体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
魅力、何かを惹き付ける力。それは原始的な欲望と特に結び付きが強く、性や食とは切っても切れぬ関係であることは言うまでもない。
私は、南へ飛ぼうとしていた。利尻島観光はこの程度で良いだろうと見切りを付け、本土に戻ろうと思っていた。だが、私は北を飛んでいた。
分からなかった。何も、分からなかった。気付けば、私はとある飲食店に入っていた。今の私の中に有るのは、空腹と鼻腔にこびり付いた利尻昆布の香りであった。
「ピョオ(あぁ、いかんいかん。野生動物として人間と関わりすぎるのは望ましくない。それに私は金なんて持っていないし、飲食店に野生動物が上がり込むのも駄目だろう)」
参った。身体が動かん。脚が、テーブルの前に完全に固定されている。全く以て、店を出れそうにない。
「え、えぇっっと……あ、あの…………お冷や、です……」
「ピョ(これはこれは、ご丁寧にどうも)」
「ご注文……、は……?」
「ピョピョッ(ややっ、私は無一文ですから結構です。すみません、すぐに出ますのでね)」
私の意思と反し、嘴がメニュー表の上で勝手に動く。
「焼き醤油ラーメン大盛りと、ビール瓶……で、よろしいでしょうか」
「ピョ(はい。…………い、いやっ……違います。結構で……あぁ、行ってしまった)」
どうしよう、これでは無銭飲食だ。……鳥だから許して貰えたりしないだろうか。例え許されても私が納得しないが、それでも食い逃げ犯に堕ちることだけは避けねばならぬ。
「ピョ……(偽造硬貨もとい私の羽根で何とかなったり……は、しないか。飲食店舐めてんのかって感じだ)」
参った。
「おっ、お待たせしました。焼き醤油ラーメン大盛りとビール瓶です」
「ピョピョッ(ありがとうございます。……あっ……いや、食べるか。ここで食べなくても廃棄になってしまうだけだ。というか、そんな理屈よりもまず…………)」
我慢できるか、こんなモノ! まずはスープから……
「ピョピョーッ!」
旨い、旨すぎる。単純な旨味だけの話なら、人間時代込みでも一番だ。特上の利尻昆布を、年単位で熟成させたな? そういう香りだ。そしてこの濃さ、どれだけの量をスープに使ったんだ。これを大盛りでたった千円のラーメン、どうやって収入を得ている!? もはや不当廉売の域だ! 公正取引委員会が動く……いや、それすらこのラーメンを賄賂として用いれば丸め込める!
当然の如く、麺も極上。勿論、スープに比べれば見劣りはする。しかし、良質かつマッチしていることに違いは無い。
ネギの鮮度、チャーシューの柔らかさ、海苔のの主張具合、メンマの食感。全てが素晴らしい。油脂やニンニク、過剰なトッピングに頼らず、昆布出汁で贅の限りを尽くしたクラシカルタイプな醤油ラーメン。
「ピョォ……(見事。まこと天晴れ)」
利尻ラーメン美楽、その屋号に一点の偽り無し。名前は聞いたことが有ったが、よもやこれ程か。
スープ完飲まで済ませた私は、余韻に浸りながらエベツビールさんのエベツクラシック瓶の栓を開ける。泡がブクリと立ち上ぼり、らっぱ飲み。
エベツビールさん特有の甘く華やかな麦とホップの味わい、久方振りのアルコール、それ等が喉に残る利尻昆布を洗い流す。
「ピョォッ(爽快という言葉は、正にこの状況を指す)」
実に美味であった。まさか、ラーメンにここまで感動させられるとは思わなかった。適合が始まってしまったのであろう、私は睡魔に抗いながら歩みを進める。
「お客様、お代はもう受け取りました。とても、良いモノを見させて頂きました」
「ピョ……」
「またのご来店を、心よりお待ちしております」
もしも、正規の手段で金銭を得ることが出来たら……また、ここに来よう。
私は利尻富士へと緩慢な動きで飛び立った。
◇
「ピョ(うわぁ……化け物だなぁ……)」
