しかし、いよいよこうなって来ると。
ウラインターネットを歩みながら首を捻る。
悠長にマップを作る、とも行かない。
結局の所。
ワタシに出来ることは『Σ計画』に乗ること。
最低条件として、『OS計画』最初の立案者達の情報を手に入れる。
載せられるのはその程度。
そこまでしか、出来る範疇にはなかった。
ワイリー様にはそれらのことを報告した所、僅かではあるが警戒の色を見せられた。
さもありなん。
『OS計画』の方は高性能なネットナビの量産計画とは分かっていたから、ワタシにとって余程の性能でもない限りは大きな影響を与えるものではなかったろう。
しかし、『Σ計画』は違う。
アメロッパがその粋を結集し、最高峰のネットナビを製造する。
あるいは、ワイリー様の技術に手が届くやも知れない。
如何に平凡な技術者であろうとも。
マンパワー。
集ったそれらは決して侮るべきモノでないことは知っている。
しかし、知っているが故にこそ。
その懐。
計画に関われると言うコトは、此方にもその情報を手に入れる機会が得られると言うコト。
決してマイナス面の事柄だけではない。
更に、このワタシが進化を遂げられる可能性が出て来る訳だ。
「んー…………この感覚は……」
で、あるが。
あるからこそ、か。
ウラインターネットでチップを手に入れる、金を稼ぐ。
それだけとも言えなくなってきている。
ウラインターネットの散策。
その当初の目的の一つは、ワタシ自身の強化こそ目的であった。
更に言えば『WWW』が結成されてしまう場合に備えた、事前の拠点。
ある種、ウラへの橋頭保を拵える場所の選定。
先を見据えた事柄でもあったが。
あわよくばフォルテを。
とも考えていないではないが。
あっさりと見付かるほどフォルテも馬鹿ではなかろうし、簡単にデリート出来るとも考えてはいない。
事項としての優先度は低い。
ワタシ自身の強化。
それに関しては『Σ計画』の情報を利用し、還元することで望める部分もあろう。
なれば、他。
ネットナビ以外に利用出来る何かがあるか。
そう考えれば、恐らく誰もが辿り着く。
ウイルスを利用する、と言った考え。
まあ結論から言ってしまうと、無害あるいは話の出来るウイルスを見付け、懐柔。
バグの欠片と併せて研究を進めるのが、計画の一つとしてあったのだ。
元々から。
もっともこれは、全く見付かる気配がないお陰で一向に進んでいないのだが。
「しょ~~~~~がないけど、行ってみますかにゃあ…………」
実の所。
見付けられる可能性の一つに目途は付いていた。
ワタシ自身では見付けられていない。
であれば、だ。
他の誰かであれば、どうか。
それも、ワタシ以上にウラインターネットに入り浸っている何かであれば。
知っている可能性は、大いにある。
大いにあるが正直、警戒していた。
言葉は通じる。
通じるが、それだけだ。
言葉が通じることは即ち、交渉出来ると言う訳ではない。
特に、ウラインターネット。
その奥底に存在する存在。
未だ、気配を感じるだけでも怖気を感じさせる、ソレ。
出来るなら、近寄りたくない。
言い表すのならば、そう。
森に漂う白い濃霧へと脚を踏み出すような感覚。
一度、自ら踏み入ってしまえば二度とは戻って来られない何処かに行こうとしてしまうような感覚。
決して心地良いとは言い難い感覚な以上、出来得るならば避けたかった。
実際、避けて来た。
感じ次第、別方面を調査するようにしてきたが。
「…………っ」
向かう。
最中。
急速にソレが近付いてくる。
そう、肌で感じる。
何故。
とは思うまい。
今まで避けてきたワタシが自ら近付いて来ている。
そう、向こうも感じたのだろう。
察し、脚を止める。
まだ離れられはする。
するが、しかし。
逡巡。
僅かな迷いに止めてしまった時には、既に手遅れ。
「――――――何時も避けている貴方から、私を訪ねに来て下さるとは。珍しいですね」
「ちょっと聞きたいことがありましたので」
「聞きたいことですか――ええ、構いません。ところで、その姿では何とお呼びすれば?」
「……パイン。そう呼んで頂けると助かりますにゃ……セレナード」
底知れぬ闇が、其処に居た。
相変わらずの圧迫感。
崖を思わす存在感。
当然のように、ワタシのことを看破しているのには呆れすらしない。
出来ない。
何れ到る、王故に。
微かな緊張。
中空に在って僅かに首を傾げる姿。
