ベスト16進出を決めた試合明けの翌日。
帝光学院も、聖タチバナ学園戦へ向けたミーティングが行われていた。コーチ陣から各選手の情報がベンチ入りメンバーに配られ、プロジェクター投影したデータと共に解説が行われる。
「チームの特徴としては、打線の迫力は欠けるが内外野共に守備は平均以上。変則サウスポー三枚のみだった投手陣には左右のバリエーションが加わり、今大会勝ち残っている中ではうちに次いで二番目に失点が少ない。先ずは、投手から――」
みずきのデータが映し出される。
「背番号1・橘。去年の変則サウスポーのひとり。持ち球は、スライダー、シンカー。当人は"クレッセントムーン"と呼んでいる、独特の軌道を描くツーシーム系の変化球」
一番前の席で話しを聞いている鏡は、隣の席に座る鈴本に訊ねた。
「彼女は中学の時から、その変化球を投げてたの?」
「少なくとも僕は知らない」
「情報は映像だけ、ということだね。後ほど動画をお願いします」
「スマホへ送る。では、次だ。背番号5・夢城。秋はリリーフで投げていたが、今大会は試合の頭から投げることもある。持ち球は最速114キロのストレートと、90キロ台のチェンジアップの二種類。球速に惑わされないように。夢城の武器は、どんな状況であろうと乱れない制球力にある」
捕手を務める聖の構えたミットは殆ど動かない。それは、ランナーを背負った場面でも変わらず常に冷静沈着で投球が乱れたりすることはない。
「二年の漆原、140キロ台のストレートとスライダー、カーブ。一番の変化はこの漆原の存在だ。去年はなかったパワーピッチャーが加わった。最後に一年の椋梨についてだが、データが少ないこともあるが突出した武器はない。傾向については各自確認しておくこと。続いて、打者について――」
聖タチバナに関する情報共有が済み、解散。休養日を挟んで後日から本格的な練習が再開。打撃陣は、主にみずきと和花を想定した球速、球種が設定されたピッチングマシーンを打ち込み。先日先発で60球程度投げた鈴本は、他の投手陣が投げ込む様子を眺めながらストレッチをしていたところを、監督に呼ばた。
用件は、中学時代の話。チームメイトだった、みずき、聖の能力、性格などを聞かれた上で自ら直訴し、次戦の先発登板が決まった。
そして、試合当日を迎える。
* * *
試合当日。先に球場入りした聖タチバナナインは、球場内の控え室から金網越しに試合を観戦しながら、自分たちの出番に備えて軽めのアップを行っていた。
「先発は、和花ね。いつでも行けるように準備しておくわ」
「ええ、お願いします」
「あとは向こうは誰が来るかだな」
「ま、誰が来ても引きずり出すまでよ。イケメンエース様を」
試合終了を告げるサイレンが鳴り響いた。
少ししてやって来た球場スタッフの案内で三塁側のベンチへ向かっていた途中、反対側の通路から対戦相手の帝光学院の面々が姿を現した。立ち止まり。両校の監督は挨拶を交わす。
みずきは、主将の後ろに居る鈴本に声をかけた。
「先発あんたが投げるの?」
「どうかな」
「もったいぶらなくてもいいじゃん。ケチ」
「ははは、相変わらずだね橘さんは。全力で行くとだけ言っておくよ」
「ふーん。ま、楽しみにしてるわ。こっちには秘密――」
「その辺にしておけ、みずき。鈴本、呼び止めてすまなかった」
「いや、久しぶりに話せてよかったよ。お互いいい試合をしよう」
一塁側のベンチへ歩いて行く帝光学院ナインに背を向け、聖タチバナ学園ナインも改めて三塁側のベンチに入り、タオルなどを周りに準備。
「ちょっとは効いたかしらね~」
「あの程度の"揺さぶり"で動揺するとは思えないが」
「頭の片隅にちょっとでも残せればいいのよ。あながち嘘って訳でもないし。じゃあ、先攻取ってくるから準備しておきなさいよー」
一度ベンチ裏に下がって行ったみずきは、意気揚々と戻って来た。聞くまでもなく、先攻を勝ち取った。両校は試合前練習を終え、スコアボードに表示されたスターティングメンバーに目を向けた。
「先発――鈴本。よしっ!」
