ワイリー様が、軍より外される。
原因は不明。
表向きは技術指導。
しかし、恐らくは、
「……アイリスの脱走がバレた?」
『ま、そうじゃろうな』
軍の研究室。
そこで整理を進めながら呟いたその言葉。
答えを期待していた訳じゃあなかったが。
大して気にする風でもなく、ワイリー様がそう答えられた。
実際、全く気にしている様子もない。
仕方がないだとかいう話ではなく、大して興味もない。
そんな反応に、些か眉を顰める。
眉なんてないが。
「ダが、反抗的になっタからっテ閉じ込めた……ってコトになっテるハズだろ?」
『ふんっ! 分かっている答えを探すな!』
「……マぁ、それしか考えられネえか」
既に辿り着いている。
確信している口調に、頷いておく。
まあ、逃げたことがバレたんだろう。
外套を羽織っていた上に見せている姿が偽装な以上、普通に漏れた可能性が高い。
ともなれば、候補は自動的に絞り込める。
身内にソレを知っている者達。
ストーンマンやフェイクマンにあとは、そう。
アイリス。
今はワイリー様の元を離れているが、ソレを分け身と知る、カーネル。
とか。
あくまでも想像。
口に出しはしない。
出しはしないが、さて。
ワタシの中でカーネルの立ち位置が微妙な所になってしまった。
恐らくは殆んど確実にそうだろうが、アイリスの逃亡を察して伝えたのがカーネルだとすれば。
素晴らしい。
バレルひいてはアメロッパの利益になる行動を出来ているのだ。
元より立ち位置が違うのだから、非難する謂れはない。
それはそれとして。
今後、情報の絞り方を考えないといけない。
そう言った警戒対象に入ってしまう訳だ。
『ボンバーマン』
「……ウん?」
『あまり気にするな。ワシは気にしておらん』
「…………マ、おめえがソう言うなラそうする」
キュルキュル。
と。
音を鳴らす車椅子を眺めながら頷く。
車椅子。
そう。
今、ワイリー様は車椅子に乗っておられた。
元から何を思ってなのか、家に一つ、用意しておられたようだったが。
アイリスが逃亡してすぐに手を加えられた結果、今、ワタシの目の前で動いている車椅子に乗っていた。
レバーで方向転換や前進後進旋回も可能な、全自動車椅子。
PETに接続することでワタシからもある程度の操作が出来る。
ちなみにバッテリー充電式。
もしかすれば車椅子に乗り始めたことも、実質異動になった背景と関係しているのかも知れない。
まあ、無理に因果を考えれば。
アイリスに逃げられてしまい、傷心のワイリー様が心身を弱らせて車椅子に頼っている。
とでもいう風に周りからは見えるのかも知れない。
あるいは、そう装っているのかも。
実際の所、家では全然元気に歩き回っておられる。
むしろ外で歩かない分だけ運動しておられる姿を見受けられたが。
まあそれは閑話休題。
本題ではない。
「シかし、宇宙開発局ダぁ?」
一番の疑問はソレだった。
宇宙開発局。
別に、宇宙について悪し様に語るつもりはない。
ない、が。
わざわざワイリー様を軍部から動かしてまでやらせることか。
ソレが一番の疑問であった。
しかしワタシの口にした言葉に、ワイリー様は特別思う所はないらしい。
むしろ、納得している様子すらある。
訝しむ。
疑っている訳じゃあ勿論ないが、その様子は流石に。
『少し勘違いしているようじゃが、宇宙開発とはある種、技術の結晶と言えるじゃろう』
「宇宙がカ?」
『……電脳世界に宇宙はないから納得は難しいかも知れぬがな』
「…………マ、そンな場所の顧問ダ。能力は買われテるってコトか?」
『だけではあるまい』
返すように呟かれた言葉。
それが耳に入り、手が止まる。
ワイリー様自体もその言葉は出そうと思って出した訳ではなさそうだ。
若干渋い顔をされ、首を振った。
『……恐らく』
しかしその表情が消え。
同時にかつての表情が表出する。
そう。
隠し続けている、怨念の顔が。
『最後にワシから技術を手にしようというんじゃろう』
「武力よリもか?」
