ワタシは、ボンバー……   作:無記名 to 稿

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073:ケイン

 

『パイン』

「………………はいっと! にゃんですかぁ~?」

『少し、頼みがある』

 

何やら思い悩んでおられたワイリー様。

その口が漸く開いた先に出た言葉。

急いでアーマーを脱いだワタシに対して、ゆっくりとその目を向けて来られた。

 

頼み。

珍しい。

大体のコトはワイリー様ご自身で解決出来るからだ。

そうでもなければ大体、別の何かをしたい時ぐらいだろう。

 

しかしソレ等も普段なら、ストーンマンやサーゲスに頼んでいるハズ。

だがあえてパインに頼る。

一体どのような難題を告げられるのか。

そう意気込んでいたワタシに伝えられたソレは、拍子抜けするような事柄だった。

同時に成程、パインにしか出来ない事柄でもまたあった。

 

 

 

煌びやかなパーティ会場。

ゼフラム社の方々と共に来、毎度の如く壁に飾られて。

その中でワタシは、様々な方々と挨拶を交わしていた。

 

軍部の将校。

省庁の役人。

議会の議員

企業の重役。

等々と。

 

「初めまして、ニホンの方! パインって言いますにゃん!」

『ほほう……よく出来たネットナビだ。アメロッパの何方が作られたのです?』

『申し訳ないですがお答え出来かねます』

『そうか……残念』

 

そして、ニホンからの研究者達。

そう。

少し前にコサック博士とワイリー様が仰っていた科学者。

『環境維持システム』の設立のための、人身御供達が来たのである。

 

今回はその、歓迎のパーティ。

交流会。

しかしワイリー様の姿は、ない。

対外的には不調。

真実は、呼ばれてすらいない。

 

いよいよ以て、露骨。

本格的にその影響力を削ぎに来ているように見受けられるが、まあ構うまい。

ご本人が構っていないのだ。

むしろ向けられる目が減ってきていることに喜んでおられた。

 

それよりも、だ。

何はともあれ、表向きは国際交流会。

技術交流の面もないではないが、アメロッパは主に搾取する側だろうにと呆れた記録しかないが。

 

そう言った事柄の内実。

『環境維持システム』の詳細は国民には伏せられている様子。

しかし、今回の人の入り様。

交流のみならず何かしらあると思う事だろう。

 

「はぁ~い!」

『おお! 久し振りだねパイン! 今日はスーツか』

「パイにゃんにゃん!」

『ハッハッハッハッハッハ! 今は忙しいのでね、また後で、パイン』

「頑張って下さいにゃ~。あとパイにゃんにゃー!」

 

まあ残念ながら、メディアのような輩は排除されているので実際に辿り着けるまでには暫くは掛かろう。

実際、このワタシの元にも『環境維持システム』については届いていない。

少なくとも、ネットワークに漏れれば何処かしらから嗅ぎ付けられると考えてはいたのだが。

その辺りの情報操作は、流石の大国と称すべきか。

 

そんな、外向きに発せられた情報が殆んどない、閉ざされ気味な会ではあっても。

事前に幾つかの発表はあった。

このワタシの耳にも届いている範囲では。

アメロッパとニホンの共同研究の推進。

コレが第一。

 

次いで、一環として様々なデータやプログラム等々の交換。

と言う建前でアメロッパが技術を手に入れている訳だ。

内実を確認出来ていないので、とりあえずの心持ちで人々に紛れて拍手するワタシであったが。

そんな中でも思わず、聞いただけで笑ってしまいそうになるプログラムもあった。

 

驚いてしまったことに、『ウッドプログラム』。

そう。

かのドリームウイルスに組み込まれることになった四種のプログラムの一つ。

 

それがまさか、アメロッパに渡っていたとは。

思いも寄らなかった。

まあ今進んでいる歴史が、本来のモノと全く同じとは思えない部分もあるが。

それでも、計画の当初から有していた理由には納得出来る。

ニホンの外にあったから事前に入手していたのだろう、と。

 

まあその『ウッドプログラム』。

曰く、光正が構築した。

と言う事になっているソレ。

植物等を最適に生育することの出来るとの触れ込みである。

 

もっとも。

あくまでも勝手な考えだが。

光正が組んだ、と言うのは嘘だろう。

と言うのがワタシの予想だ。

 

