早、数ヵ月。
単刀直入に言えば。
ワイリーはニホンに戻っていた。
勿論、普通に入国できる訳もない。
非正規。
密入国。
金さえ払えば何でもする輩。
そう言った輩とも引き続き接触し、ニホンへと。
もっとも、それは仕方のないことである。
少なくともワイリーは、自認犯罪者。
指名手配こそされてはいない様子だったが、それでも用心に越したことはない。
特に、アメロッパなんぞ。
何某かの理由を付けて拘束でもされれば。
ストーンマンやボンバーマン含め、都度増やしている、十数体のナビ達が何をしでかすか分かったモノではない。
だからこそ。
矛盾しているようだが。
多少の無法を犯してでも、自身の足跡が分からないように、動く。
その方が世のためにもなるので、そうしていた。
「………………」
『………………』
訳あって、ニホン。
戻って来たワイリーはその間ずっと、車を走らせていた。
いわゆる、アンテナ付きのキャンピングカー。
服装も些か暗く、ゴツいと称するのが合う黒縁眼鏡とが相まってか、人生に疲れた老人のように見えた。
定年退職し、暇を持て余した老人が余暇を旅に使っている。
そのような印象を、見る者に与えるだろう。
だがその実情は、大いに異なる。
端的に言えば。
ワイリーは古代文明の技術をある程度は解明していた。
少なくとも、発見した遺跡を元に。
電脳空間から引っ張れる情報は引っ張って。
電波の神を由来とした文明を。
機械の復旧に伴い、内蔵されていた技術体系の一部を復元。
ブラキオ・ウェーブに聞き取り、遺跡の調査。
遺されていた古代文字の翻訳。
平常時の電波体と呼んでいる状態の観測。
等々と様々。
そして、そう言った事柄を積み重ねた結果。
知ったのだった。
此方も同様、内紛によって潰えた超古代文明でしかないと。
凄まじい技術を持つ古代文明であろうと、愚かさは変わらない。
そう、半ば結論付けたワイリーではあった。
あったが、しかし、それとは別のモノ。
『遺物』。
その関心までもを、失望が奪うことはなかった。
当然だろう。
恐竜だ。
恐竜である。
恐竜の、それもティラノサウルス族を彷彿とさせる、頭蓋骨の形をした『遺物』。
その事実だけでワイリーは狂喜乱舞したし、その馬鹿上がりしていたテンションのまま夢中での接触をも敢行した程の事柄であった。
残念ながら、アトランピアの『遺物』と似たようなことしか言わなかったので溜め息を吐いただけだったのだが。
故にこそだろう。
ワイリーに一つの疑念を起こした。
果たしてこのような『遺物』。
この世に二つだけなのだろうか。
と言う疑念を。
精神を浸食せんとするソレが、この世に三つとない物体なのかどうかと言う疑問を。
「ストー……プルーン」
『異常電波観測なし――ないんじゃない?』
「根拠データのない予想はただの妄言じゃ。ないと『根拠もなく思った』のと『調査の結果ないと考えられる』のとでは大きく違う」
『そう……』
「そうじゃ。暇潰しの片手間でも構わん、続けろ」
『ウス』
故にワイリーは仮説を立てた。
アトランピア。
恐竜。
どちらも滅んだ存在の代物であり、そして、電波で形成された物体であること。
つまり。
社会的あるいは文化的生物の創り出した代物。
それこそが、この『遺物』なのではないか。
物質的に滅びぬ精神浸食装置。
つまりは、内通者の製造装置。
あるいは、電波変換と共に活用される武装か。
もしくは、その両方の性質を併せ持った代物か。
疑問点は幾つもある。
そのようなモノを創り出せるだけの技術がそもそも存在していたのか。
もしや、電波の神とやらの技術が世界中に流れ、しかし現代にまでは伝わっていないだけなのか。
そもそも本当にそう言った代物なのか。
疑問は尽きない。
だが、仮説を証明する方法は簡単だった。