『宇宙に関わる技術は別段、地上のソレに引けを取る訳ではない。むしろ沼地なんかよりも過酷な環境下に耐え得る耐久性とそれでいてミリ単位の誤差すらも許さぬ精密性が必要ではある』
「随分詳しイな」
『……ニホンで全く関わらなかった訳ではないからな』
僅かな間。
顔を出していたソレが引っ込み、何処か懐かしむような表情に変わった。
一息つく。
悪鬼羅刹。
ココロ・プログラムとか言うオペレーターとネットナビとを繋ぐ極小のココロネットワーク。
ソレを搭載していないワタシですら、皺の一本一本にまでその深さよりも濃い感情が垣間見えたのだ。
今は多少、気が抜けているのもあるだろう。
しかし、ちょっと突けば簡単に顔を出すような気軽さで。
アイリスがコレに苛まれていたのは間違いなさそう。
もう少し、本当に気を配ってやるべきだったと改めて反省はするが。
今更な話だ。
後悔し続けても仕方がない。
それより気になるのは、
「ニホンでも関わってタのか?」
宇宙開発。
ニホンでもそれに関わっていたと言うコト。
その辺り、少し気になる。
『うむ。まあ、それなりには、な』
「中々見る目がアるヤツが居たんダな」
『うん…………うーん…………まあ、うん、そうかも知れん』
「ア? ヤケに含んダ言い方すルな?」
『うむ――とにかく手を選ばん! ワシにも光のヤツにも使えそうだからと言う理由で声を掛けては無理矢理関わらせて来ようとする厄介なヤツでなぁ! ……何度、研究の邪魔をされたか分かったもんじゃあない!』
「そリゃあご愁傷様ダ……ちナみに、名前は?」
『ホシカワじゃ』
聞いた覚えがない。
記録にないなら、まあ気にする必要はない気もするが。
念のため。
フルネームを聞いておこう。
「下ハ?」
『バイル――――ホシカワ、バイル』
「ふゥん?」
やっぱり知らない。
多分、天才の類なんだろうけど。
関わりが出来ることはなさそうだから良いか、別に。
ワタシが名前を言って貰ったからだろうか。
お陰で思い出してしまったのかそのままの調子で流れ始める、曰く、「忌々しい思い出」話。
そう口にする割には、随分と楽しそうな顔をしておられるが。
流石に言わぬが花。
軽く同情するようなことを口にしておく。
するとどうも興に乗ったご様子。
手こそ止めてはおられないが、嬉々として語り出される。
ここで間違ってはいけないのは、手を止めて確りと聞くべきではない、ことである。
あくまでも相槌を打つぐらいの感覚で聞き流している方がワイリー様の機嫌が良くなるのだ。
以前、似たような思い出話を真面目に聞き返したりした所、光のシンパとやらに突っかかれた記憶まで思い出されて中々面倒臭いことになった。
だからこそあまり突っ突くようなことはせず、相槌を打つぐらいが吉。
ではあるのだが。
作業の手を止めず、レコードから流れ出すような流暢さで光正への愚痴も溢しておられる話を耳にしているが。
どうやらホシカワ博士とやら、やはり中々な能力を持っている様子。
ニホンの宇宙開発の中枢を担っているのかまでは話の流れから読み取れない。
それに、新技術の開発よりも既存の技術の活用の方が得意である様子。
だがワイリー様の口から名前がキチンと出てくる上、光博士も巻き込んだ技術開発を進めていた辺り。
相応の能力はあるのだろう。
だが記録にあるアメロッパ宇宙開発局、ANSA。
二十年近い先に世界的な大事になるソレに姿を現さなかった以上、その頃には故人になっているハズ。
然程、重要な人物ではなかろう。
それよりも気になるのは、其処に一時とはいえワイリー様が組み込まれることだ。
『……手が止まっておるぞ』
「オっと、すまネえ」
『なんぞ気になることでもあったか?』
「いヤぁ、話、聞き流シてた感じダと、ワイリー様からニホンの宇宙開発の技術を抜き取りテえ訳かと思っテな」
『なくはないじゃろう。だが、恐らくはワシから技術を絞りたいんじゃろうな』
「絞りタい?」
言い方があまり穏やかじゃない。
僅かに訝しめば、鼻で笑われた。
『ワシは老いた――ように見せておるじゃろ?』
「オう」
『実際、コッチ側で色々と演技しておるからな。本格的に耄碌する前に、役立ちそうな分だけでも抜いておきたい……と言った所か』
