ワタシは、ボンバー……   作:無記名 to 稿

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呑屋での備忘録

 

複数の人間達。

それ等に見送られながら、ワイリーは建物を出た。

後に続いて二人。

ゆりこ。

そして、ミヤビも。

 

外にまで出、深々と頭を下げている後ろの姿を一瞥もせず。

ワイリー達はその場を歩み去る。

悠々と。

あるいは、粛々と。

 

「………………ねえ、おじさま?」

 

振り返る雰囲気ではない。

正直、話し掛ける雰囲気でも。

しかし早めに聞いておきたい。

歩みを崩さず、視線もずらさず、ゆりこは隣を歩くワイリーへと話し掛けた。

 

「……なんじゃ」

「ハッキリ言ってあのPET、どうなの」

「悪くはない」

 

振り返らず。

ただ、ワイリーは自身の胸元へと手を入れ、一枚の名刺を取り出した。

伊集院秀石。

伊集院PETカンパニー社長。

そのような事柄の記された、派手さがなく質素と言うよりも何処か固い、簡素な名刺を。

 

ワイリー達が其処を訪ねたのは、僅かばかりの思い付きがあった。

大園ゆりこ。

その記憶が戻らなかった。

ソレを悲観するでもなく、仕方のないことだと。

そのように語る姿に思う所が全くない訳がない。

 

おおよそ、それを知る者は少ないことだが。

ワイリーは別に、蒙昧頑固ではない。

人並みの情も、狭く深くではあるが、有している。

 

であればこそ。

本当の意味で、共に旅をする関係となる。

であれば。

何かあっても良いだろう。

そのように思うのも、そう不思議なことではなかった。

 

では、だ。

何があるか。

考えた時、思い至ったのはPETであった。

 

PET。

パーソナルターミナル。

他者の認識で言えば、本来の用途である携帯用の電子機器であり、ネットナビのための家。

居なくなる可能性を考慮して小型のパソコンで済ませていたのだが、それを用意してやっても良いかと思い。

そうして、ふと、思い出したのだ。

 

パイン。

アレが表に出る切っ掛けともなった人物。

伊集院秀石。

引いてはその会社、伊集院PETカンパニーのことを。

まあ少し話題に触れたこともあったはあったが。

 

あとはそう、時間を取られたことでもない。

ミヤビ達、忍びの伝手を使わせて貰い、見学のアポイントを取ることに成功した。

尤も、ワイリーの素性を隠した上で、だった。

ワイリー自身の名を使えば取ろうと思えば取れただろうが、分からないように取りたかったからこそ。

 

誤算は二つ。

伊集院秀石が見学者の様子を見に来たこと。

そして、ワイリーの変装とも言えない精々がお洒落を見破れる程度には敬意を有していたこと。

この二つだろう。

 

かくして見学会は途中から、社長本人による案内会へと様相を変えたのだった。

それだけだった。

伊集院秀石は別段、ワイリーに何かを求めることはなかった。

ワイリーも何かを求めることもなかった。

最後に、最新機器のカタログを何冊か受け取り、話は終わったのだった。

 

ゆりこが言っているのは、そのカタログ。

値段は載っておらず、機種も少ない。

実物は見たが、見知っている訳でもないからよく分からない。

だからこその質問だった。

そして、その回答だった。

 

「………………」

 

悪くない。

採算性。

性能。

使い易さ。

世の中、自身のような天才が有り触れていないことをよく知っているワイリーからすれば、割と上の方の評価である。

 

そのような事柄。

当然、ゆりこは既にご存知だった。

キャンピングカーに揺られての、実質三人暮らし。

知らない筈もない。

ミヤビもまた、そのような高評価なことには意外そうに、僅かながら眉を動かした。

 

「…………それにしては」

 

小さく呟き、振り返った。

既に遠く。

角も曲がり、出てきた建物は見えない。

しかしそれでも分かることはある。

 

「忙しそうにしておりましたな」

「良い物だから売れる訳ではないからな」

 

身も蓋もなく切って捨てるワイリーの言葉に、ミヤビは苦笑するしかない。

良ければ売れる。

そうであれば誰も苦労はしないだろう。

事実、仮にそうであったら、ワイリーはとうの昔に億万長者になっている。

 

今日は何やら、あるいは見学者自体が物珍しかったからなのか、戻って来ていた伊集院も普段は営業のため飛び回っている様子。

実際、成果は出てチラホラと売れ始めてはいるらしい。

あの調子であれば、そう遠くない内に成果も出るだろう。

 