要は、探せばいい。
サンプルが二つでは少ないのであれば。
あるいは、それ以上を探しても見付からぬのであれば。
どちらであっても、仮説は立てられる。
現代において、既に滅んだとされる社会か文化の跡地等を調べていけば。
ただ、問題が一つ。
ワイリーは別に過去の文明とか大した興味がなかったのでニホン以外の、別にニホンのも詳しい訳ではないが、文明とその跡地何ぞ知らないことだった。
だからこそ、手順は単純。
パイン。
サーゲス。
プラネットマン。
現状では特に頭の回るこの三体を中心に、他のナビ達にも詳しく知らない他国の歴史を調べさせる。
その間に、ワイリー自身はまだ知っている方なニホンで調査を進めておけば良い。
何せ、ニホンもかつて戦国だったのだ。
滅んだ国等、枚挙に暇がない。
デッカイドーには少ないが、南に海を渡って下り行けばそれなりの数、その辺の道端に何某かの石碑を見付け出すことも出来る。
調査自体はしているのだ。
途中の全く関係のない場所で『遺物』を見付けられたとしても、ソレはソレとして情報になる。
世間に興味はないが、時間を潰すのには適したコトだった。
半ば自堕落。
何かしらの目的意識がなければ、特に目標もない機械弄りだけをすることになっている。
そのような意識が、ワイリー自身にはあった。
そしてそれを宜しくないと思える程度の気は持っていたが故に。
とは言え。
そうであっても、だ。
惰性。
ニホンの北方。
デッカイドーの南。
その海岸沿いから走り続け、半ば。
既に北の端に到達した後も。
引き続き、キャンピングカーを走らせ続けていた。
ある種、珍しい機会であった。
自分自身で運転する。
のみならず。
日がな一日中を機械弄りに費やさない日々。
何時までも続けば良いとは思わないが、手に触れない日々は。
「――――――」
誰に言うでもない。
そのような日々。
唯人が過ごすような日常。
夜の闇にも負けず首を捻っていた時とは違う。
星の瞬きを尻目に、目を閉じる。
微睡み、機械の微かな駆動音に包まれながら眠りに浸っていた。
そのような中で、
『ボス』
ワイリーは、呼び掛けに目を開いた。
何事かあっても、ワイリーの方から話し掛けなければ答えない。
そのようなプルーンが自ら。
微睡みから引き起こすには、十分な一言だった。
無言のまま、視線を走らせる。
蛍光塗料を針に塗った時計。
その先が示す時刻は、未明か、明け方か。
思わず眉間に皺を寄せながらも素早く立ち上がり、カーテンの外を見やれば当然の闇。
「……どうした」
『車出して』
動きを察知してだろう。
モニターにその姿を現したプルーンが返答もせずに答える。
不審。
ソレは一瞬。
すぐさまに運転席へと身を滑り込ませた。
駆動。
地平線に太陽の影も見えない中、ヘッドライトが灯る。
道を照らし出したのもソコソコに、ハンドルを握り締めた。
「…………それで? なんじゃ?」
『通信をジャックした。飛行機の』
「飛行機?」
『旅客機。なんか事故があったっぽい。海の方で落ちてる最中』
「……それは」
何か言い掛けた言葉を、ワイリーは呑み込んだ。
少なくとも。
プルーンに言った所でどうにもならない。
それは運転させている張本人もといナビも分かってのことだろう。
実際、運転席脇に映し出されているプルーンは言葉も少ない。
表情もなく。
ただ、知ってしまったから動いて貰っている。
そこまでの感覚だろう。
微かな眠気と溜息を噛み砕き。
無言のままに車は走り続ける。
時折あるプルーンの指示の元でハンドルを切れば、十分と経たない内に海岸沿いへと辿り着いていた。
当然だった。
単に、寝るために海岸沿いの道から外れて適当な場所に停めていただけなのだから。
そのまま道の端に寄せ、停める。
