体長10mの鷲   作:害獣駆除業者F

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オジロワシ、あるいはハクトウワシ

 

 

「参った」

 

 いやはや、まさかこうなるとはな。可能性は確かに有ったが、流石に想定外だ。私の行動も迂闊と言えば迂闊だったかもしれないが……まぁ、過失というよりは事故だろう。

 

「……それにしても、こんな崩れ方が有るのか。後で観光名所とかになるのでは?」

 

 

 私はヨントリーという飲料品を主軸とする大手食品メーカーの生産研究部門に籍を置く34歳課長独身男性である。今日は、最近登山にハマった専務に誘われて白峰山脈に来ていた。登山は順調に進み、慣れない運動に疲れながらも美しい景色を楽しんでいた。

 

 しかし、事件が起きた。山体崩壊である。私は登山にも地質学にも明るくない為、山体崩壊が何かは分からん。だが、専務が『山体崩壊かッ!?』と叫びながら落下死したので山体崩壊が発生したのだと仮定する。

 

 これまた変わった崩れ方をしたもので、半径10m程の周囲の地面が崩れ去り、私が立っていた場所だけが無傷で残っている。例えるなら……そうだな、中国に三正山……いや、三清山だったか? 兎に角、そういう名前の世界遺産が有った筈。アレを極端に誇張したような、細長い奇岩の柱である。

 

「うぅむ……甘く見積もって、後1分と言ったところか」

 

 私は34歳ホワイトカラー、運動は小学校入学から中学二年生まで公立弱小ゆるふわサッカー部に所属していた程度。それ以降はプロスポーツの観戦すらせず高校大学時代のお遊び以外で触れてこなかったので、サッカー用語もルールも殆ど忘れているレベル。つまり、特筆した身体能力は有していない。

 

 現在、私はこの直径50cm程の奇岩の柱にしがみついている状態である。上に乗っているのではない、しがみついているのだ。落下していく専務を助けようと腕を伸ばした結果、私も上から足を滑らせてしまったのだ。

 

「はぁ……死にたくない。せめて人の役に立つ死に方ならまだ納得出来たが、こんな死に方は納得出来んぞ。あー、指が痺れてきた」

 

 ……よし、落ちるか。救助が来るまで耐えることもよじ登ることも不可能だ。今は不思議と最低限の余裕と平静を保てている。恐怖一色に染まりながら無駄に苦しんで死ぬより、さっさと落ちた方が良い気がする。

 

「母よ、父よ。先立つ不孝をお許し下さい。後、私の葬式には弊社自慢の山碕12年と七ジンを二十本ずつ備えて下さい。死後、霊として飲みに行きます。全て私の物ですので、くれぐれも葬儀後の会食で開けるのは一本ずつまでに……ぁっ、死ぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なんだ、ここは。暗く、狭い。安心感が有り、それでいて一秒でも早く抜け出したい。不思議な場所だ。

 

 待て、意識が有る? 私は、生きているのか? だが、あの高さから硬く荒れた地面に備え無く落下して助かるなんてことが有るのか?

 

 分からん。全く以て分からん。だが、取り敢えずここを出たい。

 

 身体が勝手に動く。いや、どうするべきかが頭の中に刻み込まれているのか? 頭を振り、壁に口をぶつける。壁にヒビが入り、小さな光が差し込む。

 

 ぶつければぶつける程にヒビは増え、不思議と身体の痛みは無い。ヒビは小さな穴へと変わり、端へ端へと穴を拡張。穴はすっかり大きくなり、通れる程に。

 

 

「ピィ……(屋外だと? ここは……森か? 松が生えているな)」

 

 はて、森とな。ということは、救助された線は無いと見て良いな。何らかの要素が大量に上手いこと噛み合い、偶然助かったのだろうか。

 

「…………ピ?」

 

 なんだ、これは。脚が、変だぞ。灰色の深い毛に覆われている? それでいて、毛の無い所はまるで猛禽のような黄色い異形のモノへと。腕も変だ、まるで翼だぞ。

 

「ピィ、ピッピッピ(声もおかしい。例えるなら、鳥)」

 

 嫌な予感がする。いや、分かっている。もう察した。一切の痛みも無く意識が有ることがそもそも異常極まり無いのだ、他にも異常なことが起こっていても不思議じゃない。

 

「……ピ(水の、流れる音。川だろうか)」

 

 信じたくない、認めたくない。だが、そうも言っててられない。私は音へ向かって辿々しく走り出す。

 

 

 

「ピィ…………ピィ」

 

 

 

 

 小さなに映った私の姿は…………猛禽類の雛、それ以外の何者でもなかった。

 

 

「ピピッ、ピ(流石の私も、これには動揺を禁じ得んな)」

 

