コサック博士が帰って行く。
カリンカちゃんを連れて。
その様を、何処か微笑ましそうに。
窓越しに眺められている。
ワイリー様のお姿を、ワタシ達は見ていた。
リーガルは居ない。
バレルもだ。
二人は小旅行に行った。
リーガルの卒業。
その後には、ワイリー様とリーガルはアメロッパを離れる。
バレルの教育は既に終わっているのだ。
リーガルの事柄以外で、ワイリー様を繋ぎ止める術はない。
だからこその、小旅行。
最早、会うこともあまりないだろう。
そんな二人が珍しく、ワイリー様に金を無心しての小旅行。
あくまでも「小」。
だから、明日の夜には戻って来る見込みだが。
『…………フンッ!』
やがて。
コサック博士等は完全に去ったのか。
軽い調子で鼻を鳴らすと、カーテンを閉めた。
そのままどっかりと腰を椅子に落とした。
眉間に皺こそ寄っている。
しかし、機嫌が良い。
恐らくはもう会う機会が殆んどないだろうコサック博士との会話だ。
カリンカちゃんとも併せてだが、それなりに盛り上がったのだろう。
「………………」
「…………ゴ」
機嫌が良い。
機嫌が良いが。
だからこそ。
それでも。
今しかない。
今日しかない。
完全に誰にも聞かれる恐れがなく、ワイリー様と話が出来る機会は今しかない。
明日には、リーガルとバレルが戻る。
あの二人に聞かれる可能性は、万に一つでもあってはいけない。
他の誰であってもそうだ。
ワイリー様との、これからの話を。
振り返る。
端の方に並べられている、何処か見覚えのあるナビが二体。
まだ中身の設計が進んでいないそうだが、完成すればカーネルのように強大なネットナビとなるだろう。
特に片方は、ボムよりも余程の上位互換と称すべきか。
もう一体居るナビについては、知らない。
何やら剣を模したようなネットナビだが、どのような意図を持って設計されているのか。
可能性があるとすれば、カーネルの後継辺りだろうが。
まあ、深くは考えまい。
少なくとも、あのナビ達が完成すれば、ワタシ一体よりも余程、戦力にはなる。
役割を果たし終えた。
ならばワタシが終わっても良い。
いや、良いとまでは言わないが。
それはそれで、良しと出来る。
ワタシの記録に有るのは、ワタシことボンバーマンが存在する未来の記録。
デリートされるならばそれは、未来が変わると言うことだ。
その場合はその場合で心置きなく、と流石に行かないまでも、無意味な終わりではないと納得位は出来るだろう。
多分。
「――――ストーンマン、フェイクマン」
そうして感慨に耽りながらも、密やかに囁く。
近くに居るストーンマンとフェイクマンへと。
無言でワタシを見ている、二体。
この二体には、既に伝えてある。
ワタシがやろうとしていることを。
止められてもいる。
しかし、やらなければならない。
やらなければ後悔する、と。
「何かアれば、手筈通リに」
「………………」
「………………」
「返事ハ?」
返事はない。
催促しても、ない。
顔を向ける。
揃って、しかし確かに、首を横に振っている。
あまつさえ、フェイクマンはその手をわざわざ近付いてワタシの肩に置いた。
大した力も込められていない。
しかし、離し難い。
無言で見詰めてくるストーンマンの瞳にも、何か抗い難い重さがある。
それでも、だ。
「…………スまネぇな」
片手で払う。
背を向けて断ち切る。
しなければいけないことではない。
しかし、しておかなければならない。
そうワタシが判断したのだ。
例え、この身がデリートされることになるとしても。
言っておかなければならない。
伝えておかなければならない。
「――――――ワイリー様」
引き出しからでも取り出したのだろうか。
何時の間にか、小さな袋。
お守り袋のようなモノを天井に翳していた視線が此方へと向く。
懐古に浸っていたように、此処ではない何処かを、ソレを通して見詰めていたらしいワイリー様を。
『……ん。なんじゃ』
「モう、復讐なンざ止めにしネぇか? ワタシは、疲れタ……」
現実へと、戻す。
全てを無に帰す。
そんな、言葉を。
どれ程、過ぎたか。
