体長10mの鷲   作:害獣駆除業者F

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若者の神道離れ

 

 

「ピョ(実に、清々しい気分だ。まこと、晴れやか)」

 

 撥水性や耐寒性も更に磨きが掛かっているのであろう。この夜の北海道の海に浸かりながらも、まるで嫌な感覚が無い。

 

「ピョッピョー(さて! 白鯨討伐は完了した。後は、この肉の山を食うだけだ。ふふ、流石に心が踊る。適合用に食った時に、ナガスクジラをも超える味なのは分かっているんだ。楽しみだなぁ!)」

 

 何処から行こうか。取り敢えず、皮を丸齧りしてしまおうか。普通のマッコウクジラなら最悪の感覚を味わうことになりそうだが、白鯨なら黒豚のトントロぐらいは楽しめそうだ。

 

 いざ食わん、と嘴を開いた瞬間……北西へと向かう風が吹いた。とても清らかで、爽やかな風が。

 

「ピョピョッ(なんだか、ついつい北西に飛び立ちたくなるような良い風だな。この風に乗って飛んだら、気持ち良さそうだ)」

 

 だが、そんなことよりも白鯨優先。兎に角、私はコイツを食いたいのだ。……なんだ、風が強くなってきたぞ。

 

「ピョ(風速10……20……40……80……ドンドン上がっているぞ。まるで台風だ。海は穏やか、風は私と白鯨以外受けていない。クッ、不味い……白鯨っ、白鯨に掴まらないと飛ばされる! 推定風速……250m! 天井知らずに上がっていくぞ!)」

 

 なんだこの風は! 何がどうなっている! 白鯨に続いての異常現象……偶然じゃない。何かがある、明確な原因が。

 

「ピョォッ!(風が……こんな風がどうした! 私は貴様の操り人形ではない!)」

 

 ……ッ、クソ。駄目だ、飛ばされる。目を開けてられない。こちらから飛行して、次の障害に備えるしかない。まずは白鯨から離れ……られないだと? 脚が白鯨の皮膚に埋まり、完全に癒着している!

 

「ピョ(飛ぶしかないのか? この状態で)」

 

 500トンは確実に超えている白鯨の身体は、私と言えど持ち上げることは不可能。しかし、暴風はその圧倒的な力で下から白鯨の身体を支えてみせた。

 

 私は北西へ向かって、全力で羽ばたく。だが、北西は……函館市街。もしも途中で風が切れる、あるいは弱まれば……私は重さに耐えきれず即座に落下。もしも函館中心部でそうなれば…………。

 

 住吉港に突入。白鯨で見えないが、おそらく漁船が真下を通っている。函館市街に突入。白鯨で見えないが おそらく車が真下を通っている。そして、風が弱体化。まだ落ちる程でもない、Uターンを試みるが不可能。市街地を越えて少しでも被害が少ない場所での落下に挑む。風は弱くなり続け、一秒に2mしか進めない。身体が痛い、既に限界に達し気力だけで動いている。

 

「……(落ちる)」

 

 落下先は、函館八幡宮本殿。参ったなぁ、私はとんだ害鳥だ。別表神社を、破壊するだなんて。最悪の気分だ、先祖に顔向けできない。せめて、巻き込まれて亡くなる人が居ないことを祈るしかない。

 

 

 本殿と白鯨が接触する瞬間、私の身体は前触れ無く軽くなった。翼を慎重に折り畳み、一切の被害を出すことなく着地。

 

「ピョォ……(白鯨が、消えた?)」

 

 どういうことだ、何処に消えた。癒着していた脚は無事、身体も痛むが別状は無い。辺りを見回すと、固く閉ざされている筈の本殿が僅かに開いていた。

 

 そして、二つの大きな物体が私の前に現れる。いつの間にか、何も無いところから急に出現したのだ。

 

「ピョオォッ!?(りゅ、竜涎香だと!? しかもこの香りとサイズ……熟成されきった超上物。蘭奢待の切れ端とのトレードを申し込まれても違和感は無い。21世紀最大の権力の象徴となり得る。これの存在が世に広まれば、死人が出るぞ)」

 

 こんな大きさの竜涎香、作り出せるのは……白鯨以外、考えられない。そしてもう一つの物体は、ハマグリの印が刻まれた成人男性が二人は入れそうな樽。中には、大量の鯨の竜田揚げ。

 

「ピョ(なんだこれ。白鯨は応神天皇からの試練で、コレは乗り越えた私への褒美だったりするのか? まぁ、そう考えると辻褄が合う。神が実在して直接関わりを持ってくるのであれば、なんて話だが)」

 

