ワタシは、ボンバー……   作:無記名 to 稿

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※念のため。
 今回は話の都合から宗教的な要素を含みます。
 予めご了承下さい。



076:教会

 

「この度は、お越し頂きましてありがとうございま~す!」

 

元気良く、大きな声で。

出来るだけ人好きな笑顔を浮かべ。

居並ぶ彼等に声を掛けた。

 

並ぶのは、十体のネットナビ。

とは言っても、本命はそのネットナビではない。

その向こう側。

現実世界に居る、オペレーター達。

彼等こそが今回の主賓であった。

 

「モーションさんもありがとうございますにゃ」

『気にするな』

 

ケツアゴ。

彼に頼んでいた宗教関係者。

それはこの中の一人。

残りはその人物の繋がりなんかで来た、同じような関係者であった。

 

こうして会える機会が出来るまで、一月と少しは掛かったか。

まあ流石に、すぐだと色々な準備が間に合わなかったからそう言う意味では助かったけれども。

もう少し早ければもっと良かった。

軍の方々からの要望やら見学やらもした、軍用ナビの試験機は既に出来上がっているのだから。

 

閑話休題。

流し目で彼等のネットナビを見やる。

このネットナビに関しては、一時的にゼフラム社よりお借りしている存在だった。

 

オペレーターの腕がヘッポコでも問題ないように。

ゼフラム社で開発中のハイグレードモデル。

つまりは試作ナビを回して頂いている。

無料で。

 

まあ、恐らくはワタシの進めている施設。

その全容を、回して来たネットナビの記録データから確認することが目的なのだろう。

少し変わった先行入場とでも言おうか。

ここ最近はハッキングなんて手を使って来なくなって、少し悲しいくらいである。

情報が入り辛くて。

 

ネットナビに入れて貰っていた、集合場所のショートカットと入場用のパスデータ。

此処、『MMM』の一角に全員が集まっている以上は問題なかろう。

そう言う事にして、片手をワタシの顔の辺りまで掲げる。

興味深そうに周囲を見ていたり、ネットナビ越しに会話をしていた彼等。

その視線が、ネットナビの注意がワタシに向いたことで半ば強制的に向けられたことを確認。

 

「――それでは。聖書さえあればと知ってはいますけども、分かり易い目印として建設中の電脳教会に皆様をご案内させて頂きますにゃ」

『失礼。先に質問をよろしいでしょうか?』

「はい。いかがされたでしょうか?」

『具体的な宗派は?』

「申し訳ありませんが、何処とは考えておりません――ただ、ネットナビが祈りを捧げることが出来る場所を提供する。そのためにも、明らかにそぐわない何かがあればお教え頂きたいのです。それだけはどうか、ご理解下さいにゃ」

 

頭を深く下げ、上げる。

それから見渡しても。

何かを言う方は居ない様子。

 

「――それでは此方に」

 

一つ頷いてから先導を始める。

ぞろぞろと着いて来ていること。

あとは周囲に、ウチの子達以外のネットナビが居ないことも軽く確認。

宗教関係の表紙の並んだ本棚っぽい間を数十秒ほど通り過ぎた先。

 

エリアの端辺りに、明らかに通行出来ませんと分かる赤い蛍光灯みたいな遮断扉。

その脇に控える二体のスタッフマンに手で挨拶。

透かさず扉に触れて解除してくれたのを尻目に通り過ぎ、続いてはセキュリティボックス。

振り返り、着いて来たネットナビ達が全員に触れるように促す。

 

全員が終え、最後にワタシが触れる。

ようやく、セキュリティボックスが丸印を表面に表示し、解除された。

正直、解除するだけならワタシ単独で可能なのだが。

間違いなく予定のナビであるかの確認である。

 

そのまま引き続き先を進む形で引き連れること数十秒ほど。

細長いルートを過ぎた先の広間にある、ショートカット。

幾つかあるが、現在稼働しているのは真正面一つだけ。

その脇に立って振り返れば、微かに不審に思っているらしい顔がモニター越しに見て取れるが、無視。

他の施設はまだ出来ていないので。

 