沈黙は長かった。
幾台かの車が外の道路を通り過ぎて行った。
それが、カーテンを横切った光で知れた。
ただ、じっと。
天を仰ぐように、しかし目を閉じておられるワイリー様を見詰める。
あるいは、眠っているのではないか。
穏やかな呼吸の音にそう錯覚してしまう。
しかし、後ろのフェイクマンの様子でソレはないと知れる。
ワタシとストーンマンは入れていない。
『ココロ・プログラム』。
ソレを入れているフェイクマンには、ワイリー様の心の動きも知れるのだろう。
呻くような声が、穏やかに見えるその内の激情を知らしめて来る。
撤回の言葉を出すか。
今なら間に合うか。
そんな思考が一瞬、過ぎりもする。
だが、待つ。
ワイリー様の反応を、ただ待つ。
やがて、軽いようで重々しい。
お守り袋を机に置いた音が響く。
金属でも入っていたのだろうか。
等と、跳ねそうになる体を無理矢理に抑え込み、無関係のコトを考えながら。
ただただ、見詰め続ける。
『…………………………その内を言え』
驚くほど穏やかに。
ワイリー様は口を開いた。
平坦ではない。
しかし、その胸に激情を抱いている。
かと問われれば、そうとも感じ難い。
意外なことに。
その瞳は驚くほどに穏やかだった。
何を口にされても驚かない。
そう覚悟を決めていたハズなのに、動揺してしまうほどに。
「内?」
『そうじゃ。ボンバーマン…………それにストーンマンに、フェイクマン。お前達との付き合いはそう長くはないが、さりとて短いモノでもなく、濃いモノじゃと思うておる』
「ハぁ……?」
『ストーンマンも、フェイクマンもお前を止めなかった。ならばお前の内に、一定の理を見たのじゃろう――ソレを言え』
ゆっくりと振り返る。
ストーンマン。
フェイクマン。
その立ち姿に変わりはない。
昔から変わってはいないが。
そう。
ワタシだけでなく、この二体もまたワイリー様との積み重ねがあった。
当然のことだ。
動いていたのは別段、ワタシだけではないのだから。
分かってはいても、ワイリー様の口からその片鱗を語られるコトは、中々クるモノがある。
しかし、感傷に浸る時でもない。
「……リーガルはドうすル?」
向き直り、言葉を溢す。
視線を此方に向けぬまま、僅かに顔を顰められた。
やはり、痛い所だったのだろう。
その顔をしかし、隠すようなことをせず。
ただ、天井を見詰めている。
見詰め返し、言葉を続ける。
「アイツは、おめえとキングランドに移るコト微塵も疑っチゃ居ネえぞ?」
『………………耳の痛い話じゃ。しかし、それだけでは薄い』
「……標的ダが、色々と調ベた限りジゃ反逆罪にスるには十分ダ。何せ、アメロッパ軍の基地を落とセるネットナビのデータを外に流しタ」
『なるほど――ワシが手を下すまでもない。そう言いたい訳か』
「アあ」
アメロッパにおける死刑。
その程度を色々と、弁護士さんが近くに居るから調べさせて貰った。
幸い、パインには人権がある。
その辺り、何に気を付けるべきかだとか理由を付けて調べるのに都合が良かった。
どうすれば合法的に殺してやれるか。
地位も名誉も誇りも何もかもを地の底に落とした上で、確りとトドメを刺せるか。
どの程度まで調べ吊し上げれば、首で体を支えさせてやれるか。
調べ上げた結果は、安い。
体制を脅かす存在に、国家は優しくはない。
言ったように。
アメロッパ軍の基地一つを落とし得るネットナビのデータを他国に流した。
この一事を明るみにするだけで、容易く仕留められることが分かっている。
当然、状況証拠と言えるモノは押さえてある。
キャスケット様の騒ぎの折、銀行のデータを盗んで回ったことが上手く行った。
奴さんの隠し銀行の入金の記録。
古いながらボンバーマンのデータが盗み出された時期。
『OS計画』を当初は主導しながらも身を潜めた事実。
アメロッパが幾ら公平であったとしても、売国奴の疑いを持つには相応の理由付けになるし、順当に吊るせるだけの情報も揃えてある。
足りなければ、足せばいい。
何を足すか。
どうやって足すか。
馬鹿らしい。
