パインとして。
商売は順調に行っている。
ただ正直に言うと『MMM』の運営にはそこまで関わってはいない。
いや必要がない、と言うべきか。
元社長の顧問。
彼と、彼に付けているネットナビのボンバーガール。
一人と一体。
その働きによって大きな問題もなく、資金がやや自転車操業気味でこそあるが、順調に拡大の一途を辿っていた。
元々が順調に行っていたのだ。
そこに、商売のタネ。
ワタシが未来知識とでも言うべき情報を元に、別方面への初動を掛けただけ。
知識のお陰で、ネットショッピングと言う事柄が流行ることは分かっていたのだ。
だから初動。
認知の部分さえ確りと抑えられれば問題ないだろう、と。
そこに力を入れ、パインとしてやれる集客さえ熟せば是この通り。
巧く行くべくして巧く行く。
そう、称するべき状況。
関わりも精々、顧問から方針の確認や頼まれてホームページの調整。
あと社長として処理しないといけない書類仕事だとかスタッフマンに調査をお願いしたり。
社員を急に増やせないし金が掛かるからその分をアシストするためのプログラムくんとかスタッフマンを増やしたり。
よくよく考えれば結構働いている気がするが、それでも結構な勢いで売上を伸ばしている様子には恐怖すら覚える。
幸か不幸か社長は変わったものの実権は変化ないと他所が思っているだろうことも功を奏しているのではないかとも思う。
主に融資元とか。
まあそれに、ワタシもワタシで忙しいから運営自体に関われていないと言うのも嘘じゃあない。
ゼフラム社の技術顧問としての役割。
ケツアゴを叩いて煽てつつ情報収集。
新事業を立ち上げるための開設準備。
おまけにアメロッパ軍の手伝い等々。
フェイクマンが頑張ってくれてはいても、中々に忙しい状況が進んでいた。
しかし、確かな充足。
間違いなくコトを進められているという納得。
だからだろう。
アイリスを見てやれてなかった。
それが。
今更ながら。
後悔の一つかも知れない。
「………………」
「………………」
向かい合いながら、内心で独り言つ。
そもそもの兆候はあった。
普段、誰とも接しないアイリスがストーンマンと接触している。
ストーンマン自身から聞いたからだが。
ワイリー様についてどう思っているか。
そのような質問をされたらしい。
ストーンマンの回答は曰く「答えるべきではない」と。
あの方を誰彼がどう思うか等、自己の判断に任せるべき。
そう、濁したらしい。
それから幾日。
現れてはワイリー様に連れられて消え、また戻って来てはただ横に居座る。
そんな日々をただ送っていたらしい。
だからか、珍しくもストーンマンから直接言われたのだ。
「アイリスを気に掛けて欲しい」と。
無気力で。
無関心な。
そんな、あの口から。
だからこそだろう。
懺悔にしかならないが。
ワタシは。
ワタシが動くにはあまりにも遅過ぎた。
気に掛けていたからこそ。
アイリスが居ないことに気付き。
気に掛けていたからこそ。
残されていた変装具にも気付き。
気に掛けていたからこそ。
見付けることが出来てしまっても。
隠れるように居た。
少女の姿に。
外套に身を隠した、ソレに。
既に手遅れである。
声を掛けてすぐ、警告のように此方に向けられる手の平。
怯え腰の姿。
それを見て、分かってしまったのだ。
「………………アイリス」
「っ」
名前を呼ぶ。
ただそれだけで、表情に怯えが滲み出す。
人間であれば汗も流しそうな具合は、焦燥か。
最早、手遅れである。
「……少し、其処デ話そウや」
それでも、だ。
あるいは最後。
二度とない会話の機会であるかも知れない。
そう考えると思わず、顎でエリアの一角を示していた。
そのまま早々、背を向けて歩を進める。
着いて来てくれれば良い。
来なければ、そこまでだ。
そんな、半ば投げ遣りな心持ちではあったものの。
「………………」
恐る恐る。
そのように感じられる気配に、一つ息を吐く。
