体長10mの鷲 作:害獣駆除業者F
「……ピョ(おや……ふむ、まぁそれもそうか)」
石狩湾新港の隅っこで座って寝ていた私は、目が覚めると大勢の生物に囲まれていた。カラス、鳩、オジロワシ、そしてスマホを構える人間達。うわっ、胸の中から鷹が出てきた!
「ピョオ(離れてくれないかなぁ。こうも近くに居られると、身動きが取れん)」
鳥達はすぐに何処かへ飛んで行ってくれたが、人間達が離れる気配は無い。起きたことによって驚いたのか逃げた者も居るが、それ以上に残りの者達が興奮を高めた。おいおい今日の天気は雨だぞ。
「ピョ(テレビの人も居る。これは離れないな)」
……仕方ない。
「ピョオオオォォォーーーッッッ!!!」
「ひぃっ!」
「うわぁっ!」
人里に降りて寝た私も悪いが、腹が減っているんだ。デカい声を出してビビらせる、あまり好きなやり方ではないが仕方ない。これ以上に穏便な手段は無く、テレビが関わっているとなると待ち続けても状況は好転しない。
1m弱程度のスペースしか空けずに囲んでいた人間達が、距離を広げる。すかさず見せ付けるように脚を前に出し、更に離れさせる。
「ピョー(はーい、ちょっと場所空けてくださいねー。ありがとうございまーす)」
よし、もう良いだろう。私は翼を広げ、飛行を開始する。
「ピョオッピョ(まったく、人里で長居や睡眠はしないと決めていた筈なんだがな。さて、朝食としてヒラメでも食べておくか)」
海面を突き破り、二匹のヒラメを捕まえ堤防を背に港に戻る。
「ピョオ(おや、どうしたんだい? ……あぁ、そういうことか)」
私の足元に、一匹の白いメインクーンがやって来る。ここの港猫なんだろうが……メインクーンとは珍しい。基本的には雑種のイメージだ。
「ピョッピョ(……人間に見られている。よし、ここは彼にヒラメを分け与え、危険度の低い心優しい化物だとアピールしよう。ほら、お食べなさい)」
差し出したヒラメに食い付いた彼を翼で撫でながら、私も食事を開始する。
「ピョ(旬のヒラメは、何度食べても極上の味だ。いやぁしかし、肝が本当に美味しいな。卵巣も美味い。鷲は人間に比べて内臓を好む傾向が強い。その影響も有るのだろう)」
オマケに、隣には可愛い猫ちゃん。程よく脂肪が乗った美味しそうな身体を、好き放題撫でさせてくれる。雨水は気に入らんがね。
「シャーッ!」
「ピョ、ピョォ……(あっ、すいません……調子乗りました。流石に、食事中にお腹を触られるのは嫌だよな……)」
さて、そろそろ次の場所へ行くか。ジリジリと距離を詰めてくる人間達から逃げるように、私は背後の海へ身を投げる。メインクーンに影響の無い所まで離れてから、トビウオのように海中から飛び出す。成層圏まで上昇し…………む?
「ピョオ!(大変だ! 人が倒れている! 群別岳の山頂付近で、男が倒れているぞ! 血も流している……早く向かわねば!)」
違和感。
拭い切れぬ、違和感。
倒れている男のすぐ近くの茂みの中に、二人の男が居る。彼等は倒れているくすんだ紫色の髪の男を見つめているが、動く気配は無い。
「ピョ(…………なんだろう、特殊なSMプレイをしているゲイの方? ……いやいや! 流石にソレは話が飛躍しすぎか。まぁ、取り敢えず様子を見に行こう)」
違和感。
観察する度に止めどなく湧き上がる、違和感。
「ピョォ……(距離800m。極めて鮮明に音や臭いを感じ取れる。しかし紫の彼からは一切の血の臭いがせず……代わりに、トマトケチャップの匂い。誰かに助けを呼んでいるが、妙に演技的)」
私は茂みの男の一人が、スマホを構えていることに気付いた。
「ピョ(あっ……これ、なんかの撮影? なんだ、心配して損した)」
いやぁ、私ってば移動速度が速いからな。考えている間に、すぐ近くまで来ちゃったよ。邪魔をしてしまい、申し訳な…………
「ピョ?」
「マヌケが来やがった! やれ!」
スマホを構えていなかった方の茂みの男が立ち上がり、私に鉄の筒を向ける。それは……どこからどう見ても、銃であった。
数十発の小さな金属の粒が、翼を大きく広げていた私の身体に命中した。更にその内の一発は、私の右目へと直撃。
「ピョ(いやまぁ……効かんけど……)」
「…………は?」
「えっ……」
「な、なんで……?」
体長6m時代でも、私は12.7mm弾に匹敵するであろう白鯨の潮吹きに激痛で済んでいた。今の私なら……まぁ、小粒の散弾銃なんて眼球に直撃して初めて『ん? あぁ……ちょっと痛いかも……?』程度にしかならない。続けて撃たれるが、なんのダメージにもならない。
「ピョオ(というか、なんで私の事を撃ったんだ? 私って、狩猟鳥獣には含まれないよな。となると、緊急の特例駆除対象として自治体の要請を受け……という話になると思うのだが、何故ハンター以外の方が多い? しかも、鳥撃ち用の散弾銃が一丁だけ)」