そんなモノ、ストーンマン達が管理しているデータを見繕えば幾らでも捏造出来る。
そう言うことだ。
詰んでいるのだ。
詰ませられるのだ。
最初から、どう動いても。
「………………それにダな」
『……まだあるのか?』
「ワイリー様。ワタシは」
それに。
そもそも。
「おめえに手を汚しテ欲しくネぇ」
これに尽きる。
いや、違う。
どう言葉を重ねようとも、
「おめえマで汚くなル必要もねぇダろ?」
これでしかない。
わざわざ殺しに行ってほしくない。
汚いとあえて言ったが、ソレについては別にそう思ってないけれども。
殺し殺されが常態の電脳世界に居るのだ。
割と人間的な倫理観は、我ながら既に、多分ない。
必要そうなら、とりあえず、の流れで出来るだろう。
そのような考えを、元から搭載されている良心とでも言うべきプログラムが咎めて来る感覚。
だが、ワタシからすればそれだけだ。
痒しという程度。
人間未満を始末することに、如何なる痛痒を覚えてやる気はない。
どうとでもなる。
しかしワイリー様はそうではない。
絶対にそうする必要はない。
必ずしも、そうしなければならない訳ではない。
そうしたい。
だから。
そうする。
我儘な言い草だがソレを辞めて欲しい。
コレが掛け値なし。
ワタシの、底の底からの言葉だった。
「………………」
「………………」
『………………』
「………………」
再びの、沈黙。
僅かに肩の力を抜かれたようで。
苦そうに笑って、ワタシ達を見た。
『フフ……宗教に被れたか? 手を汚すな、等と』
「イヤ、別に」
『嘘を言うな。電脳世界に教会なんぞ造りおって――ソレは通るまいよ』
「……エぇ…………ソう思われテんのか?」
『……………なんじゃ? だったら何故、教会なんぞ建ておった?』
「宗教勢力っテ、何時の時代モ面倒臭いじゃネえか。ダから予め味方面しテるだけダが?」
返せば、若干引き気味の顔。
何とも言い難い。
だが、口にし掛けた言葉を何とか飲み込んだようで、ちょっと引き攣ったような笑みで返された。
いやしかし。
宗教関連の面倒臭さは歴史が証明しているのだ。
迎合するか、するフリをして損はないだろう。
いざとなればワタシ自身は洗礼を受けてない訳だから、やり様は色々あるだろう。
セピアを表に出して、その裏で色々とやるとか。
まあ、あのセピアを裏から操れるとか。
ちょっと前まではともかく、今は微塵も思ってはいないが。
閑話休題。
「――――――デ、なんダ」
『何がじゃ?』
「少しハ考え直ス気、出来タか?」
『…………確認しよう』
ワタシの問い掛け。
それに、溜め息を交えながら。
指を三つ立て、視線を返してくる。
『リーガルのこと』
一つ折り、
『ヤツの死のこと』
二つ折り、
『ワシの手のこと――――これ以外に、反論の材料はあるか?』
三つ折られ。
閉じた拳を開いて、手をヒラヒラと振り。
そんな気軽そうな態度とは裏腹に、微塵も動かない視線がワタシを、ワタシ達を射抜く。
存在しない、唾を飲む。
後ろの二体とも、動かないのは感じ取れる。
だからこそ。
ゆっくりと頷いて返す。
僅かな間。
数秒程度。
見詰め合い、そして一つ目。
指を一本、立てられた。
『――フェイクマン、報告を許す』
「……よろしいのですか?」
『口止めは終いじゃ。言え――言わねばコヤツ等は納得せん』
「承知致しました」
何を。
振り返る。
恭しく、その頭を下げていたフェイクマン。
コピーロイドのような、マネキンのような姿に視線が集まっているのを気に止める様子もなく。
ワタシも、ストーンマンも置いてけぼりにして、
「Dr.ワイリー暗殺計画」
忌まわしい言葉を。
吐いた。
有りもしない、全身の毛が逆立つ。
怖気。
そう、怖気だ。
一瞬にして背筋を駆け上るコレはそうに違いないだろう。
一周回ってそうとしか思えない。
「ワイリー様は初日に国防総省を訪問、二日目は近隣基地へと移り、残りの三日目から五日目に掛けても遠方の基地を訪問。五日目の夜には空港へと移り、そのままキングランドへと移住する」
「……四日目が目当テの相手ガ居る基地。終わらセたらそのマま身を隠サれるっテ話ダろ?」
