『グーレイトッ! 討総学園の四番キリル・フォスターのサヨナラホームランで試合を決めました! ここまで全試合コールドゲームの討総学園が県大会ベスト8進出を真っ先に決めました。次戦も期待が高まります!』
早々にコールドゲームで試合を決めた討総学園のダグアウトに用意された女子選手用の更衣室。素早く帰り支度済ませた佐渡至央理は一足先に専用バスに乗り、スマホの電源を入れる。
「あら。思ったよりもいい勝負してますわ。ふふっ」
彼女のスマホに映る試合、聖タチバナ対帝光学院の試合は8回裏二死。振り逃げボールデッドで出塁したランナーを一塁に置いて、バッターはチームの主砲四番・鏡空也を迎えた場面だった。
* * *
聖タチバナ内野陣がマウンドに集まるのに合わせて自軍ベンチに戻った鏡は、監督の指示を受けてバッターボックスに戻り。聖タチバナナインがポジションに着き、球審のコールで試合再開。
鏡には先制の犠牲フライ、フェンスダイレクトのヒットを打たれているため、聖は焦らずじっくり時間をかけて、対鏡プランを立てる。
「(打率2割そこそこに加えて悪球打ちのアバウトなバッティングのイメージが強いが、捉えた打球はスタンドまで運ぶパワーがある。鏡の悪球打ちは、ストライクゾーンの打撃と同じように飛ばせるヒットゾーンが広いということだ。ボール球でカウントを稼ぐことが難しい相手⋯⋯であると同時に逆も然りだぞ)」
「(おっけー)」
初球、ボールから更に一個分膝元へ滑るインコース低めのスライダー。引っ張った当たりをサードベースの後方で逆シングルで捕球した和花は流れのままファーストへ送球するも、捕球前にラインを割っていた。結果は、ファウル。
「(ボール球を躊躇なく振り切ってきた。次は外で誘うぞ)」
二球目は、ストライクゾーンからボールになるスクリューボールにやや反応を示す。続く三球目は同じコースのクレッセントムーンで打ち損じを狙う。
『バックネット直撃のファウル! 空振りを恐れないスイング! 対する聖タチバナバッテリーは、狙い通りのカタチで追い込みました!』
「よしっ!」
「(いい感じに追い込んだが、タイミングが合っていたのが気になる。念を入れるぞ)」
聖のサインに頷いたみずきはひとつ息を吐いて気を引き締め、セットに入る。ファーストランナーをじっと見詰め、一球牽制球を放る。ファーストからの返球を受け取り、改めてセットについた際のみずきの立ち位置の変化に、聖はすぐに気がつく。
「(そんなギリギリ、練習でも試してない。コントロールミスは命取りだぞ)」
「(中途半端はなしって決めたじゃん。いくなら思いっ切りっ!)」
「(⋯⋯わかった、思い切りいくぞ)」
みずきは打者から見てプレートの一番右端ギリギリいっぱいに軸足を置き。聖は打者の対角線膝元にミットを構える。対右殺しのクロスファイヤー。
「くっ!」
「ファウル!」
『バットの根元! かろうじてカットしました! 5球目も、必殺のクロスファイヤー! 詰まった! 緩いフライが一塁側スタンドで弾みます! 聖タチバナバッテリー強気で押していきます!』
「(――さっきより内側!)」
『際どいコース! ですが、球審の手は挙がりません! 鏡選手、内角を見極めました! そして一度打席を外します。橘選手もロジンバッグを手にして、冷静に時間を使います』
「(立ち位置を一塁側に変えたクロスファイヤーの角度は、初球のスライダーの比じゃない。カットするのも一苦労だ。だけど、ここさえ乗り切ればチャンスは必ず来る)」
打席を外してヘルメットを脱ぎ、袖で額の汗を拭って打席に戻った鏡はチラッとベンチに目をやると打席に戻り、半歩分後ろスタンスオープン気味に構えた。それを見た聖は、みずきに元の位置に戻るように手で合図を送る。