内心、仲間内にワイリーの評価を伝えることを視野に入れるミヤビを他所に。

二人は二人で、全く既に別のことを考えていた。

ゆりこは既に、やらないといけない勉強へと意識を傾け。

ワイリーは暫しの間、黙考に耽る。

その様な有様を察したミヤビが先導するように歩く。

 

少し助けてやるか。

ほんの少しばかり。

後押し程度に。

 

そうワイリーの脳髄に過ぎ去った時間は、僅か。

やがて、歩を止めた。

PETを取り出し、覗く。

相も関わらず佇んでいるだけのストーンマンと目を合わせ、

 

「ストーンマン。メールアドレスのタ行で一番目のヤツにメールを送れ」

『ゴ? …………ゴ? ゴゴゴ?』

「宛名はその登録しておる名前のままで構わん。内容は……伊集院PETカンパニーを知ってるか? とでも書いておけ」

『ゴ? ゴ、ゴ』

「ん? 何か気になる……ああ、名前か。学生時代の渾名じゃ、渾名。気にするな。多分、ソレ書いときゃ気付くじゃろ」

 

酷く適当な言い草。

いっそ投げ遣りにも見えるソレ。

しかし、ゆりことミヤビにとってはそうではなかった。

思わず目を剥き、半ば意図せずに視線を合わせた。

 

ワイリーがメールのアドレスを、しかも渾名で登録している存在。

その二点。

あの、ワイリーが。

 

たった二つの事実。

それだけでも、あまりにも、普通の存在からは外れ過ぎている。

ましてや、適当な言い草。

相手のコトをよく知っていなければ出て来ないような、一種の信頼すらも感じさせる物言。

驚かない方が無茶と言うモノ。

 

結果、やたらと視線を向ける二人が発生した訳だが。

ワイリー、無視。

別に話すようなことではないと言わんばかりに。

あるいは、前を向いていながらも別のことに気が取られているように。

 

一分か。

五分か。

少なくとも、二人がその気はないと思う程度の時間が過ぎ去った頃。

流石に諦めた二人が只々付いて歩いていた頃、

 

「む」

 

PETが小さく鳴った。

断続的に。

電話である。

面倒臭そうな面持ちで掲げて画面を見たワイリーが、溜め息を一つ。

仕方なさそうに出た。

 

「おう」

『おうじゃあない! 急にメールなんぞ送って来て何のつもりだ!』

「知ってるかどうかの確認だけだ。もういいか?」

『良い訳あるかバカ! ……ったく、長いコト連絡も寄越さなかった癖に相変わらずだなぁ!』

「おーおー、すまんすまん」

『切るなっつってんだろ! あーもう……切るなよ……切るなよ……うん、来週! 来週の金曜、暇だろお前』

「忙しいが?」

『嘘吐け。他の奴ら誘うからいっぺん飲もう。場所は……うん、エンドシティ辺りで見繕っとくから』

「面倒臭……」

『チッ……しゃーねぇな、奢ってやるよ。場所は……決めたら送るぞ』

「あーはいはい、分かった分かった――来週の金曜だな? 気が向いたら行く」

『気が向いたらじゃなく絶対来いよ?!』

 

勢いのまま。

押し寄せる言葉の波を面倒臭そうな声音で乗り切り。

その通話を切った。

そうして何事もなかったかのように、止まっていた歩を進め、

 

「――――ミヤビ」

「……なんでしょう」

「来週の木曜日にはエンドシティに着いてるように動く。運転は任せる」

「分かりました。ところで」

「ん?」

「電話の相手は?」

 

数歩。

歩んだ所でまた止まった。

宙へと視線を向け、しばし。

胸に宿るは仄かな懐かしさ。

帽子を目深に引くように直し、しかし隠せていない、

 

「……………………ま、友人。みたいなもんだ」

 

口元は小さく。

笑みを作っていた。

 

 

 

赤提灯。

赤暖簾。

とりあえず貼り付けただけのような、貸し切りの張り紙。

それ等を確認したワイリーは周囲へと視線を向ける。

 

駅近。

実際、電車が通る度に揺れを感じるような。

まあ流石にそれは些か言い過ぎかも知れないが。

駅すぐ傍の、何処にでもありそうな。

そんな居酒屋。

その一つ。

 

「………………」

 

