一年生の仮入部からひと月。聖タチバナ学園野球部は、夏の甲子園予選大会へ向けて日々練習を重ねていた。
そして今日は、同地区の学校との練習試合。毎年2回戦から3回戦くらいまで顔を残すそこそこの相手。両校ともにほぼベストメンバーの編成。試合は3対1で聖タチバナが二点リードした状況で3回の攻防へ移る。
「おっつかれ~なかなかやるじゃない」
「うむ、ナイスピッチだったぞ」
「ありがとうございます。橘先輩、六道先輩」
今日、先発のマウンドを任されたのはシニア出身で全国大会出場経験を持つ男子の新入生――
聖タチバナは4回表下位打線からの攻撃、追加点を奪うことは出来ず裏の守備。ネクストからベンチへ戻り、準備を済ませた聖は自分の代わりに投球練習を受けていた二年の控え捕手に話しを聞いてからマウンドへ向かう。
「サインの確認は?」
「解ってますよ」
「そうか。では、先ずはストレートからだ」
持ち球1球ずつ計3球を受けて、試合再開。相手も下位打線へ向かっていく打順。サインに頷いた二年生ピッチャー
「(首を振ったんだ、
一度首を振って頷いた三球目――アウトコースへズバッと決まる。
「ボール!」
「(よし)」
「えっ!?」
見逃し三振と思いきや、球審のジャッジはボール。渾身の一球をボール判定された漆原は戸惑うも、聖は冷静にボールを投げ返す。
「さすがですね、六道さん。彼は⋯⋯」
「
正反対の反応について話すベンチ待機中の和花とみずきは二年生捕手
「ブルペンで受けててどう思った? お世辞はなし、素直に言うこと」
「⋯⋯ストレートはあまり走っていないと感じました」
「素直でよろしい。で、アンタならどうやって組み立てる?」
「ストレートは見せ球にして変化球で勝負します」
「ま、模範的解答ね。でもそれで、あのピッチャーは納得するかしらね~」
「そ、それは⋯⋯――」
マウンド上の漆原はいい意味でも悪い意味で"責任感"のある性格の投手。捕手としては扱いに難しい愚直⋯⋯やや融通の利かない面があるタイプ。
「アウト!」
カウント2ー2からの五球目、高めのストレートを打ち上げショートフライに討ち取った。
「ワンナウトだ。あとふたつしっかり抑えるぞ」
抑えはしたが、チーム一速いストレートを持っている彼は今も、聖の配球に疑問を抱いていた。
「(また、
「(今のストレートに自信があるのなら別に首を振ってもいいぞ。ただし、あとアウト八つ確実に取れる自信があるのならな)」
今日の出来では三回保たず崩れる。それが、聖タチバナの三人娘の総意。みずきは一年生の女子部員を連れて、ブルペンで待機。和花は茅野を隣に座らせ、一球一球配球の意図を伺う。
そして試合は六回。アウトひとつ奪うも中軸に捕まり一打同点のピンチ迎えた。ここで聖タチバナベンチが動く。
「ここまでですね」
「交代ですか?」
「今降ろしては意味がありません。タイム。守備交代お願いします。茅野さん、六道さんと交代です」
「ボクですか!?」
「何を驚いているのですか? 何のために話しを聞いていたと思っているんです? 急いで準備してください。そもそも常に準備しておくべきと思いますが」
「は、はい! すみません!」
プロテクターとレックガードを付けながら和花の指示を聞き、準備が終わるとグラウンドへ駆け出した。入れ替わりで聖がベンチへ戻って来た。
「お疲れさまです。いかがですか?」
「種は蒔いた。活かせるかは二人次第だな。同点までで乗り切れれば及第点だろう」
「そうですか。では、私もブルペンに入ります。あとはお願いします」
そして、試合は6対5と一点差で競り負けた。
学校へ戻って、試合の反省会兼ミーティング。みずきは、部室の棚に保管してあるノートをパイプ椅子に置いた。