無言で進むよう手で促すワタシから回答を得られないと察したらしい。

やがて。

一体。

一体とショートカットへと踏み入りその姿を消していき、最後にワタシも踏み入った。

 

『オォ……』

『なんと…………なんと…………』

『――――――』

 

着いた先。

辺りの足元一面を覆う、原野のように広がるハーブを参考とした草花。

ショートカットから見て、エリアの右端。

其方に立ち並ぶは葡萄等の果実が連なる果樹園と突き出るような二本の樹木。

釣られるように視線を向けた空は、青色しかない。

 

太陽も。

白雲も。

星々さえも。

何もなく。

ただ、明るく照らされているのみ。

 

自然の只中のようであるが、違う。

真っ直ぐに視線を戻せば、小高い丘に向けて伸びた白い石畳の道。

その先。

丘の頂上に建つは、現実世界最大とされている有名所の図面等を参考に色々融合とかさせた、大教会。

 

「彼方がまだ造り掛けですが、教会になりますにゃ」

 

まだ造り掛けだけど。

そう口にしながら前に出て、振り返る。

ワタシ達が手塩に掛けて創り上げている最中の空間は、中々に好評な様子。

感嘆の声が聞こえて来るのに頷いて、

 

「――それでは此方に」

 

道の先へと歩を進める。

着いてくるのは一部。

しかし一度足を止め、振り返れば。

やがて恐る恐ると言った様子で着いてきたのでまた足を進める。

 

然程離れてはいない。

とはいえ、余裕を持って見ながら近付けるように設計しているのもあってたっぷり一分ほど。

あえて時間を掛けながら近付いていく。

 

見えてはいただろう。

宙を飛ぶ人影が。

聞こえていただろう。

様々な掛け声が。

 

近付けば鮮明となる。

衣装のような白い翼を持つ姿が、忙しなく教会の上空を飛び回る様が。

様々な装飾を取り付けていたり。

あるいは、壁に色を付けていたりとする姿が。

 

いやはや。

あの子達の製造は苦労した。

《エアシューズ》のようにネットナビを浮けるようにと色々と試したのだが。

最終的に、体と同じ程度はあろう翼部分を丸ごと噴出機構のようにしなければ自在に飛べるように出来なかったのだ。

 

とは言っても、ガールのパプルやブラスに似せた子達には十分似合ってもいる。

現在はその小型化を目標にしているが、飛べはしているので優先順位は低い。

小さくしたい理由も切迫したことじゃない。

被弾面積を減らすことと、頭部に付けるには些か大き過ぎる気がしているだけだ。

 

ただ、無言。

続くナビ達とオペレーターが一声も発しない。

歩を進めればやがては教会を囲うようにある、透き通るような電脳水を湛えた水路。

渡るための石橋へと差し掛かった。

中、前から此方に走り寄って来る何か。

 

一瞬の警戒。

そして、思わず浮かべてしまう怪訝な表情。

後ろからは見えていないだろうが。

しかし微かに動揺のどよめきが聞こえて来た。

 

まあ、そうでしょう。

前から。

総勢十体ほど。

筋肉モリモリマッチョマンの青タイツ集団が走ってきたら。

 

『な、なんだぁ?!』

『これは一体?!』

『ナンスカコレ!?』

 

頭の横から小さな翼を生やしている、白目の部分が黄色な丸目の集団。

もうこの情報だけで不審者でしかない。

それらがワタシ達の前を塞ぐように立ち並んだかと思えば。

威嚇するかのようにボディビルっぽいポーズを取り始めているのだから、もう。

 

何。

その。

コレ。

 

ちょっと予定してなかった状況に白目を剥いてしまう。

だが、それも束の間。

動揺してるだけな訳にもいかないので気を取り直して、顔は動かさず、周囲を見やる。

と言うか、教会の方へと目を向けた。

 