これって……多分、密猟だよな。私を狙った。
まぁ、それは一旦置いといて……
「ピョオオオォォォーーーッッッ!!!」
「っ……ぁっ、あぁっ」
「おわぁーーーっ!」
「ひぃっ!た、たすけて……助けてよぉっ!」
おい、クソガキ共。自分のやった事分かってんのか? 怪我人を装って、他者の善意を利用し誘き寄せ、猟銃を発砲。
「ピョォ……(冗談じゃあ、到底済まされねぇんだよ。ガキの1ミスの範疇は、余裕で飛び越えてんだわ。猟銃を撃つ、それは良い。私も化物だ、それ自体は納得できる。だが、やり方ってモノがあんだろうが)」
マトモじゃない。普通の人間なら、こんなことはしない。更正の余地は、見受けられない。
どの時代、どの国にもだ。一定数、どうしようもない馬鹿が居る。環境が悪いんじゃない、運が無かったんじゃない。救いようのない、生来の屑が居るんだ。致命的に倫理観が欠如し、合理的な思考を持たず、思い付きと感情だけで他者を顧みず動き、自己のその場限りの快だけを求める。
「ピョ(お前達のことだよ。えぇ? 気絶なんかしやがって)」
一回発砲しちまったら、そいつァあもう喧嘩じゃねぇ。抑止力の見せ付け合いでもない。ただの、テメェとテメェのタマ賭けた殺し合いだぜ。
「ピョッ(お前は死ぬのが衆生の為だ)」
恐れよ、我が鉤爪を。畏れよ、我が翼を。貴様等の鮮血を以て、人類への警告を発する。
「お、お待ち下さい!」
後ろから、声がした。振り向けば、高齢ながら姿勢の良い男達。彼等は跪き、寂しい頭を雨でぬかるんだ地面に擦り付ける。
「わたくし、北海道猟友会の寺田志と申します! 愚かにもあなた様へ発砲した男に、半年前より銃の撃ち方を教えていた者でございます!」
「ピョォ……?」
「そこの配信者共は、どうなろうが構いません! ですが……わたくしの首で、どうか彼の命だけは見逃して頂きたい! 大変なご無礼を働いていることは承知の上でございます! 」
「ピョ(何故、貴殿が死ぬ。責任を問うつもりは無いぞ。まったくの無関係だ、私にとってはな)」
「唆されただけなのです! あの馬鹿は先月、ヒグマに親を喰われました。未成年の弟妹は六人、末子はまだ五歳です! 親戚は居らず、貯えも少ない。六年前の胆振東部、アレは倒壊し延焼する民家に取り残された見知らぬ幼児の為に、防災バッグの飲料水を被り単身向かうような大馬鹿野郎でした! きっと奴等に金を握らされ、正気を失っただけなのです! 貧すれば鈍するのです! どうか、どうか……!」
寺田志なる男の顎を翼で持ち上げ、その目を見つめる。
…………私は、つくづく甘い奴だな。こんな本当かどうかも分からん話一つで、振り上げた鉤爪の行き場を失った。
「ピョォ(そう言えば、配信者がどうこう言っていたな)」
男共が落としたスマホを見ると、U tube のライブ画面。配信タイトルは……『例の大害鳥、駆除してみた』、どう考えても自治体からの要請で来た線は無いな。うわっ、同接六桁!?
……む、警察のヘリも来たな。自衛隊のヘリも混ざっている。
「ピョ(参った、さっきは殺すつもりだったが、流石にこの状況で殺したら自衛隊に機銃を向けられるかもしれない。というか、できれば人間は殺したくないし)」
だが、ここで何もしない訳にもいかない。私を見くびり、コイツの二番煎じを試みる奴は必ず出てくる。人間とは、愚かなものだ。どんな馬鹿にも通用する、原始的で分かりやすい脅しが要る。
「ピョォ……(あー、なんか凄い疲れてきた。もう良いや、面倒臭い! 法の裁きに任せる! 平和が一番!)」
……そうだ。迷惑料ぐらいは貰っておくか。くすんだ紫髪の男の右小指を切断し、鉤爪の先端に装着。まぁ、指を詰めさせるぐらいなら警察にも怒られないだろう。
「なっ……!」
「っ! あぁーっ!?」
「ピョ(うわっ、これフリック入力じゃん。私QWERTYしか使えないんだよ、設定変えよ)」
配信のコメント欄に、目が覚めた屑の不愉快な囀りを聞きながら小指で入力していく。いやぁ、これこれ。やっぱスマホの入力はQWERTYだよな。……後輩からはおじさん臭いって言われたけど。私は若者、若者なんだ……。
『11月23日、新嘗祭。北海道神宮にて、八百升の地酒を我に捧げよ。さすれば此度の非礼を不問とし、列島を祝福の光で満たさん』
適当にホラ吹きながらアルコール強請っとこ。わぁ、なんか雷雨止んで急に快晴になった。すごーい、きれー。折角だし自撮りでも……あっ! スマホ落とした!
……うわぁ、画面バッキバキで電源も付かない。完全に壊しちゃったなぁ。
私が言語を操ることも確定したが……まぁ、いっか! じゃ、私もう行くから。皆、気を付けて下山してねー。