仕事終わりのサラリーマンだろう。

そう言った者達が他の入り口に吸い込まれて行くのを一瞥し、向き直る。

一つ。

息を整えるようにしてから、ワイリーは引き戸を開いた。

 

僅かな煙。

脂の香り。

炭の弾け。

鼻先を撫ぜるソレ等に目を細めながら、後ろ手で戸を閉める。

 

中年の女将らしい女が小走りに駆けよって来るのをもう片手で制しながら、そのままその手を一角へと移し、ヒラヒラと振った。

既に三人。

始めている座敷へと。

 

「遅いじゃないか、モズク」

「先にやってるぞ」

「おう、待たせたみたいですまんな。チャーシュー、鬼マヨ、ゲキガ」

「いや鬼マヨ達がせっかちさんなだけだ。十分早い。ケチャップはギリギリになるそうだ。鳥の骨は……今、エンド大学に居るのは知っているか?」

「知らん」

「ふふ……であろうな。そこで色々弄ってるらしい。来ないかも知れん」

「…………まあ良いだろ」

 

「とりあえず生で」と一声掛けながらワイリーは空いている場所に座った。

そうしてから、周囲を軽く見渡す。

三人。

まだ揃ってはいないが、ワイリー自身の友人達。

 

肥えたと言うよりも肉付きの良い、チャーシュー。

四角い眼鏡を掛けた神経質そうな、鬼マヨ。

なぜか忍者っぽい格好をしている、ゲキガ。

 

「…………ワシが出た後でも変わりないようだな。特にゲキガは」

「拙者は変わらぬ」

「おお……本当に変わってないな」

 

凍り付いたグラスを受け取りつつ、何気ない一言。

特に気にせず。

そのような答えを返してくるゲキガに、何とも言い難い苦笑いのような表情と共に頷いた。

実際変わりないのだろう。

そのままの流れで幾つかの串を注文しているゲキガとは裏腹に、他二人は思い思いに手元の料理を口にしていた。

 

ウズラの卵だったり。

細長いポテトだったりと。

まるでワイリーの手元にビールが来ていることにも気付いていないような始末。

 

もう一度、微苦笑を浮かべながらビールへと口を付けようとする。

前に、差し出されるようにグラスがワイリーの視界へと割り込んだ。

注文を終えたゲキガが伸ばしたのだ。

それで今更、気付いたような具合で他の二人もビールを取った。

無言のままに視線だけを向けて。

 

「…………乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 

ワイリーがぶつけに行く。

併せて三人もぶつけに行き、涼やかな音が鳴った。

 

「……んで、チャーシュー」

「なんだ?」

「なんでワシ、呼んだ?」

「何となく」

 

それぞれが一息。

グラスを飲み干して次を受け取っている中。

今回の発起人であるチャーシューへと声を掛けた。

答えは簡潔。

 

普通なら疑うことだろう。

ワイリー自身、間違いなく。

しかし僅かに顔を顰めただけで、それ以上を口にはしない。

向けられた顔には何も考えてないことが、ありありと描かれていた。

そう知れた。

 

要は、本当に久し振りに集まるだけなのだと。

それに微かに顔を顰めた。

なんだ。

ワイリーとしては実の所、何かしらの相談でもあるのかと思っていたのだ。

単なる杞憂でしかなかったようだが。

 

「ククク……モズク、そう警戒してやるな。チャーシューのヤツ――だけではなく我等もだが、お前のことを気にしておったのだ」

「おい、ゲキガ」

「別に構わぬだろう。アメロッパで行方を晦ましたと聞いていた……実際、連絡がなかったか問い詰められたんだぞ?」

「ふん。連絡くらい寄越せばいいものを……」

 

そう言われれば。

ワイリーは弱い。

憮然とした表情を作ろうとしても失敗し、口元を幾らか作り直し、そうしてから軽く、頭を下げた。

 

「そりゃあ…………すまんかった」

「……まあ、元気そうだから別に良いさ」

「……すまんな」

「謝るなよ、辛気臭いのは鬼マヨで十分だ」

「おい」

「そうじゃな」

「おい」

 

しんみりと。

そのような会話が交わされる。

気まずそうに顔を逸らしたワイリーを尻目に、各々もまたチビチビとグラスに口を付ける。

何とも言えない空気。

店員の方はそれを強いて気にしないようにか、テレビを見やっているが。

 

沈黙。

その中。

頭を掻いたチャーシューがグラスを半分ほど空け、唐突にワイリーの横へと席を移した。

鬼マヨとゲキガの反応は、渋い。

距離を置くように、僅かに離れた。

 