ワイリーも、プルーンも言葉はない。
フロントガラス越しに海へと目を凝らしているワイリーと、通信の解析でも進めているのだろうプルーン。
それもやがて、プルーンの動きが止まり、瞼を強く閉じたことで終わりを告げた。
「……………………」
『……………………』
「…………プルーン」
『……………………ボス。海に』
「……ならワシ等に出来ること等、ないよ。落ちた場所が分かったのか? それでどうすると言うんじゃ」
『………………でも』
躊躇うような音。
しかしワイリーはサイドブレーキを引いた。
まだ寝直すには十分な時間があることを確かめて。
「元より人を殺したような身じゃ。手立てもあるまい」
『…………でも』
「――ワシのようなモノが誰かを助けよう等、烏滸がましいとは思わんか?」
揶揄。
するようにではなく。
諭すように。
諦めることは悪ではない。
そう言い聞かせるような、優しい声音であった。
ワイリー自身、そのような声が自分の喉から出たことに驚きがあったのだろう。
思わず喉元を擦りながら、何処か気まずそうに顔を逸らした。
実際問題。
海に落ちた旅客機。
その場所が分かったとして、如何様にその中の人物等を助けられる。
助けられる筈もない。
堕ちた衝撃でどれだけが死んだか。
堕ちた後にどれだけが溺れるか。
今から動いたとして、辿り着くのはどれだけ先か。
そんなモノを。
そのような結果を。
ストーンマンに見せられる筈がワイリーにはない。
なかった。
『……でも』
そのままの流れで。
席を立ち。
後ろへと戻る。
もう一眠り。
そのような流れに身を任せようと。
腰を上げ、
『…………それは諦める理由にはならない――と思う。んだよね、はい』
途中で止めていた。
止まってしまっていた。
掠れるような声。
思わず振り返った先で、モニターに映る体を震わせながらも。
確と。
その眼を向けて来る、姿。
ストーンマン。
プルーン。
その瞳に。
逡巡は僅か。
溜め息と共に席へと座り直し。
半目を向けた。
「であればどうすれば動けるか、対応は考えておるんじゃろうな?」
『………………』
サッと目を逸らす。
そんな姿にまたしても溜め息。
そのまま頭を掻き。
瞼を下ろすこと暫し。
「…………ドンブラー湖の方に繋げ」
『……はい?』
「賭けは二つ。此処から基地に繋がるか。もう一つは……奴が居るか、じゃ」
背凭れに体重を掛けたのだろう。
軋む音を気にするでもなく。
天井を仰いだ。
それも、僅かな間だけ。
『――ワイリー様』
「……プラネットマンか」
『キョキョキョ! ストーンマン カラ 連絡 ガ 来マシタ ガ 奴 ハ?』
「気にするでない。それよりも」
『ハイ』
「ブラキオは居るか?」
『エエ! 此方 ハ 丁度 昼過ギ! スクエア マデ 食事 二 行ッテイタヨウデス!』
「キョキョキョ」と笑い声を上げながら。
通信用のモニターから外れたプラネットマン。
その姿を尻目に、ワイリーは見えないよう隠れていたプルーンを一瞥した。
パインのように。
味方であっても内側の姿を隠すことを徹底している様。
パインはともかくプルーンはそこまでする必要性はないだろうに。
その様な姿に苦笑を浮かべながら。
『呼んだか?』
「うむ。ブラキオ――お前に貸しを一つ、返して貰いたい」
『……ほぅ?』
長い首を傾げる姿。
電波生命体ブラキオ。
その姿は本来、電脳上であっても電気的な姿であった。
ブラキオ曰く「電波変換を行った姿」を模した躯体。
ワイリーがボンバーマンとしてのガワを用意したように。
中に入り込んで動かせる姿を用意したことで、電脳世界でもネットナビのように、目立たずに動けるようになっていた。
そのためスクエアにまで食事に訪ねるようになったのだ。
ウソである。