「……成程ナ」
忍び笑いを漏らしているワイリー様の姿に、何とも言えないモノを感じながら頷いてはおく。
なるほど。
ワタシは別に、常日頃からワイリー様についている訳じゃあない。
最近は正直、アイリスの方が外では一緒に居る時間が長かったハズ。
その辺りも含め、口にこそ出してはいないが衝撃が大きかったと考えれば。
と言った辺りか。
まあ、正直な所、もう一つの可能性も考えてはいる。
アイリスの逃亡が事実かどうか。
恐らくは疑いの段階で止まっているのだろう。
疑惑。
それが、アメロッパ側からすれば厄介なハズ。
アイリスの逃亡。
真実であれば。
最新の軍事データを知るネットナビが逃亡したと言うコトになる。
ある種、致命的な情報流出であろう。
しかも割と最近には、真正面から基地の電脳を制圧までしたのだ。
脅威。
その一言で片付けるには実績含めあまりにも重い。
しかし、間違いであれば。
仮に強引にアイリスの所在を確認し、それが間違いであったならば。
ワイリー様の不興を買うことは確実。
アイリスひいてはカーネルを創り出したワイリー様の不興を、だ。
確信の上で動きそれが事実だった場合には、ワイリー様に対して大きな借りを作ることも可能だろう。
上手く行けば一生涯アメロッパに括り付けられる可能性すらあろうが。
十中八九だとしても「もしも」があまりにも重い。
そしてその「もしも」は、必ず起こる。
仮に十中十まで行き着いた確信だったとしても。
フェイクマンで何とでも出来るのだから。
操作能力だとかはそれこそ反抗的になったから取り上げたと伝えるだけで問題ない。
ともかくとして、アメロッパが取れたろう選択肢は二つ。
疑惑で終わらせるか。
真実を確かめるか。
そのどちらかで、アメロッパは疑惑として片付けたのだろう。
危ない橋を渡らずに。
ただ、念のために軍部からは形ばかり引き剥がして。
その結果が宇宙開発局への移籍だろうし、ワタシの思い付くことなのだからワイリー様も勘付いては居られようが。
「…………ワイリー様が移っタとしテ、何すんダ」
『軍事用の衛星測位システムと、宇宙望遠鏡の開発を手伝ってくれとのことじゃ』
「何そレ?」
『衛星測位システムは……現実世界でだが、自分が何処に居るか分かるようにするための人工衛星とシステムじゃ。ソッチは少し前に一つ、打ち上げに失敗したのが原因じゃろう』
衛星測位システム。
要するに、GPSか。
もしかして、そもそもの発祥が軍事用だったのか。
分からないでもないが。
『あと宇宙望遠鏡は大気圏外に設置する望遠鏡。コッチは宇宙にあればこの星の大気の影響やら他にも様々な制約を受けずに済むんじゃ』
「よく分からネえが何か凄そウ」
『実際凄いぞ? 天候の影響も受けない訳じゃから自由度も高い』
「ヘー」
まあだからと言って、その凄さを語られたとしても大して理解出来ないのだが。
「歴史に名前が残っタり?」
『それは…………どうじゃろうなぁ? 望遠鏡の方はまだ計画の段階じゃから何とも』
「エぇ……」
『まあ正直、それ等はどうでもいい』
若干の落胆を言葉に乗せれば、しかしワイリー様がさらりと言う。
「どうでもいい」と。
正直、その言葉は意外であった。
ワイリー様は研究者である。
ロボット工学の研究者で、軍内部にあって割合と自由な開発研究自体は出来ておられたハズ。
その地位から外され、しかも片方は計画段階でしかない宇宙望遠鏡だとか。
仮に耄碌した演技のためだとしても、些か過剰。
そう思えて仕方なかったからだが、
『面白いモノが手に入るかも知れぬからな』
続けて口に出された言葉に、一旦飲み込む。
ワイリー様がそう言うモノとは。
「面白いモノ?」
『うむ。以前……』
一瞬、口ごもった。
視線を周囲に彷徨わせ。
念のためなのか扉のロック状況を確認されてから、口を開く。
『……パインが色々とデータを送って来た』
「……あァ、ハい」
『その中に面白いデータがあってのう。ボンバーマン、お前は、そうじゃな…………』
軽く、溜め、
『宇宙人の存在を信じるか?』
