体長10mの鷲   作:害獣駆除業者F

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壺三回ころりん、壺二回。壺吹雪なのだ

 

 

 この日本には1億2000万の人間が住み、地球全体で見れば80億を越える。生物の総数で言えば、考えるだけでも億劫だ。

 

 我々はそれぞれ異なる道を歩んできた。異なる生まれ、異なる環境、異なる思想、異なる仕事、異なる伴侶……そして、異なる思い出。

 

 私にとっての思い出の象徴とは、秋刀魚であった。

 

 

 本マグロ、のどぐろ、アラ、キンキ、トラフグ、キンメ、イトウ、マスノスケ、キジハタ、ウナギ、ハモ……前世では、随分と高級魚を食べてきた。

 

 だが、私にはこんな大衆魚が他の一体何よりも美味かった。忘れもしない、アレはまだ私が六歳の頃だった。当時の私は、魚が好きじゃなかった。実に年相応の舌で、ソースでびちゃびちゃにしたハンバーグが大好きだった。

 

 そんな子供だった私は、両親と違って北海道への家族旅行でそこまで食の楽しみを感じていなかった。しかし私の価値観は、根室で一変した。私が北海道に行ったのは、10月の頭だった。丁度秋刀魚が旬の時期で、秋刀魚漁獲量日本一位かつ最大ブランドの根室でもイベントが開かれていた。

 

 秋刀魚を食べるぐらいしか楽しみの無いイベントは、当時の私にとっては酷くつまらなく映っていただろうな。それでも腹が空いていた私は、母が骨を外してくれた秋刀魚の塩焼きを口に運んだ。

 

 信じられなかった。こんな美味いモノがあるのかと。あまりの美味さに大声で泣き、両親を骨が喉に刺さったのかと心配させてしまったことをよく覚えている。

 

 それから、私は魚が大好物になった。味覚は成長し、繊細な味を感じ取れるようになった。論ずるまでも無く東京で最も優れた私立大学で働いていた父は、そんな私にこう言った。

 

『ハハハ! 大学生になったら、秋刀魚の研究かな?』

 

 私は、その言葉に強い衝撃を受けた。勉強が大嫌いな小学一年生だった私は、卒業する頃には高校の授業範囲を終わらせていた。高校では札幌へ単身で乗り込み、名門大学の水産学部へストレート入学。修士課程での疲れと函館キャンパスという本当の本当にクソみたいな立地*1から博士にはならず東京で就職したが、それだけ私にとって秋刀魚という魚は大きな存在であった。

 

 

「ピョォ(美しい)」

 

 秋刀魚が泳いでいる。この親潮を、根室の沿岸を。

 

「ピョオ(素晴らしい)」

 

 ここ十数年、秋刀魚漁は致命的な打撃を受けていた。秋刀魚の沖合化──つまり、個体群が太平洋のより東へ行ったことによる、歴史的不漁の連続である。

 

 沖合は沿岸よりも餌が少ない。当然、身は痩せ細り繁殖も滞る。オマケに、秋刀魚は足が早い。鮮度を保つために漁船は出港しても長くて五日程度で帰港する必要がある。港から秋刀魚が離れれば、その分移動時間が増え漁の時間が奪われる。

 

 

 だが、今は違う。

 

「ピョオッオォーッ!(見ろ、この海を!)」

 

 秋刀魚が居る。丸々と太った秋刀魚が、沿岸にわんさか群がっている。涙が出る。ついに、ついにだ。秋刀魚不漁の悪夢の時代が終焉し、歴史的大豊漁がやって来たのだ。

 

 急降下。秋刀魚を鷲掴みにする。秋刀魚は非常に鱗や皮膚が貧弱だ。絶対に傷を付けるなよ。

 

 私は花咲港へ着地し、そっと秋刀魚を置く。中でも一際チピチピチャパチャパと元気に跳ねる秋刀魚を選び、そっと啄む。

 

 

 

 言葉が出ない。

 

 

 

 身体が動かない。

 

 

 

 秋刀魚が、私の脳をジャックした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピョ、ォッ……ォ…………」

 

 美味い、美味すぎる。肉体が動くと同時に私は全ての秋刀魚を平らげ、再び海へ潜っていた。

 