明らかに首長竜をモデルにしたネットナビ擬きが目立たないハズがない。
既に割と注目されているが、知らぬはブラキオばかりであった。
閑話休題。
「此方に繋がっているショートカットがある。ソレを通じて此方に来い。そしてその先で、ワシの脚になって貰う」
『よかろう。すぐ、向かう』
その頷きの終わりと共に、ワイリーは通信を断った。
再び背凭れへと体重を掛ける。
何か言いたげな表情を浮かべている、プルーンを無視して。
ワイリーとブラキオとの交流。
それは実質的に命を助けたことから始まり、ある程度とはいえ、行動の自由を創り出したこと。
様々な便宜を図っていた。
電波体。
行く行くは、その研究のためにも、と。
あくまでも、行く行くは。
そのための下準備にしか過ぎない。
過ぎなかった。
今までは。
『――――――来たぞ』
「うむ」
『ソイツは?』
「ストーンマンじゃ」
『ふむ? ……ふむ。そういうこともある……か? まあ、よい。それで?』
一瞬の移動。
ワイリーのコンピュータと基地のコンピュータを利用した移動は文字通り、瞬間的に終わったようだった。
何処か興味深そうに頭を動かしているブラキオを置いて。
それぞれが軽く目を見合わせ、頷いた。
『――わたしから説明する感じぃ? ……飛行機分かる? とりあえず空飛んでるヤツなんだけど、ソレが少し先の海で墜落したっぽいんだよねぇ』
『ああ、知っておるとも。墜落したからどうした?』
『……人が生きてる可能性があるからその救助だねぇ』
『そんなコトか……まあ、借りを返せるなら文句は言わん。すぐに向かうのか?』
「すぐに」
『相分かった。外に出たまえよ――ワシも出る』
何でもないかのように。
唯一、面白いように表情を入れ替えているプルーンを半ば置いて行く形で、車のエンジンは止められ、双方は外へと出ていた。
否。
ポケットのお守り袋を助手席に放り投げてから、だが。
相変わらず地平すらも闇。
数少ない明りは、ワイリーの、薄緑色にレンズが光る黒縁の眼鏡。
そしてPETの画面の光。
しかし。
観ている世界の違うワイリーと、それをPET越しながら共有しているプルーンは別。
迸るように輝く電波体。
ブラキオが周囲へと首を向けている姿が見えていた。
『……ボス』
「代案があれば聞こう」
『…………』
浜。
白波と砂利の境に佇むように居るソレに。
一瞬だけ脚を止めたワイリーは近付いていく。
反応して、ブラキオはその首を顔へと近付けた。
『準備は』
「いつでも」
『……案内はあたしがしまーす!』
『そうか、では――――』
「うむ」
『――――電波変換』
瞬間。
閃光。
何もない。
何も居ない。
『さて――行こうか』
にも拘らず。
音が響いた。
何者かの声。
それだけ残して。
車だけを残して。
見えないソレ等は遠ざかって行った。
奇跡とは案外、ある。
久方振りに。
そう、久方振りに。
ワイリーは実感していた。
飛行機の墜落。
否。
撃墜。
無許可での国境通過。
後から知ったことである。
意図的ではなかったろうが。
ソレをしてしまった旅客機の末路は、撃墜。
完膚なきまでに。
誰一人として助かるまい。
助かってはおるまい。
そう、ワイリーはその場を一目見て感じ取っていた。
沈み行く旅客機。
水上に燃える油。
ブラキオと半ば融合した、電波変換した姿。
物理的法則から一時離脱を果たしているその状態でもなければ、近付きようもない結果。
墜落。
撃墜。
どちらもで良い。
燃え上がる海上。
沈み渦巻く海中。
近付けば命を藻屑と飲み下すだろう悲惨の中。
あったのだ。
海上に浮かぶ一片。
一欠片。
生きている人間の姿が。
類まれなる幸運だろう。
驚嘆の中。