「五日目の最後に訪問する基地と、キングランドに向かう飛行機の時間の二つは決まっている。故に車両の通行ルートは決まっており、コトを起こす場所を定めるのもまた容易」
「待て、待テ、待て――場所の選定は簡単ダってのは分カる。ダが、理由ダ! 理由は何だ?」
「ボンバーマン」
声の方を向く。
ストーンマン。
その側面は既に開き、寝そべったプルーンがストーンマンの腕に載っていた。
気怠そうに。
半ばまで閉ざされた瞼の奥の瞳がフェイクマンを無意味と分かっているハズなのに睨む。
「想像、付いてんだろぉ?」
「……ヤるか、アメロッパが?」
「そうなんだろうさ――えぇ。優秀な科学者が、アメロッパの外に行って欲しくはないってことぉ?」
『そうじゃ。もっと言えば、ワシは軍事研究に関わり過ぎている、らしいぞ?』
そうか。
そうか。
「デ、計画者は?」
「大と」
『フェイクマン』
そうか。
そうかそうか。
「すまネえが少し出るワ」
「あ、プルルンも行く~」
『待たんか阿呆共』
ちょっと用事が出来た。
そういうことで、半ば落ちるように着地し、着いてくる気らしいプルーン共々に歩を進める。
そうして出て行こうとする前に。
外への出入り口が色を失った。
封鎖されてしまった。
思わず顔を見合わせ、振り返る。
呆れたと言わんばかりの表情で、ワイリー様がワタシ達を半目で見ていた。
『……先んじて言っておくが、大統領本人じゃあない。次席補佐官じゃ』
「オっと……ソりゃ早まる所ダった」
「まだ何もしてないからセーフセーフ」
「そレもそうダな」
「そーそ、問題なし」
『問題しかないわ、馬鹿共。念のため言うが他言無用、命令じゃぞ命令』
再度のお叱りの言葉。
それにまたしても見詰め、今度は同時に肩を竦めた。
「いやぁ…………でもさせなきゃあ、ケジメ」
「ソうそう」
『お前達は……こう。さり気なく過激だから出来れば教えたくなかったんじゃ……誰に似たのやら』
「ワイリー様ダろ?」
「ボスっしょ?」
『口を揃えるんじゃあない!』
目元を抑えながら何事かを呟いているワイリー様に、掛ける言葉はない。
寸劇のような会話。
それを交えたことで、流石に頭も冷える。
ワイリー様暗殺計画。
記録として、ワタシはワイリー様が二十年近く先でも元気にしておられるのは知っている。
元気が溌剌とし過ぎている気もするが。
ともかく、普通に活動なさっているのは知っていた。
だからこそ、些か肝が冷える。
腹の底から冷える。
ワイリー様を殺す。
その利点。
優秀な技術者が、アメロッパ国外に流出することを防ぐ意図。
それだけの敬意と警戒を向けられているからこそだろう。
あとは、ワタシ達が少し前にやった基地制圧。
アレ等で電脳世界に対して芽生えた危機感が、些か過剰に反応したか。
いや、過剰とも言えまい。
何せワタシ達がやろうと思えば。
基地を乗っ取り、アメロッパを混沌の坩堝に叩き込む等、容易。
カーネルが居る。
だからどうした。
少なくとも現状、複数箇所に神出鬼没を起こせるストーンマンが此方に居るのだ。
何処ぞ遠くに誘引した上で、あらゆる基地に飽和攻撃を仕掛ければよかろう。
ストーンマンにはそれだけのスペックがある。
そう、信用している。
『……余計な殺しはなしじゃ』
「エー」
「……」
『ハァーーー…………一先ず説明はしてやるから少し待て』
「ぇー……しゃーなしだよぉ?」
「ウんうん」
頭が痛い。
そう言いたげに額を指で押さえる姿を眺めること数秒。
深々とした溜め息を吐かれ、一息入れてから口を開かれた。
『まず以って、ワシとリーガルが共に暮らすのは最早不可能じゃ。これは分かるか?』
「……何カの方法でアメロッパを出テも、狙わレるって訳ダな?」
「だから思想犯を、メッ、しとくんじゃーないの?」
『大統領が承認したかまでは知らぬが、既に一部とはいえこの話が通っておる様子じゃ。一人死んだ所でどうにもなるまい』
「成程」
『…………少なくとも、リーガルが国外に出るまで下手な動きは出来ん』
囁くように足された言葉に頷く。