「これを見ろ、モズク」

「うん? …………うん?」

「どうだ?」

「あー、うん………………孫か?」

「孫だ。可愛いだろ?」

「そうじゃな」

「まずこの写真だが――」

 

マズい。

そう、ワイリーが判断を下し、体を動かそうとした時。

既に遅かった。

 

肩を半ば抱くように抱えられ、見え易いようにPET。

その画面を操作し、写真を見せ付けてくるチャーシュー。

嬉々とした声からは悪感情は感じられない。

孫の自慢をしたい。

その一心が知れる。

 

しかし一瞬。

その隙。

ワイリーが視線を走らせた。

 

鬼マヨ。

我関せず、ウズラの卵を箸で弄っている。

ゲキガ。

一瞬向けていた横目を逸らし、さもテレビが気になっているように振舞っている。

 

そう。

明らかに聞き飽きている構え。

ワイリーの背筋に冷や汗が流れる。

 

「ところで」

「まずこれを見ろ。この写真だ。分かるか? そう、絵だ。何の絵かは言うまでもなく分かるよな? そうなんだよ、開発した家電があるんだがそれをな、しかもちゃんとウチのマークまでちゃんと書いてくれてるんだ。いやあ、凄いと思わないか? 俺の苗字から……ああ、そういえば言ってなかったな。名前。名前。この子の名前、テルオと言ってな。良い名前だろ? そう思うだろぉ! ほんの少し前までは……これだ! この写真みたいにハイハイしか出来ていなかったんだがそれよりも少しだけ前にはコレだよコレ! 伝い歩きなんて出来るようになっててなぁ! いや、な? 今は全然普通に歩き回っちゃいるけどこの時期が可愛いのなんのって! ああ断っておくが別に今が可愛くない訳じゃないぞ。今も可愛いがそれはそれとしてこの時もこの時で可愛いって話だ。すまん、話が逸れたな。当然それだけじゃあなかったんだぞ。当然あの時には言葉も喋れるようになってた。いや、流石に俺の名前を言える訳じゃあないにしても、しかしだよ? じーじってさ? あの時はもうすぐに喋ったんだよ? これは天才の所業だとは思わないか、ええ? モズク。お前が天才だってのは俺達の間でも当然共通認識さ。悔しいが、まあ、お前には勝てない部分があるのは認めるよ。一応言っとくけどコミュ力は俺の方が圧倒的だからな? そこは間違えるなよ? 他は、まあ鬼マヨももう少し粘りがあればって思う所だったよなぁ。いや、いざ社長業ってのやってるとあんまり部下に持ちたくないタイプだなアイツって思ってな。その点、ゲキガとかケチャップは居てくれると結構助かるタイプだなぁってしみじみ思う所だな。あ、あくまでも使う立場から見てだからな? 鬼マヨと鳥の骨はなぁ。居てくれると助かると言えば助かるがちょっと使い辛いと言うか……まあそう言うのは今はともかくとしてさ。まあ俺自身が話を逸らしちゃった感じだけどしかしだねぇ、話を戻すんだがお前がテルオの喋れた位の時に喋れたかって言うと違うだろ? お前が喋れてなかったろう時にはもう喋れてるんだからこれはもう天才の所業だね。分かるか? 分かるよなあ! この子は少なくとも俺を越える天才になるってハッキリ分かんだね! そう思わないか? 思うよな?」

「いや、お前の優秀さに勝てるヤツはそうおらんよ」

 

何かを口にし掛け、それが数十倍の言葉で押し潰される。

マズい。

逃げられない。

そう理解するのが遅過ぎたのだ。

 

とりあえず言葉を返したワイリー。

そこに追撃とばかりに降り注ぐ、言葉の数々。

なんかもう面倒臭いの極みみたいな雰囲気を漂わせながらも聞き流すに聞き流せず。

相槌だとかを返す機械に半ばなりつつ突っ込みを交え、流す。

 

そんなワイリーに向けられる、憐れみの視線が三つ。

当然、鬼マヨとゲキガ。

語るまでもない。

かつての被害者達である。

 

「ん? ケチャップ」

「お?」

「……ヒートアップしてたんでな、勝手に混ざってた」

 

何時からだろう。

増えていた、一人。

微かな抵抗か、距離を置いた場所に座っていた。

太った丸眼鏡のおじさんにしか見えない、ケチャップ。

そう呼ばれた男が。

 

