グラウンド。先に練習を終えた後攻めの白薔薇かしまし学園大学ナインはベンチに下がり、入れ替わりで練習を開始した恋恋高校ナインの動きを、休息を取りながら一部の選手が観察している。
「ショート、藤堂がついてんじゃん。てっきり瑠菜の弟が来ると思ったのに」
「去年の夏は外野だったッスよね。内野も守れるんッスか?」
「シニアの時はショートだったみたいね」
「器用なんッスね」
二人が話していると、かしまし大学の扇の要星空星光が、芽衣香に情報共有を求めた。
「浪風さん、解る範囲で構わないから各打者の特徴を教えてもらえるかな?」
「おっけー。まず、藤堂。とにかく脚が速い。三遊間方の内野ゴロはほぼセーフ。あとは、片倉ね。弾道低めのアベレージタイプ。片倉もそこそこ脚が速いから右中間の打球は要注意よ」
「主軸は、二人とも中近距離バッターなんだね」
「そういうこと。新海は、チームを優先するタイプ。ルナの弟はいいセンスしてるって話し。ま、その当たりね」
「ファーストの彼は? 体格はチーム1に見えるけど」
「あー、六条ね。高校から始めた初心者なのよ。コーチ⋯⋯恋恋の元監督からは『いずれ大きい壁に当たる』って言われてた」
「なるほど⋯⋯ありがとう。涼風――」
芽衣香の話しを聞き、星空はチームのエース涼風希望と打ち合わせを行う。星空と入れ替わりで、ほむらと、つばを後ろにして帽子を被った夏野向日葵が彼女の元へ。
「同リーグのエースと同じタイプの片倉くんを攻略出来れば、3部昇格入替戦もみえてくるッス!」
「うちの課題は、打線より守備だけどね~」
「まーねー。涼風しか計算デキるピッチャーいないし。なっちさ、ピッチャーやんないの? 中学の時はピッチャーだったんでしょ」
「むりむり。アタシの肩じゃ通用しないって」
「ふーん。よし、じゃあ行くわよーっ!」
恋恋高校の守備練習が終わる。立ち上がった芽衣香を先頭に、白薔薇かしまし学園大学ナインはベンチを出た。グラウンドで整列。芽衣香は、正面に立つ恋恋高校キャプテンの香月に右手を差し出す。
「よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします。芽衣香先輩、わたしたちは勝ちに行きます」
「上等! そうこなくっちゃ!」
二人は、ガッチリ握手を交わす。
球審から試合のルール説明を受け、互いに礼。先攻の恋恋ナインはベンチへ下がり、後攻の白薔薇かしましナインが守備に付く。マウンドに立つのは背番号1番を背負うエース、涼風。
投球練習を行う彼から目を離し、恋恋高校作戦参謀の優花がタブレット機器を手に情報を伝える。
「見ての通り、サウスポー。球速は140キロ前後、コントロールはそこそこまとまっている。変化球は、緩いカーブと――」
捕手星空が、大きな声で指示を出す。
「涼風、ラストボール!」
「オッケー、いくよ」
左のスリークォーターから放たれたボールは、まるで加速するかの様に大きく利き腕の方向へ流れていった。
「あれが、涼風希望の決め球――ロゼルージュ。被打率は、脅威の"ゼロ"」
「ぜ、ゼロ!? ヒットを1本も打たれてないってことっすか!?」
一年生の男子部員から声が上がるが、優花はいたって冷静。
「あの球速と変化、制球力。2部でも充分エースを張れる実力を持ってる。4部リーグ相手なら完全試合をしても驚くことではないわ。十六夜」
「わかってます。突破口はオレが開きます」
「(そういう意味ではないのだけど。まあいいわ)」
優花と理香は、視線で意思の疎通を行う。
「私からは以上よ。監督、お願いします」
「ご苦労さま。私からはいつも通りよ。各自ひとつひとつ目的を持ってプレーすること」
理香の言葉を聞き「はい!」と全員声を合わせる。
そして先頭打者の満は、ヘルメットを被るとバットを持ち、バッターボックスへ向かった。彼に合わせて二番打者の神田はネクストバッタースサークルへ。球審の合図で右のバッターボックスに入った満は、足場を慣らしながら、マウンドの涼風を見据える。
「(端から見れば脅威的な変化⋯⋯どれ程の変化球かオレが見定める)」
「プレイボール!」球審のコールがグラウンドに響き渡る。
恋恋高校対白薔薇かしまし学園大学の試合が始まった。
キャッチャー星空は、満をじっくりと観察しサインを出す。涼風の初球は、外角のストレート。見送って、ストライク。
「(140キロは出てない。出所の見づらさはあるけど、このくらいなら対応出来る⋯⋯!)」
