7Game ~Next AGE~   作:ナナシの新人

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Game3 指導者・千石忠

 進と十朱(とあけ)のやり取りを目の当たりにした一軍ベンチも控え組のベンチと同じようにざわついている。どよめきが治まらない中、今日はベンチスタートのレギュラーメンバーの一人が、次回に向けて準備を進める日比野に問いかける。

 

「なあ、日比野。進って投げづらいのか?」

「まさか。うちじゃ一番投げやすい。ワンバンもほとんど後ろ逸らさないから、低めのフォークも安心して投げれる」

「だよな。ま、十朱のスゴさはみんな知ってるから気にかけるのはわかる。ゾーンに入ったあいつは、先輩たちもまともに打てなかったし。地方出身の俺も中学の時からあいつの名前は知ってたぞ、入学当初はお前より評価よかったよな」

「劣ってたつもりはないぞ」

「客観的な話だっての。なのに、進と合わないか⋯⋯」

 

 投手陣からの信頼が厚く。俊足好打に加えて、キャプテンとしてチームをまとめる統率力、強肩、抜群の捕球力も持ち合わせた正に扇の要。チームメイトの誰もが進に対して不満を持ったことはない。十朱も例に漏れず進の人間性に悪印象は持っておらず、むしろ好印象を抱いている。

 

「では、頼んだぞ。マネージャー」

「はい」

 

 あかつき大附属三年生のマネージャー・四条(よじょう)澄香(すみか)は膝の上で開いたスコアブックを横に置き、手荷物を持って、グラウンドの外から外野へ回る。そして、彼女に仕事を頼んだ千石は、控え組ベンチ前で話っている進と十朱の元へ向かった。

 

「進。キャッチャー交代は認めん」

「監督。ですが――」

「ひとりのためにチームを犠牲には出来ん。十朱。進相手は投げづらいと言ったが、具体的には?」

「なんて言うか⋯⋯投げるタイミングが合わない感じで⋯⋯」

「タイミングか、ふむ。進、何も変えず今まで通りリードするんだ。十朱もいいな?」

 

 二人の「わかりました」と言う言葉を聞きベンチへ戻った千石はスマホを手に取り、澄香と連絡を取る。マウンドから直線上の外野フェンスの先へ移動した澄香は応答とタップし、動画通話に切り替えて、投手を真後ろから映す。

 

『監督、いかがでしょうか?』

「問題ない。その位置で固定して、打者ひとりごとにこちらに送ってくれ」

『わかりました。では、一度切ります』

「お前たち、相手バッテリーのいざこざを気にしているようだがずいぶんと余裕があるようだな」

 

 自分たちは今、生き残りをかけた競争をしていることを再認識したベンチの空気が締まる。

 

「(しかし、ああは言ったが。十朱の言い分が確かなら、制球難はメンタルでも、技術の問題でもない。何か別の要因があるはず。試合の中で見定める)」

 

 イニング間の投球練習は、肩慣らしから本格的な投球になるにつれて乱れ出す。だが、二人は千石の指示を守り普段通りを心がける。

 

「くっ⋯⋯!」

「ボール、フォアボール」

 

 ひとつアウトを奪った後、春大会は主に代走として出場していた八番バッターを歩かせてしまった。生き残りをかけたランナーは当然、走る気満々。大きなリードを取り、制球難に苦しむバッテリーを挑発。

 

「ウザいな」

「バッター集中!」

「ああ、わかってる。ふぅ⋯⋯」

 

 視線でランナーを牽制し、バッターへ初球。外角のストレート。構えたコースからやや外れたが、進は息を呑んだ。

 

「(要求したコースに決まった訳じゃないけど、さっきまでと明らかに球威が違った。初回に何球か来たのと同じ球威。ランナーを背負った途端に⋯⋯だけど、前の回先頭打者を塁に出した時は乱れたままだった。今回とは違う。もう1球同じところへ――)」

 

 半信半疑だった進だったが、二球目を受けて確信を持った。

 今、ベストピッチが続いている。今すぐタイムを取って確認作業をしたいところだが、いい流れを途切れさせないことを優先。三球連続でストレートを要求、三球目は内角。

 サインに頷いた十朱はランナーにしっかり視線を送りながら右脚を上げ、素速くホームへ顔を向ける。甘く入ったが、球威で押し込みファウル。この試合初めて1-2のバッテリー優位のカウントを作った。

 

「(ふむ⋯⋯急に良くなった。何が変わった? フォームか?)」

 

 千石は、十朱のピッチングを注視。

 

「(ファーストランナーを牽制したままモーションに入る。ここまでは、ランナーが居ない時と同じだ。顔をホームへ向けるタイミング⋯⋯いや、ここは関係ないな)」

 

 三球ともランナーを牽制しているため、顔を向けるタイミングまちまち。その後のリリースにも大きな変化は見られず。高めの釣り球に手が出るもファウル、カウントは変わらず1-2。

 

「(十朱に変化は見られない。これでは埒があかんな)」

 

 ――ならば、とヒットエンドランのサインを出し、強引に状況を変えに行く。しかし、内角膝元へ食い込む小さな変化のスライダーを引っかけて、やや強い打球のサードゴロ。サードの送球が逸れたためバッターランナーは助かるも、ショートライナー性の当たりに咄嗟ブレーキをかけたことでファーストランナーはセカンド封殺。状況を変えることはできず、アウトカウントがひとつ増えただけ⋯⋯と思われたが。

 

「ボール!」

「乱調? なぜだ?」

 

