久野きららの雫世界は完璧だった。
ご飯はおいしいし、みんなも仲良し。秘密や隠し事みたいな後ろ暗いものなんてなかったし、喧嘩したってすぐ仲直り。きららを責める声はどこからも聞こえてこなかったし、アニメのブルーレイや未読のラノベだってどっさりある。
時刻はお昼を過ぎたくらいで、おやつタイムにほど近い。夕暮れの逢魔時にはまだ早いくらいの時間帯。
さっき食べたぶっかけうどんがお腹の中で落ち着いて、きららの頭は前後にこっくりこっくり揺れている。手で押さえていたラノベのページが一枚ずつパラパラとめくれていき、ついには本が閉じ、それと一緒にきららの頭もがくんと折れた。
――ついに出たんだよ、幽霊が!
そんな声がきららの耳に飛び込んできた。
幽霊が出た――その言葉に、きららの目は瞬間的にかっぴらく。
「それは本当か!?」
きららの目の前には、いつの間にか星谷かんなが座っていた。大きく広げた手のひらを机について、興奮冷めやらぬ様子で肩をいからせている。
「うん、だってかんな見たもん! 幽霊が廊下を歩いてた! たぶん音楽室か図書室の方に向かって行った!」
かんなは図書室のある方を指さしたまま、ずいっと身を乗り出してきららの顔に接近した。勢い余って、机の上に積んであったラノベがどさっと崩れる。
「それは一大事。みんなにも教えてあげなくちゃ」
「ううん。どうせ誰も興味ないよ」
「じゃあ、きららが一番乗り?」
「うん。だって、きららはそういうのの『専門家』でしょ」
幽霊の専門家とは――と、疑問がよぎったが、
・神様の声が聞こえるきらら=超常現象=幽霊
・アニメやラノベ好き=サブカルチャーに造詣が深い=幽霊
と、連想するのは理にかなっている――ように思えなくもない。
とにかく、幽霊もひとりぼっちでは寂しかろうと、きららは使命感を胸に立ち上がった。
「はやく幽霊さんを見つけてあげなくちゃ」
「さっすがきらら。話がわかるぅ! じゃあ図書室の廊下はきららが担当ね。かんなは他のところ回ってみるから」
「うん? 一緒に見回るんじゃないの?」
「だって、手分けした方がはやいでしょ。かんな先に行くから、後はよろしくー!」
そう言ってかんなは、せわしなく教室を飛び出して行った。語尾が尾を引いてるみたいに残ってる。
かんなのいなくなった教室はなんだかがらんとしていた。今までそんなことなかったのに、なんとなく寂しい感じがしてしまう。
きららは崩れたラノベタワーを積み直して、それから教室を後にした。