 極上の脂乗りが口いっぱいに広がり、全身を駆け巡る。根室の旬の秋刀魚、別名トロ秋刀魚。本マグロのトロにも負けない味と脂からそう名付けられた。

 

 秋刀魚は胃を持たない。それ故消化物はすぐに排泄され、内臓は驚愕の美味さ。秋刀魚本来の香りが爆発し、踊り食い故のフレッシュな甘さと奥に眠るほろ苦い味わいが強い脂を飽きさせない。

 

 

 あぁ、生きてて良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピョッピョー」

 

 鷲となってから初の秋刀魚より、二週間強が経過した。私はそれまで根室に滞在を続け、秋刀魚を食べ続けた。

 

 今年は2008年の豊漁と比較しても、明らかに秋刀魚が多い。水揚げ量50万トンは堅いだろう。70万まで行っても驚きはしない。それだと2023年の約150倍という異常な数値だが……実際、それ程までに多い。いったい何処に隠れていたんだ、こんな量の秋刀魚が。きっと、不漁に嘆く我等の祈りが神に届いたのだ。そういうことにしておこう。

 

「ピョ(いやぁ、それにしても今年は盛り上がっていたなぁ)」

 

 それもそうだ。あんな太い秋刀魚がわんさか獲れたんだからな。つい先程まで、私は根室さんま祭りにお邪魔させて貰っていた。上空で見守っていただけだが…………いや、途中で我慢できなくなって降り、客に餌付けされていた。まぁ兎に角、アレは良い祭りだ。

 

 会場では紙皿と割り箸のセットを200円という挑発的な価格で売り付けてくる。だが、このセットさえ買ってしまえば秋刀魚の塩焼きが''いくらでもタダ''。良い炭を使った七輪で、客自ら焼くのだ。会場はとんでもない匂いだぞ。

 

 他にもさんまロールというご当地料理も販売され、コイツも美味い。簡単に言えば秋刀魚の巻き寿司で、何気に日本有数の昆布産地である根室産の昆布を海苔の代わりに使っている。中には大葉やネギといった薬味も巻かれおり、酒との相性が良い。ツマミ力も高いが、お茶漬けにしてシメで食うのも最高だ。

 

 

 

「ピョ?(何をしているんだ?)」

 

 さんま祭りも終ったし、名残惜しいがそろそろ次の場所へ行こう。そう思いながら飛んでいると、目を引くモノを見付けた。場所は、私が卵の殻を飾り付けした風蓮湖南の森林部。寝るには狭すぎるので来たのは久し振りだが……人間に改造されているな。

 

「さぁさぁ、誰が買うのだ!?」

「おぉ……なんと美しい壺よ……。神鷲様の勇ましさが、広々と表現されておる。アスタ様の壺テクニックには、感嘆の一言」

「神鷲は偉大なり」

「フセリンチョ……フセリンチョ……」

 

 あ、怪しい……。凄まじく怪しい……。

 

 少年、あるいは少女だろうか。緑髪の子供が、人々に壺を売っていた。一応、壺は明らかに高級品と分かるような品だが……アレ、描かれてるのって明らかに私だよな。それに彼等の言っている神鷲というのは……まぁ、そういうことなんだろうな。おそらく、彼等もまた私を神仏と勘違いした哀れな者達なのだろう。

 

「500万円からなのだ!」

「安い!」

「神鷲は偉大なり」

「フセリンチョ……フセリンチョ……」

 

 ごひゃっ……! 宗教は個人の自由だが……そうだな。信仰対象から、敢えて言わせて貰おうか。邪教であると。

 

 何も壺の販売が悪いとは言わない。立派なお布施グッズだ。スーパーチャットよりかは、形として手に残る分よっぽど良心的だ。あの壺も相当の品、500万は実際にかなり安い。なんせ、''等身大''の私が躍動感溢れる姿で表現されているのだからな。等身大だぞ、等身大。どうやって作ったんだ。多分、私より三大宗教に擦り寄った方が売れるぞ。

 

 ハッキリ言って、あまりこういう事をされたくはない。いくらなんでも恥ずかしいにも程がある。

 

「5億で買う!」

「いきなり百倍!? これ以上は……? よし、売ったのだ!」

「神鷲は偉大なり」

「シュレピッピ」

 

 5億……まぁ、妥当ではあるか。私は陶芸には明るくないが……あんな良い壺どうやって作ったんだ?