「鈴本がマウンドに居る間どれだけ粘れるかが勝負になる。和花、頼んだぞ」
「はい。ベストを尽くします」
審判団がグラウンドに現れ、両校ナインが整列。互いに礼。聖タチバナはベンチへ戻り、帝光学院のスタメンは各々ポジションへ散っていく。
『さあ、プレーボールの時間が迫って来ました! 第一シード帝光学院対聖タチバナ学園、本試合の実況はわたくし"INFINET"所属・轟ハルカが担当いたします。帝光学院の先発は、鈴本大輔選手。お聞きください、この大声援! 女性人気の高さがうかがえます。対する聖タチバナ学園の先頭バッターは、夢城和花選手。今日の先発マウンドも任されています。いったいどのような試合になるのでしょうか? プレーボールです!』
先発投手の和花が一番打者としてバッターボックスに立つことを帝光学院側はやや疑問に思うも、試合は始まる。帝光バッテリーのサイン交換。鈴本は二度首を振り、ボールから入った。
『マウンドの鈴本選手の初球は、外角のストレート! 空振り! 夢城選手、積極的に狙っていきましたがやや振り遅れの空振りで、ワンストライク』
二球目――内角ストライクゾーンから膝元のボールゾーンへ切れ込むスライダー。
『空振り! 鈴本選手、二球で追い込みました。一球外すか、それとも三球勝負にいくでしょうか? 注目の一球――』
ネクストの聖は、バッターボックスの和花に視線を送る。
「(解っています。鈴本さんは、決して遊ばない。追い込めば必ず決め球を投げてくる。それはデータが証明してくれています。なので、ここは手を出さない。例えそれで――三振を奪われようとも)」
和花の読み通り、バッテリーは三球勝負。揺れながら外角へ流れたナックルはボールゾーンへ。和花は手を出さずに見送って、カウント1-2。
『――打ち上げてしまった! キャッチャー、マスクを外して上空を見上げます。『キャッチ。ワンナウト!』
高めのストレートで打ち取られた和花は、ネクストバッターの聖に鈴本の印象を伝えてベンチへ戻るとすぐに裏の守りの準備に取りかかる。
『――見逃し三振! 六道選手、ナックルボールに手が出ませんでした。ツーアウト!』
初球外角のスライダーを空振り、二球目のストレートをファウルして。そして、ナックルボールを見逃し三振。和花と同じように次の打者に情報を伝達してからベンチへ戻った聖に、みずきが訊ねる。
「どうだった?」
「データ通りだ。ただ、ボールのキレとコントロールは予想以上だぞ」
「和花も予測より差し込まれたって言ってた。休養は充分、立ち上がりは好調ってワケね」
大量得点は見込めないことは想定内。
勝利へのカギは、いかにロースコアの展開に持ち込めるか。守備はもちろんのことだが、攻めの姿勢は決して崩してはいけない。そのために、やや守備に不安があったため今まで代打での出場が主な起用だった一年生を三番に抜擢。
「お願いします!」
「うむ。プレイ!」
『打席には三番、
「(ちっせぇ⋯⋯)」
咲道は、中腰のキャッチャーの目線とあまり変わらない小柄な身長であるが故に打席に立った打撃成績は四球が二つ。しかしながら、低めの制球力もある鈴本は特段苦にすることはなくきっちり投げきった。
『やはり決め球はナックルボール、咲道選手のバットは空を切りました! 空振り三振! 三者凡退。鈴本選手、素晴らしい立ち上がりです!』
「くそ! 全然当たらなかった」
「落ち込んでるヒマなんてないわよ」
「橘先輩⋯⋯」
預かったバットとヘルメットの代わりに、持ってきた帽子とグラブを咲道に手渡す。
「最低あと二回は回るんだから挽回の機会はある。あの二人も全然気にしてないでしょ。先ずはしっかり守ってくること。わかった?」
「うん」
返事をした咲道は帽子を被り直し、自分のポジションへ駆けて行った。ベンチへ戻ったみずきは席に座って、イニング間の投球練習をしている和花に視線を送る。
「和花の細工がいつまで通用するか⋯⋯」
手元のスコアブックを開く。
