進が紅白戦を直訴して三日後、あかつき大附属高校野球部専用球場。一塁側には進を除いた春大ベンチ入りメンバー19名、三塁側はベンチから漏れた一軍選手と二軍から選ばれた合計19名が試合開始に向けて準備を進め。ベンチ裏では、千石と二軍監督を務めるコーチ、あかつき大附属野球部キャプテン猪狩進の三名が、紅白戦の段取りを話し合っていた。
「日比野を先発させるが、野手のスタートはテストも兼ねて控えメンバーで行く。今日の内容次第で、夏の背番号が替わる。当然補欠、二軍も含めてだ。そっちは⋯⋯愚問だったな」
「ええ、猪狩と話し合い、ベストオーダーを組みました。一軍昇格、ベンチ入りを目指してモチベーションが高いです」
「そのくらいの気概がなくては困る。試合をする意味がない。進、投手はよかったのか?」
「はい。今日の試合、僕なりに確認したいことがあります」
「そうか。では、30分後試合を始める。先攻は、控え組だ」
千石は、指揮を執る一軍ベンチへ。進とコーチはミーティングルームでタブレットを片手に、控え組の先発投手、ベンチ入りしている投手についての確認作業を行う。
「先発はサウスポーの
「知っています。
「ストレートを活かすためにチェンジアップを投げさせてはみたが、あまり成果は見られない。緩急をつけたい際の選択肢のひとつ程度の認識でいい」
「わかりました。二番手以降ですが――」
投手は調子を見つつ、2回を目安に継投することに取り決めた。ベンチに入ったコーチはスタメンを集め、進は先発投手と共にブルペンに入る。軽めのキャッチボールで肩を作り、腰を下ろして投球を受け、適当なところで切り上げてベンチへ戻る。
審判を務めるコーチ陣がグラウンドへ出てきた。両軍整列。
「これより紅白戦を始める。先攻・控え組。礼」
互いに挨拶を交わし、控え組はベンチへ、一軍スターティングメンバーはポジションへ散った。先発日比野の投球練習が終わり、控え組の先頭バッターがバッターボックスに入る。
「プレイボール!」
球審のコールで試合開始。一軍先発の日比野は一番、二番を力のあるストレートで退ける。そして迎えるバッターは三番・進。丁寧に足場をならして左打席でバットを構える進対し、日比野の初球はアウトコースのストレート。
「ストライク!」
「(外角いっぱいのストレート。守備は全体的にやや左寄りのポジショニング⋯⋯この場面、僕には引っ張る打球はないって想われてる)」
タイムを要求した進はいったん、打席を外した。
「(単打で出塁したところで、外野の間を抜く当たりじゃないとホームへ還られない。この打席は粘って、次以降の打者に――)」
『進。お前は、打者として致命的に欠けているものがある』
恋恋高校対アスレテース高校の試合観戦前日の夜。雨天で登板予定試合が流れ、偶然実家に帰って来た兄・猪狩守に指摘された言葉が頭を過った。
「フゥ⋯⋯お待たせしました」
大きく息を吐き、打席に入る。試合再開後の初球のボールを見極め、カウント1-1からの三球目。低めのフォークボールを打つも、やや深めのライトフライに討ち取られてスリーアウト。攻守交代。一回裏一軍の攻撃。
「ボール!」
セットポジションから投球するも、事前の情報通り立ち上がりから制球難に苦しむ。ボール先行の控え組の先発投手のピッチングを、千石はベンチから憮然とした表情で見ていた。
「(ふむ、やはりボールは悪くはないのだがな。この暴れ馬を進がどう操縦するか。チームの泣き所のサウスポーだ、ある程度目処が立つなら
しかし、千石の思惑とは裏腹にストライクが入らない。
球威がある分ボール球に手を出してくれているが、構えたコースには一球も来ない。先頭バッターを四球で歩かせると、カウントを悪くしてセンター前へ運ばれ無死一・二塁のピンチ。