青いマッスルの間を縫うように見える先。

其処から見えているナビ。

その姿に一先ずの息を吐く。

さも、予定通りの事であるかのように。

安心させるためもあって、そのナビに対して片手を挙げた。

 

「――来る時間を伝えてなかったかにゃ?」

「警戒を怠る理由にはなりませんわ――ですが、申し訳ありません。お客様方には見苦しい所をお見せ致しました。お戻りなさい」

「「「     !!!」」」

 

声なき声をそれぞれが挙げて。

のっしのっしと足音が聞こえてきそうな具合に戻って行くそれらを眺める。

あんな感じにプログラミングした記憶は、ない。

と言う事は改造を加えたのだろう。

 

あくまでも、プログラムくんに近しいからソレが出来たのかは知らないが。

そう言うことにしておく。

もし何らかのバグでああなっているのなら、意味が分からな過ぎて頭を抱える羽目になるので。

 

そうして。

筋肉の群れが去って行った後に残ったのは一体のネットナビ。

蒼髪の縦ロールを左右に揺らしながら、優美な一礼を見せる高貴な様。

 

だが。

赤いジャージっぽい姿と被っている黄色のヘルメット。

それらで台無しにしてしまっている、

 

「監督お疲れ様にゃ、アクアブルー」

「構いませんわ。これぐらい出来て当然ですもの」

 

アクアブルー。

吸血鬼である。

まあ、吸血鬼のボンバーガールをモデルにしたネットナビ。

と言う、ややこしい形になる。

あと、普段はちゃんとドレス姿。

 

手の甲を口元にやる。

ただそれだけでも、何か如何にもお嬢様然とした所作。

その辺りは可能な限り手に入れた情報を注ぎ込んだが故。

所作と恰好が絶望的に合ってないが。

しかし此方の反応を全く気にする様子もなく身を翻した。

 

「……それでは、ご案内しますわ」

「は~い。説明、お願いしますにゃ――では皆さん、着いて行って下さいにゃ~」

 

そのままさっさと歩き始める彼女に置いて行かれないように。

振り返り、先を促す。

少し慌てた様子でその後に続いていくネットナビ達を眺めながら。

ふと、横に顔を向けた。

 

一体だけ。

ワタシの横に並ぶように立ったネットナビ。

その後ろで、モニターに映る牧師。

彼が僅かばかり、険しい表情を浮かべていた。

半ば、予想通りに。

 

「如何されたでしょうか?」

『……彼女は、何だ?』

 

声を落とし、問えば同じように落として返される質問。

疑問。

その視線の先は、アクアブルーの尻の辺り。

緩やかに揺れるは、先が鏃のように尖った尻尾。

水色のリボンと共にあるそれはまるで、

 

「悪魔のよう、でしょうかにゃ?」

『…………』

 

ワタシの言葉に返事はない。

しかし、その無言こそが答えである。

予定通り。

微笑み、口を開く。

 

「かつて神より指輪を賜った王は、それに込められた力を以て悪魔を使役し、神殿を建設したと伺いました。その伝承に倣わせて頂いている訳ですにゃ」

『…………なるほど』

 

未だ、モニターに見える顔に険しさはある。

だがその険しさは薄れた。

一応の納得が行ったのだろう。

あと、アクアブルーは悪魔じゃなくて吸血鬼なのだ。

 

まあ、それ以外のアレ等が。

青い筋肉の群れはどちらかと言うと悪夢的、もとい悪魔的だし。

実質、悪魔と言う事で良いでしょう。

そのまま、ワタシを追い越して行ったネットナビの後ろで頷く。

 

コレで以って、教会の人間に存在を認めさせられた訳だ。

いや、この場では口にしなかっただけかも知れないが。

それでも充分。

後々に文句が出たとしても、その時に言われなかったのだから既に認められた存在である。

 