どうするかとの考えは、ソレを一時的に電波へと変換することで安全に連れて帰れると聞いたワイリーとプルーンは驚愕以外の何もなかった。
本来ならば不可能な手管。
ソレを用いることで、その人間の命を繋ぐことが出来た。
その少女を生き永らえさせることが出来た。
あるいは、これほどの幸運があれば他の何某で助かっていた可能性も否定できなかったろうが。
閑話休題。
奇跡は、起きないからそう言われる。
幸運は、永続するものではない。
「………………記憶喪失、ですか?」
「いわゆる前向性健忘。身体、精神的に何か大きなショックがあったためでしょう。一種の逃避。その影響と考えられます」
近場の病院。
まあ、町医者なのだが。
其処に、浜辺に倒れる子供を見付けたとして連れて行ったワイリーは思わず眉間を押さえた。
浜辺で見付けたこと。
ソレは幸い、疑われることはなかった。
一時的に電波に変えたとて、海水に浸かっていた事実は覆らない。
所々の火傷や骨折等々と言った怪我。
旅の老人が出来るような事柄ではないと、判断されたのも大きかったのだが。
想定外は一つ。
記憶がないコト。
それに尽きた。
「……治る見込みは?」
「…………」
無言で首を横に振る姿に、思わず天井を仰いだ。
面倒なことになった。
ワイリーの思考は、それに尽きる。
助けた。
では失礼する。
と済ませるには、些か状況が悪い。
撃墜事件。
ただの墜落ではなく、そうである。
ソレを、プルーンによる傍受の結果、知ってしまっていたのだ。
長居をすれば、面倒事に巻き込まれかねない。
口止めだけしてさっさと去らせて貰おうと考えていたのに、コレだ。
何処で見付けたか。
何ぞは答えている。
浜辺に倒れていたことにしているのだ。
事件の詳細が知られれば知られる程、少女がそれに巻き込まれたとは思われなくなるだろう。
堕ちた場所は、浜辺からは相当に離れているのだ。
関連性を見出そうにも。
生きているハズがない。
現実的に考えて、その結果に行き着くのだから。
しかしそれはあくまでも、詳しい状況が分かってから。
詳しい状況が分かっていない状態であれば。
もしかすれば。
そのような疑惑が湧いて出るのも自然な話だ。
実際、ワイリーの目の前の医者は、その可能性を大なり小なり考え付いているようであった。
「…………外傷に問題は?」
「それはありません」
「なるほど……であれば、ワシは……そうですな。一週間ほど様子を見させて頂こうかと思います」
「一週間?」
「ええ。それで記憶が戻らないようであれば、長居する理由もないでしょう? ……とりあえず地元の警察の方が来られれば詳しい話はさせて頂きますが」
面倒になる。
そう、結論付けはしたモノの。
期間を区切り、そうとだけ言う。
ワイリーの言葉に警察への連絡を思い到ったのだろう。
重々しく頷く姿を尻目に、
「おじさま……」
弱弱しく。
小さな声を上げた少女を一瞥し、診察室を出た。
地方の診療所。
まさしくそのような様相をした陰鬱さのあるこじんまりとした場所だ。
受付の女、と言うよりもおばちゃんが物珍しそうな目を向けて来る様を強いて無視し、そのまま外へと出た。
診察所。
その駐車場。
砂利を敷かれただけの其処に足音を鳴らしながら踏み入り、遠巻きに覗いている住民達を無視。
薄暗闇の中、溜め息と共に扉の鍵を閉めた。
「……プルーン!」
『うす』
声を上げた。
瞬間、電気が灯る。
併せて、空間のありとあらゆる画面や計器が彩りを取り戻す。
その中の一つ。
画面空間の中に寝そべるプルーンは、気怠そうに寝そべりながらも何事かしているようだった。
何事か。
と問われれば、難しい。
寝そべりながらも次々と変わり行く線、グラフ、計器の記録等々。
何をしているか。
一瞬で読み取れる情報から察せられる者でもなければ、意味不明の動作としか思えないだろう。