 

 しかし、どうしたものか。私の土地という訳では断じてないが、あのタマゴとその飾り付けは我が作品である。勝手に改造し、商業利用されているのは気分が良くない。かと言って、この私が彼等にどうこうするのも…………

 

「ピョ(いいや、面倒臭い)」

 

 少しだけ、痛い目を見てもらおう。なに、直接危害は加えない。だが、恐怖は与える。それでも尚、私を崇めるというのなら……その信仰を尊重し、この地を法の許す範囲で好きに使うが良い。

 

「ピョオオオーーーッッッ!!!」

 

 成層圏から急降下。衝撃を与えないように地上近くで減速、ゆっくりと着地。

 

「こ、降臨だ! 神鷲が降臨なされたぞ!」

「神鷲の加護は我にあり! やはり、やはりだ! 二度目の拝謁、私こそが神鷲の使徒なのだ! いざ、北征の時! こうしてはいられない、すぐに利尻島に戻り指揮を執らねば!」

「ムナンチョ」

 

 ふむ。畏れはすれど、恐れぬか。……なるほど、こんな僻地の壺オークションに来るだけの信仰心はあるようだ。参ったな……私には、宗教を軽んじ十把一絡げに嘲笑し侮辱する趣味は無い。こんな宗教でも、真っ当な信仰心であれば尊重しない訳にはいか……ん?

 

 なんだ……? 壺売りの緑の顔が、青ざめている?

 

「し……しっ、しぃっ……死にたくない! やめるのだ! 死にたくねぇのだ! うわぁはぁっ!」

 

 壺売りは身体を震わせ、叫ぶ。その様子は、恐れに満ちていた。彼または彼女は、大壺の横の小壺を手に取り投げ付ける。サッカーボールのように蹴り上げると、砕けて中身が露出。同時に、炎が巻き起こる。

 

「ピョオ(なるほど。火炎瓶ならぬ、火炎壺か)」

 

 破砕と発火の間の僅かな瞬間で、私の目は壺の内部構造を把握した。中には油漬けの麻布と綿、それと発火装置。おそらく、壺が割れると二種類のピンが接触しファイヤースターターのように発火する仕組みだ。

 

「ピョォ……(まったく、なんて不安定極まりない危険なモノを持っている)」

「アスタ様!? 何を!?」

「貴様ーッ!」

「チョモゴメス!」

 

 壺売りはドンドンと私へ投擲をしていく。私に危害を加えられるような品ではない、周囲への影響にだけは気を付けながらこのまま全て投げさせてしまおう。

 

「ピョ(それにしても、随分と壺投げが上手いな)」

 

 壺売りは、握り拳よりも大きな壺を時速130kmで軽々連射。精度も抜群だ。野球選手にでもなった方が稼げるんじゃないか?

 

「ピョッピョ(うわっ、クロスボウに持ち変えてきた。かなりデカいぞ。ヒグマ対策のつもりか知らんが、銃刀法をこうも重ねて破る程の価値があるのか? この集会に)」

 

 しかも、明らかに身の丈に合っていないサイズだからか装填が遅すぎる。照準も付けにくそうだ。完全に静止しないと撃てていない。

 

「北征の前に、まずは粛清だ! 見損なったぞ、教祖! さては露助の手先だな!? ロシア正教は撃滅だ! この悪魔崇拝者め!」

 

 はぁ……なんだか疲れてきた。やはり、魔物なんぞを崇拝する新興宗教には関わるべきでないな。慣れないことをその場のノリですべきでない。

 

 だが、壺売りは子供……いや待て、子供にしては芸達者が過ぎるし強肩だ。犯罪もしている。……決めた、彼は霊感商法を用いる成人男性──壺投げ うま男さんとしよう。

 

 彼を成人男性とするのなら、私は一羽の成鳥として守り育む義務は発生しない。

 

 

 ……よし、完璧な理論武装だ。一片の隙も無い。

 

 

 それでは、さらばだ!

 

 

 

*1
冬の陸路だと花咲港まで12時間、飛行機を使っても滞りなく進んだ場合で片道八時間強

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