適合を終えた私は、適当な大岩に急降下からの蹴りを繰り出した。大岩はいとも容易く砕け散り、その下の地面に大きな穴を開ける。
「ピョッピョ(軍事には明るくないが、そこら辺の戦車の主砲より強いんじゃないか?)」
体長は推定6m、体重も今回の適合で三桁近くに突入しているかもな。速度も上がっており、ジェット機より少し遅い程度か。
木々に翼をぶつけてみるが、痛みは無く寧ろ木々がへし折れる。へし折った木を掴んだままでも、高速飛行が可能。
「ピョォ……(これは、いよいよ覚悟を決めなくてはな)」
私には、とある義務が発生した。それは、自殺である。今の私が人里で暴れれば、震災に匹敵する死傷者を出し得る。勿論、そんな予定は無い。だが、未来とは往々にして分からんものだ。
「ピョ(特に、この世には認知症という病気が存在しているのだから)」
もしもこの先、自らの記憶力の低下を自覚したら。例えそれが認知症ではなく単なる加齢の影響だったとしても……私は、初期症状の内に深海へ飛び込む義務が有る。人類虐殺の怪鳥として、前世の家族や友人に憎まれたまま自衛隊との殺し合いの末に尊厳無く討たれる。それ以上の恐怖は無い。
さて、それでは早速次の土地へ行こうじゃあないか。目的地は函館、言わずと知れた北海道南部の都市。知名度では札幌に次ぐ二番手だが、実際には旭川の下で三位。
産業は観光と漁業。函館の夜景は、道外での有名だ。漁業はスルメイカと真昆布が主に行われており、真昆布の漁獲量は日本一。……まぁ、あの利尻昆布ラーメンの後では見劣りするし私一人でも楽しめるモノでは無い故、スルメイカだけを食いに行く訳だが。
また、函館には私も四年間住んでいた。私の学部は最初の二年間は札幌で、その後は函館キャンパスだからな。大学院も函館キャンパスで私は修士まで取ったので、四年間という訳だ。
「ピョ(いやぁ、懐かしい。あの華々しい夜景と違い、小ささを感じるこの昼間の様子。こんな都会か田舎か中途半端な観光都市、そりゃあ卒業後は地元・札幌・東京に行く人ばかりだ)」
スルメイカは、真鯖と同じく昼より夜の方が浅い所に居る。小魚を補食しにやって来るのだ。ということで、私も夜に狩りへ出る。それまで、懐かしの函館を回って…………いや、そんなに感慨深くないな、函館。
函館の4年間、学問浸けだったし。水産学は好きだが、それにしたって身の回りがただひたすらに水産学すぎた。そこまで関係の無いヨントリーに入社するぐらい、当時は水産学に疲れていた。
「ピョ……(函館じゃ彼女は一人しか出来なかった上に浮気されたし……遊ぶ暇もあまり無かったし……そもそも半年前ぐらいに出張で来たしな……)」
観光名所の類いも全部行ったことが有るし、一番思い出深いキャンパスも私が行ったところでどうする? かと言って、何もしないというのも暇だし勿体ない。
「ピョ(神社巡りでもするかぁ。今の時期なら、函館でも人は少ないだろう)」
今回、私が最初にやって来たのは函館八幡宮。主祭神は応神天皇こと八幡神、八幡大菩薩とも言う。北海道基準では大変歴史ある神社であり、道南唯一の別表。その立地や歴史から航海や漁業と縁が深く、私も何度か参拝しに来ている。
予め函館山の上流で徹底的に身を清め羽毛を整えてきた私は、鳥居の前で着地。礼をしてからくぐり、参道の端を歩く。
手水舎で柄杓を取り、水を掬って翼の先を洗う。左翼の先を丸めて水を貯め、口をすすぐ。左翼と柄杓にもまた水を掛け、静かに元の位置へ戻す。樹皮を剥いで作った手巾で拭き、軽く礼。
賽銭箱前で会釈をし、偽造硬貨を捧げるフリ。本当に入れるのは、ちょっと迷惑になりそうなので止めておいた。直接貰うなら兎も角、賽銭箱に入れられるのは神主殿も望まないだろう。
深く二礼し、胸の前で二拍。翼両を合わせたまま、祈りを捧げる。
今年が大漁でありますように。
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