バッテリーは、二球目もストレートを選択。外角のボールに上手く合わせるも一塁線を切れて、ファウル。三球目、ベースの手前でワンバウンドした緩いナックルカーブをしっかり見極める。
「(ストレート二球のあとに緩いカーブ、バッテリー有利のカウントは作った。これで、バッテリーは決め球を使ってる!)」
右打者の満にとって、涼風のロゼルージュは外角へ大きく逃げていく変化球。外へ意識が向いた膝元へストレートが突き刺さった。
「ストライク! バッターアウト!」
「ナイスボール、ワンナウト!」
星空の返球を受け取った涼風は、帽子を脱いで長い前髪を整える。
「ドンマイ」
「⋯⋯くそっ!」
ネクストの神田に声をかけられ、悔しがる満。しかし神田には、そのような意図も余裕もなかった。
「(ショートのポジション争いは、俺と十六夜だけじゃなかった。藤堂先輩にも勝たなきゃいけないんだ。守備範囲じゃ二人に勝てない。俺が勝つには、バッティングしかない!」
そんな彼の入れ込みを見透かしたかのように、外角のボール球を打たせた。捉え損ねた打球は、セカンド後方へ。ライトが前に出てくる。
「オレに任せろ!」
セカンド黒珠真はライトの前進を制止、後ろ向きでスライディングキャッチ。グラブを掲げる。
「黒珠くん、ナイスッス!」
「やるじゃんっ! ま、あたしからセカンドのポジション奪ったんだから当然だけど!」
「当たり前だ、半端なプレーはしねーぜ!」
ファインプレーが飛び出したことで、白薔薇かしまし大学の士気がグンっと上がる。だが、藤堂は至って冷静。浮つく空気の中、星空はそれを感じ取っていた。
「(浪風さんの情報だと、脚のある打者。左打席――セーフティバントもありえる。容易な外角は禁物)」
初球、内角のナックルカーブ。ボールゾーンからストライクゾーンへ入ってくるボールを見逃し、ストライク。
「よし、ナイスボール!」
涼風へボールを返し、星空は腰を降ろし。今の一球あとの藤堂の反応を見て、優花は満と神田に声をかける。
「守備の準備はいいから見ておきなさい。どうして、あなたたちがバッテリーに手玉に取られた理由が解るわよ」
手を止めた二人は、グラウンドを注視。
二球目、前二人には投げなかったロゼルージュ。真ん中付近から膝元へ滑るように変化する変化球を捉えられず、空振り。
「(よし、ロゼルージュにはついていけてない。ただ、スイングは悪くない。簡単にいくのは、悪手。ここは一球誘いながらカウントを整える)」
「(オーケー)」
サインに頷いた涼風が、投球モーションに入る。何かを察した、芽衣香が動く。投球は、外角ボール球のストレート。踏み込んで捉えた鋭い打球が三塁線へ。
「なっ!? サード!」
「おっまかせ! ――は、はやっ!?」
「セーフ!」
サードベースの後方でバウンドした打球を芽衣香はファウルゾーンで左膝をついて逆シングル捕球、素速くファーストへ送球するも、ワンバウンドでファーストのほむらのミットに収まった時には既にファーストベースを駆け抜けていた、記録は内野安打。
「(なんて、脚だ。いや、浪風さんが抑えてくれなかったサードを奪われていたかもしれない。四番は投手、彼を抑えて攻撃に弾みをつける)」
藤堂の防具を受け取った一年生部員から情報を得た片倉は、積極的に初球を叩く。内角低めのストレートを狙い澄まし、一、二塁間を破るシングルヒットでチャンスを三塁一塁に拡げた。
「どうして、あんな簡単に⋯⋯」
「あの二人は、最初からロゼルージュを狙っていなかったのよ。十六夜、あなた、自分が突破口を開くっていったわよね。そのために、投手の決め球を狙う、それは間違っていないわ。でも、相手はそうするように誘導したのよ。手の内は隠すもの、特にお互い事前情報が少ない試合ではね。まして、試合前の投球練習で簡単に見せたりしないわ」
ロゼルージュを狙っていた満には使わず、狙いの裏をかき。満と比べて打ち気の神田には、ボール球に手をさせた。二人とは逆に、カウント整えるボールを狙っていった。これは、経験の差。前任の頃から、常日頃「勝負の向き合い方」「駆け引き」のトレーニングを積んできた二年生との大きな差。
続く五番捕手、新海はショート夏野へのライナーに倒れるもなかなか鋭い打球だった。恋恋高校は、先制点のチャンスを作るも無得点で初回の攻撃を終了。選手たちをベンチ前に集めた理香は、初回の裏の守備の前に声をかける。
「さあ、今度は守りよ。しっかり勉強してきなさい。ひとつひとつのプレー、一球一球を大事にね」
『はい!』
ベンチから元気よく恋恋ナインがポジションに着く。
攻守交代。初回の攻防は、白薔薇かしまし学園大学の攻撃へ移行する。