体長10mの鷲   作:害獣駆除業者F

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テルマエ・コンバット

 

 

「ピョオ……(まずいな。かなり感傷的になっている)」

 

 札幌駅、ネームバリューの割にしょぼい時計台、友人と悪ノリで行くも緊張で固まっていたバニーガールバー、我が母校、よく通った博多豚骨系ラーメン屋、行きつけのスーパー、初めて告白をした時の橋、天空から見通せる札幌の全てが懐かしい。

 

 別に、死ぬ一年前ぐらいには一度戻ってきていたのだが……そうだな。寂しかったのだろう、私自身が思っていた以上に。人間社会から切り離された生活が、私には辛かったのだ。

 

「ピョ(そうそう、あの店のスープカレーが絶品なんだ。爽やかなオリーブと突き抜けるような青唐辛子の香りが、丹念に面倒を見た野菜の甘さを土台にベストマッチしているんだよ)」

 

 

 ……目的を果たそう。私は、猛禽類だ。人間との完全なる融和はできない。すべからくエイペックスプレデターとは絶対的な恐怖の象徴でなければならず、既に私は人間と同じ地球における生態系の絶対的覇権種へ到達していると自負している。我々が他種を少しでも正しく理解し、向き合い、平穏かつ最低限の干渉で住み分ける為に、大都市の中心で長居するなんてことはあってはならんのだ。私を恐れ駆除や捕獲を主張する団体がSNSで一定の支持を得ている、そんな様子も想像に容易い。

 

 

 私は、人類を愛している。だからこそ、人類の敵と見なされることが心の底から恐ろしい。染み付いた臆病で矮小な人格が、今も''私''という仮面の下で燻っている。

 

 

 

 

 

 

 札幌にやって来た目的、それは過去との決別への第一歩。大切な人達との思い出に囚われた心を解放し、鷲として前を向き生き続けていく為の第一歩。

 

 

「ピョ(……うん、やっぱ決別は難しいかも。三年に一回は顔を見たい。ごめん嘘、正月には実家に帰りたいしお盆には墓参りに行きたい)」

 

 まぁ兎に角、決別とは行かずともある程度の線引きは必要だ。そして、ただ制限し抑え込むだけではすぐに決壊する。ダイエットや勉強と同じだ、自分の許容範囲を誤ると継続しない。

 

 私にはシジミ漁師殿が居る。だが、孤独を感じないと言えば嘘になる。心を病んでしまわぬ内に、彼等の顔を見に行きたい。何もせず、ただ関わらないというのは……難しい。

 

「ピョー……(もう夜だ。特殊な仕事だが、帰ってきていることだろう。家は……あぁそうそう、アソコだアソコ。早くに亡くなられたご両親から引き継いだ、あの青い屋根の豪邸)」

 

 あまり札幌市街に降りる訳にはいかない。顔を見に行くのはアイツだけに自重する。家の敷地内に侵入し、体勢と周囲に気を付けながら座る。無用心にもいつも通り鍵を開けたままの窓を嘴で開け、二階のアイツの私室に顔を突っ込む。おいおい、なんだか楽しくなってきたぞ。

 

「ピョ(勉強中か? 真面目だな、鳥牙(トリガ))」

「ったく、まーた窓から入ってきやがったのか。大学で一人称変えるぐらい真面目になったのに、こういう所は何年経っても変わんね…………え? いや待て、アイツはひき肉に…………何者だッ!」

 

 三辻鳥牙、私の大親友である。別の大学に進み、札幌在住と東京在住になった後も関係は色褪せることなく続いていた。空自の戦闘機パイロットである鳥牙とは中々会える機会には恵まれないが、休日が合うとほぼ毎回通話をしながら飲酒デュオABEXをしていたぐらいには仲が良い。

 

「……鳥、か? デカすぎんだろ……。そうか、コイツがここ数日例の所属不明機領空侵犯との誤認を多発させている……」

「ピョッ(あっ、ごめん……。そうか……領空侵犯と間違われるか……。確かに白鯨以降は身体も大きくなったし、気が緩む海上だとたまに速度を間違えてソニックブーム出しちゃったりするしな……)」