 先ほどの快投が嘘だったかのように、ボール二つ先行の苦しいピッチング。塁に残ったファーストランナーは、盗塁はないランナー。前のランナーほど警戒する必要がないにも関わらず、ピッチングが安定しない。

 

「(⋯⋯球が来ない。まさか、スライダーでリリースの感覚が狂った? だけど、ここはバッターオンリーの勝負でいい場面。打者は主に内野の守備固めで起用されるラストバッター、ある程度ゾーンに来さえすれば――)」

 

 そうは思いつつ、荒れている投球に対処するため捕球に専念。ベースの手前でバウンドした変化の大きなスライダーを捕球すると間髪入れず人差し指を立てた右手を回し、ハーフスイングをアピール。主審から判断を委ねられた塁審は軽く握った拳を掲げる。判定はスイング。カウント2-1。

 

「(打撃の期待値は高くないとはいえ今のスイングはいささかいただけんが、進はさすがだな。あの捕球力であれば、ピッチャーは思い切って――)」

 

 この時、千石ははっとした。

 そして、イニング前二人との会話を思い出す。

 

「(進の捕球能力の高さは投手を助ける強力な武器。だが十朱は、進に対して投げづらい、タイミングが合わないと言った。それが事実であるなら、十朱の制球難、乱調を誘発しているのは――)」

 

 千石が捉えた視線の先は、あかつき扇の要・猪狩進。

 まだ確証は得られてはいないが、進の動作に何かがあると仮定し原因を探る。先ずは、視点を投手から捕手へ変更。進は球種のサインを出し、サインに頷いた流れで十朱はファーストランナーに顔を向け。進は、外角にミットを構える。視線でランナーを牽制しつつ、投球モーションに入った。

 

「(ここまではキャッチャーの、バッテリー同士のごく一般的な動作だが)」

「くっ⋯⋯!」

 

 投球は逆球。進は逸らさず、自慢の捕球力と巧みな捕球技術でボールにされがちな際どいコースの逆球をストライク判定をもぎ取る。2-2勝負出来るカウントを作る。

 

「(やはり、逆球。これは、十朱のサイン)」

 

 去年の夏の決勝戦。

 エース・猪狩守が出した限界を知らせるサインを見落とた結果、決勝点を献上してしまった。ニノ轍は踏まない。監督として、指導者として必ず原因を突き止める、強い決意を盛って問題解決に取り組む。

 千石から出されたブロックサインを受けたファーストランナーは、通常よりも一歩リードを広げた。

 

「(良かった時と同一とまではいかんが、擬似的に近い状況を作り出した。何かしらの差異が生じるはずだ)」

 

 牽制球を投げ、仕切り直しの一球。

 外角に外れはしたが、キャッチャーミットを響かせた音は一球前と球質の違いを物語っていた。手元のスマホに目を落とし、澄香が撮影した動画を見比べる。真正面からの映像には、原因と思われるシーンが記録されていた。

 

「(まさか、これが原因なのか? だとすれば――)」

 

 腕を組み、青空が広がる初夏の空を仰ぐ。

 千石の中で、入れ替え試験では好成績を残せた理由と、進と合わない理由にも大方の見当が付いた。

 十朱の制球難を誘発している原因は、捕球前にミットを下げてタイミングを計る、捕手にとってはごくごく普通の動作。

 サイン交換の流れのまま一塁へ顔を向ける十朱は投球モーションに入った後、捕手が具体的にどのコースを要求しているのか確認するための猶予が他の投手と比べて極端に短い。リリース前のタイミングと捕手がタイミングを計るためにミットを下げるタイミングが重なった時、狙いが定まらず制球を大きく乱してしまう。

 

「(進の捕球力は高さは、他のキャッチャーよりもミットを早めに、そして深く下げて捕球タイミングを計る"遊び"が生んでいる。逆球のフレーミングを可能にしたのも、"遊び"がもたらす自然体の構えによるものが大きい)」

 

 しかし、今回は裏目。

 足の速いランナーが一塁に居た時に制球が定まっていたのは、盗塁警戒のためミットの下げ幅が小さく、コースに構えたミットを確認出来る猶予があったため。

 

「(指摘するのは簡単だ。どちらも即対応可能だろう。だが――)」

 

 二人の将来が頭に過る。

 進は、培ってきた捕球力という武器を手放しかねない。かと言って、試合中の投球フォーム変更は故障に繋がる恐れある。現実的には、試合終了後に十朱にフォーム改造を提示。それは同時に、彼の高校野球の終焉を意味する。

 二人の将来に関わる。無責任な発言は出来ない。

 この場で伝えるか否かを葛藤していたところ、ラストバッターを三振に切ったバッテリーが真剣な顔付きで言葉を交わしながら、直談判するため一軍ベンチで指揮を執る千石の下を訪れた。

 

「監督。もう1イニング行かせてください、お願いします!」

「僕からもお願いします。責任は僕が取ります」

 

 深々と頭を下げる二人、熟考していた千石の腹は決まった。

 

「⋯⋯まったく、何を言うかと思えば。バカを言うな。責任を取るのは、指導者の私の役目だ。お前たちの想ったようにやってみろ」

「――ありがとうございます!」

「ありがとうございます。さっきの続きだけど、クイックの時はボールが走ってた。あの感じでいこう」

「ああ、オレも気になることがある。少し試してみたい」

 

 コミュニケーションを取りながら戻って行く二人の後ろ姿を見送る千石は表情には出さないが、サングラスの奥の目は、監督としてではなく、ひとりの指導者として満足そうだった。




まだ未定ですが次回から別の学校になる予定
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