「(スタンスを変えた、インコースを意識してる。打ち取るためにここはベストピッチに戻すんだ)」
「(⋯⋯私のストレートじゃ角度をつけても四番には通用しないってコトね。ふんっ。ん? ふーん、インコースをまったく信用してないってワケじゃないわけね。オッケー、聖のサイン通り投げて絶対抑えてやるんだからっ!)」
立ち位置を戻し、みずきはセットに入った。
仕切り直しの一球は、胸元を厳しく突くストレート。
「(――来た! これを必ず捉えるんだ!)」
『打った! 伸び上がって強引に叩いた! しかし、これは大きく切れて三塁側のスタンドへ飛び込みます! ファウル!』
鏡の反応を見て、聖は迷うことなく次のサインを出し。またみずきも迷うことなく、聖が出したサインに頷いた。
ファーストランナーを視線で牽制し、モーションを起こす。
『橘選手、カウント2-2からの勝負球――投げた!』
「いっけーっ!」
みずきの左腕から放たれたボールは、ストライクゾーンからボールになる外角の高速変化球"トゥインクルムーン"。
「(よし! 寸分の狂いもない完璧なコースだ。これで――)」
外角へ伸びるように逃げるトゥインクルムーンの軌道に先回りして、ミットを閉じる。
しかし、閉じたミットにいつもの感触がない。代わりに目の前で甲高い金属音が響いた。閉じたミットの先にはマウンド上でファースト方向を見上げるみずきの姿。彼女の視線を追い、顔を上げる。ライト上空を白球が舞っていた。懸命に打球を追っていたライト漆原の足が止まる。彼の遥か頭上を通過した打球は、フェンスの向こう側で弾んだ。
『は、入りましたー! 貴重な、貴重な追加点は8回裏ツーアウトから四番の一振り! 勝利をぐっとたぐり寄せる一打は帝光学院不動の主砲・鏡選手から生まれました! そして今、ホームイン! 4対1リードを三点に広げました!』
スタンドの大声援、ベンチの手荒な出迎えを受けながら鏡は、すぐさま監督の下へ。
「監督! 監督の"指示通り"インハイの後の外角の
「よくやった。一度しかないチャンスをよくものにした」
「はい!」
振り逃げ直後マウンドに集まっていた際、鏡を呼び寄せた帝光学院監督の指示は「インコースを意識したと思わせて、外角のトゥインクルムーン一本に絞って狙え」。勝負球の前に確実に外角へ投げさせるため、立ち位置とスタンスを変えた上で一球前の完全なボール球を強引に叩いた。
聖はあの場面、見送られてボールになっていいと考えていた。インコース対策の立ち位置から狙って踏み込まない限りストライクからボールになるトゥインクルムーンは、悪球打ちが得意な鏡でも大怪我はしないと判断した配球。空振り、打ち損じなら儲けもの。ボール、ファウルなら次の勝負球を内外角を広く使える上に、フルカウントなら勝負しつつ歩かせる選択も出来た。
ホームランにしたあの一球だけが、鏡にとって唯一のチャンスボール。期待値は決して高くはなかった。ただ、逆方向も長打にできる打力、元来良しとされない悪球打ちの癖がいい方へ作用し、一度しかないチャンスボールをミスショットせず仕留めた。
「(踏み込んで打った、私の配球が読まれた⋯⋯届かないコースへ確実に外すべきだった⋯⋯)」
「絶対打たれちゃいけなかったのに⋯⋯」
「みずき。違うぞ、今のは――」
「タイムお願いします」
タイムを要求した和花はマウンドへ行き、両手を膝に付いて顔を伏せるみずきに声をかけた。
「降りますか? いえ、違いますね。降りてください」
「和花っ!」
歯に衣着せない和花の言葉に、聖が声を荒げる。
