安モーテルの角部屋はカビと埃の臭いが昔から先住していた。
格安の室内でくたびれた青年が机上にトランクを置き、軋む椅子に座ってトランクの中身を手慣れた手つきで、それでいて丁寧に点検している。
数十秒もしない内に点検は終了し、青年はベッドに腰掛けたまま煙草を吹かす少女に声をかけた。
「今夜は熟睡できればいいよな」
「まぁ、運次第かな」
艷やかだが、変声期前の少女の声だ。
「……その幸運が欲しいよ、俺は」
若白髪の頭を抱える青年。
「まあそう言わないでよ、煙草吸う?」
「それ両切りだろ?」
「吸わないの?」
「吸うだろ普通に」
青年の唇に固定された煙草はライターの火に焼かれ、紫煙を上げた。
「……悪くはないがよ」
喉への刺激に顔を顰める青年。
「でしょう?私は結構好きだよ」
「俺はもうちょい軽い方が好みだな」
「へぇ」
「例えば……あー、メンソール入りの奴なら何でも」
「ふぅん」
どうでも良さそうに返す少女。
「何だよその気のない返事」
「別に、意外だっただけ」
「そうかい」
たったの数秒で、気まずい沈黙が生まれ、数十秒間流れる。
切り込んだのは少女の側だった。
手元のリモコンでテレビの電源を付ける。
「……テレビ見る?」
画面には下世話なバラエティ番組が映る。
「いいや」
首を振る。
「映画もあるよ、有料だけど」
興味の無さそうな目でメニューを眺める少女。
「金欠なんだわ俺」
含みのある苦笑い。
「そっか……」
気まずい沈黙が再び。
「……あのさ」
「あん?」
いつになく真剣そうな少女の声に、怪訝そうにする青年。
「私とあなたってどんな関係?」
「どんな関係ってそりゃお前……」
「友達?」
「違う」
やんわり首を振る。
「恋人?」
「それも違う」
明確に首を振る。
「仕事上だけの関係?」
「違――わないな」
「そうだね」
「あーそうだ。うん、仕事上だけの関係だ」
「じゃあさ、こういうことしたら怒る?」
シケモクが灰皿に投げ入れられる。
少女は立ち上がり、青年の膝の上に跨った。
「やめろ」
「ねえ」
そして青年の首に手を回し、互いの顔を寄せ口付けようとした。
「だからやめろって」
しかし、青年が少女を押しのけたため、未遂に終わる。
「どうして嫌がるの?こんな可愛い子とできるなんて光栄じゃない?」
勢い付いた口調での質問が飛ぶ。
「そういう問題じゃねぇんだよ」
「どういう問題?」
さらに質問が加速。
「ガキに興味はない」
「ガキって私の事?」
加速し続ける。
「他に誰がいるんだ」
会話が急減速する。
「……火、頂戴よ」
若々しい唇が煙草を咥える。
「ライターあるだろ」
「そうじゃなくて」
「……これきりだからな?」
火の付いた青年の煙草が、少女の煙草に火を付ける。
青年の眼には、少女の容姿が良く映った。紛うことなき美少女だが、青年の目を引いたのは、濁りの無い眼だった。
自分とはまるで違う、きれいな瞳だった。
「おいしい」
「そりゃどうも」を立てる少女に青年は呟く少女は青年に背を預け、頭を胸に置いた。
「俺は椅子かよ」
「こうしてると落ち着く」
「そうかい」
「ずっとこのままでいたいなぁ」
頷きそうな自分を沈め、青年は口を開いた。
「……もう寝ろ」
「言われずともね」
「ああ、おやすみ」
数分後、少女は寝息を立て、青年は呟く。
「……そのままでいてくれ」