例の文明の遺産。

『環境維持システム』の実用化に説得力を持たせるため、さもそのようにしているとワタシは見ている。

真実は、知り様もないが。

 

ともかくとして、友好の証として寄贈されることになった数々のプログラム。

その中の一つであり目玉でもある『ウッドプログラム』。

方針としては今後、アメロッパ国立植物庭園にて効果を確認。

併せて、希少植物の生育を進める方針になっているそうな。

 

試運転すらせずに、と言う気がしないでもない。

だがあの光正の創ったプログラムならば、手順を省いても問題ないとでも考えたのだろう。

迂闊ではないかとも思うのだが、深くは考えまい。

 

ワタシとしては好都合。

アメロッパ国内にあるのであれば、何かしら見に行く機会は出てこよう。

そうすれば、色々と。

なんて考えているが、閑話休題。

一通り、人によってはつまらない話も、終われば後は交流会。

 

『噂は重ね重ね聞いておるよ。実に、まあ面白いことをしたそうじゃあないか?』

「いえいえそんな! 貴方の胸の勲章に込められた出来事に比べたらワタシなんてきっとまだまだですにゃ!」

『ほう……? 知っているのかね?』

「寡聞にて存知ませんにゃ…………ですので、その青銅の星に込められた物語を是非ともお伺い出来れば――にゃんて」

『そうかそうか。まあ――掻い摘んで話してやろうじゃあないか』

 

アメロッパ軍人。

その自慢話にお付き合いしたり、

 

「なるほどぉ~……お仕事大変そうにゃんですねぇ……」

『そうなんだ! だからそう言うことが楽になれば言いっこなしなんだけどね!』

「ふうむ……どのようなお仕事をされているか次第ですが、資料作成なんかはお手伝い出来るかも知れませんにゃぁ……」

『ほうほうほうほうほう! 本当にそれが可能なら頼みたいものだねえ!』

「具体的には普段、どう言ったことに時間を取られてます? それ次第でもありますにゃ」

 

アメロッパ役人。

その苦労話に相槌を打ったり、

 

「ワタシと違って色んな人のお話を伺ってるんでしょう? 大変なんじゃあないですか?」

『いやいや、そんな大したことじゃあない。国民の声を聞くのは、私達の大切な仕事だからねぇ』

「流石はアメロッパの将来を担っている方にゃ!」

『ありがとう。でも私もまだまだこれからさ――これから、更に目に見える成果を挙げて行くとも』

「おお! それはそれは…………どう言ったことをお考えなのですかにゃぁ?」

 

アメロッパ議員。

その武勇伝を褒め称えたり、

 

『随分とまあ、伸し上がっているモノだ』

「いえいえ! ワタシの場合は土台を手に入れたからこそ。一代で成し遂げたガウスさんには負けますにゃ」

『ふふ……賞賛は素直に受けておこうか。実際、苦労も多かった』

「どのような苦労があったんです? こんな場じゃにゃいと中々聞けませんからね」

『そうだな…………あまり、大きな声で言う事ではないが、私は実はキングランドからの移民でね?』

 

アメロッパ重役。

その成功譚に耳を傾けたり、

 

「いやぁ…………流石に多いですね」

『疲れたか?』

「いえ。大丈夫です」

 

会話の数々を交わしながら、気付かれないように視線を巡らせる。

秘書のように侍っているケツアゴは半ば無視。

秘書、と言うよりも監視役だろう。

ワタシが妙なことをしでかさないかどうかの。

 

幸い、今回はその立ち位置に居てくれているのは非常にありがたい。

ワイリー様からのお願いだ。

これからそれを遂行するので、精々役に立って欲しい。

 

「サム将軍……あ、元将軍でしたっけ?」

『チッ……なんだ?』

「彼方のお方、呼んで頂けません?」

『ふん? …………良いだろう、待ってろ』

 

忌々しそうに鼻を鳴らし、件の人物を呼びに動く姿を眺める。

傍ら、準備を進める。

身嗜み、良し。

と言っても何時ぞや作ったスーツ姿。

それから変化もないから、言う事もないのだけれど。

 

