パーティの翌日。
午後。
ワタシは人を待っていた。
ゼフラム社にあるオフィス。
其処で細々と作業しながら。
昨日、終わってワイリー様にご報告し、一度休んでからずっとだ。
だから彼此、半日ほどか。
作業に時間を費やしている。
ナビ製作。
ちょっとしたナビの製作を進めながら、人を待っていた。
リリリ、とタイマーが小さく鳴り響く。
音が出ることに大した意味はない。
ただ、気分の切り替え。
もう間もなく人が来る合図として、やはり変化と言うモノは大切だろう。
「んにゃぁ~……」
意味もなく。
欠伸と共に伸び。
猫のように四肢を付け、ぐっと腰回りも動かす。
ネットナビに骨格等ないのだから全く意味はない。
ただ、何となくやっただけ。
次いで、やはり無意味に両腕を引っ張り伸ばして。
軽く息を吐いた。
時間より少し早い。
しかし、微かな足音を確かに捉えていた。
さて。
と。
気を取り直してナビの細工をしているフリをする。
少しして聞こえて来るノックの音。
「はいにゃー、ど~ぞ」
大して気をやってる風でもない。
間延びした声で返事をすればすぐ。
『パインさん、お客様をお連れしました』
『邪魔するぞ』
全く心にも思ってないだろうことを口にしながら。
鞄を抱えたケツアゴが、後に続くように入って来る。
一瞥。
それだけして作業に戻る。
「ちょっと今、都合が悪いから待ってくれますかにゃぁ?」
『フン! 時間も見てないのか?』
「ごめんにゃさいねぇ」
『……まあ、良い。で、何を作ってる?』
「ネットナビ」
『見れば分かる』
軽く答えてやれば苛立たしそうな声音。
そのまま音を立てそうな具合に、備え付けのソファに腰を落とし、鞄は脇に放った。
さて。
案内のゼフラム社の人は。
顔を動かさずに確認すれば。
手持無沙汰な様子で、しかし此方を見ている。
ワタシの作っているネットナビが気になるのだろう。
そういう精神、嫌いじゃあない。
実際、今回はそれを利用させて貰うつもりでもある。
「プレゼンテーションだとかの資料作成用のネットナビ――の試作にゃ」
『資料作成用? 何故そんなナビを?』
「昨日、役人の人とか秘書の人とか? 資料を作るのに何かと時間が取られて大変! って言ってました。だからパイにゃんがその労を取っ払ってあげようと思ってにゃん?」
『ほぅ? 具体的にはどう言ったナビになる?』
「よくぞ聞いて下さいました!」
くるっとターン。
ついでに顔の横で手を軽く一回叩く。
「膨大な資料を管理する演算能力! 資料の中から必要なデータを抽出する検索能力! 必要な数値を算出する演算能力! 纏めたデータを分かり易くする編集能力! 発表に際しての文章を用意する執筆能力! そして回数を重ねて修正点を見出す度より良くしていく改善能力! 諸々を備えた、事務補助型ネットナビにゃのです!」
『……それだけ聞けば凄そうではある』
「ソフトはソフトで製作中ですけど……性格も今まさにそう言ったことの得意そうな、真面目で落ち着いた感じに弄ってる所にゃ」
『性格もか? しかし、その性格では戦闘面に多少の難が出そうだが……』
「まぁ、はい。そもそも集中させたリソース分、対ウイルス性能は落ちてしまって――完全にお仕事の補助用ネットナビと考えて頂く必要はあるかと思いますにゃ」
具体的には、そもそもバスターが撃てない。
記録にある初代エグゼのように、そもそもエネルギーのチャージも出来ない。
戦闘関連のリソースを殆んど演算能力に回している。
出来て、バスターなしのチップ縛り。
と言うのがイメージとしては分かり易いか。
そのため仮にウイルスバスティングをするとなれば。
オペレーターの補助ありき。
戦闘用のチップがなければメットールの一体もデリート出来ないだろう。
ちなみに、スタッフマンの殆んど下位互換。
量産することになれば、ゼフラム社にお願いすることになる。
