体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
「ピョ?」
根室を発った私は次なる海の幸を求め、北上していた。その最中、あるモノを見付けた。
「ピョッピョ(ゴールデンレトリバー? 毛並みはかなり綺麗で、首輪も有る。間違いなく飼われている。だが、周囲には人も人里も見えない。強いて言うなら、強気に飛ばす車両が幾つか。登山客すら、ここからでは見えんな)」
ゴールデンレトリバーは、標高1500m程の山──位置的には、斜里山か標津岳だろうか。どちらも地図でしか見たことの無かった場所故、判断は付かないしどうでもいい。
一口に山と言っても麓やら山頂やら色々場所があるが、彼は中腹の川辺で『ボク! 今! 困ってます!』とでも言わんばかりに右往左往している。
「ピョォ……(参った。別に愛玩動物が一匹どうなろうと知ったことではないし、何なら本場韓国ですら禁止されてしまったものの犬肉には興味があった。優れた栄養状況の彼は、野犬と違い美味いだろう。だが、それが山の中腹に居る綺麗な飼い犬となれば話は別だ)」
自分一匹でここまで来たとは考えにくい。飼い主と共に来た筈だ。だが、その飼い主が見えず、彼も明らかに困り果てている。
「ピョ(飼い主、つまり人間が……緊急事態に陥っている可能性がある)」
私は心優しい両親の下で、人として真っ当に育てられて来たのだ。そして、山で不慮の事故に遭い死亡した。もしもこの山で人間が危機に瀕している可能性が十分に有るのなら……私は、それを見捨てることはできない。その時ばかりは、人と怪物の正しい関わり方なんぞ知ったことか。
「ピョッ」
私が地面に降り立つと、ゴールデンレトリバーは恐怖故か硬直する。あぁ、それで良い。その方がやりやすい。
「ピョ(いやぁしかし、なんだかんだ言って犬って可愛いよなぁ。今の私にとっては、他者の区分が基本的に餌か人間かの二択というだけで)」
ゴールデンレトリバーの身体に嘴を押し付け、臭いを嗅ぐ。海鷲の嗅覚は特に優れている訳では無いが、数々の適合によって今やそれこそ犬並みだ。麻薬探知犬ならぬ麻薬探知怪物とかもできるぞ! 大麻なら、大学院で北米に行った時にクソ蛆虫ジャンキー共の副流煙をたんまり吸わされたからな。
飼い主とこの犬の臭いは近い筈。嗅覚に全神経を尖らせ、風を読む。
「……ピョ(あぁ、向こうの血の臭いか)」
私が臭いを辿り、木々に気を付けながら歩きだすと飼い犬が途端に吠えだす。なるほど、彼も飼い主の位置は分かっていて……私が食べようとしているとでも勘違いしたのかな?
「ピョッピョー(この洞穴の中か。か細い呻き声、荒い呼吸、咳、強い血の臭い。明らかに、体調不良だ。ゴールデンレトリバーは、苦しむ飼い主をなんとか助けようとしていたのだろう。そして、そんな飼い主に近付く未知の大怪鳥に恐れながらも威嚇し遠ざけようとする。いやぁ、素晴らしい忠誠心。犬とはこうあるべきだ)」
この洞穴はそれなりに大きい。だが、私にとっては小さすぎる。中を見ることも触れることもできない。
「ピョッ」
軽く飛び上がり、ソニックブームが出ない範囲で思い切り洞穴の入り口上部を蹴り付ける。岩の壁は砕け散り、中の飼い主の姿が現れる。いかにも釣りをしに来ましたという装いで、右腕の肘から先が''無い''。愛犬と共に山へ川釣りに来るも、野生動物か事故で負傷。救助を呼ぶ余裕も無く倒れ、犬に洞穴まで運ばれた……なんて話かな。
飼い主にダメージを与えそうな土石は空中で迅速に取り除く。噛み千切ったような跡の布を当てた傷口から血を流し続ける飼い主と、絶望して再度固まったゴールデンレトリバーを嘴でそっと背中に乗せる。……あ、ダウンジャケット切っちゃった。
「ピョ(ドクターヘリならぬ、ドクターイーグル)」
可能であれば我が母校の大学病院に連れて行きたいところだが、少し遠い。ここから一番近い、私の知っている総合病院と言うと……釧路市労災病院だな。
風を彼等に当てないよう、姿勢と速度に気を付けながら私は羽ばたいた。
「ピョッピョ(こんにちはー、急患でーす。いやぁすみませんね、私のようなモノが病院なんかに来ちゃって)」