そして、ワイリーは察せられる者だった。
「……通信ジャックの状況を聞こうと思うていたが」
『コッチ優先じゃダメ?』
「構わん。どうせ大したものは出んだろうからな」
『あいさー』
「で、どうじゃ?」
投げ遣りに返された言葉。
同時に、画面上に大きく展開された様々な記録。
先程までプルーンが触っていたのだろう。
見易くするため。
と言うよりも、平常時との比較をしているような痕跡。
それらを軽く一瞥し。
額を抑えながら腰掛けた。
その、電波の記録を。
何と言われれば単純な話。
『電波変換』。
流石のワイリーも自身の躰で臨床試験をするほどの興味はなかった。
所詮、滅びた文明の技術ということもあって。
しかし、百聞は一見に如かずと言う。
実際に体験した、ワイリーの身。
序でに持っていたPETの中のプルーンをも巻き込んだ、異常現象。
ソレが発生した時の状況。
環境。
変化。
元々が、異常電波を観測してその原因物を確認しようとしていた設備の塊。
それがこのキャンピングカーだ。
当然、起きた時の状況は計器に記録されている。
プルーンは、ワイリーが診療所で医者と少女の相手をしている間、それを確認していたのだ。
その結果は、
『分がんね』
その一言に尽きた。
平常ではない電波が観測されている。
平常ではない磁場が観測されている。
平常ではない状況が観測されている。
それだけだ。
ソレ等によって何故、人間が電波化されるのか。
否。
人間のみならず、その所持して居た物質。
あろうことか、PETやその中に居たネットナビまでもが電波化されるのか。
その上で、何事もなかったかのように分離し、元通りになれるのか。
分からない。
分からない。
分からない。
だから、
「――――面白い」
そう、口にして。
ワイリーは笑った。
未知。
ワイリーにとって、大凡の事柄は既知であった。
想定出来る範囲。
あるいは、想像出来る範囲。
知ろうとして、知ろうと出来なかったことはない。
分野の違う、文明の調査ですら自身とそのネットナビ達の手で既存研究より彼方へと到達している。
唯一対等と称せる存在は分野の違う、光正のみ。
その正の手は、今、つまらないことに費やされ、浪費させられている。
全く以って面白くない状況。
だからこそ。
気分転換のためのアトランピア文明やドンブラー湖の調査だとか、気の乗るような方面に足を延ばしていただけだったのに。
それがどうだ。
アトランピア文明は、現行文明を凌ぐ技術力を有していた。
ドンブラー湖にはドッシーが実在し、しかしそれは電波体などと言う未知の生命体ですらあった。
更には。
かつて共同研究を行っていた電波が形と成った遺物すら見付かっている。
にも拘らず。
未知。
不明。
分からない。
分からないことだらけなのだ。
これほどまでに面白いことは早々ない。
「プルーン。お前は引き続き記録の精査を続けよ……手隙になれば旅客機の状況の確認もじゃ」
『うい。ボスは?』
「ワシは遺物の調査情報の確認と並行して、お前の洗い出した記録との類似点がないか探す。警察なんかに適当な話もせねばならぬが……まあ、一週間程度の見込みじゃろ」
『あいさいさ~』
相変わらず。
寝そべりながら片手をヒラヒラと振るプルーンにワイリーはただ鼻を鳴らした。
ヤル気のない態度。
反して高速で移ろい変わる画面が、如実に物語っている。
そうして。
ワイリーは没入した。
過去の成果。
現在の精査。
未来の予測。
様々なモノを立てながら。
湯を沸かし。
インスタント麺を食べ。
診療所の手洗いを借り。
徐に眠り。
受付に「風呂に入れ」と叱られ。
半ば叩き込まれるように入り。
やって来た警察官には適当に話し。
また籠って研究に没入し。
乾パンを齧り。