やがて、ゆっくりと杖を突きながら来られたその人物へと視線を向け、頭を下げる。

蓄えられた白い髭。

反してその頭頂部は隣のケツアゴ同様、しかし萎びてツヤのない、禿げた頭。

チョイナの、仙人のような風貌でありながら何処か疲れた顔付きで、

 

「お初に、お目に掛かれて光栄です――――ケイン・スミス博士」

『此方こそお会い出来て光栄だよ、パイン……ちゃん、で良いのかね?』

「パイにゃん、って呼んで下さいにゃん?」

『そうかそうか……では、パイにゃん、と』

 

それでも、微笑みを浮かべて。

同じように笑顔で返す。

知ってはいたけれども、その姿が所謂モブ顔ではないことに一安心。

 

仮にモブの姿だったら、真面目な話をしてる最中に笑ってしまったかも知れない。

ネットナビだからそんなミスはしないけども。

まあ心積もりとして。

しかし、ちゃんと「パイにゃん」と呼んでくれる人物は久し振りか。

本来なら多少サービスする所だが、今はそう言うつもりはない。

 

「――さて、まずは。お呼びして申し訳ありませんにゃ」

『構わないよ、暇だったからね。ところで、どのようなご用件かな?』

「なるほど。では、早々に本題に移らせて頂きますが――」

 

微かに、溜める。

周囲で耳を立てている方々に聞こえるように。

しかしあえて、声を潜めるように。

 

「――ワタシの会社に来ては頂けませんか?」

『………………どういう意味かな?』

「言葉通りの意味です。所謂、ヘッドハンティングと言うモノにゃ」

 

興味深そうに、微かにその真白い眉を動かした。

それを続きの催促と受け取ったように頷いて、言葉を続ける。

 

「個体名『グレイガ』」

『…………』

「その対策としてケイン博士の創り出した『ファルザー』、あのプログラムをワタシは評価していますにゃ――非常に、高く」

 

真っ直ぐに視線を向けているように見せていれば。

おおよそ十秒ほどだろうか。

合っていたそれは、ケイン博士は落としたことで逸れた。

 

『残念ながら『ファルザー』は失敗作だ。ご存知なかったかも知れないがね』

「いいえ。ワタシはそうは思いません」

 

窺うように。

下から覗き見るような視線。

対し、微笑みながら返す。

 

「如何に優れた銃を買ったとして、それをメンテナンスもせず、故障した――なんてなって誰が製造会社を責めます? 悪いのはメンテナンスをしなかった購入者。違いますか?」

 

ましてや、

 

「メンテナンスをすべきだと言う声が上がっていたにも拘らず、お上に退けられたとも聞いています」

『どうし……』

 

言い掛けていたその口を横一文字に閉ざした。

しかしそれは、今のワタシの言を証明する以外の意味はない。

先程までよりも僅かに大きく見開かれた瞳がワタシを射抜く。

ただ、それに微笑んで返す。

 

正直、確証はなかった。

だが光祐一朗。

彼であれば。

暴走の危険があると分かってもなお、一度退けられただけでは言葉を収めやしないだろう。

 

信頼、とでも言い換えるべきか。

やらかす事柄は、記録にある限りちょっと引くようなことは多い。

しかしそれでも、善性の人物であることは何の疑いようもない。

だからこそ必ず、事が起きるまではソレを治めるために動く。

 

そんな予想が当たっていた。

それだけの話ではあるが。

ケイン博士からすれば、何かあるのではないかと思うだろう。

コサック博士から聞いたのか。

あるいは別の、ニホンに通じている伝手があるのか。

 

暫くの、間。

周囲の音が落ち着いていることに気付く様子もなく。

じっ、とワタシの真意を読み取ろうとその視線が注がれ。

やがて、諦めたようにその首を振った。

併せてワタシも口を開く。

 

「――――よろしいでしょうか、ケイン博士」

『……何だろうか』

「改めて。ワタシのお友達でも、如何することも出来そうにないと口にしていた『グレイガ』に対抗出来た――唯一、対抗出来たプログラム『ファルザー』――それを創り上げた貴方の腕を是非とも、ワタシの元で発揮しては頂けないでしょうか?」

 

「どうか」、と。

胸元に片手を当てながら、深々と頭を下げる。

ただ。

下から窺うように視線を向けながら。

 