その姿を認め、さり気なくワイリーは立ち上がり。

は、ガッシリと掴まれていた手によって認められず。

一瞬凄まじく顔を歪めたが取り繕った。

 

「チャーシュー、グラス出せ」

「おうおう」

「よしよし、全員……かんぱ~い……ケチャップも」

「ああ、乾杯」

 

ワイリーの肩に回されていた手が、グラスへと向かった。

しかしそこで逃げる等と分かり易い真似はしない。

彼我の距離を目測で確認したワイリーは乾杯の音頭を取り、それぞれとジョッキを合わせていく。

その最中。

さも、遠くに居るケチャップとジョッキを合わせるためを装い、さり気ない仕草で席を立った。

 

舌打ちが響く。

チャーシュー。

その口から漏れた音。

逃げられた。

そう察したのだろう。

 

背を向け、ワイリーは嗤う。

そのままの流れでケチャップの横に腰掛けた。

既に幾らか。

と言っても、注文されていたポテトの残りを食べていた所だったらしい。

皿に取られたポテトと、調味料のケチャップ。

 

「……相変わらずじゃな」

「此処のはトマト感が薄くて微妙。多分、市販の一番安いヤツだ」

「ああ、そう……」

 

そしてさり気なく。

チャーシューへと二人は視線を向けた。

残りの二人、鬼マヨとゲキガ。

そちらはそちらでチャーシューの孫自慢を聞く気が一切ないと察したのだろう。

仕方なさそうな顔でPETを戻している姿を見、

 

「アイツ、最近ずっとか?」

「うん」

 

殆んど同時に、しかし小さく、溜め息を吐いた。

だが気を取り直したようにもう一度、グラスを掲げるワイリー。

その姿に小さく笑みを浮かべ、ケチャップも合わせた。

テレビの音声に呑まれる程度の、音。

しかし満足げに頷き、グラスへと口を付ける。

 

「…………で、ぶっちゃけ」

「おう?」

「ああ、鬼マヨとゲキガ。お前達もだが……ぶっちゃけ最近どうじゃ? チャーシューは別に良いぞ。さっきので聞かなくとも分かったから」

「聞く必要、あるかソレ?」

「チッ」

「……拙者等がどうなっているかなど、分かっておるだろう」

「………………それほど酷いか、科学省は」

「まあ、な」

 

渋面を作るワイリーに対し、苦笑いで頷いた。

同期。

学生時代、共にアメロッパにて学んだ同期達。

といっても、エンド大学に勤めている一人はまだ来ていないが。

 

ワイリーこと、モズク。

チャーシュー。

鬼マヨ。

ゲキガ。

ケチャップ。

そして、もう一人。

 

合わせて、六人のグループ。

かつて。

一時は科学省、ひいてはニホンの未来を牽引すると言われた六人でもあった。

 

事実、ワイリーは光正と共にネットワーク分野の確立に成果を挙げただけではない。

他の五人。

それぞれがそれぞれ、科学省にて大いなる成果を挙げ続けていた。

PETに基礎理論に構築であったり、電脳技術の汎用化であったり、簡素・簡略化であったり。

 

しかし時代の流れ。

チャーシューはある程度、稼いで退職して電気屋を始め、既に有数の大企業。

もう一人は招かれてエンド大学の教授となり、研究と一応の教鞭を振るっている。

科学省に残っていたのは、四人だった。

 

そしてその内の一人。

ワイリーは光正との技術競争に敗れ、科学省を去り、アメロッパへと渡った。

少なくとも。

他所から見ればそうである。

ともなれば、残ったワイリーに劣っていた三人がどうなるか等、知れる。

 

「良くも悪くも、ワイリー。お前は我等のリーダーとでも言うべき立ち位置だったのでな……お前の一番弟子を名乗っていたアヤツも頑張ってはいたが……」

「うむ。アメロッパに来おったわ――殆んど入れ替わりに出たがな」

「ハッハッハ! アイツも災難だったな、そりゃ」

「予想しての通りだ。ネットワーク関連以外の技術にゃ、金を全然寄越してくれなくなってな」

 

理想に燃えていた訳ではない。

しかし、ニホンの役に立つ。

その程度の理念はあった。

 

ある種、片手間ではあった。

元々の理想。

人型ロボットを創り出すための。

それでも、やり方は違えども、確かに六人の共通認識には、根底にはソレがあったのだ。

だが、

 