続けた。
「宇宙人?」
『地球外生命。あるいは、未確認飛行物体だとかでも構わぬ』
「…………可能性がゼロじゃネえんダ。居るかもナ」
宇宙人。
地球外生命。
未確認飛行物体。
なるほど。
完全に理解した。
アレだな、アレ。
確か、そう。
「まサか」
『そうじゃ。かつてアメロッパが未確認飛行物体を確保した記録があり、しかもそれは宇宙開発局にて研究を進められているともあった』
「面白そうダな、ソレ」
『じゃろう? ホシカワの奴も宇宙生命体だとか星自体が発する電波だとか……まあ色々言っておったが、その一つに繋がる情報じゃ。ククク……もし知れば羨ましがるだろうなぁ』
プラネットマンのヤツか。
顎を擦りながら頷けば、ニッカリと笑みを浮かべられた。
いやあ。
確かに、夢のある話だ。
真実かどうかは別として、そんなものが保管されてると知ってしまえばそりゃあ見に行きたくもなろう。
ワタシも正直、見てみたい気持ちがある。
しかも記録にあるプラネットマンの情報。
ソレを考慮に入れれば、本当に存在する訳だ。
うわあ。
すっごく見たい。
ネットナビだから無理だろうけど。
いや、しかし、そうなると、
「ダが、よく見付けれタな?」
数ある資料の中からよく、ソレを見付け出せたと思う。
軍事基地。
のみならず、連なるような資料も芋蔓式に引っ張れるだけ引っ張っておいたハズ。
生半可な量じゃなかった。
ぶっちゃけそれだけの資料をワイリー様がお持ちと知られでもすれば。
今、こうしてお話出来ている訳がない。
一部を流し見ただけでもそんな感想が浮かぶぐらいには様々な情報があった。
『整理させておった中で出て来た興味深い資料の一つじゃ。ま、当たりの一つじゃな』
「ふぅン。ストーンマンもよく見付け出せタな」
『? いや、違うが? そっちじゃあない』
「ア? ソッチ? アイリスが居なクなる前にカ?」
『……何を言うて………………ァ』
話が少し噛み合わない。
お互いの顔に若干の不審が浮かんだ刹那、思わずとでも言うような具合にワイリー様が片手を口元に当てた。
視線を脇に逸らせた、少しばかり気まずそうな表情。
それは、つまり、
「オイオイオイ、まサか……」
『いやいやいや……忘れていた訳じゃあないぞ!? お前が忙しなく動き回っておった所為で会わせるタイミングがなかっただけじゃ』
「イヤイヤイヤ……絶対忘れテたろ、おめえ!」
『面白いコトを言うもんじゃな! 一体どこにそんな証拠があるんじゃ! ええ! 証拠がっ!』
「そコで証拠云々言い出しテんのが何よりの証拠ダろ!」
『は~? 一向にワシが忘れる訳ないが? 言いがかりも甚だしいぞ?!』
凄い勢いで言い繕って来ている。
明らかに忘れていただけだろう。
そう、言っているんだが認める気配なし。
いや別に認められた所で得られるのは満足感だけだ。
挙動不審に目を彷徨わせているワイリー様に対して、ワタシは軽く息を整えるようにしながら額を指で軽く叩く。
こんな無意味なコトしてても仕方ない。
こんな雑務はさっさと終わらせたい。
すべきことは一つ。
「……マぁ、何処に居んダ?」
『ん!? ……ああ、うん。ストーンマンに守らせとる保管庫の中じゃ。そこでデータの整理をさせておる――――急に冷静になるのか……』
「アソコか。ストーンマンに任せ切りダからな…………此処の片が付いたら顔、出しトく」
『うむ。そうするが良い』
「……ちなミに名前なんカは?」
忘れてた癖に偉そうに頷いている姿を我ながら冷めた目で眺める。
実際、偉いは偉いんだけど。
それはそれとして忘れないで頂きたかった。
新しい兄妹が居たのに。
アイリスと違って、どれだけの期間を会わずに放置していたことになっているやら。
忸怩たる思いをあるが言っても仕方ない。
先程からずっと止めてしまっている手はそのままに、椅子を出して足を組み。
頬杖をしながら片手を向けるようにして問い掛ければ。
一つ、頷かれたワイリー様がお答えになった。
『お前達のような戦闘型ではない、ワシの助手としての役割を与えておる。名は、サーゲスじゃ』