沈黙が、場を満たす。

下げた所で嗤うような無作法はせず、見えなくともただ神妙な顔で答えを待つ。

だが顔を向けずとも見える。

彼が握っている杖に力を込めながらも、瞼を閉じる様が。

 

ゆっくりと。

肺の空気を絞り出すかのように息を吐いて。

曲がっていた背筋を伸ばし、胸を張るようにして。

見上げてくるようだった顔を確りと上げた。

 

『パイにゃん。君は、具体的にどのようなことを私に求める?』

 

言葉に覇気が宿った。

何処か諦念を漂わせていた言の葉に。

此方も顔を上げて満面の笑みを作り、人差し指を口元に当てる。

 

「そうですねぇ…………今、ワタシが」

『エフンエフン……』

 

口を開き。

言葉を選んでいた中。

横から咳払いの音がした。

一瞥。

 

「今、ワタシが考えていることとし」

『エフンエフン!』

 

再度、咳払い。

もう一瞥。

そして視線をケイン博士に戻す。

 

「ワタシが考えてい」

『少し!!! 良いか! パイン?!』

「はい? なんですか? 喉の調子が悪いのでしたら手洗いうがいを確りするのが良いと聞きますけど」

『揶揄しているのか?』

「えぇ……なぜ?」

 

業を煮やしたかのように。

ワタシから声を掛けられることを期待している風だったケツアゴから声が掛けられる。

素知らぬ顔で首を傾げながら問い掛ければ、額の青筋を浮かべた。

 

まあ、それについても分からぬフリ。

本当に困惑しているような顔を作って更に首を傾げる。

ネットナビには風邪なんか存在しない訳なので。

調子が悪いのですかとでも言う風に惚けるのは、実にやり易い。

 

実際、軽く虚を突かれたような顔をしたケツアゴは改めて咳払いをして見せ。

しかし首を振った。

仕切り直しをするにもこれでは意味がないとでも思ったのだろう。

代わりにか、軽く一回手を叩いてワタシへと向き直った。

 

『さて、パイン』

「はいにゃ」

『君も当然、知ってのことだが、我がアメロッパはこれから優秀な科学者を必要としている――知っての事だろうがな』

「はい」

『だと言うのに、優秀な科学者を堂々と引き抜こうとはしないで頂きたいものだな。ん?』

「ですけど誰もケイン博士の所に行ってませんでしたから……てっきりどうでも良いと思っていたのかと」

 

ワタシの返答に、一瞬。

詰まった。

しかし苦笑を浮かべた。

 

『……顔をよく見たまえ。ケイン博士の顔だ――お疲れだと言うのを見て分からんのか?』

「む……にゃにゃにゃ。なるほど、配慮して、と言う事でしたかにゃ」

『そういう事だよ――アメロッパとて、ケイン博士を評価する準備はある。正当な評価を、な? だからあえて言うが、まずはゆっくりと休ませて差し上げろ』

「ふうむ……」

 

そう言われては仕方ない。

さも、そのような渋面を作り。

溜め息を吐いて頭を下げた。

 

「……ケイン博士、お疲れの所で申し訳ありませんでしたにゃ」

『ん、ああ、いや……大丈夫だ。むしろ色々と……申し訳ない』

『とは言っても、パインの言も尤もだ。誰か、人を付けさせて頂こう……よろしいですか?』

『ああ、それはどうも』

 

半ば強引に話を打ち切られ。

介助するかのように離されて行くケイン博士。

その顔が此方を見、軽く頭を下げて来たのを確認し、

 

「とは言っても、アメロッパの待遇に納得出来なければお声掛け下さいにゃ!」

 

声を大きめに、そう口にした。

半ば睨むように見返してくるケツアゴの横。

軽く手を振って来るケイン博士の微笑みに、一先ずはと内心で頷いておく。

一先ずは。

ワイリー様からの依頼にお応え出来たろう、と。

 

今回の依頼の内容は、そう複雑な事ではない。

ケイン博士。

ニホン政府に振り回された、あるいは、されている人物。

その名誉を多少なりとも回復してやって欲しい。

と言うのがワイリー様からの依頼であった。

 

正直、意外ではあった。

ワイリー様が光博士以外にそのような配慮を向けると言う事実が。

しかし、その経歴を思えば得心も行く。

 