 これが白鯨以外の物とは考えられないし、ここまでの展開も異常の積み重ね。函館八幡宮の人間が作った物とは思えない。

 

「ピョオッオォッオッオッオッ(揚げ物! 鷲になってから初めての、揚げ物! この衣の油感とザクザクカリカリが……たまらん! クッ……熱い、身も心も最高に熱い! もっと、もっとだ!)」

 

 臭みはほんの極僅かであり、丁度良いアクセント。ニンニク、ショウガとも喧嘩せず互いを高めあっている。それでいて鯨特有の独特な旨味や味わいを一切損なっていない。弾力がありつつも柔らかで、歯切れ良い。鶏の半身揚げを彷彿とさせる大きさでありながら、火入れも完璧だ。これには流石の私も海獣のような声を出さざるを得ない。

 

「ピョオ(命懸けで戦った白鯨の肉の殆どを勝手に奪われたのは不愉快だが、こんな竜田揚げとのトレードなら構わん! 美味い!)」

 

 

 

 

 …………さて、と。この竜涎香、どうするか。この場合、法的な所有者は誰になる。私か、それとも神社か。

 

 神社側として扱われそうな気もするが、このまま置いておく訳にもいかないだろう。だが、この体長10m翼開長30mには既に細かい作業や人間に合わせた規格の神社を彷徨くのは困難。

 

「ピョ(む……ドローンに見られているな。動きが早い。うぅむ、操縦者に拾われると大変なことになりそうだが、私が取っているのを撮られて盗賊扱いされるも癪)」

 

 ……仕方ない。朝まで見張っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅおあぁっ!?」

「ピョ(あぁ、これは失礼。おはようございます、神主殿とお見受けする。こちらの竜涎香の処遇、貴殿に一任したく)」

 

 人間だった時ならまだしも、今の私はただのデカい猛禽。人間の技術による美食は欲しいが、この竜涎香はいくらなんでも身に余る。所有によって得られるリターンが、リスクに比べて大きすぎる。よって、丸投げである。

 

「ピョォ……(参った。完全に固まっていられる。まるで八岐大蛇に睨まれた蛙)」

 

 そろそろ腹が減ってきたから狩りに行きたいのだが……この様子のまま行くのもなぁ。さて、どうやって意識を覚醒させるか。身体的接触は危険だよな。

 

「ピョ(神社……神社…………そうだ、奉納歌だ)」

 

 歌によって、彼にほどよい刺激を与えられるんじゃあないか? それに、奉納歌は笛をよく用いる。私の発声方法とは相性が良い。

 

「ピョオ(だが、宗教にはあまり明るくない。私がマトモに歌えるのは一曲だけ、なのだが……)」

 

 巫女さんが歌うモノなんだよな、私が知っている曲。……待て、私の肉体の性別は不明。よし、これから数分間だけ私の性自認はメスで、八幡神を崇める敬虔な信者ということにする。うむ、実質巫女。

 

 豊栄の舞、私が唯一歌える神社関係の歌だ。季節の花や榊を手に、優雅に舞い歌う。その辺に生えていた花を手折り、ぶつからないように軽く飛び上がって舞いとハミングを開始する。

 

 別名、乙女の舞。確か巫女を有さぬ宮司用の男性版も有った筈だが、歌詞を知らんモノは流石に厳しい。穏やかに、そして誇らかに、和の美を全身で表現する。何も変化が無ければ、後は知らん。

 

 

「…………なんだ、この笛の音は。私は、何を……って…………ひぃっ、そうだった!」

「ピョ(うぅむ、もう完全に離れてあげた方が良いのだろうか。だが、ちょっと漏らしちゃってるみたいだし現状の彼に対応できるのか?)」

「まさか、この鷲が豊栄……そんな筈が。いやだが、そう言えば巨大鷲が国歌を歌ったみたいなニュースが…………」

 

 神主殿は濡れた袴で再び固まる。すぐに踵を返し、拝殿へ走っていった。たまらず逃げ出したのだろうか、そう思っていると彼は龍笛を手に私の下で跪く。

 

「わたくし、函館八幡宮17代目宮司 菊地山重治 明階二級上と申します。先程の無礼、並びに略式を重ねることをお許し下さい。直接の拝謁が叶い、一神職として光栄の極み。まことに勝手ながら、共に奏でさせて頂きたく!」

 

 何これ。まさか、神主殿も私を神仏の類いと勘違いしているのか? あの語りすぎると色々と危なそうな右翼警察と同じタイプなのか? この節穴め。

 

 

 ……まぁ、意識が明瞭としているならそれで良い。神の御前でありながら失礼すぎるので最後まで舞いはするが、終わったら竜涎香は丸投げして食事に行こう。

 

 

 

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