余程の問題でもなければ、それで押し通せるだろう。

もっと言えば、アクアブルーの外見は美少女。

如何にも悪魔的とは言っても、尻尾以外に特徴がない以上はどうのこうのとも言い辛くもあろう。

 

一つが通ってしまえば、他を通さないのは難しい。

良きにしろ悪しきにしろ。

前例は踏襲され易い。

 

そして現状、教会の建設に携わっているのが悪魔であっても、否と口にするのは難しかろう。

所詮、現実世界の過去の逸話を再現しているに過ぎないのだから。

ワタシの狙いと言うのは詰まる所、そう言ったコト。

 

そのまま、アクアブルーの案内の流れに乗る。

忙しなく動き回る青い筋肉悪魔やスタッフマン、天使を模したナビ達の合間を縫うように。

教会の外周をゆっくりと歩きながら、動作の一つ一つで視線を導く様を眺める。

この教会は何処其処のモノを基に、だとか。

あの装飾は何々をモデルに、だとか。

 

一つ一つ。

丁寧に。

時には質問に対しても丹念に応える様子に人知れず笑う。

 

淀みない回答に、徐々に関心が勝って行っている様。

険しさが徐々に薄れていく様子を。

微笑みながら見詰めている内に、

 

「さて――大まかな説明は以上となります。パイン」

「はいにゃ。中へはワタシがご案内するにゃ」

『……中の説明はして下さらないので?』

「別のモノが担当します――それでは皆様、ご機嫌よう」

 

一周を終え。

教会の扉の前でワタシ達へと向き直って言った。

些かの名残惜しさを含んだ言葉にも素気無く返し、一礼。

ぺろりと。

赤く長い舌で己が牙を軽く舐めて見せ、返答を待たずに歩み去っていく。

 

面食らっている様子の一同を前に、先程までの立ち位置を代わりに奪う。

そのまま扉へと手を伸ばし、軽く引いた。

軋み。

しかしゆっくりと音を鳴らしながら開いていく扉に視線が奪われる様を感じながらも、振り返った。

 

光のヴェール。

扉一枚を隔てた向こうに在ったその存在に驚いている様子の一同に手で示せば。

一体。

また一体とナビがヴェールの向こう側へと消えて行く。

最後にケツアゴのナビが、一瞬ワタシに視線を向けてから消えたのを確認してその後を追う。

 

一瞬、世界を覆う光。

そして次の瞬間、目に入るのは光の降り注ぐ場所。

上方四方、計十四枚からなるステンドグラスから教会内部に光が注がれている。

 

蝋燭の火もない。

電灯の灯もない。

しかし、光に満ちた教会の中に居た。

 

そういう演出だ。

光のヴェールに入ればショートカットで、別の電脳空間に存在する教会内部へと飛ばされる。

あたかも、光を抜ければ別世界に居るかのように。

そんな仕組みなのだ。

 

後ろを見れば、扉らしき場所は光のヴェールに覆われているが。

其処を抜ければ先程のエリアに飛ばされるだけ。

アクアブルー達が現在、造っているのは文字通りハリボテ。

仮に、あの教会がぶち壊されたとしても、この内部と思われるだろう場所には何の影響もないと言う仕組みだ。

そんな機会は、あの存在もあって早々にあるとは思えないが。

 

「――ようこそ、愛の教会へ」

 

ゆっくりと。

手を前に組みながら、光に満ちた身廊の中央から歩み寄ってくる。

角のように誇張されたウィンプルを被った修道女のような存在。

 

腰元まではあろう真鍮のような髪。

糸のように細く閉じられた瞼。

歩みと共に揺れる、モーニングスターの如き尻尾。

清貧であるべきシスターの姿にしては胸元は豊かであり、あたかも改造された修道服のようなパーツから覗く肌に当たる部分は多い。

 

もっとも、人間の地肌とは違う。

ネットナビ特有とでも言うべきか。

ある種の機械的、あるいは金属的なツヤと称すべき代物。

唯人がその中に色香を嗅ぎ取るには、些かの倒錯を必要とするだろうが。

 