現状、復讐の計画にもリーガルは無関係だ。
これからも関与させないに越したことはない。
計画者とは別に、実行予定犯が居るのだから暴走を誘発し兼ねないことは特に。
ただ、懸念があるとすれば、
「リーガルに何か起コる可能性は?」
『それをなくすための挨拶周り……時間潰しじゃ。リーガルが出た後にワシが姿を消せば、リーガルに監視は付くじゃろう――ワシが接触する可能性を考慮してな』
「監視まで、って訳ぇ?」
「アメロッパも外じゃ派手ナ動きは出来ネえか」
『その通り。キングランドに渡らせれば流石に、大きくとも接触までに留めると見立てている――サーゲスも同じ意見であったわ』
なるほど。
そう、頷ける。
ただし、
「……リーガルがアメロッパに戻らなければ?」
『………………懸念の一つにソレはある。だが、仮に来てもすぐキングランドに戻るじゃろうな』
「なんでダ?」
『バレルのこともあって、前に出ることを止められたことがある。それでもワシがアメロッパを出ると、些か強引に押し通した――ソレに臭さを感じ取れぬほど抜けてはおるまい』
まあ、ソレはそうか。
キャスケット様の子供。
カーネルを渡されている、バレル。
その行く末を見届けると言う選択肢が、存在しないハズがない。
にも拘わらず。
父親は外では呆けたフリをして、自身を矮小に見せようとしている。
部署の変更なんかも知らないことはないだろう。
アメロッパと、アメロッパへの対応。
ソレに何の疑問を抱かないハズがない、か。
「表向き、ネットナビを作っテないのが役に立っタな」
『作れると知れれば、もう少し手間が掛かったじゃろう』
「…………しかしマぁ、フェイクマン」
「何でしょうか?」
「敬語。イヤ、よくそンな情報引っこ抜けタな?」
「カーネルは現在、国防総省から殆んど離れないよう配置されている。逆に言えばその辺り以外、私には蜘蛛の巣のように穴だらけだ」
「――素直に見事ダな」
表現は微妙だけど。
恐らく、引っ掛かる要素もない穴だらけな警戒網とでも言いたかったのだろうけど。
普通、蜘蛛の巣なんて表現は難易度が高い方の表現だろう。
現実世界への理解が微妙に足りてない感じがある。
まあ、そこは別に良い。
単純に、大金星。
万が一にもカーネルに聞かれる危険性を冒したくはなかったのだろうが。
その結果がコレでは、電脳世界への理解が甘かったと言わざるを得ない。
いや。
その上でもフェイクマンが見事に情報を取って来たことへの賞賛が勝る。
「本当に見事ダ。素晴らシい成果だナ」
「私のことはもう良いだろうっ。それよりもワイリー様続きを」
コピーロイド姿だから分かり辛いが。
口が忙しない。
照れている様子。
可愛らしい。
まあ、今は置いておこう。
『――リーガルと暮らせぬのは分かったか? 会うことは、少なくとも十年――五年は控えた方がいいだろうな』
「ソレ以降なら良いんジゃねえカ?」
『それだけ経ってから会いに行けるほど図太くないわい。その頃にはリーガルもリーガルで自分の暮らしと言うモノを確立しておろう』
それは。
そうかな。
どうだろう。
若干、首を捻る所ではある。
恐らくワタシだけだが。
単に、ワタシの持つ記録。
軍事大国のRだったかMだったか、XあるいはZか。
今はまだ、そのような国はない。
アメロッパとの関係が大層冷え込んでいたかの連邦国家が崩れた後に出来る国なのではないかと疑っているのだが、閑話休題。
シンジケート『ネビュラ』。
その首領を勤めるのだ。
平穏無事に終わるとは思えないが。
まあ普通の感性で考えれば、五年十年と経てば普通の生活を送っていることだろう。
一先ず、考えないようにする。
「でもその後なら、メッ、して良くない?」
『アメロッパでもそれなりの重役が殺されてみろ。下手すれば戦争――ワシに石器時代の暮らしをさせたいか?』
「流石にシょうがネぇわ、コレ」
「だねぇ……」
汚職の証拠とか捻り出して、自分で首括って貰う方が平和的か。
仕方ない。
『そしてヤツの死に関してじゃが』
「……あア」
『警告も兼ねる。お前達が揃えてくれた証拠もキッチリと揃えておけば、どう証拠を用意したかについても考えが巡らせるじゃろう』