黒々とした粘体のコーヒーを半ば食べるように飲み。
ツナ缶を摘まみながらキーボードを叩き。
数日姿を見なかった受付のおばちゃんにまたしても風呂に叩き込まれ。
序でに空いているからとベットにも突っ込まされ。
そんなこんな。
あっと言う間に。
一週間が過ぎた。
「………………」
ワイリーにとって快適な目覚めだった。
まだやりたいことがあったのに無理やり風呂とベットに突っ込まれたものの。
忌々しいことに。
すっきりとした目覚めだった。
ただし、既に昼前であったが。
「………やれやれじゃな」
「此方の台詞なんですがねぇ」
渋い表情でベットから降りるワイリーを、丁度やってきた医者が同じ渋い表情でそう口にする。
カップを二つ、持ってやって来たのは偶然か。
湯気立つソレに鼻を鳴らし、目を細めた。
置かれたコーヒーに遠慮なんぞ欠片もせず、ワイリーは一息で半分ほどを呷った。
「……で、一週間経った訳じゃな?」
「ええ、はい。それについて相談が一つ」
渋い表情を更に深める医者の姿を、ワイリーは強いて見ず。
コーヒーの残りをもう一息で呷った。
半ば投げるように置かれたカップが乾いた音を立てる。
割れこそしなかった。
だが、明確に拒絶の意思を示していることは誰であっても分かることだろう。
先を聞くまでもない。
断る、と。
「記憶喪失の憐れな少女。身元も定かではありません」
「旅客機が近くで墜ちたそうじゃないか?」
「距離と時間、両面で現実的に有り得ない。と言うのが警察の見解でした」
「そうか。で?」
「一時的にでも保護して下さる方が居れば助かるのですがねぇ」
些か渋い表情を浮かべている医者。
それは、ワイリーの表情と比べれば大分マシだった。
露骨。
を通り越して諸出し染みた表情で拒絶の意思を示しているのだが、ソレを見ようともせず医者は目を閉じて続けた。
「本人の希望もですが…………この辺り、僻地です。女の子を置いとくのも難しくなるんですよ」
「ソッチの都合じゃろ、それは。警察に持ってけ警察に」
「警察は旅客機の云々で随分と人を持ってかれてるようでしてね? ハッキリ言って、労力を割きたくないそうなんですよ」
「知るかァ」
絞り出すように。
序でに、舌打ち一つをおまけして。
ワイリーは腰掛けていたベットから立ち上がった。
脇に置かれていた、外してくれていたらしい片眼鏡に手を伸ばし、
「そう仰らずに――ワイリー博士」
止まった。
ゆっくりと顔を、医者へと向ける。
相も変わらず目を閉じている、医者へと。
「…………」
「何時から、と言うのであれば最初からです。田舎者ですが医者の端くれですからね、技術の最先端を行く貴方を知らない人の方が少ないでしょう」
「そうか」
「ええ、はい。サインなんて頂ければ有難いですけど……まあ、お忍びのようでしたので遠慮してたんですが、あの子のためにもそう言ってられず」
「自分の為ではなくか? ええ?」
「否定はしませんとも。でも、あの様子では記憶が戻るか怪しいんで、そうなるとずっとこんな辺鄙なトコで預かることになるでしょ? 流石に可哀想じゃあないですか?」
「それらしいことを言う」
冷めた言葉を受けても、医者は曖昧に笑うだけだった。
引き下がるつもりはないらしい。
そう察したワイリーは今一度、腰を下ろす。
ベッドの軋む音を聞いて、閉じていた瞼は開かれた。
「…………真っ正直に言いますと、ワイリー博士に義理がないのは百も承知です。元々の目的は定かでありませんが、既に一週間も脚を止めて頂いている」
「だから余計な面倒を抱えたくない訳じゃ」
「少なからぬ情はあるのでは?」
「ない」
その即答。
些か息を飲む形となった。
一切の淀みのない、即答。
それを真実と察するのは、長年他者と問答を繰り返して来た医者にとっては分かり易いことであった。