少なくとも、碌な会話もせずに別れる。
そんな事態にはならずに済みそうなことに。
何よりも、まだ可能性があるだろうことに。
無言のまま、歩を進め。
やがて時折に見受けられるエリアの端。
あるいは道の終わり。
そんな少し小広い所の更に端にテーブルと椅子を二つばかりセット。
何処か困惑しているようにも見受けられるアイリスに手で席を勧めつつ、薄幕を張る。
どうと言うものでもない。
ただ、周りから直接見えないようにするだけの目的だ。
一先ず四方を大きめに囲えたことを確認してから、幕の内へと這入り込んだ。
既に座っていたアイリスの手が、膝の上で握り締められる様子を何処か無感動に眺めつつ、対面に腰を下ろす。
すると視線が自身の手元に下りた。
怯え。
自覚があるかは分からないが、やはり心があるのだろう。
そんなことを客観的に思いながら。
「…………デ、だ。アイリス」
「……はい」
「行ク当て、あンのか?」
途端、見開かれた視線がワタシに向く。
気に留めないよう努めながら、ホットミルクをデカいジョッキに二つばかり出す。
当然、甘くなるように仕立てたモノだ。
ワタシから湯気立つそちらに視線が向いたのを確認しつつ、口を付ける。
「パインの試作品ダ。感想が聞きテえんダと…………で、どうなんダ?」
ホットミルクに砂糖の仄かな味わい。
我ながらよく出来ていると自讃しながらも視線をやるが。
口を真一文字にしたまま、視線を手に戻してしまっていた。
困った。
心底からそう思う。
片手で頭を軽く掻く。
こう。
少女を尋問してるみたいであまり気分がよろしくない。
時間を確認するが、まあまだそれなりにある。
多少の長期戦もこの際は仕方ないか。
内心、そう諦めながらミルクをあおる。
どれほど。
と言うほどの時間は経っていない。
精々、ワタシが半分ほどを空にした頃。
アイリスがか細く口を開いた。
「……………………聞かないんですか?」
「聞いテ欲しいカ?」
「……………………」
「……マあ…………聞きタいかナぁ」
どうなんだろう、この対応。
少女に対してコレで良いのか。
甚だ疑問には思いつつも目を軽くやる。
目元は、俯いたその髪で見えない。
だが口元。
その両端が小刻みに震えていた。
それほど掛からない。
半ばの確信と共にミルクの端に寄せ、両手をテーブルに重ねておいて見詰める。
内心で後悔を思い。
ただ、独り言ちながら。
一分。
十分。
あるいはもっと長く、あるいはもっと短かった。
かも知れないが、ただの言葉がその口から洩れた。
「怖いんです」
と。
「怖い?」
「ボンバーマンやストーンマンは感じないですか……?」
「何をダ?」
「あの人の…………あの人の抱える、憎しみを」
伺うように、その顔が此方を見やる。
憂いを帯びた視線。
だが、その中には何処か期待しているような何かも感じ取れる。
しかし。
「…………すまネえ、アイリス。ワタシと、多分ストーンマンもダが『ココロ・プログラム』を入れチゃいネえ」
「……!」
首を振りながら、そう伝えるしかない。
ワイリー様の御心。
ああ、確かに。
カラクリに分かってしまえばそうもなろう。
同時に、目を逸らしていたが危惧していたことでもあった。
アイリス。
人格形成も確りと出来ているかも分からない幼子よ。
それに、ワイリー様の心は些か以上に過激が過ぎた。
元々から気性が中々に激しいお方。
激情家とでもいえば良いか、
そんな方が、アメロッパ軍内にあればどうか。
キャスケット様が亡くなるのに関わった相手が居ると確信されている場所だ。
そんな場所に、心穏やかに居られるハズもない。
ワタシでも『ココロ・プログラム』によって、繋がれる状態でそんなワイリー様の近くに居れば、ノイローゼなんかになりそうだと危惧したのだったか。
忘れていたが。
いや、もしかすれば気付かないように逸らしていたのか。
ともかく。
その激情を常に感じ取り続けていれば、気も疲れよう。