臨戦態勢に入りそうなのを堪えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「それで、聞きたいことと言うのは」
「固過ぎませんか?」
途中。
唐突に遮られた。
「……と、仰いますと?」
「普段の貴方は、いわゆるフランク、とでも言うべき口調のハズです。何故、私の前ではそう固くなるのです?」
「んー…………その。存在感、ですかねぇ?」
「存在感? ふむ……?」
ゆっくりとした瞬き。
両の目がワタシを捉えている。
更に首を傾げる動作に併せ、白い房のような部分が揺れる。
どういう事なのか。
そう問い掛けて来るような仕草だが、ワタシにはそれ以上の答えは持ち合わせてはいない。
強いて言えば、闇。
夜。
暗黒。
踏み入ることを躊躇う何かを、セレナードから感じる。
それだけなのだから。
口を噤んだままのワタシから、何かの答えは得られない。
そう判断を下したらしい。
首を傾げたまま腕を組むと、その瞼を閉じた。
沈黙はどれほどあったか。
不意に、だった。
唐突に。
その感じていた圧力が消え失せる。
急なそれに思わず蹈鞴を踏み、見上げたワタシの姿に一つ、得心入ったかのように頷いていた。
「…………」
「そう言うことでしたか」
「……と、言いますと?」
「私の力、闇の力を感じ取れていたようですね。申し訳ありません」
「……いえいえ~。ご配慮して頂いて、ありがとうございますにゃ」
わざわざ下げて来た頭を、此方も下げ返す。
ウラの王の姿か、コレが。
そう内心で訝しむも、抑える。
まだ、王ではない。
そういうことなのだろう。
「――気にしたこともありませんでしたが、フォルテだけは見付からないのも、もしやこの所為?」
「……ずっと探していてそうなら、可能性はあると思うにゃ」
「――――――失態ではありましたが、勉強にもなりました。であれば、これからは抑えることとしましょう」
少し肩を落として見える姿を慰めるようなことを言いつつ。
しかし、気になることが一つ。
「フォルテだけなんですかにゃ? 見付からなかったのは」
「ええ、はい。通常の、貴方のようなネットナビであれば見掛ける機会はあったのですがフォルテは全く……」
「ふぅむ……表に戻っている可能性もあるんじゃにゃいですか?」
「表?」
「あ、すみません。ワタシがこのよく分からないエリアとかのこと、勝手にウラって呼んでるだけにゃので…………」
「そうですか」
特に気にしている風でもなく。
ただ頷いているセレナードの姿に一安心。
普段から自分の居る場所を勝手に「裏側」とか言われていたとして、良い気は普通しないだろう。
その辺り、呑気なのか単純にどうとも思っていないのか。
あっさりとした様子なのは幸いだった。
しかし。
普通のネットナビは見掛けるのか。
セレナードが捉えられる範囲に。
とすると案外、ワタシの感じていたような錯覚を受けるのは少数なのか。
闇の力。
セレナードが自ら、そう称した力。
五大暗黒チップとか、ダークチップとか、闇のチップとかそれを使うのに必要な《ダークホール》だとか。
あるいはもしかすれば、セレナード自身が闇の存在、ダークロイドに近しいモノなのか。
現実世界であれば、唾を飲んでいただろう。
恐らくは、そう言った領分の話。
何れは手を伸ばしたい、未知の領域ではある。
あるが、今はその時ではない。
「それで」
「はい?」
「お願い、聞いて頂けますかにゃあ?」
「伺うだけ伺いましょう」
あっさりと頷いてくれるセレナードに対して。
当初の本題に移る。
「――――無害なウイルスですか?」
ジッと。
時折チョッカイを掛けて来たウイルスは交代でデリートしながら。
ワタシの説明を聞き終えた所で、そう口にした。
「そうにゃんです。あるいは、交渉出来るだけの知能のあるウイルスが存在しているとの噂がにゃんですけど、ご存知にゃいですか?」
「はい。存じています」
「存じてましたかー……」
あっさりとし過ぎた回答に思わず顔が引き攣りそうになる。
これでもかなり、ウラインターネットを歩き回っていたと思ったのだが。
やはり、レベルが違うと言うべきか。
ある種の趣味で散策している程度のワタシと、ウラに定住しているらしいセレナードとでは、有している情報に圧倒的な差がある。
半ば、感心。
半ば、驚嘆。
そんな思いを抱いているワタシを尻目に、背を向けてきた。
「それでは」