「落ち込んでいる? なんだこの鷲は、随分と感情が顔に出る奴だな」

「ピョ(そりゃ、私達の仲だしな。鷲になっても、分かるものは分かるだろう。別に私がポーカーフェイスの対義語のような存在という訳ではない。多分)」

「敵意は0、好奇の目でも無い。なんだ……安心と敬意、それと友愛か? 野鳥の癖に、おかしな感情を向けるものだ」

 

 エリート自衛隊員の身体能力で椅子から飛び上がり格闘の姿勢を取った鳥牙は一切の警戒を解き、散らばった勉強道具を机に戻す。

 

「不思議なこともあるものだ。お前とは、初めて会った気がしない。お前の後ろに、亡き友を幻視し重ねてしまう。何をどう足掻いても、口角を下げられねぇ」

「ピョオ(すごいな、合ってるぞ。よっ、名探偵)」

「正解、とでも言いたげだな。まぁ、山月記でもあるまいしそんな訳も無いが。あ、鮭とば食べるか?」

「ピョピョオッ(ほしいほしいほしい!)」

「ほら、あーん」

「ピョッ(わーい)」

「残念、野鳥への餌付けはいたしません。アテクシ国家公務員の幹部職ですので、ルールに忠実に従いハッキリと線を引きます」

「ピョ(ばかあほまぬけ)」

 

 

 ……そろそろ、か。外からシャッター音が聞こえる、通行人が私を撮影したのだろう。名残惜しいが、長居する訳にもいかない。大きな窓から顔を外し、私はゆっくりと羽ばたく。

 

「ピョッ(それじゃ、私はもう行くよ)」

「おう、じゃあな。……また、来いよ」

「ピョピョ(……あぁ、またな。友よ)」

 

 

 色々なモノを食べてきた。猿払ホタテ、エゾバフンウニ、サバの味噌煮、利尻昆布ラーメン、白鯨の竜田揚げ、どれもが大変素晴らしい逸品であり、絶世の美食であった。ただ想いを馳せるだけで、当時の感動と衝撃が鮮明に呼び起こされる。

 

 だが、何故だろうな。友と過ごした言の葉も紡ぎ合えぬ僅かばかりの時が、この第二の生で最も満たされていた。

 

 

 ……さて、次の目的地に行こう。札幌は、そこで終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 私が次にやって来たのは、またまたとある神社。折角だからな、著名な神社フルコンプ巡礼も行おうと思っている。

 

 北海道神宮、その名に恥じぬ北海道最大の神社。明治天皇と開拓三神を主祭としている、大変格式高い…………

 

 

 

 

あ゛?

 

 

 

 

「ピョ(討つ。討たねばならぬ、この神敵を。この身に背負いし太陽に誓って。貴様の歩み積み重ねてきた道の一切を否定し、まったくの無為の塵と…………)」

 

 

 なんだ、気のせいか。おいおい、紛らわしいじゃないか。うっかり殺すところだったぞ。急降下姿勢も取っている、後0.5秒でも隣に置かれた工具箱とファイルに気付くのが遅ければ私は殺人鷲になっていた。

 

 古代ギリシャ人を体現したかのようなトーガの男が、手水舎に浸かっているように見えたのだ。その実は、ただの独特なファッションの整備の人であった。いやまぁTPOを弁えていないにも程がある服装ではあるが。平日とはいえ、昼間の北海道神宮で手水舎の整備とかやるんだな……ちょっと意外。壊れてしまったのだろうか。

 

「ピョピョ(まぁ何はともあれ。神社のお仕事をして下さっているのなら大変ありがたいことだ。疑い、殺そうとしまい本当に申し訳ない。これは反省しないとな)」

[ハァッ……ハァッ……ハァッ……ここは、どこだ? んなっ、コイツは……まさか、北の地に住まうと言われるかのフレースヴェルグか!?]

「ピョ?(ラテン語? 珍しいな……しかも、随分とクラシックな訛り。イタリアから神社の視察に来たローマ帝国信奉者の建築学教授とかだろうか)」

[マルクス、まさかお前の仕業なのか? あぁ……リヴィア、私はここまでのようだ]

 

 ……まぁ、いいか。さっさと祈りを捧げ、札幌を出よう。間に行動は挟んだが、あのジュゴン湯で身体はしっかり清められている。

 

[しかし、この鷲のなんと美しく雄大なことか。帝国の象徴とも言える圧倒的軍事力、それに単身で並び得る圧がある。……風呂の設計に、なんとか活かせぬものか]

 

 

 

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