感情に良し悪しを付けるのも難だが、少なくとも良い感情を受け止めれたとは思えない。
ワタシとしても遠慮したい。
これは、仕方がない。
ワイリー様の優しさ。
それを封じ込められたとでも言うべき彼女に愚痴の一つでも言いたかったのは否めないが。
しかし、言える訳がない。
組み込まれてどれだけか。
少なからぬ期間を彼女は、独り、アメロッパ軍に赴くワイリー様の激情に曝され続けていたのだ。
そんなアイリスに文句の一つも言えるハズがない。
「…………あー……辛かっタか?」
小さくも確かに頷いた姿に。
故にこそ。
引き留められるハズもまた。
物語の道筋から逸らせれるかも知れない選択肢を、内で、自ら断つ。
ワタシ自身が嫌だと思うことを強要出来ようハズがない。
アイリスを引き留められれば何もかも変わる保証はない。
そう、言い訳を内に納めながら。
「だっタらアイリス、おめえにワタシから言えル言葉はそうネえ」
「………………」
「元気にやれっテことと、アトは……なんダ、夢が出来タら諦めンなっテぐれえダ」
「…………見逃してくれるの?」
「見逃スも何も、ワタシはおめえがどうスると聞いチゃいネえからな! そレに、追えトも捕まえロとも命じられテねえ!」
呵呵と笑いながらミルクを飲む。
見上げ、どこか潤んでいる瞳がワタシに向けられるがソレに対して返すべき言葉はない。
ただ手で飲むように促せば、ようやく膝に置かれていただけだった手が動いた。
「…………不思議な感覚」
「自販機はアメロッパの大体のスクエアにアる。マ、その成りじゃ入レるか分からネえが」
「…………そう」
「自前で変装用具でも作るんダな。おめえなラ出来んダろ?」
ゆっくりと飲み進めているのを尻目に、懐を探る。
幸い、この動きを警戒されている様子はない。
これまで警戒されるようなら、何もしてやれることはなかっただろう。
しても、警戒される要素にしかならずに。
とりあえずの所。
チビチビと飲み進めているのを眺めながら懐からゼニーを取り出す。
一先ずは。
そう、百万ゼニーもあれば足りるだろう。
「…………コイツは餞別ダ」
「……餞別?」
「コレで元気にヤれっテこっタ」
「……良いの?」
「良いも悪いモあるか。妹のお出掛けぐラい、何も言わズ見送る甲斐性ぐレえはあるつもりダ」
「……ごめんなさい」
「そコはありがとう、つっテ欲しかっタが……マ、良い! いざとナればパインを頼れ。口添えグれえはしてオく」
小首を傾げながら、いかにも腰袋とでも言うようなデータを受け取った。
ネットナビが生活する上でゼニーがなければ困るなんて事態は早々ないハズだが。
あって困ることじゃあないだろう。
仮に困っても、パイン経由で頼られれば多少の対応も出来よう。
あとは正直、動向の確認も出来れば幸いだ。
そんな下心を出来るだけ隠し、ワタシの方も残っていたミルクで飲み下す。
冷めてきているが、ほんのりとした甘み。
それしか感じないハズなのだが。
何とも、苦い。
またワタシは、最善を尽くし損ねた。
やれることをやり切れなかった。
「…………何時か、戻っテ来るか?」
「…………分からない」
「そウか……」
「…………ストーンマンに、お別れを言ってない」
「別に今日明日デリートされル訳じゃネえ。何だっタら、メッセージでも送っテやレ。コッソリな?」
「…………うん」
小さく頷き、アイリスの手がジョッキから離れる。
透明なソレに、中身はもうない。
そうか。
時間か。
椅子から降り、外套を羽織る姿をただ眺める。
何とも物悲しい気分にもなるが、致し方ない。
これもまた、運命。
ワタシも、ストーンマンも、果たしてアイリスと出会えるかどうかは分からない。
記録の通りに進むのならば。
会えはしないだろうが。
しかし、
「ワイリー様にゃ言わネえ――いっテらっしゃい」
「……はい。いってきます。ミルクは、美味しかったと思う――ありがとう」
そんな。
言葉だけは、交わした。