そうなればデータを渡さなければならないので。
スタッフマンの能力をダウングレードさせた感じになっている。
それでも事務仕事関連はかなり楽になるだろう。
それに、この試作ナビとスタッフマンとを人間が使った場合、どちらに軍配が上がるかと言えばこの試作ナビの方に上がる見込みでもある。
ワタシ達と違って、人間はデータでの遣り取りが出来ないから。
話せないスタッフマンでは。
文字を読む工程を挟む必要がある分やはり、言葉での意思疎通の利くナビの方が人間にとっての利便性は高い。
『ちなみに名前は?』
「カリキュラマンにゃ」
『……まあ、独特な見た目だな』
それについては、はい。
作ってあるナビの内に一体、絵描きボンバー系のナビが居る。
その子に頭の良さそうなナビのデザインをお願いしたのだ。
「オーケー。考えてみるわ」と。
そう言われて、大体三十分ほどで送られて来た幾つかのデザインの内の一つ。
一番、如何にもな感じがしたデザインを元にさっと仕上げた外見である。
なので正直、修正を加えては行く予定だが。
ナンバーマン。
と言うネットナビが、ワタシの記録には存在している。
記録にある初代エグゼに登場した、将来的に関わる可能性のあるネットナビなのだが。
最大の特徴は何と言っても、性能面か。
曰くスーパーコンピューター並みの演算能力を有するネットナビ。
流石にそれは大言の類だろう。
しかし高度な演算能力を有していると言った意味では、エグゼと言うシリーズの中では最上級ではなかろうか。
少し逸れたが。
このナンバーマン。
見た目が随分、特徴的であった。
全体的な見た目のみで言えば細くなった『W2』、ノーマルナビに近しい。
しかし特筆すべきは、その頭。
両目は黄色いボタンのようで、額より上はさながら水晶玉でも乗せたかのように大きく丸みのある透明な頭部。
その中に、黒っぽい格子模様で、所々で黄色がある如何にもデジタルチックな見た目だったか。
翻ってこの、カリキュラマン。
全体像としては殆んどノーマルナビのまま。
ただ、額より上の頭部がナンバーマンに近しい形状。
そして両手の部分も二回りほど大きくなっているのが特徴である。
それでも、全体像は概ねはノーマルナビのままだが。
「如何にも賢いって感じでしょ?」
『そうだな』
調整完了。
さも、今まさに出来ましたとでも言うような具合に、カリキュラマンの身体から両手を引っこ抜く。
大した意味はないけどもそのままの流れで頬を挟むようにして、起動。
十数秒ほどか。
セットアップに時間を要してから、光の宿った両目がワタシを捉えた。
「――――セットアップ完了。おはようございます、パイン様」
「簡易診断開始」
「了解――――――簡易診断完了。問題は見当たりません」
「オッケーにゃん! じゃあスタッフマン! テストも兼ねて仕事回してみて貰えますかにゃ?」
プラカードに「了承」の文字。
そしてそのままの流れで引っ張っていく後ろ姿に頷く。
これで一先ずは良し。
小さく首を横に振って信じられないモノでも目にしたかのようなゼフラム社の方には気付いてないかのように、ケツアゴの方に視線を向けた。
「お待たせして申し訳ないにゃ」
『…………まあ、構わんよ。あのカリキュラマンだが、何時から正式にリリースされる見込みだ?』
「さあ? 試運転して問題なければゼフラム社に投げて……採算が取れるようなら、って感じじゃにゃいです?」
『そうか』
一つ頷き、視線を脇の社員へと向けた。
少し驚いた様子でしかし営業スマイルを浮かべたことに、満足そうに頷いて見せる。
腐っても、元は基地の上官。
書類仕事の重要性や手間をよくよく理解はしているのだろう。
『――――それで?』
「はいにゃ」
『軍部向けのナビなんぞは、ないのか?』
コイツ。
思わず目を細めてしまう。
肝が据わっていると言うか何と言うか。
