体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
「ピョッピョー」
腹を満たした私は、根室海峡から南下し根室半島へとやって来ていた。
「ピョ(なんだか懐かしいものだな)」
風蓮湖、根室西部にある汽水湖。私はその南方にある森林部で孵化し、雛時代を過ごした。私の、第二の故郷である。
「ピョピョオ(あぁ、そうそう。ココで私は野犬と戦ったな。この川でこうやってマスを狙っている時に襲われたんだ。私の身体も、アレから随分と大きくなった)」
そう言えば、鮭と適合したのに身体は大きくなっていないな。サイズとしては頭打ちなのだろうか。一応、筋力は明確に上がっているが……まぁ、これ以上大きくなっても困るだけだから構わんが。
おや、私が産まれた卵の殻がまだ残っているじゃないか。土は付着しているが、これといった汚損は無い。結構そのまま残るものなんだな。
「ピョ(よし、折角だから羽根で飾り付けるか。なんかこう……無造作感も演出しつつ……そうだ! 今の私は人間ではなく、野生の鳥! 大きな菊花紋章とか地面に掘り込んじゃお! ちょっとした塹壕ぐらい深く掘って私の怪力で押し固めて補強すれば、すぐには消えんだろう)」
いやぁ、簡素なものだが何かを作るのは楽しいな! 近代創作実績No.1国家の血が騒ぐ。まぁ、おそらく私は北米から根室半島に越冬しに来たハクトウワシの子だが。
待てよ、ということはアレか? 私の身体にはアメリカの血が流れているということか?
なら……Hey! bro! ビッグマックとフレンチフライとコカ・コーラは最強のセットだぜ! お前もちゃんと毎日コレ食えよ! 好きな言葉は修正第二条、嫌いな言葉は民主党、好きな工具はAR-15とM1873とガバメント! チン・チョン・チャン! Make America Great Again! とか言っといた方が良いのだろうか。
……いや、今時こんなコテコテのアメリカ人なんて居ないか。
「ピョ(腹が、減った)」
飾り付けを終えた私は、グッと身体を伸ばし深呼吸。集中が途切れ、空腹感が一気に押し寄せる。
「ピョオ(蟹、蟹だ。蟹を食いに行こう)」
花咲蟹。かつては幻の蟹とも呼ばれていた程に生息域が限られており、根室周辺と極東ロシアの一部でしかマトモに漁をすることはできない。諸説はあるが、根室の花咲港が語源。非常にトゲトゲしい殻が特徴的で、茹でると非常に鮮やかな赤色になる。8月から10月が旬だ。
私は東方に直行、根室市へ突入。漁船や水産関係者で賑わう花咲港を突っ切り、上空から海を観察。花咲蟹は水深30m前後の浅い場所に居る。これっぽっちの海水の壁、俺のinsiteの前にはスケスケだぜメーン? U.S.A! U.S.A!
……やめとこ、アメリカ人ごっこ。言っていることが粗野すぎて、なんだか恥ずかしくなってきた。
発見した花咲蟹を四匹纏めて水揚げ。毛ガニと同じ要領で、今食べる個体以外は鉤爪で抑え付けておく。必死に逃げようとする花咲蟹を……殻ごと喰らう。
「ピョォ(……おかきだ)」
凄いな、私の嘴。堅牢で有名な花咲蟹の殻を、おかき感覚で砕けたぞ。トゲの破片が体内で刺さる気配も無い。体格が大きくならなかった分、能力がより一層上がっているのだろう。この調子で行くと数年後には、全幅がkm単位の攻撃機とかにも勝てちゃったりするんじゃないか?
もう一匹、もう一匹とドンドン殻を砕き喰らう。鮮烈な蟹の香りと、花咲蟹特有の甘い脂が爆発的にやって来る。花咲蟹の殻は出汁としての需要も高い、その殻を直接食うとこうも美味いのか。人間には到底理解出来んだろうが、体長10m界隈なら花咲蟹の殻を煎餅として商品化できるのでは?