「えっ、あっ、えっ……」
「えええぇぇぇーーー!!! ママァーーー! 何あれー! 飼いたい飼いたい飼いたい飼いたい飼いたい!!!」
「やめなさい! 近付かないの! ……クソッ、コイツのニュース見せないようにしてたのに」
病院の救急外来前に来た私は、自動ドアを開け鉤爪を中の職員さんに見せ付ける。流石に病院を壊す訳にはいかん、一人と一匹をそっと下ろし、力加減に気を付けながら翼で床を滑らせるように飼い主を押して暖かい院内にぶちこむ。心配だろうが、犬は外で待ってなさい。
「……人? うわっ! 腕が無い! えー……と、えーと……これは、どう説明をすれば……」
さて、私の役目は終わりだ。後は、神に彼の無事を祈るしかない。血で病院の床が汚れてしまったが、そこは……まぁ、受け入れてくれ。
「ピョ(失礼しました)」
◇
ドクターイーグル後、私は血を流そうとジュゴン湯へ向かったのだが…………上空から見た景色に動物達の姿は一切無く、ただ人間だけが浸かっていた。心が洗われるような感覚はこれっぽっちも無く、ただの大きな自噴泉になっていた。
どこか物悲しさを覚えながら、私は冷たい支笏湖で水浴び。そのまま清らかな湖面に浮かびながら一夜を過ごした。
「ピョピョ(よし、着いたぞ)」
早朝、私は朝食を取ることもなく羽ばたいた。今回訪れたのは網走市、例によって例の如く衰退中の道東の都市。田舎だが道外でも有名な街だ。網走刑務所、網走監獄と言えば、誰もが一度は聞いたことがあるのでは無かろうか。
中でも白鳥由栄のエピソードが有名だろう。手錠の鎖を引き千切る怪力、1日にフルマラソン三回分を走り切る健脚、自由自在に身体の間接を外す特技、味噌汁を一年間手錠に吹き掛け続け腐食させるという狡猾さ。正に、昭和の脱獄王。
閉鎖され観光地として改装された網走監獄では、当時の白鳥の脱獄の様子を見ることができる。脱獄しようと褌一丁で這い回る中年男性の等身大人形は中々にシュール。
「ピョ(今となっては、私に屋内の観光なんて不可能だがね。さて、早速狩りへ行こう)」
今回の獲物は極めて小柄で、透き通った身体をしている。ということで、最初から潜水する。''ハクトウワシは初手潜水や''、なんて言葉も有るしな。まぁ、私が今考えた言葉だが。
フィールドは網走湖。富栄養な汽水湖であり、アオサギでも有名だ。潜水し、獲物を……あ、居た。結構居るな、今年はココも豊漁に見える。いやぁ、素晴らしいことだ。神に感謝。
「ピョッピョー!」
シラウオ、これが今回の獲物だ。よくシロウオと混合されるが、全くの別種。あちらがハゼなのに対し、シラウオはキュウリウオ。アユやワカサギの仲間だ。小魚の中ではかなり食べ応えが有る方で、味も良い。
口を大きく開け、塩の混じった湖水ごと魚群をパクリ。シラウオを逃がさないように気を付けながら、水だけを嘴から出す。
「ピョ(美味い!)」
プリッ、ツルッとした身からは、独特の仄かな苦味が最初にやって来る。この良質な苦味がまた、たまらない。その後、間髪入れずにキュウリウオらしい、強烈かつ爽やかな旨味が広がる。
「ピョオ(足が早いこともあって中々口にしない魚だが、やはりシラウオは美味い。苦味が減り甘味が出る加熱も良いが、私は生の方が好きだな)」
◇
「ンどうもー! この世の悪は、俺が裁く! 世直し系U tuber の、神鳴サバキだ! クンッ回の制裁はー? 例の大害鳥、駆除してみたー!」
新千歳空港のど真ん中、男が決めポーズを取りながら叫ぶ。横にはカメラマンの男と、顔を隠したツナギの若い男。
「俺は今、札幌に居まーす! えぇと、クン回のクソ野郎の悪事は……なんと! 犬を連れて山へ来た釣り人の腕を、もしかして食い千切ったんじゃないかという情報が出ているらしいです! …………クッ、許せねぇ!」
男はスマホでまとめサイトを見ながら、重ねて叫ぶ。また、新千歳空港は札幌ではない。
「 SNSで知り合ったお金に困ってるってゆーハンターの人と、まぁ人喰いレオリウスっつーの? 一狩り行こうぜって感じで! それじゃ、やっていきましょー!」