体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
「ピョ(なんだかんだ、函館の居心地というのは悪くない)」
仮にも四年間も住んだのだ。愛着の一つや二つは湧く。いざ離れようと思えば、少しばかりの名残惜しさを感じる。ついつい五泊もしてしまった。
「ピョピョー(さて! 次はどこに行くか。北海道は食品産業の聖地だが、こと漁業に関しては初秋~初春と初夏に集中している。農業関係は、私が狩りにいけるものではないからなぁ)」
今は8月中旬、丁度旬の海産物にいまいち欠ける時期だ。ということで、比較的通年味わえるモノを食べに行きたいと思う。この函館のすぐ近く、同じ渡島振興局内にある……長万部に。
長万部と言えば、北海道難読地名クイズで擦られに擦られまくっていることで極めて有名。渡島の最北であり、噴火湾を挟んで函館の北に位置する。平行飛行でもやろうと思えば音速まで届く……つまり、一般的なジェット旅客機と同等以上の速度である私にとっては最寄りのコンビニに
「ピョ(着いた)」
普通なら車で早くて二時間が、十分もかからない。素晴らしい、函館と根釧を頻繁に往復していた者として自らの飛行能力にこの上無い喜びを感じる。
他の渡島の市にも寄ろうかとは思ったが……正直、函館と長万部以外はパッとしないのが現実。鷲の身では、特にそれが顕著だ。長万部だって、漁業と鉄道程度しかない。
私の道南へのネガキャンは止まらんぞぉ。何が悲しくて道東の魚を研究する為に札幌キャンパスから函館キャンパスに行かねばならんのだ。頼む、北海道。道東に水産学部を擁する国公立大学を作ってくれ。東農大オホーツクキャンパスでは足りないんだ。日本でも一二を争う一大漁業拠点である釧路の公立大学が経済学部オンリーって、なんの冗談だ?
まぁ、道南も私の愛する北海道の決して欠かせない一部ではある訳だが。
「ピョ(さて、早速狩りにでも行くか)」
長万部、通年楽しめる、海産物。漁業や北海道の産業に詳しい方なら、この三つだけで何を指しているのかは明白だろう。
「ピョオ!(そう、毛ガニである!)」
今年はもう終わってしまったが、長万部毛ガニ祭りでも有名。実は漁獲量自体は宗谷地方の枝幸の方が多かったりするのだが、イメージとしては長万部の方が強い。
毛ガニは繁殖力が貧弱な癖に花咲蟹のような屈強な鎧を持たない為、一度個体数が減ると中々回復しないという特徴を持っている。その為、通年獲れる特徴を活かして各自治体で漁期を定めている。長万部……正確に言えば噴火湾だと、丁度今の時期なのである。
私は頭を下に向け、急降下。ソニックブームを出さないように速度に気を付けながら、海面を突破。水飛沫を上げながら、海底へとやってくる。海底と言っても、所詮は噴火湾。100m程度の深さの所だ。
寒さ、圧迫感、羽毛内部への海水の浸透。そして何より呼吸。何一つとして、私は不調を抱いていない。この身一つと潜水前に取り込んだ酸素で、何の不足もなく活動できている。
恐らくだが、私の呼吸能力は新顎類というより大型恐竜のソレに似ている。これは現状の私という結果からの逆算だが、気嚢と同様の働きを持つ器官が全身に張り巡らされている──あるいは、器官という器官が気嚢と同様の働きをしていると推測出来る。
どうも、毛ガニさん。猛禽類です。
海底を穏やかに歩く毛ガニを鉤爪でキャッチ。破砕や切断には気を付けながらも、落とさないことへの注意も忘れない。
六匹の毛ガニを引っ捕らえ、一気に浮上。噴火湾を20km程北上し、長万部の防波堤に着地。最大限彼等の身体に負担を与えぬように飛んで自切を避けたのだが……脚が何本か無くなってしまったな。
無駄な足掻きを続ける毛ガニの脚をへし折り、殻を鉤爪の先端で丁寧に割る。まだ動く肉を啄み、嚥下。
「ピョォ(うむ、美味い……)」