「ピョ……(惜しい、な)」
花咲蟹は美味い。だがその真価は、断じて生食ではない。タラバ、ズワイ、毛ガニ、花咲蟹。この四種の中で花咲蟹は、味噌でも刺身でも間違いなく上位側には入らない。
花咲蟹の真価は、加熱調理。茹で、焼き、鉄砲汁……花咲蟹は、最も加工との相性が良い蟹なのだ。私はメイン食材の素材としての味を活かす派だが……こと花咲蟹においては別だ。他の蟹と同じレシピで競う必要は無い、持ち味を活かすのだ。加熱において、花咲蟹は最良。
特に花咲蟹と別海*1牛乳のカニクリームコロッケは、神戸牛のヒレステーキにも匹敵する味わいを……
「ピョ?」
私の視界に、とある建物が入り込む。どこの港沿いにあるような、漁業関係者向けの食堂だ。そう言えば、私も学生時代に来たことがある。その軒先にある、一つの置き看板に私の目は釘付けになる。
【本日のおすすめ! カニクリームコロッケ】
「ピョオオーッ!(ごめんください!)」
私は店の前に座り込み、扉を壊さない範囲で勢いよく開ける。
「えっ、あっ、なにっ……? ……え? 扉が、塞がれてる? な、何なの……この焦げ茶色のモフモフ……」
「ピョ(おっと失礼)」
私は扉の前から引き、置き看板と水揚げ五秒の花咲蟹十匹を店員さんに渡す。
「キャアッ!? で、でっかぁ……こんなにおっきいの、はじめて……」
「ピョオッピョォ(カニクリームコロッケカニクリームコロッケカニクリームコロッケカニクリームコロッケカニクリームコロッケ)」
「こ、これが例の……」
置き看板を壊さないように、嘴の先端でカニクリームコロッケの字をツンツンする。頼む、早く理解してくれ。どうか私にカニクリームコロッケを恵んでくれ。人間に要求なんかするべきではないと、分かってはいるが…………そんなものより美味しいご飯の方が大切だ!
「……もしかして、カニクリームコロッケが食べたいの? あー……食べたいの、ですか?」
「ピョピョピョーピョ、ピョーピョピョ!」
私は壊れたオモチャみたいに首を上下に振り、全身で肯定を表現する。あ、ヘドバンの風圧で店員さんが体勢崩しそう。ごめん……。
「しょ、少々お待ち下さい!」
店員さんは店中に散らばった花咲蟹を回収すると厨房へ引っ込んでいった。中には入れないが、私もうつ伏せになって店内へ頭を突っ込む。
かぁにくりぃむころっけたべたいなぁ。
足音。走ってくる。
「ピョッ?」
人間が、近くに居る。私は涎を垂らしながらとろけさせていた顔を引き締め、聴覚を研ぎ澄まし周囲の人間の位置を探る。
……近いな、これでは店から顔を出す時にぶつかってしまいそう……何!? 誰かが、私の身体の上に乗ったぞ! この重さは……子供、か?
「ピョ!(しまった!)」
私の身体の上を歩いていた子供が、羽毛の中に埋まった。不味い、不味いぞ。このままでは危険だが、動くのも危険だ。
「ピョーッ(保護者! 保護者ー! 頼む、この子を引き上げてくれ!)」
叫びが通じたのだろうか。誰かが私の身体に乗る感覚がする。良かった、助けが……待て。この重さは……また子供か!?
ズボリ。今、私の羽毛の中に二人の子供が入り込んだ。
「あれっ? けんたー? ゆうとー? 何処行ったのー? ……やばい、地図を見るのに集中してたら二人とも居なくなったんだけど……海とか落ちてないよねぇっ!?」
女性の声、大人のモノだ。もしかして、先程の子の親だろうか。
「ってうわぁっ!? な、何この物体!? と、鳥……? あっ! ニュースでやってた北海道のアイツ! いやいや、そんなことより我が子………………何やってんだお前ェっ!!!」
中で子供達がもぞもぞと動き、腕が1本外に出る。
「私の息子に、手ェ出してんじゃあ無ェぞアホンダラァ!!!」
女性は私の身体へ乗り込み、羽毛をかぎ分け突き進む。無事に子供達を救助し、何処かへ離れていった。
……やはり、人里で地面に座るのは危険だな。次からはしないように気を付けよう。私は頭を店から慎重に引っこ抜き、立ち上がってカニクリームコロッケを待つこととした。
「お、お待たせしました……」
「ピョォオッピョーッ!(いよっ! 待ってましたぁ! イィヤッフゥー!)」
店員さんが、山盛りのカニクリームコロッケを私へ差し出す。期待に胸が膨らみ、唾液が涌き出る。食いたい、早くこの黄金色を食したい。私はカニクリームコロッケを一つ、口へ運ぶ。
「ピョオーッッッ!!!」
まず感じたのは、熱さであった。揚げたてサクサクの衣を突き破り、激熱のクリームが口内へ溢れる。そして、花咲蟹の濃厚な香りがグンと広がる。花咲蟹の甘い脂と、バターや生クリームのコクある脂。上にハラリと乗せられた刻みパセリが、彩りだけでなく脂っこさをも落ち着かせる。
美味い。これが、これこそが、カニクリームコロッケであるぞ。正に、私が求めていたモノ! 私は勢いよく食べ進め、するりと平らげてしまう。
「ピョオ(美味しかった……ごちそうさまでした)」
適合の眠気を感じながら、私は適当な休める場所へ飛んでいった。