閑談
悪い夢のようだ。
緊急の会議。
臨んでいるその面々。
その思考は殆んどは、それに統一されていると言って良かった。
試作型ネットナビ『World Wide』。
略称『WW』あるいは『W2』。
緑色を基調としたナビ。
その性能は非常に優れている。
「もう一度、結論から聞こう。我が社のネットナビでは、『W2』に対抗出来ないのだね?」
「間違いありません。全てにおいて劣っております」
ネットナビ研究室。
まだ出来て浅いとは言え、ネットナビの研究を進める部門。
ニホンの有する、二人のヒカリ、その片割れ。
ユウイチロウが齎した『疑似人格プログラム』。
ネットナビ。
その研究において我が社の最前線。
否。
アメロッパの最前線に在ると言っても過言ではない。
そう信じていた。
そう自負していた。
そう、確信していた。
その、室長の口から一切の淀みなく、肯定の言葉が返された。
分かっていた。
誰ともなく、吐かれた息が会議室に響く。
数は一つや二つではない。
幾つも。
「……うん、薄々分かってはいたけどもね」
呻くように、取締役の一人が自分の顔を撫でるようにしながら零す。
パイン。
ネットナビであり、その造形からして非常に手間暇を加えられ人間と遜色ないと誰かが口にしたほどに優れた彼女。
それでも彼女はネットナビだ。
ネットナビであるハズだった。
にも拘らず、現在の技術では不可能とされているネットナビの製造をネットナビが行った。
少なくとも、オペレーターが居ないからそう言うことになっている。
法的人格の所得を後押しする関係で随分と調べ上げ、少なくともDr.ワイリーの所有するネットナビではないと言うことは突き止めてあった。
「断られた」のだと。
軍内部の会話まで調べ上げた結果なので殆んど間違いはない。
他にもご子息に技術指導を任せたと言う話まで手に入れてはいた。
法的人格が確定するまでの間に、と言うことだった。
そのご子息にしてもネットナビを所有しておらず、技術に関しても電子工学よりも機械工学を得意としているとか。
血の繋がりを感じさせる情報ばかりであった。
全く知識がない訳ではなかろう。
それでも。
Dr.ワイリーに大量のネットナビを作る時間はない。
子息のリーガルもまた、学園でそのような様子はない。
そして『W2』を始めとした、多くのネットナビ達。
「まさか」を想像させてくる。
「カタログスペックに嘘偽りなし。その結論で間違いも?」
「ありません」
しかし今、重要な事はソレではない。
数段階は上の性能。
我が社、最高峰最高級のネットナビのスペックと比べて。
いやはや、笑えてくる話だろう。
技術と言うモノは突如飛躍的に向上するモノではない。
積み重ねがあってこそ、進歩があり進捗がある。
日夜の研究は僅か、コンマ数パーセント以下の能力向上のためにも反吐を吐くような繰り返しを重ねた先にしか存在し得ない。
そのハズだったのだ。
「『W2』の被弾はバスターのみ。対する我が社のナビは」
「《キャノン》《ソード》《ショックウェーブ》」
「はい。それのみです」
しかし。
バスター等のサブウェポンを使うまでもなく。
ただ、チップのみで破られた。
不平がないようにと、パインが二体のネットナビの前でそれらを使って見せた後で。
スペックの表から室長の顔へと目を向ける。
朗々と説明を垂れ流す口とは裏腹に、顔は窶れ目の周りと頬は落ち窪んでいる。
死人。
しかし不気味な輝きを放っていた瞳だけが、それを否定するかのようであった。
「以上のことからして、『W2』の性能には嘘偽りはないと考えられます。唯一の懸念点はブラックボックス化された中身ですが……」
「それだね一番の問題は」
「とは言いましても、ここまで正直に書いておいてそこだけ嘘を書き連ねる意味がありません。ましてや此方は、彼女の権利を握っていると言っても過言ではないのですから」
「――ま、そうだよね」
現状は。
パインの権利はゼフラム社の後援あってこそ成り立っている。
少なくとも、そう言うことにはなっている。
何れ政府の方が完全に保障を担うようになるかも知れないが、現段階では間違いない。
ならば不興を買うような真似はしないだろう。
したくはないだろう。
そうでなければ、オンラインストアの殆ど無料の広告等もしまい。
だからこそ、『W2』を持ち込んで来たのだろうとも思えるが。
性能こそが全ての問題だ。
「だったら量産もし易い? この性能のネットナビが?」
「すぐこのまま出しても恐らく扱い切れる客は居ません。ダウングレードさせ、幾つかの段階に分けて供給するのがよろしいかと」
営業部長の言。
売り出すためにこそ我が社のネットナビの性能全てを事細かに把握している彼の言葉に幾人かが同調するように頷いた。
『内部構造は出来るだけ簡素に済ませましたので、量産は難しくありませんにゃ』とはパインの言葉。
この性能のネットナビが。
仮に、本当に、そうだとすれば。
ネットナビの供給元は確定する。
我が社、ゼフラム社に決定する。