「あ、出来ればその場所を教えて欲しいんにゃけど」
「ええ」
「……え?」
「? ――ですので、向かわないのですか?」
「えぇ……」
いやはや、何と言うべきか。
案内までしてくれるのか。
あっさりとし過ぎている。
「そこは、こう……交換条件とか……」
「条件……? この程度、そう価値のあるモノとも思いませんが」
「ワタシとしては、探していた存在の場所を教えて頂けるだけとってもありがたいですよ? でも、そんな調子にゃとこの先、毟り取られるばっかりにゃ」
等と言いつつ。
流石に、セレナードから一方的に毟り取るだけの覚悟を持てる存在が居るとは思えないが。
ワタシの言葉に何事か考えるようにしながら見詰めてくる。
その瞳を、見詰め返す。
時間にして、数秒程度。
僅かにその目尻が下がった。
「…………よくありませんか?」
「いやぁ……どうにゃんでしょう? ワタシとしては、貰うばっかりだと心苦しい、と言うヤツにゃので」
「そうですか――では。今回は先の勉強を対価とします。今後また何かあれば、その時はその時と言うことで如何でしょう?」
「構わないなら良いと思いますにゃ」
素直に頷いておく。
正直に言えば「心苦しい」と言うよりも「後が怖い」と言う感覚。
普通に考えればそうではないか。
他ならともかく、セレナード。
現状ワタシよりも強いと感じる格上。
貸し借りがあるとしても、貸しておくのは此方から。
借りは作らず、最低限その時その時で返して置くようにしたい。
ましてや、ずっとワタシが探して見付からなかったウイルスの類。
後で何か吹っ掛けられる可能性よりも。
今、此処で条件を決定してしまう方が安心感がある。
なんて、そんな心を読まれたりは流石にしてないと思う。
「――では」
と。
差し出された手。
何を返すでもなく、半ば反射的にただ掴んだ。
そうして、微かな微笑みを浮かべたその姿に、惹かれるがまま歩き始める。
しかしそれはワタシの足で数歩程。
不意に。
引かれるがままだった手が上へと引っ張られる。
軽やかな。
あたかも風で空に舞い上がる落ち葉のように。
引かれるまま浮き上がった体はほんの数瞬の後、降りた。
何と言うコトもない。
ただ、上下に交差しているルート。
それを飛んで踏み越えただけの話。
しかしそれを、飛べはしないワタシを伴って出来るのだから、果たして底を見ることが出来やしない。
自然な流れで離れた手を一瞥。
しつつ、思い出したように歩き始めた後を追う。
今更のようにセレナードは歩くのではなく、宙を滑っている姿に半ば呆れながら口を開いた。
「…………ところでにゃんですけど」
「何でしょうか?」
「向かっている先は、どれぐらい掛かりますかにゃ?」
「そうですね……この調子ですと、人の時間で五千五百秒ほど」
「一時間半ぐらいにゃ?」
「……そのぐらいです」
何ともなし。
軽く手を振る動作と共に現れた幾つかの光玉が、ワタシ達に狙いを定めていたらしいウイルスを蹴散らす。
逃げようとしていた残りには《プルルンボム》を蹴り込んで処理しながら、小首を傾げる。
そう言えば。
と言う具合の話なのだが、
「その、目的地に居るウイルスですけど、何が居るのにゃ?」
「メットール達です」
「達?」
ガルーではない。
とすると。
アレか。
「メットールが複数居るってこと?」
「はい。とは言っても、一応お伝えはしますが常に同じ場所に住んでいる訳ではありません」
「定住してにゃい?」
「遊牧民。そう現実世界では言うそうですね」
「……勘違いでにゃければだけど、遊牧民はあくまでも家畜――食料を育てるために動き回ってるにゃ。食料を求めて動いてるなら狩猟民か採集民の方が正しいにゃ」
「では採集民です」
やはり。
答える姿に成程と頷く。
ワタシの記録によれば、メットールが村を形成していたのは四番目の作品だったか。
メットールの村。
デンサンシティの電脳世界には、メットールが村を形成していると言った都市伝説があった。
しかし、それは伝説ではなく事実。
確かにメットールが村と言えるかは分からないものの、ある程度は集まって暮らしている様子だった。
文化か習性か。
電脳世界そのものではなく、電子機器の電脳に入り込んで。
それも短期間で住む場所を変えるとか。
何故か。
集団で居るのは自衛目的として、動き回るのは何故なのか。
移動すると言うことは、目に付くリスクを冒すことになるにも拘らず。
そう考えて行き着くのは、食料目的。