「試合は終わっていません。あのようなまぐれ当たりの一発で心が折れてしまう人に、これ以上マウンドは任せられません。私が投げます」
「まぐれ?」
「六道さん、あなたが捕球し損ねるボールですよ。まぐれ以外の理由がありますか?」
「――ない。あるわけないじゃん。ほら、さっさと戻んなさいっ」
聖の代わりに答え、顔を上げたみずきの表情から悲壮感は消えていた。マウンドに集まった内野陣に戻るよう促し、背を向けて深呼吸する彼女に目をやりつつ、聖は和花に礼を伝えた。
「助かったぞ。気休めでも立ち直った」
「事実を述べたまでです。四番のダメ押しの一打、鈴本さんが続投します。逆転の目はあります」
立ち直ったみずきは、鏡にホームランを打たれたトゥインクルムーンで五番を空振り三振に切って落とし、チームを鼓舞。
「気落ちはしてないか。鈴本、行けるか?」
「行きます。千葉」
「おう」
最終回のマウンドへ立った鈴本は、千葉を相手に全球セットポジションで投球練習。投げた球種はすべてナックルボール。
「おいおい。夢城の読み通り、マジでナックル一辺倒で勝負するつもりかよ?」
「8回の私の打席で、鈴本さんはシュート回転するストレート嫌いました。スライダーも気持ち曲がりが緩やかになっています」
「信用してないってのはそれか。じゃあ、今あいつが一番信用してるのがナックル」
「そういうことです。では、行きます」
最終回、前の打席を完了しなかった和花が先頭バッターとしてバッターボックスに立つ。鈴本は、投球練習と同じセットポジションのまま迎え撃つ。
『いよいよ最終回。聖タチバナ学園の攻撃は一番からの好打順。帝光学院は鈴本選手が続投、絶対的エースに試合を託しました。先頭バッター夢城選手がバッターボックスに立ちます! サイン交換が終わりました。初球は――ナックルボール! 120球を超えてもボールの切れ味は健在。ストライク!』
「(変化も、揺れ幅も今まで投げていたナックルボールよりも大きい。これは想定外ですね。ですが――)」
和花は、バットをグリップ分短く持ちフォームを崩しながら必死に喰らい付く。そして、ナックルを4球続けたあとの5球目――。
『アウトコース、ボール球のストレートを三遊間へ弾き返した! レフト前ヒーット! 聖タチバナ学園ノーアウトで先頭バッターが出塁しました、反撃開始です!』
「(狙われたか。目先を変えるにもはっきり外さねーと。走られるのは仕方ない。ストライクひとつもらうぞ)」
聖の打席の初球、和花は盗塁を決めた。ノーアウト二塁。聖の打席結果は、低めのナックルをセカンドゴロで進塁打。一死三塁。続く三番咲道は小柄な体格が幸いし、ボール先行のピッチング。
『ああと、フォアボール! 繋ぎます! 積極的な打撃が持ち味の咲道選手ですが、ここは冷静に選びました。ホームランで同点の場面で迎えるのは今日タイムリーを打っている四番・漆原選手!』
「よしっ!」
「(⋯⋯鈴本が一番との勝負を先送りにしたくなかった理由が今になってわかった。監督――)」
咲道は拳を握って一塁へ走り。立ち上がったキャッチャー千葉は前の回の判断を悔やみながら、ベンチに指示を仰ぐ。
「ナイス、あかりっ!」
「よく見た!」
「いけるいけるっ!」
イケイケムードで盛り上がる聖タチバナベンチと応援団。
同点、逆転を願う応援が響く中タイムを取った帝光学院ベンチから伝令が走る。ネクストの漆原はいったんベンチへ下がり、みずきと聖、控え捕手の茅野を交えて会話。
「監督の指示は、ひとつずつ確実にアウト重ねること。同点までならいいって言ってる」
「一発よりも、繋がれる方が厄介ってコトか。内野はゲッツーシフト、サードランナーは無視でいい。近いところでひとつ確実に取るぞ」