ふむ。
そうか。
なるほど。
「…………下手に手を出セば、何がドう爆発すルかも分からネえ訳ダ」
「あ~、下手すればプルルン達も同じような復讐に動くかも知れないもんねぇ~」
「コトの後なラ、益々リーガルの安全が一層保たレるって訳カ? 割と理論的ダな」
奴さんの死が起きれば、その捜査が成されるだろう
ワイリー様がどのようにして証拠をアメロッパに見せるかは分からないが、その精査はされるハズ。
証拠が確かなモノであれば、どのようにその証拠を集めたかについても考えを巡らす。
そしてネットナビを使って集めたとして。
いったい、その証拠以外にもどれだけの情報が集まっているのか。
背筋も寒くなろう。
アメロッパの抱える後ろ暗い部分がどの程度まで見通されているか。
実際アメロッパ以外の後ろ暗い部分も結構な量、抱えている。
恐らく、石器時代の再来も夢物語では済まない。
特に最近、世界各地でセキュリティの不備が見付かったばかり。
アメロッパも例外ではない。
例外は、ニホンぐらいか。
下手に突けばとんでもない何かが出て来そうで、触りたくもないだろう。
既に動き出しでもしていない限り、本来の所は。
仮に。
完全に黙らせるのならば。
ワイリー様以外にもこのボンバーマンとストーンマンの両方を沈黙させる必要がある。
カーネルに匹敵する戦闘力を持っていると思われているらしい、このボンバーマンとストーンマンの両方が居るにも拘わらず。
それが出来ると思うほど愚かではあるまいし、そうなればアイリス。
カーネルより齎されているであろう、その脱走も怪しく見えてくる。
単に、ワイリー様やワタシ達から離れた場所に置いているのではないかと、見えてくるのではないか。
知れば知るほどアメロッパは下手に動けない。
本来ならば動きたくもなかろうに。
ともかくワイリー様とリーガルの安全にも繋がる。
ならば尚更、必ず死んで貰わないといけない。
いけないが、
「デ?」
『………………なんじゃ?』
「最後の一ツ、答えてネえダろ?」
まだ、残っている。
もう無理。
内心そうは思っても、諦め切れない。
正直むしろ此処まで言葉を重ねられて、ソレを否定する方がどうかとも思う位だ。
だが、まだ答えて貰ってない。
ならば、確認しない訳にもいかない。
手を汚す事。
其処に、僅かながらでも躊躇いをお持ちなのであれば。
ワタシはソレを、代わる手段を探そう。
弱い心で以って殺そうとするのならば。
ワタシはソレを、盗って代わろう。
死と破滅の道へと奴を追いやってやろう。
慈悲も容赦も憐憫も痛悔なく。
奴の恐れるだろう、蛆と炎の池に蹴落としてやろう。
ワイリー様だけではないのだ。
思う所を有しているのは。
『――――――――――――――――』
沈黙。
瞼を降ろされて。
口も閉ざされて。
ワタシ達に背を向けて。
ただ、窓の方へと向いたまま。
十秒。
一分。
そうして、五分。
あるいはもっと、過ぎて行ったかも知れない。
長かったかも知れないし、短かったかも知れない。
時間を確認することも忘れ、ただ、眺めていた。
その背中を。
少し丸められた、その背中を。
『――――――ワシの心は』
やがて、零れる。
『キャスケットが死んだ時……いや、殺されたと気付いた時から凍り付いたままじゃ』
酷く平たい言葉。
声。
『光のヤツに対しても感じたことのない、苦痛と共にな』
それでも分かる。
『ココロ・プログラム』がなくとも。
遣り遂げようとする意志。
あるいは。
妄執と称すべき、心が。
『此れはワシ自身が成さねば何時までも膿み、苛み続けるじゃろう――故にこそ』
決して止まることはない。
止めること等、出来ようハズもない。
もしかすれば。
今の問答がよりその心を定めてしまったかと後悔しようとも。
『その先に何があろうとも、ワシは此の手綱を渡すつもりはない。お前達にも、国にも、神と称する存在が居ようとも――――そう』
何もかもが。
最早、遅いのだと。
『復讐をするのは、このワシじゃ。他の何者でもない、ワシだけが――報いる』