが指先が触るのは。
核戦争へのボタンか。
電脳崩壊への道筋か。
機械の反乱への階か。
宙より来たる破滅か。
悪逆非道の幕開けか。
衝動のままの獣性か。
触れられるのは、どれでもいい。
どれでも構わない。
ただ、それでも。
細やかな願い。
『どのように?』
「まずは足場。現実世界に確かな足場を用意する必要があります」
『此処か』
「次に手。現実世界に確かな影響力を広げていく必要があります」
『なるほど』
「最後には金を。現実世界でも金だけは掛け替えもなく平等です」
『そこは、命とでも言うべきなんじゃあないのかい?』
命が平等。
有り得ない。
ワタシにとっては少なくとも、ワイリー様のソレが最も重い。
誰にとってもきっと、そうだろう。
見知った存在と知らない存在とでは、掛かる重さが違う。
それでもワタシは、
「貴方の命と従業員の命でも? 貴方が死ねば、後のないこの会社ですと従業員達は次の仕事を求めに行かねばならないのに?」
ワイリー様が触るのは。
誰かの幸福への糸口であって欲しいとは思っている。
『………………良いだろう。売っても良い』
沈黙は僅か。
至極あっさりと決めた彼に、むしろワタシが否定を入れる。
「いえ、まだ」
『即断即決は大事だぞ?』
「まだ、貴方だけの会社と言う訳ではないでしょう?」
『……?』
「息子さん方や娘さんにも、お話はすべきです。それで問題なければと言うことで」
流石に。
いきなり親が会社を売ったとか言い出したら困るだろう。
そんな意図。
その言葉に、困惑を取り払い小さく笑った。
『いやはや……後顧を断っておきたい訳か。よろしい、確りと済ませて連絡をしましょう』
「……ダメだったらダメで構いませんので」
『安心しなされ、此処は、私の会社だ。今晩にも話して……遅くとも明後日には…………』
どちらに。
視線で訴えかけて来るそれに、
「弁護士さんにご連絡頂けますと」
『ええ。分かりました』
「ありがとうございます」
確りと頭を下げる。
結局、無駄になるかも知れない。
しかし無意味には終わらないだろう。
人との縁と言うモノは、案外。
『……握手出来ないのが些か残念でなりませんよ』
「何れ出来る日も来るでしょう」
僅かながら残念そうにも思えるその言葉に対しては、確信を持ってそう返すことが出来る。
ワイリー様の造られる、コピーロイド。
どれだけ未来か。
二十年ほどは先ではあろうか。
だが間違いなく、ワタシは現実世界にその身を在れる。
それまで生き残っていれば、だけれども。
お互いに。
しかし、確信。
何れそう言った未来が来ると考えている。
自信に満ちていた言葉を感じたのか、小さな微笑みを浮かべた。
『それはそれは――楽しみだ』
今までにない。
喰ってしまおうか。
隙を見せればそうするとでも言わんばかりの意志が見え隠れしていた笑みではなく。
ただ、心底から楽しみにするような微笑み。
まあ、
そうは言っても、記録にある万博が無事に開催されればではある。
手が空いて来れば其方の方にも伸ばしていくのを考慮すべきか。
いや、まだまだずっと先の事。
「では」
大人しく持ち上げられて。
そう、言う。
『では、また』
返されたのは、再会の約束だった。
「と言う訳にゃので皆さん、システム構築含めあと少しですから、頑張るにゃー!」
【【【【【 えい、えい、おー! 】】】】】