ご自身がニホン政府から追い出されたお立場。

ケイン博士とも知らぬ仲ではないと言う交友。

そう言った部分が、何かしらの琴線に触れたご様子。

 

まあ有り体言って、同情辺りだろう。

同じ、国によって不利益を被った人物として。

想像でしかないが。

ともかく、ソレをワイリー様が願われたのだ。

ならば叶えるのがワタシの仕事。

 

等と思いはしても別に然程難しいことではなかった。

何せワタシ。

パインであるからして。

 

有能なネットナビとして、少なくともアメロッパでは知られているのだ。

そのワタシが直接雇い入れている技術者等、殆んど居ない。

コサック博士。

現状では実質、彼ただ一人である。

 

そして、そのコサック博士の有能さはよく知られている。

ゼフラム社に赴けば、引っ切り無しに挨拶が来たように。

その分野を知る人は知るレベルなのか、万人誰しもが耳にしたことがあるレベルなのか。

そこまでは流石に、現実世界に居ないワタシでは肌感覚として知り得ないが、ともかく。

 

自身の技術力もあり、他者を雇い入れる必要が殆んどない。

スタッフマン達や、W2を知っていれば分かるコト。

そう思われている様子があったパインだ。

それがわざわざ、公衆の面前で声を掛ける者があれば、どう思うか。

 

ましてや。

その技術を褒め称える程に優れていると思われればどうか。

少なくとも、アメロッパで見られる目は変わるだろう。

 

そのような思惑の元に動いて見事、成功。

ケツアゴも殆んど理想的な動きをしてくれた。

計画通りと言った感じ。

真実かどうかはともかく、アメロッパがケイン博士を評価していると口にしたのだ。

少なくとも今後、ケイン博士が蔑ろにされることはあるまい。

 

「………………はぁ」

 

なんて。

深々と、さも残念そうな溜め息を溢しながら視線を送る。

未練たらたら。

言外にそう示すかのように。

 

今更になって。

近くに人が控えるようになったケイン博士へと向けられている視線の数々を盗み見ながら。

心の中では、密やかに嗤った。

 







「――いやはや、申し訳ありません。確かに」
「ああ、構いませんよ」

動かしていたペンを置き、軽く息を吐く。
機密保持に関する書類。
これから話したいことは、それに当たる。
等と口にされながら渡された書類。

署名欄にサインをしながら思ったことは一つ。
風向きが変わった。
ただそれだけだった。

先日までの対応。
それは酷かった。
とは、言うまい。
ニホン国内であってもその険しさはまさに、針の筵のようだったのだ。

海外。
アメロッパに流されてもそれが変わる様子はない。
いや、彼方よりかはマシだったかも知れないが。

それでもその様に、些かの失望を覚えはした。
しかし、それだけだった。
仕方がないと、思うことにしていた。

だが、変わった。
風向きが一息に変わった。
パイン。

光親子が居る所為だろう。
海外への電脳技術的関心が薄いニホンでは知る人ぞ知ると言うような具合だが、現状唯一、人のように権利を認められているネットナビ。
限定的ではあるが。

そんな彼女が、非常に高く評価している。
その言葉。
その態度。
その熱意。

私に向けられていた諸々だけで、風向きが変わった。
如何に、パインが注目を集めているのかが分かる事であり。
また、如何に影響力を持っているかもまた分かる。
そんなことを、つらつらと思い返す。

「――それで、機密の内容はどのような?」
「此方です。アメロッパより正式に発表があるまで口外は控えて頂きますが――」
「ふむ………………ネットワークの安全性確立のための国際機関の設立。それに関わる、ネットナビ製造計画」
「『OS計画』。そして、『Σ計画』――実際の働きを見せて頂いてからにはなりますが、何れはこのどちらかに携わって頂くことになるかと」
「なるほど……」

感謝しなければならないだろう。
改めて。
極秘。
そのように表紙に記された二つの、紙の計画書を流し見ながら思う。

先日までであれば、このようなモノに目を通すこと自体、出来なかったろう。
間違いなく信用がなかった。
ソレが一夜。
たったの一晩過ぎればこの様相。

「……一介の研究者ではありますが、可能な限り頑張らせて頂きましょう」

協力者。
その中に記された、パイン。
彼女の名に目を止めながら、

「ええ。是非とも期待させて頂きます――ケイン博士」

そのように。
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