「さて。それについては…………」
『……ああ。おい! 何時まで居るつもりだ! さっさと出て行けッ!』
社員を一瞥。
それだけで理解した様子で立ち上がったかと思えば、がなり立て半ば外へと追いやった。
荒っぽい。
鼻を鳴らし、再びソファへと腰を落とした。
顎で促してくるのに肩を竦める。
とは言っても。
外に出たは良いが恐らく、扉のすぐ外に居るようだが。
まあ、良いだろう。
問題が起きたとしてもソレはワタシの責任じゃあない。
「『OS計画』に組み込まれてるんじゃにゃいですかぁ?」
『アレは別だ。軍部でも使えるようなネットナビは是非欲しいと思うのだが?』
「ふむ…………」
考えるように、軽く顎を擦る。
いや別に、受ける受けないで言えば全然受けるのだが。
はいはいと何でもかんでもすぐに受けるのは些か癪だ。
それに、ワタシ自身はともかくパイン側では持っていない情報の伝手を手に入れてもおきたい。
となると。
「…………三つ条件が」
『言ってみろ』
「軍の皆さんの訓練風景を見せて頂ければ。ナビにトレースさせます」
『構わん』
「そのデータをワタシが使うかも知れませんけどにゃぁ?」
『…………』
顔を逸らして窓の外を眺め始めた。
明言を避けた。
言質を取られたくはない、か。
まあこれは致し方なし。
「それで。いい加減、計画書は見付かったんですかにゃ?」
『……フン! 勘の良いガキだ』
窓の方から視線を降ろすと、脇に放っていた鞄に手を伸ばす。
表情は、動かさない。
今までと変わらない、微笑みを浮かべたままに置く。
僅かに焦らすような具合に、鞄の留め具を外したケツアゴはゆっくりと紙の計画書を抜き出した。
『極秘』等と判が押されているが、
『……一応言っておくが、モチロン許可を得ている』
「あら、残念」
『チッ! そんなに見たくないのか?』
「あらら~、約束を破られるのですかにゃぁ?」
声に出せば、微かに視線が動いた。
元々から、協力のために出していた条件。
其処に足して、今回のネットナビ製造の条件の一つ。
今、手元にあるモノ一つで、二つに片が付けられるのだ。
彼方からすればこれほど楽な取引はないだろう。
焦らすために断っても、此方の不信を招くだけ。
元よりワタシに見せた時点で選択肢はない。
『…………それなりに苦労して手に入れた代物なのだがな?』
「そういう約束、じゃにゃいですか?」
『一体いくつ同じような計画書があったと思う?』
「さあ?」
『八つだぞ? そう変わらない時期に。一番古いモノを探し出すのにどれだけ苦労したか……』
「そんなに」
思わず。
素で声が出た。
殆んど同じ時期に八つ。
それだけ警戒心が強かったのか。
あるいは別の、何某かの要因でもあったのか。
何だって良い話だ。
嬉々とした様子でワタシに苦労話を語る男によって、ソレは全くの無に帰したのだから。
さも同情的とでも言うような顔を作り、適当に相槌を打つ。
「にゃるほど…………それは、大変だったんですにゃあ」
『そうだ! 全く、これほど苦労させられたのだ……相応の礼が欲しい所だがなぁ!』
「無論にゃ。『Σ計画』はキチンと頑張らせて頂きますにゃ」
『………………まあ良いだろう。それで? これ等はどうすれば良い?』
「纏めてコピー機の読み込み口に入れて頂ければ……これ等?」
『八つ全て持って来ている。モノによって名前の有無が少し違うからな』
「それはそれは……」
当然だろうとでも言うような顔をしているのに些かイラッと来るが。
尚更、好都合。
スキャン機能搭載のコピー機はあまり見ないのだろうか。
物珍しそうに眺めながら、半ば放るように読み取り口へと突っ込んだ。
言わずとも、流石にボタンを押す必要性は分かっているようで押す。
軽やかな音と共に、計画書が一枚一枚。
電脳世界へと取り込まれて行く。
思わず笑みが零れそうになるのを堪え、しかし頭を下げる。