「――あとは定年を待つばかり、って感じだな」

 

乾いた笑いを溢す。

理想は既に涸れ果てた。

その様に、ワイリーは小さく顔を顰めた。

傍で耳を澄ましていたチャーシューも、また。

 

「あ、辛気臭くして悪かったな。そんなつもりはあんまりなかったんだが……まあ、愚痴だよ、愚痴」

「元から私は齷齪と働くタイプじゃあない。あと幾らか勤めてればそれなりの退職金は入る。文句はない」

「………………女将! 串盛り十本頼む!」

「はーい」

 

奥歯にものが挟まったようにケチャップは何でもないような調子で口に出し。

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも鬼マヨは軽く笑い。

しかし唯一ゲキガがその胸の内を吐き出すようにか、半ば叫ぶような調子で注文を通す。

 

言っても仕方のない。

時代の流れ。

変えられるものではない。

 

見えないだけで椅子にでも座っていたのだろう。

のっそりと立ち上がり、串を焼き台に並べ始めている店主。

遠目に一瞥したワイリーは瞑目し、己の顎を指でなぞる。

思考は、

 

「………………鬼マヨ、ゲキガ、ケチャップ」

 

僅か数秒程度。

瞼を開き、見やる。

酒の席に相応しからぬ真剣みを帯びた声音に、元から確りとしていたゲキガ以外も居住まいを正し、各々の視線が向けられた。

 

「アメロッパに渡る気はあるか?」

「…………渡ってどうなる?」

「言い方は悪いが、鬼マヨの言う通りだな。アッチもネットワーク分野に金を振り始めているだろう? モズク、お前が出てったのもその辺りが理由だと思ってたが……?」

 

そう言われてはワイリーとて黙るしかない。

事実、既に世界はネットワーク技術に傾倒を始めている。

今の世で、科学省を辞めた機械系の技術者を雇おうという存在がどれほど居るか。

 

然程居るハズもない。

黙るしかなかった。

本来であれば。

 

「……一つだけ、悪いようにならない候補がある」

 

訝し気な様相の周囲を他所に、PETを懐から取り出す。

画面に映るはストーンマン。

図面をせっせと描き込んでいる姿。

 

「ほう?」

 

それに感嘆とも困惑とも取れる声が掛けられるが。

しかしワイリーは気にするでもなく、画面を軽く叩いた。

今更気付いたような具合に顔だけ向けて来る姿に、ただ顎で示す。

 

電源を付けたままにしていたのだ。

当然、周囲の様子をストーンマンは把握している。

図面を描き続けていたのもただ、面倒臭いので知らないフリをしたいだけの演技だと言うのは、ワイリーは知り尽くしていた。

困ったチャンである。

 

だがその困ったチャンでも、ワイリーの創り出したネットナビ。

肩を竦めるような動作をしたかと思えば即座。

PET内蔵の電話を起動させた。

 

「………………」

 

無言の中。

テレビの音が響く空間。

コール音だけが静かに響く。

 

『はいはーい』

 

中、軽やかな女性らしき声が、出た。

PETの画面に浮かぶは白地に『P』の黒文字。

一瞬それを訝しむような顔をしたワイリーだが、気を取り直すように軽く咳を一つ。

 

「久しいな、パイン」

 

そう口にした。

反応したのはチャーシュー。

驚愕に目を剥きワイリーへと視線を向け、すぐさま画面へと戻した。

 

チャーシュー。

彼は知っていた。

当然ながら。

序でに、ワイリーから連絡のあった『伊集院PETカンパニー』を調べたことでも。

 

パイン。

その名が何か。

どのような存在を示しているかを。

 

『――ええ、はい、お久し振りです。そうですね…………Wさんとお呼びすれば?』

「ワイリーで構わん」

『あのあの、コッチの配慮とか無視しにゃいでくれます? 今もまだ、一応アメロッパで貴方のコト探し回られてるんですからね?』

 

呆れ返ったかのような声音。

ソレと共に。

画面の上側に人の指と思しきモノが見えたかと思えば、画面の白を上へと取り払った。

さながらカメラの前に置いてあった画用紙でも放り投げるように。

 

やれやれとばかりに両手を横に広げ、顔に二本線を浮かべているネットナビ。

黄色を基調とした、人間の少女のような姿。

しかし戻った顔。

その瞳に浮かぶ十字が、人ならざる存在であることを確かに示している。

ソレが、加工したのだろう黄色い背景の中、顔を画面いっぱいに映り込んでいた。

 