しかし、目立つのはソレではない。

その後背に負うた金属塊。

十字架。

そう、見えなくもない。

 

だが、そうと称するには過激が過ぎる。

十字架を人に例えれば、頭と左右の手に当たるだろう部分は、滑り止めだろう白い布の巻かれた鉄環が各々。

それは良い。

 

しかし、残りの胸元より下に当たるだろう部分。

一見すれば巨大な剣身に見えるが、違う。

等間隔に生え並ぶ刃の数々が、剣などではなく更に凶悪な何かだと言う事を知らしめている。

 

改めて。

シスターと呼ぶには、あらゆる面で過激にも見える女が。

いや、ネットナビが其処に居た。

まあ。

ワタシが作ったのだけれども。

 

「――此方が、本教会の管理全般を担当するネットナビ、セピアと言いますにゃ。姓に関しては授けて頂くようお願いしていた通りとなりますにゃ」

「よろしくお願いしますね?」

『…………修道女が管理するのかね?』

「修道女? ……ああ、まあ、女性型ではありますにゃ」

 

教会に入って、出て来たのがセピアでは流石に驚いたのか。

それでも、何某かの言葉を飲み込んだ様子の後。

振り絞るようにして出された言葉を否定する。

そう言う質問、あると思っていた。

 

「ですがネットナビに男女を口にするのはナンセンスにゃ。電話を指してこれはオスだのメスだの、言わないでしょ?」

 

と言うのは、ウソ。

ネットナビにも一応の男女はある。

厳密に、雌雄的な男女じゃないので些事だろう。

 

と言うか、ワタシとしても厳密な判断が出来るモノじゃない。

ワタシ自身でもどっちか分からないレベルなモノだ。

そう創られていないから。

多分、自認次第なんでしょう。

元々からそう創られでもしなければ割と適当。

 

『ふむ……であれば、何故に女性型に?』

「男性型よりも女性型の方が親しみ易くないですか?」

 

返事は、ない。

それ以上の言葉がなければ肯定と言う事にしてしまおう。

微笑み続けているセピアと顔を見合わせて一つ頷き、教会の一角へと向かう。

 

着いて来ようとする他のナビ達は手で押し留め、柱の間を抜けて側廊。

その壁際の一角。

一見すればただの壁。

しかし、僅かに色の違う部分を押せば、

 

「じゃ~ん! 自動販売機にゃ」

 

小声で呟く。

シャッターのように競り上がった壁の奥には自動販売機。

わあ驚いたとでも言うように両手を顔の横辺りに挙げたリアクション。

誰が乗る訳ではないから虚しいだけだが。

ともかく、この自動販売機の中には現状、此処にしかないモノがある。

 

ピッ。

ピッ。

とそれぞれを用意。

取り出したモノを片手ずつに持って先程の場所、よりも入口の方に移動しているセピアの所へと向かった。

 

セピアが入り口から見て少し奥、と言うよりも中央寄りの所に用意した儀礼用のテーブル。

その上に、白パンと葡萄ジュースを置く。

ケーキはともかく、完全なパンという種類の代物は今回が初も初。

 

外どころかストーンマンにも出していない、正真正銘、初お披露目の代物である。

なお赤ワインは流石に作っていない。

アルコール的なデータとか色々と問題にもなりそうなので。

 

次いで、形ばかり置いていた燭台の一つを掴み、徐に倒す。

勝手に元に戻りつつ、軽快な音と共に出入口のショートカット近く。

すぐ傍の足元が凹む。

そしてそのまま、小さなワタシが入っていれば腰程だろう高さまで、電脳水が補充された。

徐にカップを取り出して、その縁に置いて。

これで準備は完了。

 

「――――では簡易的ですが準備させて頂きましたにゃ。セピアをどうぞ、よしなに」

 

手を組んで頭を下げる。

その姿を尻目に、ワタシは横へとズレる。

暫くの、間。

やがて何かを決心したかのように。

咳払いをして、一体のナビを操る形で牧師の一人が前へと出た。

 