ウイルスにとっての食料は、バグ。
そう考えているが、さて。
メットールは比較的、弱いウイルスに分類されるだろう。
であれば当然、ウイルス同士の生存競争においては弱者に分類されよう。
勿論、EXやSP等に分類されるモノは別だが、それはどのウイルスにも言えること。
通常の方法で食料を確保しようにも、弱者に分類されるメットールでは確保も難しかろう。
集団で動くと言うコトは同時に、必要な食糧もまた増えると言うこと。
翻って。
ワタシの有している記録によれば、メットールの村が存在していることが多いのは特に、電気屋と高い所。
電気屋はそれだけ、電子機器類が多くバグの発生も多かろう。
高い所は人の手が届き難く、バグがそのままの可能性も高かろう。
まさに、食料を確保する上では打って付けの場所と言うことだ。
まあまだキチンとした電脳世界のある、家電や高い所にある物品等は少ない。
故にこそ、インターネットエリアを動き回っているのだろうか。
しかし考えれば、かつての人間。
狩猟採取民と呼ばれていた頃を再現しているような動き。
人間のデータから学んだのか、あるいは自主的に考え付いたのかは分からないが中々に興味深い。
「――――――パイン」
「あ、はい。どうしましたかにゃ?」
「何か、気になることでもありますか?」
「ん~……メットールは一種だけかにゃ?」
「いえ。四種です」
「四種? ……出回ってる記録は三種ですから、それ以外も居るんですにゃあ」
「何か問題でも?」
「興味が湧いただけにゃ」
「そうですか」
しかし、ゲームとの違い。
住んでいる四種。
となれば、基本的な種類は居るのだろう
現在、出回っている情報ではSPと呼ばれる種の存在が確認されていなかったハズだから、それか。
あと、他の四種。
恐らく、EXとかレアと付くようなのだけが居ないのか。
それはさておき、
「――チラチラ見てるの、気付いてますよぉ~?」
「……良いでしょうか?」
「なにかにゃん?」
「単純な好奇心……と言うべきものですが何故、無害とはいえウイルスを?」
「有り体言えば研究対象にゃ」
「研究?」
滑るのを止め、不思議そうに振り返って来たセレナード。
此方は脚を止めて頷く。
「ウイルスと言うのは人間が意図して生み出した存在という訳ではないにゃ。所詮は不具合から生じたモノ」
「…………」
「だからこそ人間の意図――想像を超える可能性の塊であるとも思うにゃ」
「……可能性?」
人の意図。
想像を元に産まれた以上、人の想像を超えることは難しかろう。
しかし。
想像に寄らず産まれたのであれば、どうか。
ソレは即ち、想像を超えていける可能性とも言える。
その可能性の一端とも言えたのが、グレイガ。
意図せぬバグ。
その集合体によって産まれたグレイガの脅威は、ワタシ自身もまた身に染みて分かっている。
故にこそ。
ウイルスとバグには価値がある。
その両方を研究することは、可能性を広げ得る。
ワタシの想像し得ぬ、進化の可能性を視得るのだと。
「ま。そのための足掛かりすら掴めてにゃいんですけどにゃ~」
「だから、ウイルスの情報を求めていたのですか」
「んにゃんにゃ」
口にしながら追い抜くと、あっと言う間に並んできたセレナードにそう答える。
流石に。
無軌道無秩序に破壊の限りを尽くそうとするだろうウイルスを、何処かの電脳世界に入れて研究するのは難しい。
クラック行為によってバグを生み出そうとする、ある種の生存本能の一環なのだろうが。
それで電脳世界がダウンして諸共死ねば訳がない。
だからこそ、ワタシが求めていたのは無害なウイルス。
一先ずの研究。
性質を理解した上で、バグの欠片を与えることでの変化。
何が起こるかをある程度ならば安全に見ていられると言う条件が必要なのだ。
「…………ウイルスに可能性を求めるとは、中々面白いことをお考えですね」
「あなたとて、広義で言うならウイルスである電脳獣とやらを相手にすれば――――デリートされるかも知れませんよぉ?」
そう、軽く笑う。
揶揄するように。
あるいはワタシの無意識的にだろうか。
電脳獣とセレナード。
バグの集結体と、何れウラの王と。
どちらの方が優れているのか。
それを知りたいという思いがあったのかも知れない。
しかしまあ、愚問であった。
そうとしか思えなかった。
無言。
ただ微笑むセレナード。
そこから溢れ出す闇の力を感じれば、そうとしか。