故にこそ。
微かに唇を湿らせ、口を開き直した。
「……そう仰らないで頂きたい。貴方にとって、子供を一人抱えるぐらい大したことじゃあないでしょう?」
「移動の邪魔じゃ」
「んん……助けたのですから。その先行きを見守るのも重要では?」
「それだけの情があるとでも?」
「なら何故、助けたのです?」
「あの子とは全く関係のない罪滅ぼし。の一環じゃ――それ以上の意味はないわい」
さらりと言い切る。
眉間に皺を寄せ、周囲へと視線を走らせる。
そのような医者の姿に、最早重ねる言葉はなし。
一つ頷いて、ワイリーは腰を上げた。
押し止めようとだろう。
僅かに、同じように腰を上げ掛けた医者は止まり。
ゆっくりと落ちた。
止められるだけの言葉がない。
理由も、また。
気まずそうに頭を掻いている医者を一瞥。
視線を逸らしたことを確認したワイリーは鼻を鳴らし、歩を進めた。
止められることもなく。
あっさりと扉を開けた。
「おじさま……」
先。
そこに、少女が居た。
車椅子から見上げるような形で。
思わず振り返ったワイリーだが、口は閉ざした。
嵌められた。
そう思ったが、違う。
顔を顰めている医者の顔。
それに、少女の存在が想定外だったことを示されていた。
気まずそうに。
実際、気まずく。
渋い表情を作りながら顔を戻す。
見上げて来る、その少女へと。
「…………足手纏いを連れて行くつもりは、ない」
「きっとやくにたてるようになります」
「……この辺りで大人しく記憶が戻るのを待つ方が余程良いじゃろう」
「イヤです。ついてかせてください!」
「何故じゃ?」
問答に意味はない。
これ以上は要するに、連れて行くつもりがないのと、付いて来たいのと。
その押し問答にしかならない。
そう察し、早々に決めた。
核心を見定めることを。
「………………だって」
睨み。
問い掛けた言葉。
僅かに俯き。
やがて、
「だって私には、おじさましかいないんだもん……」
発せられる。
向けられた。
その返答には、さしものワイリーも顔を歪ませるしか出来なかった。
言葉に込められた重みを察してしまったが故に。
記憶喪失。
ソレには様々な種類はあるが。
前向性健忘。
それは要するに、ある時よりも前の記憶の一切を失う症状。
ワイリーの前で車椅子に座っている少女の症状がソレだった。
故に、少女。
彼女に原点は、ない。
親も知らない。
ただ、残っていた記憶は僅か。
ワイリーは聞いていないが。
既に、医者や警察にも伝えられていた。
ソレを、プルーンを経由して知っていた。
暗い海の上。
何もない世界。
其処に取り残され、そうして遠くない内に冷たい底に沈む。
そのハズだった。
そんな記憶しか、少女には残っていなかったのだ。
「………………」
ただ、気難しそうな老人が助けてくれた。
病院のベッドから目覚めて。
教えられたことが、それだけだった。
どのような方法を使ってかは知らないけれども。
ただ、どのような方法でか老人が助けてくれたのだと。
暗い海。
冷たい闇。
底のない所。
其処から、助けてくれたのだと。
それしかない。
それしかなかったのだ。
縋れるモノが、少女には。
「……………………少し」
絞り出すように。
「…………考えておこう」
苦渋に塗れた表情のまま。
顔を少女から逸らしたワイリーは半ば、吐き捨てた。
半ば察しながら。
それでも、あくまでも吟味する範囲に留める。
唯一、ワイリーに出来る譲歩はソレだった。
考える。
断る、としかしていなかった自身がそう言い換えた意味。
半ば理解しながらも。
思考を辞めながら。
強引にでも去ろうと思えない。
その時点で、どうなるか。
察しながらも。
車椅子の横を通り過ぎながら、ワイリーの表情は変わらぬままだった。