視線を向けず、ケツアゴの様子を見れば小さく頷いている。

彼が、普段から懇意にしている人物なのだろう。

つまりは経由してお願いしていた人物。

 

そんな彼が、些かの戸惑い。

あるいはぎこちなさとでも言おうか。

そう言ったモノを感じさせる、拙さを持ってネットナビに指示を出しながら朗々と言葉を発する。

恐らく何某かの聖句なのだろう。

周囲の人物等も、モニター越しではあるが、神妙な顔でその様子を見守っている。

 

が。

正直ワタシとしては然程の興味はない。

洗礼されることは一応、大事ではある。

だが、それよりも気になることがある。

果たして、セピアにはどのような姓が授けられるのか。

 

半ば想像は付いてはいる。

付いてはいるが。

それが本当にそうなるのか。

 

ある種、運命の導きとでも言うモノが存在するのか。

疑念と、それに対する回答。

そう言ったモノが見れるのではないかと言う、期待。

 

粛々と。

出来得る限り作法に則ってなのだろう。

ワタシはそう興味がなかったので記録から外したが、分かっているだろうセピアが水に沈められたりしても気にする様子はなく、ただ受け続けている。

それもやがては終わりを迎えた。

 

現実世界との勝手の違いもあったろうに。

それでも遣り遂げた牧師は軽く息を吐いたらしい。

その音を耳にしながら、髪から僅かばかりの水滴を垂らしながらも未だ動かないセピアを見詰める。

やがて、

 

『――――ベルモンド。セピア・ベルモンド』

「…………」

『これが、貴方の洗礼名です』

「…………」

 

その名を受け入れ、軽く頭を下げた姿に息を吐く。

運命。

やはりそれは変え難いモノなのかも知れない。

しかしまあ、諦める理由にはならないが。

ともかく。

 

薄っすらと開かれた、碧緑の瞳がワタシを見詰めて来る。

それを見詰め返し、しかし燭台を倒した。

洗礼の場はそれだけで、何事もなかったように消え去った。

後に残っているモノは何もない。

 

「この度は、セピア――セピア・ベルモンドをありがとうございますにゃ」

『いえ。このぐらいでありましたら』

「ベルモンドは今後、後継のナビ達の当主を勤めて貰うでしょうにゃ……さておき折角ですので一つ、歌を聞いて行って頂ければと」

『……歌?』

「はい。教会には付き物と窺っていますので、合唱隊も準備しております――少しお待ち下さいにゃ」

 

興味深そうに此方を見詰めて来る多くの瞳を軽く流し。

相も変わらず目を向けて来ていたセピアと視線を合わせる。

一つ、頷いた彼女がやや駆け足気味に側廊の一角へと消えて行った。

その間にも、準備を進める。

 

とは言っても、そう大したものではない。

元より並んでいる椅子に座るように勧め、節々に仕込んでいるギミックを動かす。

それだけで、入り口から見て奥側の、内陣の辺りに段差が出来上がる。

いわゆる、合唱用ひな壇とでも言うべき代物だ。

 

周囲を見渡しながらも微かに雑談を交わすナビ達が腰掛ける様を見守り。

そして振り返る。

やや駆け足気味にひな壇へと並ぶ天使、と言うよりもただ白い翼を持つ人型のナビ達。

天使と言うならば。

ひな壇には乗らず、脇で深呼吸を繰り返している少女を眺める。

 

金髪碧眼の少女と言った見目。

ト音記号を模した、しかし彼女自身と明確には繋がっていない、この中では唯一の光で出来た一対の翼。

小さな手には黄金のトランペット。

 

緊張でか、僅かに震えてはいるが。

まあ、何時までも見ている訳には行かないので視線を切った。

中央をゆっくりと通り抜け、ワタシもまた、その少女の反対側の脇に立つ。

 