あおいと至皇理、二人からもらった助言を自分たちなりの解釈で攻めた初回の攻撃は、キャッチャーフライ、見逃し三振、空振り三振――予想を上回る鈴本のデキに「本当にこれでいいのか」と若干焦りを募らせていた。
一回裏の守備についた内野陣が声を掛け合いながらボール回しをする中、投球練習を終えた聖と和花は口元をグラブで隠しながら、マウンド上で打ち合わせを行っていた。
「例の細工はどうする? 隠しておくか?」
「いえ、序盤から出し惜しみせず使っていきましょう。所詮付け焼き刃の細工です、長いイニングは保ちません」
「確かにな。では、使えるうちに使っていこう。各バッターのデータは?」
「問題ありません」
「愚問だったな。みずきの眉間に皺が残る前に初回を片付けるぞ」
「ええ」
聖は戻り、和花は一度足下を確認して前を向いた。
球場に帝光学院の一番バッターの名前がコールされると、帝光学院側のスタンドの応援団のブラスバンドの演奏と大歓声が球場中に響き渡った。
『スタンドからの大声援を背中に受けて、帝光学院先頭バッターが右の打席に入ります!』
聖は、打席に立った打者をじっくり観察。
「(秋から一番を打つ不動の一番バッター。今大会はここまで打率5割、バッティングの特徴は――)」
『初球から積極的に狙っていき、右方向へ強い打球を打てることが特徴の攻撃型の一番バッターです』
出されたサインに頷いた和花のセットポジションから初球は、アウトコースのストレート。
『見逃し! 真ん中やや外寄りにストレートが決まりました、ワンストライク!』
ベンチに座りながら打席の準備を進めていた四番の鏡が、その手を止めた。
「得意な速球系を、得意なアウトコースへ。キミはどう見る?」
「たぶん、見透かされたんだと思う」
そう答えた鈴本は、飲みかけのスポーツドリンクが半分残っている紙コップを近くの棚の上に置いた。
いくら初球から積極的に振っていくと言っても当然のことながら状況に応じて変わる。特に初顔合わせの対戦相手にはより慎重になってしかり。
「聖――六道は、人のそういった空気を感じ取ることに長けている。サインに首を振ることなく涼しい顔で投げきった投手も肝が据わっているよ」
「なるほど。一筋縄にはいきそうにない相手だね」
初球を見逃したバッターは、やや不満げな表情を浮かべていた。
「(データ不足なのは解るけど。今の球、打ってればホームランボールだったぞ)」
ベンチの指示は"待球"。両校は初顔合わせ。和花ようなタイプとの対戦経験乏しいため、データ収集を第一に出された指示。ワンストライク後からストレート、チェンジアップを見送り、四球目のチェンジアップをファウルで逃げた。
『カウント・1-2。依然としてバッテリー有利なカウント。聖タチバナバッテリーここはどう攻めるのでしょうか? 脚が上がった、5球目――ボール! バッター、見ます!』
ツーボール、ツーストライクの平行カウントになったことで、待球指示が解かれた。ベンチの指示にヘルメットの鍔を触って答えたバッターは、改めて打席で構える。
「(む、構えが大きくなった。今まで打ち気がなかったが、これなら誘えるぞ)」
サインに頷いた和花の6球目。
「(外角の真っ直ぐ! もらった!)」
『捕らえた! いい当たりが内野を越えて右方向へ! しかし、これはライトの守備範囲内。漆原選手、しっかり掴んでワンナウト!』
ボール気味のストレートを狙い打つも、ライトライナー。次のバッターに印象と情報を伝え、ベンチへ戻り。ネクストバッターが左打席に入る。
「(ストレートは110キロ出るか出ないか。チェンジアップは100キロを割る、来ないというよりも落ちる系の変化⋯⋯ま、遅いんだから落ちて当然か。今までの対戦したどの投手よりも球速は遅い、基本的に真っ直ぐ待ちで対応すればいい)」
自分の持ち味は足の速さ、打ち損じでも出塁を狙える。
そうして臨んだ初球――。
「(――高い、ボールだ)」
『ストライク! 外角低めに決まりました!』
バッターが早々に高いと判断したボールは、チェンジアップ。途中から大きく沈んでストライクゾーン低めいっぱいに決まった。