球審から貰った新しいボールを両手で揉み、間を取る。
「(制球難の投手に一軍クラスの制球力は求めるのは酷だけど、ここまで乱れるなんて⋯⋯。制球に難のある投手は、キャッチボールでも荒れる。原因は複数あるけど、その大半はリリースが安定していないから。でも、肩慣らしのキャッチボールはこれ程荒れてなかった。実戦の緊張感から来るリキみ――)」
ボールをピッチャーに投げ、腰を降ろす。
「(原因が解れば改善の余地はある!)」
「アウト!」
「ワンナウト! ランナー一塁、二つ狙っていこう!」
先の塁を狙うセカンドランナーの帰塁がおざなりになった隙を狙った、進の二塁牽制。ランナーは戻れず、タッチアウト。
「(さすが進だ、一瞬の隙も見逃さない。貪欲に先の塁を狙うランナーの姿勢は買うが、打順は中軸、無理をする場面ではなかった。だが、これで消極的になるようなら背番号一桁を付けることはないぞ。さて⋯⋯)」
千石は落胆して戻って来たランナーに向けていた視線を、グラウンドへ戻す。
ひとつアウトを取ったものの、ボール先行で2-1のバッティングカウント。直後の一球、要求したコースよりボール一個甘く入った。引っ張った打球は三塁線を破り、一死三・二塁とピンチが広がり。四番はきっちり外野へ運んで犠牲フライで失点を喫した。
「(この一点は大丈夫。六番は、日比野。ここは勝負を急がない)」
五番を敬遠気味に歩かせ、日比野との勝負。カウント2-2から真ん中付近のストレートで空振りを奪って三振。 球数は要したものの初回のピンチを最少失点で切り抜けた。
「ナイスピッチ」
「ぜんぜんナイスじゃないだろ」
「そんなことないよ。最後のストレートなんて完全に振り遅れてた。甘くても勝負出来るよ」
「ハァ、試験だともっと狙ったとこに行くんだけどな。クソ⋯⋯」
自らの不甲斐ないピッチングにベンチに座って項垂れる姿に、進は水分補給をしながらどう声をかけるべきか考えていた。確かに本人が言うように、ストライクとボールがはっきり解るレベルでピッチングは荒れていた。それでも、何球かは驚くほど良いボールが来たことも事実。甘いコースでも空振りを奪えるベストピッチの再現性を高めることができれば、一軍でも充分通用するだけのポテンシャルを秘めている。
「(投手昇格試験のストラックアウト形式とシート打撃でなら本来実力を発揮出来る。力を抜いて投げるから――それはない。手抜きはその時点で弾かれるし、手抜いて抑えられるほど試験は甘くない。なら、やっぱりメンタルの問題なのかな?)」
二回表四番からの攻撃も日比野に抑えられ、既にツーアウト。グラブを持ち、十朱はベンチから立ち上がる。
「猪狩、キャッチボール頼むわ」
「うん。行こう」
「これで最後だな⋯⋯」ブルペンで肩を作る投手を見て呟いた姿に、進は問いかける。
「諦めるの? 今日の先発に指名されたのは期待されてるからだよ。ここで結果残せば、背番号貰えるんだ」
「無理だって、もう――」
「無理って、そんな簡単に。その程度の覚悟だから一軍と二軍行ったり来たりで背番号貰えないなんだよ!」
「――だろ⋯⋯しょうがねぇだろ! 投げづらいんだよ、お前! 他の連中も!」
一斉に注目が集まる。
「集中しろ、プレイ中だ!」
千石の喝に止まっていた試合は動き出し。進は改めて、十朱に訊ねる。
「僕には投げづらいの?」
「⋯⋯悪い。でも、どうしてか解らないけど。お前と組んでる時が一番集中出来ないんだ」
原因が自分にあると聞かされ、進に動揺が走る。
要求が高い兄・猪狩守以外から面と向かって不満を口にされたのは初めての経験。正捕手として投手に対して人一倍気を遣い、少なからず信頼を得た自負もあった。それが自惚れだと知った進は、キャプテンとして決断を下す。
「キャッチャー交代しよう。僕が代わる」
捕手交代を、自ら進言した。