メジャーな食用蟹の中では味が劣る部類である毛ガニの、最適とは言い難い食べ方。だが、名産地での踊り食いとなれば話は別。適合には程遠いが、美味いことには変わりない。
「ピョ(おっと)」
片足で五匹を抑えるのは少し難しかったか。仕方無い、今食べているのは一旦置いて取り敢えず逃げた二匹を締めよう。細長く湾曲した嘴の先端を、フンドシと胸の一番上の境目に突き刺す。毛ガニはだらりと力を無くし、動かなくなる。この私から逃げられる訳がない、当然の話である。
白鯨との適合により、私は成鳥となった。頭と発達した尾羽は白く染まり、胴はダークブラウン。サイズ等を無視すれば、立派なハクトウワシの成鳥だ。これにはアメリカ人もニッコリ。
さて、食事再開だ。微かな繊維の弾力に、ねっとりとした舌触り。蟹本来の甘味とコクが、ダイレクトに舌に残る。
脚も堪能した所で、フンドシをひっぺがす。隙間から甲羅も外してやれば、後はすぐだ。甲羅の中には、脂と水……そしてカニ味噌が。毛ガニは、何と言ってもカニ味噌だ。漁業倫理に則って大柄な雄のみを獲ったからな、たっぷりとカニ味噌が詰まっている。
甲羅から水を慎重に捨て、脂と混ぜる。強烈な蟹の匂いが立ち込め、高揚を自覚する。
「ピョオ!(蟹!)」
濃縮された、蟹の全て。良い所も悪い所も、全てが丸ごと詰まっている。それでいて、仄かな苦味と新鮮な生食故のフレッシュさが重厚な味にふわりとした軽やかさを与え、両立している。
「ピョ……(クッ……鷲の身が口惜しい。こんな時に、日本酒でもあればな)」
カニ味噌と言えば、日本酒は欠かせない。今は夏だが、甲羅酒と言えば冬飲みの代名詞とも言える逸品だ。日本酒、日本酒さえ有ればな……。
食事を終えた私は、防波堤を飛び立ち長万部の街並みを眺めながら次の目的地を考えていた。さて、次は何処に行くか。
北海シマエビの旬は丁度この時期の前後で外れている、花咲蟹は旬だがその数週間後にはまた根室に行って秋刀魚を食べに行く予定。うぅむ、丁度今が旬の北海道の水産物……思い付かんな。私とて、北海道の漁業全てを網羅している訳ではないのだ。
「ピョ(そうだ、別に食事に拘らなくても良いじゃあないか)」
札幌、札幌に行こう。あの街には、友人が居る。高校から大学二年生の間の五年間も居たのだ。大学は二年生まではキラキラキャンパスライフに分類される方だったし、高校でも勉強以外のことを目一杯楽しんだ。秋刀魚の標本の顔真似をしながら勉強に明け暮れていた函館と違って、楽しかった思い出が山程有るのだ。
とはいえ、私は体長10mの鷲。あまり人混みに行くべきではない。この体躯では、友人の下へ行っても恐れられるだけだろう。それは……とても、悲しい。
だが、まぁ……そうだな。そう簡単に全てを割り切って忘れられる程、猛禽類に染まり切ってもないのだ。少なくとも、私はそう思っていたい。
「ピョ(洞爺湖。言わずと知れた、北海道観光のテンプレスポット)」
位置的には長万部と札幌の間に有るのでな。どうせ食べ物目当てで来ることはない場所故、折角なのでここを経由してから札幌に行くこととした。
活火山でもある有珠山によって形成された巨大な不凍カルデラ湖。湖の中に小さな島があり、上から見るとドーナツのような姿をしていることで有名。ユネスコ世界ジオパークにも登録されていた筈、多分。
「ピョッ(いやぁ、やはり綺麗な場所だな。鷲の身となり数々の絶景を見てきたが、やはり洞爺湖は美しい)」
人が近くに居ないタイミングを見計らい、中島に降り立つ。うわっ、なんだこのエゾシカ。いくら何でも体型がだらしなさ過ぎるぞ! コイツのロース肉……あぁいや、避けた方が良いか。景観の為に他所から持ってきて、個体数を管理しているみたいな話を聞いたことがある。器物損壊は良くないからな。
「ピョ(…………あんまりやること無いな、鷲だと。ここに来るのも四回目だし)」