「ナイスボールだ、この調子でいくぞ」
「ええ」
「(ナイスボール⋯⋯ってことは、今のは狙った投球か。判断が早すぎた、けど――チェンジアップの軌道は頭に入った。次は、叩く)」
一度素振りして打席に戻った打者の打ち気を察知し、聖は2球目のサインを出す。要求は、高めのストレート。大きく沈む緩いチェンジアップを見せたことで捕らえきれず、打ち上げた打球は一塁側のスタンドで弾んだ。
『ファウル。バッテリー追い込みました!』
「(ビデオじゃ解らなかったけど、リリースポイントが見づらい。対左打者の被打率1割前半ってデータだった訳はこれか⋯⋯)」
『バッテリーのサインが決まりました。注目の一球――ピッチャー投げました! アウトコース、三球勝負! バッター、当てた! 打球はショートへのハーフライナー! ワンバウンドで捌いて、一塁へ送球――セーフ! ここは俊足が勝りましたー、ワンナウトランナー一塁で打順は三番クリーンナップへ繋がります!』
ショートバウンドを嫌い待って捌いてた結果のセーフながらも試合はまだ初回の守備、無理する場面ではないため許容範囲内。それよりも、一球前で打ち取れなかったことを悔いていた。
「(二番に脚力があることは判っていた。嫌なカタチだが、このワンヒットは仕方ない。次も左だ。ツーアウト一塁なら一球は貰える)」
新しいボールを受け取った和花は、聖の考えを理解していた。ランナーを警戒するも、一塁走者は、聖の肩、和花の球速を加味した大胆なリードを取ってプレッシャーをかける。
『バッター、左打席で構えます。ランナーは大きなリード! いつ仕掛けてくるでしょうか? 夢城選手、ランナーの動きを警戒――牽制! セーフ。ランナー、足から戻りました』
牽制には動じず、再び大幅なリード。プレートを外した和花は、左の袖口を軽くタッチして合図を送る。
「(一球外しますか?)」
「(いや、カウントを悪くすればこちらが不利になるだけだ。バッターは、左。作戦通り早いカウントで勝負するぞ)」
和花がセットポジションに戻り、サイン交換。バッター勝負でもランナーの警戒は緩めず、視線で牽制し、モーションを起こす。
『脚が上がった、やや遅れてランナースタート! 盗塁! ああーっと、バッター打ちにいった、エンドラン!』
相手の選択は、強攻策。左にはクロス気味に向かって来るス内角のストレートをやや泳ぎながら引っ張った打球は、緩い当たりで一、二塁間をしぶく抜けていった。
『連打! 帝光学院一死三塁一塁と初回からチャンスを作ります。一方聖タチバナは不運な打球が二回続きました、しのげるでしょうか。続くバッターは――』
ネクストバッター、四番鏡空也に向けて割れんばかりの黄色い声援が応援スタンドから飛び交う。
『大歓声に迎えられて打席に立つのは、主砲・鏡空也選手。走・攻・守三拍子揃ったハイレベルな選手です!』
「(最悪だが、まだ想定内だ。おそらく、まだ気づかれていない。問題はこのどうピンチを乗り切るか⋯⋯)」
「タイムお願いします。六道さん」
和花はタイムをかけ、聖をマウンドへ呼んだ。
「一点は捨てましょう。ゼロにこしたことはありませんが、欲張る場面でもありません」
「そうだな。確実に打たせよう」
確認した二人は軽くグラブを合わせ、試合再開。
右打席に立つ鏡へ視線を送りながら、彼のデータを思い出す。
「(逆方向へも大きな当たりを打てる強打者。この大会本塁打は2本打ってる。ただ、試合が始まるまでの打率は二割前半で得点圏内に至っては打率0.000⋯⋯つまり、一本も安打を打っていない。ただし――)」
得点圏内における鏡の打球の7割近くが⋯⋯外野フライ。
『――快音が響いた! 高々と上がった打球はライト定位置やや後方。ランナーはそれぞれ塁に戻ってタッチアップに備えます。そして今、ライト漆原選手がキャッチ! 三塁ランナータッチアップ! 強肩の漆原選手ですが、返球は中継へ返すだけ。三塁ランナー、滑り込んで先制のホームイン!』
帝光学院の四番・鏡空也の一振りでゲームは動き出した。