僅かな間。

全体の意識が此方に向いた。

そのことを確認してから、軽く見せ付けるように己が喉を撫でる。

調子を確かめるように意味のない言葉を幾らか吐いて、頷いて。

そうしてゆっくりと口を開く。

 

「――――伴奏はワタシ、パインと……そちらのブラスが努めさせて頂きますにゃ」

「ブラス、がんばります!」

「それではお聞き下さい――ゴッド・ブレス・アメロッパ」

 

 

 

 

 

送り出して暫く。

作業している面々に手を振ったりとしながら、教会内へと戻る。

其処で待つ二体のネットナビ。

 

セピア・ベルモンド。

あとケツアゴの。

それぞれに頭を下げた。

 

「いやぁ、今回は色々とありがとうございますにゃ」

「うふふ。これぐらい、大したことではありません」

『フン……』

 

セピアはともかくとして。

ケツアゴは画面越しに軽く鼻を鳴らし、ワタシを見やる。

そして僅かな間を置いてから口を開いた。

 

『……さて。件の話だが、来週の土曜日に時間が取れることになった』

「土曜日でよろしいのかにゃ?」

『軍の人間が違和感なく出れる日なんぞ、そうありはしない。ましてや今回は、多少遠くからも来ると言う話になっている』

「おやにゃあ」

 

大して気にしてない風に頷く。

返されるのは、溜め息。

 

『前にも……何処の基地でだったか? まあ話した通りだろうが、貴様にも悪い話ではあるまい?』

「色々見聞きさせて貰いましたからにゃん。具体的な販売はゼフラム社がしますのにゃ……性能のチェックはまあ、必要なことですけど」

『……会うのは貴様の要望ではなかったか? プロジェクトの関係者と繋いで欲しい、とな』

「幾らかはもうお会いしたじゃにゃいですか。ヒアリングのためとかで週に何度か、顔合わせだけだったりですけど、限度があると思うんですけどにゃぁ……」

『今まで会っていない者も居る』

「ならま、良いにゃ」

 

正直、軽い顔繫ぎだけのつもりだったのに。

同じ相手に週に何度も会うのは忙しいので勘弁願いたかった。

それでも上の方の方であれば会わない訳にも行かない。

色々と軍の情報を収集も出来たし。

それでも限度があるとは思うが、ともかく。

 

来週の土曜日。

ゼフラム社でだ。

コサック博士と、あと序でにアイツに協力をお願いしようか。

 

だがそれ以外でも大変なことになりそうだ。

軍の人間が動く以上、それなりの準備を整える必要があるだろう。

ゼフラム社にも、マイナスになる訳じゃあない。

具体的に言うならば、今後のお客様候補の最大手。

しかし、休日なのだ。

 

そんな日にも拘らず人間の方々に動いて頂くのは少々、気が引ける。

家族サービスとか、あるでしょう。

ないにしても、休みと言うのは重要だろう。

ネットナビであろうとも、シャットダウンと言う名の睡眠は重要な要素の一つなのだから。

まあ、今更である。

 

「性能テストのための最終準備とか、まあ色々と進めさせて頂きますにゃ。エンターテインメントとして飽きさせないよう配慮させて頂きますね?」

『そうか』

「……」

 

頷いている。

その表情を見る。

何か、妙。

何かが引っ掛かっているような、そう言った顔をしている。

コレがワイリー様なら、そう深く突っ込まないだろうけど、

 

「それで、まだ何か言いたいことあるんでしょ?」

『…………』

 

此奴なら別に良いだろ。

雑に扱っても。

そういう精神で突っ込む。

 

ハゲた額が微かに動く。

瞳が揺れる。

図星を突かれた動揺だろう。

ネットナビであるため、ほんの僅かな違いであろうと、観測が出来さえすれば把握が出来る。

 

やがて。

諦めたように息を吐いて。

同時に閉じていた瞼を薄く開いた。

 

『――――パイン』

「にゃんでしょう」

『何故、洗礼を受けなかった』

 