「対策ぐらいしとるじゃろ」

『まあ……してますけどにゃあ』

「で、本題なんじゃが」

『お早いお早い。ま、にゃんですか?』

 

打てば響く。

その調子に言葉を回す。

 

「機械技術者を雇う気はあるか?」

『ありますにゃあ! ええ、ありますあります――流石に腕次第にゃんですけど』

「腕はワシが保証する」

『じゃあ問題ないにゃ。今すぐにでも……とはちょっとイキマセンにゃ。すみませんが』

「ほぅ……? 何かあったのか?」

 

まさしくトントン拍子。

困惑する三人を置いてさっさと会話を進めていく中。

ストーンマンに何某かさせてもいるらしい。

送られているらしいメールを片手に眺めながら答えるパインだったが、時期の話で顔にバッテンを浮かべて快進撃は止まる。

片眉を吊り上げ問うワイリーへ、

 

『言って良いのかにゃぁ……』

 

等と。

さも迷っているように口元に指を当てる。

しかし視線をチラチラとやっている姿に口元に浮かんだ笑み。

問われれば答えるという姿勢が丸分かり。

半ば呆れたような声で、

 

「まあ言うてみ」

 

ワイリーはそう、促す。

ある種の交換条件だろうと察しながら。

 

『実はですねぇ。最近、ウラの方でキナ臭いのが出てきてた感じにゃんですよ』

「キナ臭い?」

『火薬臭い、って言っても良いかも知れませんにゃぁ。まだほんのり』

「火薬……」

『そですにゃ。それで落ち着いたとは言ってもちょ~っとパイにゃん忙しいんでぇ……片付くまで忙しくってぇ……疲れちゃってぇ……』

 

しつこい位に視線を送って来る姿。

要するに、手伝って欲しいのだろう。

だが、

 

「そうか。ま、なら片付いたら連絡してやってくれ」

『にゃ~ん! 博士のケチ! 白髪! デコッパチ! ハゲ!』

「ハ?????」

『じゃ!』

 

ドスの利いた声。

ワイリーがソレを発した瞬間にはもう、通話は切れていた。

不快気にPETへと視線を向けていたのは数秒。

鼻を鳴らし、元通り懐へと納めた。

 

そのまま不機嫌そうな具合を隠さず、ジョッキを呷る。

中であっても、ワイリーの脳髄は目まぐるしく働いていた。

キナ臭い。

 

否。

「火薬臭い」とパインが言った。

パインが、だ。

 

他のネットナビであれば変わった言い回しをする、程度の話で済んだかも知れない。

実際、フェイクマン辺りは以前どうにも言い回しが変な時もあった。

他のナビ達も含め、未だに変な時はある。

だが、パインが火薬臭いと言うのであれば話が些か変わって来る。

特にパインの真実を知る側からすれば、その言い回しの意味が。

 

少し探るか。

そのように内心で呟き。

しかし表では一息に飲み下す。

勢いのまま、テーブルに叩き付けた。

 

「あのボケナビめぇ……!」

 

青筋を浮かべる演技をしながら。

否。

ちょっと割と本気目に青筋を浮かべながら。

誰がハゲだ。

まだ髪はある、と。

 

「………………意外だな」

「ああ?」

「ナビ程度の言うことにそこまで目くじらを立てるのが、だ」

「――ァあ?」

 

ぎょろり、と。

音がしそうな具合で思わず目を向ければ。

何とも楽し気に見詰める四人の姿。

それに勢いが呑まれる形で、思わず止まった。

 

その様をさもおかしそうに。

そう。

実際おかしい、と言うよりも面白いモノを見付けたように笑いながら、告げる。

 

「ナビ程度、って言ってそこまで反応するとは思わなくてな」

「うむ……昔のお前であれば歯牙にも掛けておらんかったろう」

「変わったな、モズク。良いのか悪いのかは分からんが。変化することは成長とも劣化ともどちらにも成り得る」

「…………………………あの、なんか良い雰囲気だけど、俺から掛けれるような言葉、なくない? なんで全部言ったお前等? おい?」

 

そのような言葉。

一瞬、口から何かが突いて出そうになったが、やめた。

厨房の方を向き、頼んでもいないのに追加をジョッキに注いでいる女将の方を見やる。

 

変わった。

そう言われ、果たしてどうかと言えば。

自覚があった。

ワイリーには。

 