円陣が解かれ、各々ポジションへ戻っていく。
マウンドを離れた千葉はさり気なく、伝令にブルペンの確認を行う。
「準備はしてるけど、最低でもツーアウトからって考えてると思う」
「向こうの流れになりつつある、タフな場面じゃさすがに出しづらいか。オーケー」
伝令はベンチへ。千葉は、腰を降ろす。
球審の呼び掛けを受け、四番の漆原が右打席に入った。
「(ん? 構えが若干小さい、後ろへ繋ぐことを意識してるのか。一球様子を見るぞ)」
頷いた鈴本。初球は、咲道の盗塁警戒の意味も込めて大きくウェスト。咲道はスタートを切らず、漆原は反応を示さない。思考を巡らせる千葉を、鈴本が呼ぶ。
「ボクに考えがある。道筋を描いてほしい」
「わかった。具体的には?」
グラブで口元を隠し、制限時間いっぱいまで入念な打ち合わせを行う。主審が声をかける直前で千葉は戻り、試合再開。タイム明けの初球は、ナックル。
『見ます。ちょっと慎重になっているのでしょうか? やや甘いコースに来ましたが、手を出しません。帝光バッテリーは、こちらも長打警戒の外角中心の配球でボールが先行します。3-1バッティングカウント。一球首を振り、サインが決まりました。キャッチャーはインサイドにミットを構えます!」
サードランナーの和花に視線を向けた鈴本は、投球モーションに入る。
「(クイック、ナックルじゃない⋯⋯! 外ならスライダー、内ならストレート――)」
バッター有利3-1からの投球は――内角のストレート。
若干シュート回転することを前提に、バットを振り抜いた。
『高々と上がった! 振り抜いた打球は左中間へ! 予め後ろで守っていた鏡選手、フェンスにぴったりついて上空を見上げます! これは行ったか!?』
バットを投げ捨てた漆原は、全力で走りながら咲道へ指示を出す。
「咲道、ハーフだ!」
「は、はいっ!」
「センパイは――」
和花は、タッチアップに備えてサードベースに着いたまま打球の行方を追っている。鏡は両膝をグッと溜め、思い切りジャンプし左腕を目一杯伸ばした。
「合図を」
「了解! ⋯⋯ゴー!」
サードコーチャーの合図で、和花はタッチアップ。
『捕った! 鏡選手、あわやホームランという打球をフェンスの上でスーパーキャッチ! ですが、送球は内野に返るだけ。聖タチバナ、四番漆原選手の犠牲フライで一点返しました! まだ試合はわかりません』
バス移動中もスマホで試合中継を観覧していた至皇理は、アプリを終了させた。隣の席に座っている双子の妹・佐渡摩智が問う。
「姉貴、最後まで見ねえのか?」
「ええ。出来れば真剣勝負の舞台であの方たちと対戦したかったですが。残念ですが、ここまでですね」
「アタイが仇討ってやる!」
「ふふ、頼もしいですわ~」
そう言って笑った至皇理の顔からスッと笑みが消えた。
「(まあ、最後の最後⋯⋯勝負の一球に夢城さんの"小手先の技術に頼る"ようではお話しになりませんね)」
和花が行っていた技術は――踏み出した足の着地位置でボールの軌道を若干変える投法。クロスステップならスライド、オープンステップならスライスといった感じに。
鈴本は漆原への決め球に、クロスステップで踏み出すストレートを選択。シュート回転してスライスしていく軌道を強引にズラし、シュート回転する前提で打ちにいった漆原は予測と異なる軌道に芯を僅かに外し、犠牲フライという結果に終わった。
そして――。
『ゲームセット! 最後は、低めのナックルボールにバットが回りました! 一点は返しましたが反撃はここまで。聖タチバナ学園あと一歩およびませんでしたー!』
みずき、聖、和花。
聖タチバナ学園三人娘、最後の夏の挑戦は幕を閉じた。