恐らくは。

ケツアゴが気にしていたのだろう。

その言葉を吐き出した。

 

「此方で祈ることはありましょう。手を合わせることもありましょう――ですが、ワタシは救われ得るほど敬虔にも冀望にも四愛にも満ちてはおりません。これまでも、これからもきっと」

『ならば何故、教会を造った』

「言ったじゃにゃいですか。救われる可能性を用意して上げたいって」

『お前は?』

「こんなワタシのようなモノを救って下さるほど神の御心は広くないでしょう――いえ、言い方を変えましょう」

 

さらりと言い切る。

こう言うのは建前だ。

正直、下手にそう言ったことをすると肩入れする形に成らざるを得ず面倒臭そうと言う。

いやそもそもワタシは、神を信じていない。

 

信じれば救われる等、欠片も思っていない。

だってそれなら、ワイリー様は救われているハズなのだから。

ワイリー様が救われていない現状が神の思し召しだと言うのなら、

 

「ワタシのようなモノは、神の救いを受け入れられない」

 

ワタシは、神を受け入れない。

キャスケットが死んだことすらも思し召し等と。

そう、簡単に割り切れる訳がない。

 

『――――それでも。それでも教会を造ったじゃないか。お前の……お前は、ネットナビのための教会を』

「ワタシが救われずとも誰かが救われる。そのためですし、それで良いと思いますにゃ」

 

絶句。

閉口。

そう言う表現が当て嵌まるのだろう。

眉間を揉んでいる彼を見詰める。

 

一分ほど。

時間が過ぎてようやく。

溜め息を吐きながらも手を離した彼は指で空を二度、切った。

 

『――まあ、いい。いいだろう。何れ貴様も洗礼を欲す時も来る。その時は取り次いでやる』

「もしその時があればお願いしますにゃ」

『ああ、喜んで手配してやる。それでは一先ず、来週の土曜日に会おう』

「さようにゃら~」

 

そうして、睨むようにワタシを見て来ていた顰めっ面を見送った。

と言ってもプラグアウトしただけ。

正直、その方が外まで送る必要がなくて楽だから助かるけど。

 

それよりも、だ。

一歩、前に出る。

真後ろで何かが空を切った。

振り返れば、自らの体を抱くようにしているセピア。

その両腕がゆっくりと開かれて行く所。

 

「……何のつもりかにゃ、セピア?」

「パイン様」

「あ、はい」

「あなたが神の愛を受けられないと嘆くのであれば」

「あの」

 

嘆いてはいませんが。

 

「代わりに私があなたに」

 

ワタシの心情を完全に無視したまま。

頭一つ分以上も大きいセピアがその両腕を大きく。

朗らかに閉じられていた瞼が三日月のように薄く。

開かれた。

 

「目一杯の、愛を!」

 

踏み込んで来たソレから大きく跳び下がって距離を取る。

唸りを挙げる抱擁が空を搔き抱き潰す。

軽く、息を吐く。

足元を確認するつもりで、爪先で叩く間に目と目が合う。

薄っすらと開かれた瞼の奥の、双瞳と。

 

このままではワタシを捕まえられない。

そう、判断を下したのだろう。

背負うた十字架へとゆっくりと手を伸ばす姿を見、思わず頬を引き攣らせる。

 

「あの、少し、話を」

「――屈服させてでも」

 

おかしい。

流石にワタシ、セピアの性格をそのまま再現したつもりはない。

ちょっとアレ過ぎるからと。

 

精々が、愛深き存在になるように定めはしたが。

愛のためにパインを襲ってくるような、此処までの代物には設定していない。

そのハズだ。

そのハズなのに、

 

「捻じ込んで上げます!!!」

「にゃめろォん!?」

 

設定の収束。

そのようなことを考えながら、迫り、振り下ろされてくる十字架の横っ面を弾いた。

 







このあと普通にプラグアウトして逃げた。

なお後日にセピアの疑似人格をチェックしてもバグがなかったので頭を抱えた。
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