廉価版をどの程度で出せるかと言う問題はあるだろうが、そこは性能の簡素化次第。
通常仕様のネットナビはゼフラム社一強となるだろう。
高級路線であっても。
「多少の分散はあれど、殆どのユーザーは性能面だけで見ても我が社のナビを選ぶだろう」。
と。
そう、締め括られた。
後に残ったのは上層部のみ。
金のため。
会社のため。
責任を果たせる。
不名誉を飲み込める。
そう言う者達だけになった中。
誰かが、手の指先を合わせながら吐いた。
「…………では、やはり」
「うん。問題は一つだね」
唯一。
そして最大の問題。
「……幾ら、出せるか」
それに尽きた。
パインの出した条件はそう多くない。
期限は一週間。
その間にナビのデリート以外なら大体の調査はして良い。
そして最後。
性能を見て、幾ら出すかを決めて欲しい。
この三つ。
言い値。
それで売る。
一聞すれば破格の条件ではある。
幾らででも売ると言うのだ。
買い叩いても問題あるまい。
そう錯覚する馬鹿は居ない。
パインがゼフラム社にこのネットナビを持ってきたのは何故か。
義理があるからだ。
ゼフラム社に対して。
後ろ盾になったと言う義理が。
しかしそれを笠に着て、買い叩けばどうなるか。
義理でしかない。
恩でしかないのだ。
パインからすれば。
パインの現状、人脈は計り知れない。
有名どころで言えば、かのDr.ワイリーと知己を得ている。
商売相手に我がゼフラム社はあるが。
それ以外でもスクエアの一角で様々な企業相手――財閥のガウスコンツェルン等々――にチップデータを売り買いをしていたのは有名な話。
しかしそれだけだったと言う証拠はない。
本当に、ゼフラム社にしか売り込んでいないと言う保障は何処にもない。
そうでなくとも伝手はあるのだから。
最近進めている、ネットを介したオンラインストアは順調の様子。
実際、試しに使ってみればカタログ販売と違うが便利だとも思った。
電脳世界のみならず、現実世界に対しても大きな影響力を持ち始めている一個体。
影響力。
技術力。
既にそれを有している一個体、否、一社を相手に買い叩くのは無謀だ。
怨みを買い、別の企業にもっと良い性能のネットナビを売り払われるようなことになれば。
破滅。
それが見える。
故にこそ、丁重に扱わなければならない。
そうしなければ、ゼフラム社が傾く。
ゼフラム社が傾けば、社員のみならずその許に居る家族もまた傾く。
会社だけの問題ではない。
その倍以上の人々に対しても影響を与えるのだ。
あるいは、関係する会社にまで。
我が社の決断が。
堰を切ったように方々から言葉が溢れ出る。
「昨年の純利益は幾らだった?」
「一昨日、皆で再確認したでしょ」
「株主の前には…………やはり社長に立って頂く必要がありますな」
「でしょうね。こればかりは仕方ない」
「幹部報酬も暫く貰えませんか? やれやれ」
「出来るなら十年は分割したい所だね」
「そこまで気前が良ければ助かりますなぁ」
「そもそもの目的が読めないのが……」
「まとまった金が欲しいんじゃあないの? ほら、事業を立ち上げたばかりな訳だし……」
「それなら額の掲示はしそうな物だが?」
「話して聞いてみるに尽きるね。ネットナビの思考なんて分かる筈もないんですからそうするのが一番ですよ」
「それは……そうだが」
「それよりも我が社から分割払いを願い出るのです。相応、メリットも見せた方が良いでしょう」
「彼女の『Doll Production』の本社、まだ本屋の中と聞いています」
「我が社のオフィスを提供出来ますよね?」
「ああ……ウチなら確かに幾つかあったか? 取締役の使っていた部屋だが」
「昨日も言いましたが顧問の席を用意しましょうよ」
「それには同意します。技術顧問――ならば無下にも出来ますまい」
「国から例の面倒事もある。悪くはない」
「いや、しかし…………このレベルのナビを国に卸した所で数が知れますよね?」
「信頼は金じゃあ買えないよ」
「そこは……まあ、パインくんをスカウトした上で考えれば良いんじゃあないか?」
「通れば実際、心強いですし」
「長話はもう結構」
間断なく流れていた中、一拍。
手の打ち合う音が響き、好き勝手に口を開いていた面々が背凭れへと体重を移した。
視線が社長へと集まる。
事、此処に到っては社長が責任を担うしかない。
その上で負い切れなかった物を背負うにしても。
「――――結論は昨日と変わらず。買取の金額、分割払いとする際に掲示する項目も同様。全て昨日に決めた通り。これで構わないな?」
「…………」
「なら予定通り進める。各自、準備を進めるように――お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした」」」
乱れなく。
同じ言葉を全員が口にする。
三々五々に立ち上がり、忙しなく立ち去っていく面々。
去っていく彼等彼女等の背中から、視線を移す。
瞼を降ろした社長だけが、最後まで、残っていた。