 しかし、こういう時こそ素早い切り替えが大事なのである。これまでの人生の中で、私はそれを既に学んでいる。リソースは有限、不可解極まる所じゃ済まない謎に思案を向け続けるよりも優先すべきことは山程有る。

 

「ピピッ!(現状を整理しよう)」

 

 まず、私は猛禽類の雛である。周囲の木々と比べても、私の身体は雛にしては凄まじく大きいように思える。となれば、見た目的にもオジロワシやハクトウワシといった大型の鷲の中でも特に重量級の個体である可能性が高い。

 

 そして、親の姿も巣も見えない。先程出てきた卵の殻は酷く汚れており、傷も見える。親鳥が居ることには期待すべきでない。

 

 となれば、これより私は狩猟採取の自給自足ソロ生活をしなければならないということだ。うむ、厳しい状況だ。無駄を働く余裕は無いな。

 

 

 あぁ、そうだ。飛べるか試してみるか。難しいだろうが、飛行技術の練達速度と生存力は直結する筈だ。

 

「ピ……(やはり、飛行はまだ難しそうだな。所詮は雛か。いくら翼を動かしても、軽く浮くことも出来ん。一先ずは徒歩で動くしかないか)」

 

 それにしても、鷲の雛は結構大きいんだな。70cmぐらいは有るんじゃないか?

 

「ピッ!(おっ、ギンブナが泳いでいるじゃないか!)」

 

 川の水を飲もうと口を近付けると、ギンブナが泳いでいるのを見付けた。食料としては悪くない。捕らせて貰おうじゃあないか。

 

「ピッ(あっ)」

 

 オノマトペを当てるとすれば、『スカッ』。まぁ、つまり、なんだ。外した。完全に外した。避けられたんじゃあない、外したのだ。

 

 私は川へ頭を突っ込み、嘴で咥えようとした。しかし、空の絶対王者とは到底思えないクソエイムを遺憾無く発揮したのである。

 

「ピィ……(所詮は、ABEX万年プラチナか……)」

 

 だが、私は諦めんぞ。めげない、しょげない、泣いちゃだめ。がんこちゃんもそう言っている。私は34歳の若さで一族経営大企業の課長へとコネ無しで辿り着いた男だ。失敗を乗り越える事なんぞ、朝飯前よ。ゲームスキルと登山スキル以外は一級品であると、魚共に見せ付けてくれるわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピ…………(おなか……すいた……)」

 

 発表します。狩りの失敗数、18。狩りの成功数、0。

 

「ピゥ……(空腹で、力が出ない。焦りで判断が鈍ってしまったな)」

 

 ……仕方ない、か。

 

 

 

「ピィィィッ!(くっさ! きっも! ちょっとだけ美味しい! ぐおー……!)」

 

 毒を持ってなさそうな虫を食いまくる! クソッ……これがオジロワシあるいはハクトウワシの姿か? ちゃっちい淡水魚一匹すら捕まえられず、地を這い虫を探し嫌々口へ運ぶ。なんと情けないことか。

 

「ピッ(虫を数匹食っただけじゃ、流石に足らんな。だが、闘志は再燃した。私は屈辱と逆境で強くなるタイプの鷲なのだ)」

 

 努力が必ずしも報われる訳じゃない。だが、大抵の成功の裏には努力と失敗の経験が有るものだ。

 

 川の前に立ち、注意深く睨み付ける。前傾姿勢を取り、嘴を構える。獲物がやって来るその時を、一片の身動ぎもせず音も出さない。

 

 

 

 

 今だ。

 

 

 

「ピイイイィィィーーーッッッ!!!」

 

 

 川へ嘴を勢い良く放つ。湾曲した嘴はギンブナのエラに突き刺さり、固く閉ざす。暴れるギンブナを圧倒的なウェイトと筋力の差で引き揚げる。

 

「ピッピピ、ピッピッピー、ピピー(見たか、淡水魚風情が。これが、これこそが、猛禽の姿であるぞ)」

 

 血を流しながらチピチピチャパチャパと暴れる餌に嘴を突き立てる。鱗を、皮を、肉を引き裂き、喰らう。骨も、血も、内臓も、余すことなく喰らい尽くす。

 

「ピッピー(ギンブナは初めて食べるが、意外とイケるな。勿論一般的な食用魚の方が美味いし、川魚特有の悪い点も有るが。人間時代は食べなかった血や骨も嫌いじゃない、やはり鷲と人では味覚も違うか)」

 

 だが、足りんな。中々に、物足りない。腹三分目と言った所か。飛行訓練の為にも、腹はしっかりと満たさねば。

 

「ピ(淡水魚諸君、君達に食物連鎖というものを教えてあげようじゃあないか)」

 

 

 

 

 

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