大なり小なりか。

ネットナビ。

それをただの道具、プログラムとしてではなく見る視点が。

全てが全て、そうではないにしても。

己の中にある自覚を、ワイリーは持っていた。

持ってしまっていた。

 

「――――――黙ってろ」

 

注がれ、持って来られたジョッキを受け取り、ぼやく。

ワイリー。

ロボット工学の権威。

機械分野で稀代の天才。

それがネットワーク分野の一つでしかない、ネットナビに絆される等と。

 

あって悪いことではなかろう。

しかし、公言するようなことでもない。

わざわざ肯定するようなことでもまた、ない。

 

「くっくっく……」

「チッ」

 

そのような内心を読み取られているのか。

にやにやとした笑みを浮かべている連中から視線を逸らし、ワイリーは舌を打つ。

変わった。

そうだろう。

 

「ともかく…………少なくとも、今の科学省よりマシな待遇にはなるだろ」

 

でなければ、友人達が科学省で腐っていく様を、只々見ているしかしなかった。

出来なかったろう。

少なくとも、何処とも知れぬような場所を案内するようなことは無責任なことは。

ましてや、人殺しの道具を造るような場所に進んで送り出せるはずもまた、ない。

その程度の友情、ワイリーにはある。

 

「で、モズク」

「ああ?」

「パインをコッチにも紹介はしてくれるか?」

「なんで?」

「お忘れのようだが、私、社長だぞ? 『伊集院PETカンパニー』を伝えて来たのもソレだろ?」

「……ああ、そう言えばそうだったな」

「コイツぅ~」

 

さも忘れていた。

そんな表情を作ったワイリーの頬にぶすぶすと指を突き立てて来るチャーシューに、数回ばかりはそのまま受け、払う。

顔を僅かに顰める様に、そのまま掌を示す、

一瞬、片眉を上げたがすぐに納得したように、懐から名刺を一枚、取り出して乗せて来た。

 

一瞥。

頷き、PETに映す。

画面の中で片腕を上げたストーンマンがすぐさまメールを送ったのを確認し、顔に突き立てるように。

 

「………………これは記念に貰っといてやる」

「おー、やるやる。あんまり配ってないヤツだ。有難く思えよ~」

 

笑うその姿を無視して、ポケットに突っ込んだ。

 

「ま、あとは知らん。俺に出来るのは此処までだ」

「……おう」

「まあ、家族との相談も一応、必要になるだろうからなぁ」

「拙者は、可能ならば」

「別にわざわざ言わんでいい。好きに生きろよ」

 

渋い。

何とも言い難い、あるいは辛気臭いとでも言うべき表情を作る三人だったが、僅かに目を見合わせ。

小さく頭を下げた。

それにヒラヒラと手を振るばかり。

ビールを飲み進めながら。

 

そうして。

訪れた何とも言い難い沈黙。

追加されている料理を勝手に取り合いながら、会話もなく、

 

「すまん、時間を忘れてた」

「え…………ああ、そういえばお前、居なかったな」

「酷いな。いや、遅れた私が悪かったとしか言えないが……」

「ま、鳥の骨も来たことだ。女将、ビールを」

「はぁ~い」

 

忙しない調子で空いている一隅に腰掛け、汗を拭う。

そして来たビールを受け取った。

顔付きがどうにも瘦せ骨ばって見える、鳥の骨。

その視線が全体を彷徨うように動き、やがてワイリーの元で止まった。

 

「遅れた側が言うのも何だが、コールを頼む」

「……ワシがか?」

「お前以外、誰が居る」

「滅多に来ないヤツが言うべきだろ」

「拙者も同意する」

「文句はないな。それより早く」

 

集まった視線に肩を竦め、よっこいしょと溢しながら立ち上がる。

視線。

懐かしい集まり。

 

「――では、そう。我々六人のこれからを祈願して……乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

 

掛け声と共に、ようやく。

余計なこともない。

そんな飲み会は始まった。

 









「ロックマンちゃん」より、MEN’S6

簡単に紹介するといわゆる本筋側の、ロックマンシリーズにおける、ライト博士やワイリー博士の学生同期。
光正に敵意(?)を持つワイリーを含めた6人組。
ロボット万博に展示されていたロボットを改造して、という経緯はあるものの所謂、八大ボスをそれぞれ造り出せる人物達。
間違いなく、人類の超上澄み側。

なお、「ロックマンちゃん」はギャグマンガである
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