「お手数お掛けしましたにゃ」
『構わん、契約通りだ。そうだろう?』
「そうですにゃ」
『それで? 最後の一つは?』
一枚。
一枚。
紙が読み取られる音に、まさに千秋の思いを馳せるよりも前に。
何処か面倒臭そうな声が耳に入る。
ああ、そう。
三つ。
条件に三つ出していた。
二つ目の計画書は催促のつもりでしかなかったのだが、良い意味で裏切られた所為で若干失念してしまっていた。
三つ目もそれなりに重要なことだったのに。
適当に煽り散らしながら条件として出す予定だったが、軽く咳払い。
頬杖を突いているケツアゴを確りと見。
ゆっくりと、深く、頭を下げる。
「どうかワタシに、貴方の懇意にしている牧師を紹介しては頂けないでしょうか?」
沈黙が場を満たす。
微かに、息を飲んだ。
驚いたようにその目が見開かれているのも、見て取れる。
三分ほど。
沈黙のまま。
時折。
口を開き掛けては閉じて。
『――――――それは、何故だ?』
そんなことを繰り返していた彼がようやく、そう、言葉を発した。
下げていた頭を戻す。
出来るだけ。
でもさり気ないように、悲し気な表情を作って。
「――――デリートされたナビは何処に行くのでしょうか?」
『…………』
「人の口にする、あの世に行くのならばせめて、救われる可能性ぐらいはあっても良いと思うのです」
『……つまりは』
「人のように救われるとは思えません。でも、せめて、ネットナビであっても祈れる場を用意したい。救われる可能性を用意して上げたい――だから、教会の方に許可を頂ければと思いまして」
なんて。
内心の一切を隠したまま。
殊勝な顔で、儚く微笑んで見せる。
正直に言えば。
ワタシは別に、教会や宗教をどうこう思ってはいない。
神とでも称するような存在が居るのかも知れない。
居ないかも知れない。
そも、神と聞いて思い浮かぶのは。
パイン的に考えれば、まあ。
あの、宇宙の平和を司る女神の娘的なアレなので。
いや別に、アレが神じゃないとは言わないけど。
むしろ神っぽいからこそ。
ボディ自体は既に用意してあるけど、アレに祈るのはちょっと。
人類をナチュラルに下民とか下位存在とか呼ぶタイプだし、多分ネットナビをそれ未満としか思わないだろうし。
その、ご勘弁願いたいかな、と。
まあ良しとして。
ともかく。
教会を用意する理由はハッキリ言って、ガール達のため。
シスターや天使には、祈りの場である教会が必要であろう。
あと、大きな宗教は味方かさもなくばせめて中立辺りにするに限る。
教会を用意したい、と言うのは理由付けの一環である。
何の話も通さず、電脳世界に教会を造るのは色々と問題が出るかも知れない。
宗教は色々と面倒なことが多い、なんてイメージがある。
なので一応、事前に話を通したかった。
それだけだ。
それ以上の意味は正直、然程ない。
祈るだけで救われると思えるほど、ワタシは、信心深く在れない。
仮に祈っただけで救われるなら。
キャスケット様もワイリー様も、とうの昔に救われていて然るべきだろう。
我ながら何とも罰が当たりそうな理由ではある。
しかしまあ、罰が当たるのなら神が居ると言うこと。
であれば、ワタシの祈りの一つぐらい、叶えてくれる器量はあろう。
どちらであっても。
居ても居なくても、ワタシに全く損がない。
ケツアゴに頼んだのは単純に、頭を剃る程度には熱心なのだろうと思っての事。
懇意にしている教会もありそうだと言うぐらい。
強いて言えば、懇意にしている牧師に通じていれば、ケツアゴが何か不審な動きをしていた場合に拾える情報網の一つにもなろう。
等と、我ながらおおよそ凡俗。
しかしそれでも、
『――――――良いだろう。話は、通しておく』
「ありがとうございます」
暫くの間、顔を歪めていた彼がその表情のまま言葉を溢した。
今一度、頭を下げる。
紙の飲み込まれる音を、耳にしながら。
「居た」