「いつも通り、試合の反省点と課題を書いて休み明けの明後日提出ね。じゃあ、今後のスケジュール発表するわよ。和花」
「夏予選まで二ヶ月を切りました。来週からは平日の放課後にも練習試合を組みます。そして以降の試合内容は、夏大会のメンバー選考の対象となります」
空気が締まる。三年生は最後の大会、特に去年ベンチ入り漏れした三年生たちのモチベーションは高い。当然ながら二年、一年もあわよくばとベンチ入りを狙っている。
「全員使っていくのでそのつもりで準備してください。以上です」
「はい、解散!」
男子部員は部室へ向かい、みずきたち女子部員も更衣室へ向かう。
「明日休みだけど二人はどうすんの?」
「参考書を探しに東京へ出かけるつもりだ」
「もう引退した後のこと考えてんの。ま、私も勉強してるけど。じゃあついでにさ、夏物見に行かない?」
「私は構わないぞ。和花はどうする?」
「私は、地区大会の観戦へ行こうと思ってます。ちょうど同県の試合がありますので」
「どこ?」
「帝光学院です」
「帝光って確か去年の夏初戦で転けたとこよね? 秋季はそこそこ上行ったけど」
「ええ。強い年とそうでない年との差が顕著な学校ですね。遅かれ早かれ当たる相手でしょうから見ておいて損はありません。対戦相手は、討総学園ですよ」
「
みずきと聖は顔を合わせ頷いた。
* * *
翌朝、三人は電車で地区大会が行われる県外の球場へ向かった。球場近くの飲食店で昼食を済ませて球場入り、共に女子選抜チームの仲間として戦った
「あんまり観客いないわね。なーんか、女子は多い気がするけど」
「甲子園に直結する訳ではありませんから。ですが⋯⋯」
和花の視線の先は、ビデオカメラを向ける学生がちらほらと。
「他校の偵察隊だな」
「春は下手に勝ち上がると、
「私たちも始めましょう」
バッグから取り出したカメラを折りたたみ式の三脚で固定して撮影準備。試合開始予定時刻の数分前、審判団がグラウンドに姿を現した。両校の選手たちがグラウンド中央に整列。互いに礼をし、後攻の討総学園ナインが各々ポジションにつき、先発投手キリル・フォスターの投球練習が終わった。そして、帝光学院一番バッターが打席に入る。
「プレイボール!」
試合開始を次げる球審のコールとサイレンが球場中に鳴り響いた。投じられるキリルの初球ド真ん中のストレートの球速表示は135キロ。
「かなり差し込まれたぞ。手元のノビはかなりありそうだ」
「てか、
キリルは、最速140キロ弱のストレートと変化球をコーナーに投げ分け三者凡退で退けた。攻守交代。帝光学院の選手たちがベンチから姿を現した途端、黄色い声援が上がった。
「わっ、何ごと!?」
声援を受けているのは主に四番とエース。四番・
マウンドに立ったエース・
「鈴本? ねぇ、聖、鈴本ってまさかあの鈴本?」
「ふむ、同姓同名ではあるが」
スマホで大会名簿を調べた結果、同じ中学でプレーしていた鈴本大輔本人という確証を持った。
「お二人のお知り合いですか?」
「同じ中学の野球部だった。三年に上がる前に他県へ引っ越したから進路は知らなかったが。まさか、帝光学院とは」
「当時の実力は?」
「みずきとエースを争ってたぞ。コントロールは引けを取らない」
「あの頃は同じ位の背丈だったのよね。にしても変わったわねぇ、丸刈り坊主頭の真面目くんが今じゃ女子にきゃーきゃー言われちゃってさ」
鈴本は先頭バッター佐渡摩智を膝元のスライダーで空振り三振、二番至皇理は追い込んでから緩いボールで見逃し三振。そして、三番
試合は討総学園が逆転勝ちを収めたが、鈴本と鏡、投打に強力な軸を揃えた帝光学院は同地区の聖タチバナにとって甲子園出場するための最大のライバルになることは間違い。
帝光学院はオリジナル校です